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福島復興再生総局? −遅すぎ小さすぎる典型− [2013年01月29日(Tue)]
政府は今頃になって「福島復興再生総局」とかを設置だと。中央の次官級の者をトップに据えて本気度を出すとかだが、いくら民主党が無為無策だったとはいえ、遅すぎる。当初の復興事業費はほとんど使いきって枠の拡大という頃になって・・・。
 第一、私が唱え続けてきた権限の大きな「東北の復興総局」と名前は似ていても中味はまるで違い、復興庁の福島の小さな出先と原発復興関係の出先をまとめるだけの小組織にすぎないようだ。まさか、これで終わりではないよな? 本当の復興総局は、別に置かれるのだよな? 「総局は設置しましたから、この上に総局は置けませんので」ではないよな? それでは極めてタチの悪い冗談にしかならないぞ、アベ自民党政権よ・・・。

「日本(政府)のやる事はツーリトル(小さすぎ)ツーレイト(遅すぎる)」

と言われた。特に貿易摩擦の頃だったが、今もその内容は全く変わっていない。


 私の「総局」案は仙台に復興の全支局・全事業を束ねる復興総局を置き、公共事業関連の大半の国の出先(地域部局。実質的な事業実施機関)を傘下に収め、トップに小沢一郎のような超有力地元政治家を据え、復興の全権をゆだねるものだった。様々な役所の規制も仙台の判断で実質的に外せるもので、「東北州」の先取りにもなるはずだった。
 これは、政治家やマスコミが盛んに唱える道州制という地方自治強化案のひな型でもあるし、それくらいの強いシステムがないと、首都圏から無償の残土を運んでの津波危険地域の大規模盛り土や常磐リニアなんぞ、できやしない。

 その「東北(仙台)復興総局」が「福島復興再生総局」か? こりゃ、民主党がいくらか良くなっただけだな。もういやだ。これじゃ、大した事は何もできないよ。
 私が重視してきた「贈与減税案」も、既述のごとく最重要部分が骨抜き。復興総局も似てもにつかぬ小組織。それでいて私の案と言葉だけは似ている。これでは民主党と50歩100歩ではないか、私の言葉の表面だけまねたり私のシンボルカラーのオレンジ色の服を着て味方のフリをするだけだった民主党政権の無能で無責任な幹部たちと。


 「怖い先生の言う事を聞くフリしておけ、票にもなるから」か? それで役人に任せたら適当に骨抜きにされたのか? トップリーダーが自分の頭の中にある政策案を断固たる決意で進めないから、こうなるのだ。やっぱり中身は空っぽか?



 これではとても「骨抜き」どころではない。高級日本製品の看板を掲げて中国製のパクリ粗悪品を売るより、なお悪い。昔から国際的に「日本(政府)のやる事はツーリトル、ツーレ―ト」と言われてきた。「小さすぎ、遅すぎる」という事だ。しかし、その表現でも足りない。政治行政のみならず、経営や報道等でも、重要な大きな意識決定では、その上さらに

「日本人のやる事は、いつも最も重要な点を外す、ごまかす」
「日本人のやらない事があれば、それが最も重要な事だ」

というべきだろう、皮肉でも何でもなく。

「児童相談所は虐待被害児の家庭復帰が目標」といって凶悪犯罪者のもとに子供を帰してしまったり、「学校や教育員会は警察ではないから」「警察は児童虐待の担当ではないから」などと私の問題で責任放棄とたらいまわしを続け、無抵抗の子供に対する極めて長期に渡る毒物連続殺人未遂という超凶悪犯罪者を野放しにし、ついに今日の惨状を迎えた日本の小役人、日本の社会。
 私は長期にわたり和解を提案し続け、和解の方法まで述べ、その実行を待っていたのに、ついにケジメすらなかった。
 私は貴様らを絶対に許さない。
 そんな有様が、日本の政治・行政の実態だ。そして、日本人社会の卑怯で無責任な実態だ。私はその被害を極端な形で受けただけのように思うかもしれないが、とんでもない。それが社会全体に全面化したのが、東日本大震災後に日本を覆い尽くした「大人災」だったのだ、政府の無責任と無策による。
 思い知ったか、クソ日本人。「人」という言葉を使われるだけありがたいと思え。貴様らは朝鮮系スパイの手先となって私をウジムシ呼ばわりして人生の大半をノイローゼにし、極端な健康不良児の不良生徒とでっちあげることによって保身し気晴らししたのだ、その私のおかげで数百兆円を上回る世話になっているのに。その私をウジムシとよび、私を毎日殺そうとした凶悪犯罪者を私の目の前に放置し続ける人間として絶対に許されない朝鮮的な無神経な犯罪行為を続け、当然に明確な賠償もない。数百兆とは例えばなしで、その大きさは今も大きくなり続けている。その私がウジムシならば、はるかに及ばない貴様らは、当然、汚物でしかない事になる。人間でもないから、「人」という言葉を被害者の私に使ってもらえるだけ、アリガタイはずなのだ。

 そういえば、貴様らに人生を完全に破壊されてしまった私は、50近くになって、これから結婚して家庭を築かねばならないのに、賠償も報償も全くなしでは貯金すらできない。そんな時に、ここでの「購読料」とやらさえ私を素通りして誰かの懐に入ってしまう。婚活?も無理だな、これでは。性機能不全の手術さえためらっているのに・・・。カネが私に渡らねば意味がないのに、様々な理由をつけてやらないのだろうよ、はらだたし言い訳で。当人たちには都合のよいモットモラシイ言い訳でな。
 東京電力の原発被害者への不動産被害賠償が遅れている原因の一つは、総務省が個人情報保護を理由に東電への被害者の不動産関係情報の一括開示を邪魔したためだそうだ。「開示情報は賠償以外には使いません」という明確な枠組みとその運用があればよい話だが、クサレ小役人や無能な民主党クサレ政権は枠組みが作れないのをごまかすために、原発被害者にしわを寄せて自分らの立場だけ守って保身していたのだ。

「被害者の個人情報が守られれば被害者への賠償が遅れ生活再建も遅れて構わない」
「個人情報保護という自分らの仕事さえ守られれば被害者が自殺してもかまわない」

これがクサレ小役人の本音。これは復興事業の組織の話や、私の話とそっくりだ。

「かわいそうな虐待被害児を早く(犯罪者が待つ)家庭にもどしてやろう」
「被害者の家庭復帰が我々の仕事」
「それで被害者の地獄の苦しみが続いても我々には無関係」
「被害者が殺されても我々が非難されなければ良い」
「我々の犠牲になって早く死んでくれ、仕事が楽だ」

 アベ政権の贈与税減税の骨抜きの話も、私の原案と似ても似つかぬ復興総局の話も、みな同じなのだ。上記のセリフ、そっくりそのまま、貴様らに日本人に帰してやる。それを実現するのは私とは無関係の海外のテロやサイバーテロだったりするのだろうな、私とは関係ない。
 このセリフこそ、日本の為に散々働いてきた者の偽らざる本音だ。私が洗脳されたように私に生きる価値がなかったのではない。貴様らに生きる価値がなかったのだ。こんな声が出るまでを状況を放置した貴様らの大罪、天に全て筒抜けだぞ。裁きを受けてこの世の生き地獄を見てから、本当の地獄に落ちろ。





 強力な復興総局が、小さな再生総局に化けただけで終われば、世の中にこれほどの「ギャグ」はない。これほどの漫才ネタはない。もう、そこまで行くと笑うしかない。大笑いだ。
 この無能ぶりが、このごまかしぶりが、いかにも世界最低の政治愚鈍の日本人らしくて良い! 全くオソレイルぞ、日本人。この調子で、毎日毎晩毒を飲まされていた子供の私を長年にわたって見殺しにし続けただけでなく、自治体も政府も警察も児童福祉部門も公共事業当局も皆でそろって私に圧迫虐待を続けるわな。その私のおかげで死ぬほど助けられても、私の人生もほぼ完全に破壊しつくしても、何ら明確なケジメもつけないままで、私に最悪のただ乗りを続けるわな。 
 実に見事だよ、大事な所でクソより役に立たないクソ日本人。とっとと腹切って死ね。いや、切腹は武士のみに認められた名誉だから、草取り百姓にはダメだな。舌でも噛み切れ。電車への飛び込みはやめろよ、運行ダイヤが乱れるから。自分でやらないなら外国人にでもやらせるか? イヤ、天がやってくださるよ。


死者 最悪32万人   −西日本大震災被害想定−[2012年08月30日(Thu)]
東日本大震災を経験した日本人は「死者32万」という数字にも驚かないだろう、以前なら違ったろうが。国の有識者会議は、M9.1の東日本大地震級の巨大地震が南海トラフ沿いの領域で起こると、津波などで「死者は最悪32万人」と想定した。夕刊紙には「被害額1000兆円超」といった見出しも出た。津波の死者だけで20万を超える想定。東日本大震災をはるかに上回る津波震災だ。

 私も再三指摘してきたように、相対的には日本でも最も閑散とした東北地方の太平洋側の漁村地域と違い、この「西日本大震災」の想定被災地域には、日本の人口や資産や産業が集中する。太平洋ベルト地帯を含む、日本経済の心臓部だ。それがやられるのだ。
 貧しいインドでは想像もつかない日本のイナカの豊かさ。津波に流されるカワラぶきの屋根は城のように立派、中古車でもきれいだから流される車は全て新車に見え、道路や建築物等のインフラも都会のようにキレイに整備された東北の海側のイナカ。日本の中では単なる漁村の被災地域でも、インド人には「日本の豊かな地域(経済の中心部)」に見えたらしい。震災で経済の中心地が被災し潰滅したと誤解したらしいインド人達は、「これで日本も終わり」とか語ったそうだ。概して対日感情が良いインドだから心配したのかもしれないが、第一に、電気ガス水道の完全不備が当然という貧しいインドのイナカを基準に考えると、東北のイナカの被災地は国の中でも最も豊かな地域なのだろう。
 しかし、この西日本大震災に関東大震災も重なれば、まさに「日本は終わり」になりかねない、インド人の間違いではなく。津波に襲われるのは日本経済の中心地域だから。「被害総額1000兆円超」という数字も、誇張とはいえまい。

 この程度の被害予想は、むしろ「控えめ」と考え、準備(防災対策)に手抜かりないようにしなければならない。



「想定は悲観的に、対策は楽観的に」

 被害は大きめに見積もって油断してはならないが、対策はできる事から地道に積み上げ、「必ず助かる」と楽観的に考えてあきらめない事。東日本大震災後に連発された「想定外」という小役人的で幼稚な(日本人的な)言い訳を許さないためには、これが大事だろう、特に責任者や為政者には。東日本大震災以前の日本人は、まるで駄目だったが。

「まさか、まさか、の積み重ねが戦(いくさ・有事)というものだ!」

 大地震直後にも引用したが、司馬遼太郎原作の徳川3代を描いたNHK大河ドラマの中で、戦争・有事に慣れた徳川家康が、経験不足で凡庸な息子の秀忠を叱ったセリフを思い出せ。まるで秀忠のように有事に対する知識も見識も浅い一般的な日本人は有事を語る資格はなく、「本当の有識者」の意見を聞くしかないはずだ。

「最悪に備えて準備せよ」

 最初の引用と重なるが、これは警察幹部出身の評論家の述べた「警備」に対する心構えだ。有事への備えが警備ならば、これは防災とも通じるものだ。先史の時代から災害大国に住む日本人はこれを忘れるべきではなかったのに、米人に左翼化されて有事を語る事さえ拒否していた日本人は、本当に愚かだ。



 「災害大国」の日本に住む以上、災害への備えは当然なのだ。が、マスコミにダマされたりして自分の住む国の特性を忘れた日本人は、3・11の前は当然のそれを怠っていた。
 ちょうどタイ人のようだ。経済成長で成金が増え、日本車に乗って土地も床も低い欧米型の街づくりをしていい気になり、洪水大国という自国の特性を忘れてしまい、50年に一度程度は起こる規模の洪水にも関わらず「タイ史上最悪の被害」にしてしまったタイ人のようにな。しかも、タイの工業団地の水没で最大の被害をこうむったのも、災害大国のはずの日本の企業だったのだ。
 「500年に一度の洪水を防ぐ事業などムダ、単なる口実」。細かいコストパフォーマンスの議論を飛ばして単にムダだムダだとわめく声を、以前はよく聞いた。だがな、そんなマスコミ屋は「1000年前の大津波(貞観津波)の話など信ぴょう性が薄い」と油断した原発関係者と同じく、無責任な愚か者だ。マスコミこそが「東電体質」だったのだ、それを信じたふりの日本人自身も。口では左翼嫌いとか言っても、結局はみな左翼や韓国や中国の手先か「同じ穴のムジナ」だからな・・・。



 私は津波で更地になってしまった東日本大震災被災地域の復興・防災対策として、処理に困っている日本各地の建設残土や膨大な震災ガレキ、更には放射能除染で削り取った土などを埋めて処理する事業と結びつけ、コストを抑えながら徹底した津波危険地域の大規模盛り土かさ上げ等を行う事業を提唱してきた。
 これは私が博士論文で取り上げた広い面積での水田改良の為の工夫を海岸部の街づくりに応用するもので、自己の選挙区内(岩手県南部、旧川崎村)で同様の事業を実現させた経験のある小沢一郎などもよく知っているはずのものだ。そんな事情もあって、私は小沢一郎に全権をゆだねて東北復興の現地(仙台)の長官にしろと唱えたのだが、これも実現していない・・・。
 「常磐リニア構想」も、そんな風にして造る長い海岸部の防潮堤の土手に、ついでにリニアの線路を載せてしまうものだ。これなら用地買収も土手の建設も鉄道事業者がやらなくてよい。負担金程度は払っても、相当に安上がりだし、その長い土手に「松林」や「太陽光パネル」も設置できるわけだ。仙台以北は既存の新幹線をリニア化する「東北新幹線リニア化」で北海道までリニアをつなげ、環境対策にもする。これもほぼ用地買収費や路盤建設費なしで済む。更に茨城県付近でこれと首都圏3空港を連絡する「空港リニア」と連続・一体化させて事業費節約と利用率の向上を図り、日本の航空インフラ整備による国際競争力回復も図り、韓国人に奪われた日本の飛行機を日本の空港に取り戻す。これなら成田や羽田や茨城の国際空港から東北の平泉(世界遺産)にまで乗り換えなしでリニアで1時間台となり、国際観光へのテコ入れにもなる。私は外国人観光客の問題も知っているがな・・・。内陸の東北新幹線(仙台以南)は当座そのまま車輪式新幹線で残し、「会津新幹線」や「日光新幹線」への乗り入れを図り、原発風評被害地域の復興・救済策、観光促進策にもする。これは在来線という既存の鉄道に乗り入れるミニ新幹線方式だから、これまた新線建設に比べて用地買収費や路盤建設費は非常に小さい。

 私が東日本大震災の3日後から提唱しはじめた事業だが、これをこの際、西日本にまで拡大して考える必要が出てきたのだ。自民党の「国土強靭化計画200兆円」とやらも、中心は私のアイデアと重なり合うらしい。どうせ、私の案が大きな元ネタの一つだろうよ、これまで通り。ソフトバンクの孫の耕作放棄農地での太陽光発電事業と同じでな。ところで、私に著作権料は払っているのか? この財団のブログコーナーで書いた文章に関しては、私に著作権がある規約になっていたからな。
 これは、単なるバラマキの細かい土木事業の集合体とは違うのだがな。それが分かっている者はどれ程いるのか、推進側にも、批判側にも。


 それにしても、このような被害想定の数字が発表されると、テレビ等の報道では、「逃げるのが先。自民党のいう国土強靭化事業200兆円の前に」とかのたまう奴が必ず出てくる。そんな奴らのタワゴトに振り回されるだけで日本人が防災対策を怠ったりあきらめたりすると、必ず被害が大きくなるのに。
 第一、韓国ドラマの画面をテロップで汚さないという韓国人との文化テロ的な汚い裏取引の為に、東日本大地震の速報テロップを流さず、関東地方などの非停電地域の津波被災者を危険にさらした疑いが強いのは、フジテレビというテレビ局だぞ。その疑惑究明も全く進んでいないのに、テレビ屋どもは・・・。

 マスコミにとっては人の不幸こそ最大の金もうけのタネ。避難して命を救うのがまず大事なのは当然だが、津波で家も車も職場も流されては生活が成り立たない。被災者住宅で命をつなぐだけでは、たとえ命が助かっても、被災者は社会的には死んだも同然になってしまうのだ、今の私にも似て。自殺した福島の酪農家のように「バカにつける薬はない」と言い残すしかなくなるのだぞ・・・。
 それを報道して「かわいそうだ、かわいそうだ」とニュースにしてもうけるつもりか? 確かに、画にはなるからな、被災者住宅のプレハブは。防災対策で無事だった家をうつすよりは、マスコミ的には「面白い」だろうからな。タロウ地区の被災状況はやたら報道するのに、普代村が話題になるのが遅れたようにな。
 やはり、防潮堤の徹底強化や街全体の盛り土等で、津波に流されない街を一つでも多くつくらねばならないのだ。それまで邪魔するつもりか? 宮古市タロウ地区の2重の10m級防潮堤が無駄だったとは報じても、岩手県普代村の15m級防潮堤が津波から村を守った事実を報道するのは大変に遅れた日本のテレビだからな。さすが、左翼労組の顧問弁護士での代議士が四国の地方都市で唱えた「コンクリから人へ」という田舎政治のスローガンを首都の東京にまで持ち込んだ無責任で低見識な連中だから。マスコミ受けを狙った民主党の愚かさ・異常さは、マスコミの愚かさ・異常さなのだ。


 確かに、自民党の国土強靭化計画200兆円などは、ブチあげられる事業予算額がやたら巨大で、「カネの額を示すのが目的」「選挙区へのバラマキの口実」とか揶揄(やゆ)されてもいたしかたない側面がある。私が日本の水田農業の再建策として考えていたものを(形だけ)大々的に取り上げたと思われる「ガット・ウルグアイラウンド対策事業6兆円」は、「自由化までの6年間、1年一兆円で6年六兆円だ!」と、ただ額のみ大きくしてして予算を余らせる惨状を生んでしまった。私は忘れていないぞ。
 私が目指したのは「事業費の節約」という、全く逆の話だった。水田を造り直す事業費を抑えると(一定比率である)農家の負担金も減らせるので、結果、地主である農家の同意も取りやすくなる。事業時に押し出した用地を道路用などに売ると、抑えられた農家負担金なら相殺なども可能になる。しかし、それには、水田の設計の合理化(簡素化)や、公共事業当局といった部外者との連携なども必要になる。従来とは違った工夫や新機軸だが、これは万事に前例に縛られる役人が最も不得意とするものだ。
 そのようなムラ全体の水田の作り直しから始まる農村の立て直しを全国に広める上では、まず各地域にモデル農村を作ってそれを周辺地域に広めるという、必要だが時間がかかる手立てを考えていた。当然、10年単位の話だ、6年ではなく。
 自治体・役所等での様々な支援システムの構築がまず大事だし、時間もかかる話で、どちらかと言えば予算の事は後からついてくる話だったはず。あえて事業費の手当てを語るなら、1兆円ではなくて「特別枠で一年1000億から2000億でよいから、それを15~20年間は続けてくれ」とかになったはずだ、「一年一兆円で六年間だけ」ではなくて。
 しかし、当時の細川連立内閣は、そんな地道な準備や事業費抑制の工夫などの話はすっ飛ばして、いきなり、ウルグアイラウンド受け入れで打撃を受ける農民の為にと、「6兆100億円を6年間でバラマク」とやってしまったのだ。これを再び繰り返す恐れがあるのだ、自民党の国土強靭化事業200兆円は。
 「公共事業より福祉を」とか言っていた左翼野党も含み込んで政権を取った細川連立政権に対し、野党落ちした自民党の地方選出議員などは、この機とばかりに「事業額を積み増せ」と大騒ぎしたそうだ。与党の地方選出議員なども「与党は我々。野党(自民党)に手柄をとられるな」とか、更に当局をたたいて予算を増額させたそうだ。結果、農政と予算の両当局が「1年6000億円、6年で3兆7000億円程度」と合意していた事業額を「6兆100億円」にまで膨らませたのだ。その自民党の計画なのだ、国土強靭化計画は。
 しかも、東大教授の朝鮮系スパイ夫婦の手先となって私の人生を破壊したと思われる業界や官庁が、過去のけじめも明確につけないうちに、その被害者の私の案によってまたぞろ百兆の単位でカネ(予算)を得るなど、許しがたい。8月15日の期限を踏み倒したばかりで。そして、これは日本人社会全体に言えるだろう。和解がなければ支援もない、このような重要な場面で。私を殺そうとし続け人生をほぼ完全に破壊した状態のままで、まともなけじめもないままで、更に百兆の単位で私のおかげに被り続けようとする、無神経で厚かましく無責任で横暴で不信心で腐った態度。もう、うんざりだ。
 選挙も近いというのに、自民党でも公明党でも、私の案を使いたいなら私と和解してからにすべきだった。そうでないなら強制回収かね、天のお力による。額が巨大なだけに、取り立ては極めて厳しいものになろうよ。イヤ、既にそうなっているかな・・・。

 国土強靭化計画なんぞを批判する側のマスコミもまた、上記のような細かい話をすっ飛ばして、ただ「ばらまきはダメ」とか「コンクリから人へ」だけのようだ。
 これではまるで「原発絶対安全」と「原発絶対反対」の声ばかりで実質的な議論ができなくなり、結果、福島の事故を招いたのと同じ。分かっているのか、日本のマスコミは。というより、日本人は。なにせ、言論無能の政治愚鈍だから、似たような話で高木海軍少将も嘆いたように。日本人は全くもって反省していないのが良く分かる。本当のバカだ。最も大事な所で愚鈍で誠実さがまるでないのだ。

 今回の「死者最悪32万人」という数字も、日本人への一つの警告だ。日本人はそれを受け止める頭脳がないなら、当然のごとく、天災で滅ぼされるわけだ。これは私の宗教的な警告とはまた違い、専門の科学者らによるものだ。
 これでも聞かないのかね、バカ日本人は。私の訴えなど一顧だにしてこなかった奴らだからな。最近の国際紛争で少しは自分らの異常に気がついたか? 減らせたとしても死者20万、損害数百億・・・。そこまでたたかれれば、いくらか懲りるかな、バカ日本人でも。いや、懲りる前に植民地化(奴隷化)されるかな。

 私の問題についても8月15日の期限をついに無視だったがな。そろそろ結論を出して、日本を完全に見放す時だろうと思うがな、どうだ? そろそろ、「シメ」に入らないとな。天がニセモノ日本人のクビをシメルて下さる事になろうか、当然ながら・・・。
 
京都祇園(ぎおん)祭り −貞観津波を語り継ぐ祭−[2011年07月17日(Sun)]
有名な京都の大祭・祇園(ぎおん)祭りが開催中だ。1000年以上前の869年(西暦)、貞観(じょうがん)11年、社会不安への対策として始まった、形も名も現在とは違う「御霊会(ごりょうえ)」として。貞観年間は疫病や災害が連続した時期だ。特に貞観11年は東日本を襲った「貞観大津波」を起こした「貞観大地震」のあった年。この点は重大だ。
 この頃は陰陽師(おんみょうじ)の活躍期でもある。京都は夏は高温多湿になるので伝染病が蔓延しやすかったそうだが、当時は「悪霊・怨霊(おんりょう)」や「天の怒り」が災いの原因と考えられており、それを鎮めるため、正確には「京の悪霊(御霊)を華やかな歌舞音曲や鉾飾りで呼び寄せ(おびき出し)水に流してしまう」ためのものだったとか。悪霊・怨霊(御霊)とはウラミをのんで死んだ者の霊とされる。
 京都の祇園祭の始まりが貞観大津波・貞観大地震(貞観大震災)の年だったとは。祇園祭は結果としてそれを語り継いでいたのだ、1000年以上も。天災という天のお怒りを防ぐ一種の公共事業として始まったのだし、そこに当然かつ大きな意味がある、災害大国日本の祭りとしては。その意味では迷信でも何でもなかったのだ。それなのに、その根本の意味・精神が生かされなかったわけだ、今回の3月11日の東日本大震災には。教科書があっても読めない、使いこなせない学生。私も字も読めない東大生だったがな、虐待のせいで・・・。

 近代科学とやらを過信した現代人、というより、科学技術への過信を口実に自分を甘やかした愚かな現代人の罪だ。責任者のいない日本人・日本人社会の罪だ。技術などしょせんは道具、それを扱う人間のあり様に全てがかかっている。日本の新幹線技術を盗んでも充分に使いこなせぬ中国人を見ればわかる。スリーマイル島事故の後は自国の安全基準を見直した米国人のGEの手抜き設計を放置した日本人の罪だ。

 日本の祭りとは、神、すなわち、人間をはるかに超えるものへの畏敬や感謝の念を示すために下界の人間が神にお見せするもの、奉納するものだ。米人に赤く汚された戦後型の愚かで醜い日本人はそんなことも忘れたのか?
 日本の大人なら誰もが名を聞いた事がある祇園祭を含め、大きな災い、天のお怒りを防ぎ被害を小さくする為の警告や参考情報はそこいら中にあったのに。警告を発していた一人として敢えて言っておく、警告を無視した愚かな日本人どもに。いい加減に警告を聞いて行いを改め、償い詫びよ、一番大事なところで。それ以外に地獄の苦しみを少しでも軽減する方法はない。それがなければ、天のお裁きに日本人をゆだねるだけだ、弁護抜きで。当然に死刑を覚悟してもらおう、弁護士抜きの裁判だから。
 中止された今年のタイフェスの予定日に起こった5・15事件の陸軍若手将校(正確には士官候補生)11人は、裁判(陸軍第一師団軍法会議)で最初から死刑を覚悟して弁護を拒否したとか。その主張や潔(いさぎよ)さに全国で助命減刑運動が盛んになり、陸軍・海軍・民間人を合わせた容疑者全体では100万通ともいわれる除名減刑嘆願書が集まり、陸軍側被告と同数の11本の切断した指まで送りつけられるに及んだそうだ。
 しかし、今の日本人なんぞのどこに潔さがある? 極めて多くの敵国のスパイまで含めて? そうはいかない。何も変わらないお前達の除名減刑など天には訴えないぞ。わたしにそれをやってほしくば償って私の人生をまず再建しなければならなかったはずなのに、ゴマカシばかりで。
 貞観11年の貞観大震災の年に始まった祇園祭、3月11日の東日本大震災、11本の指・・・。最後のは偶然の一致だろうが、二つの日付と年号の一致は偶然ではないかもしれない。9・11テロも11日か。また何かの天の御示唆(しさ)か? 私と天の間の話だ。そこまで行くと、日本の傍観者には関係ないだろうがな。

 祇園祭と貞観大津波。ブログ休止前にはちょうど良い話題だったかもしれない。
小沢一郎を仙台に追放しろ! − 仙台の復興局構想の為のケナシぼめ? −[2011年05月13日(Fri)]
小沢一郎なんぞ仙台に追放しろ。数が多くて口うるさい子分どもも一緒に。復興庁の本庁より先に仙台に外局・「復興局」などを作って小沢を長官にでもして、一切の権限をゆだねてしまえ。不都合は全て小沢のせいにして責任をとらせろ。仙台から小沢らの上げる要望を処理してやる形をとれば、恩にも着せられる。現場から遠い東京の人間が一から自分で考えなくてもよいし、小沢は土木事業が特に得意だから復興はグングン進む。東京の管政権は自分の手柄にできるし、第一に眼の上のタンコブがなくなり、安定する。せいせいできる。非常時に政争か、とかいわれなくなる。政治とカネの問題を清潔に、などという国難の時には優先順位の低い(意味もない)団塊世代らの左翼化した不良老人世代に受けるスローガンも維持できる。
 東北の代議士連中の文句も同じ東北人の小沢一郎に引き受けさせればよい。東北人に「対応が遅い」と国会で責められる事も減る。復興事業の大仕事が終われば、きっと小沢の剛腕・強権ぶりに非難が出て、民主党から追い出しやすくなるだろう。民主党内の反小沢勢力には大助かりだ。私も自称東北人(山形人)の悪魔女に毒を飲ませられ続けたから、東北人が東北に去るのは止めない。

 こんな良い案を捨てる手はない。日本人自身は認めたくなかろうが、赤く汚れた政治無能の日本人に最もふさわしいのは、清潔で政治ズレしていない清新なシロウトっぽい管政権なのだ。その管政権には長く生き残ってほしい。ぜひとも、小沢一郎に全てをゆだねて仙台に追放してほしい。小沢、反小沢、どちらにとっても良い死に花、政治家の本懐(ほんかい)だと思う。岩手の小沢一郎は、こんな時の為に生まれたようなものだから。


 「5日後の追記」
 この文章は愚かな政治無能の日本人にもわかりやすいように書いた。竹下への「ほめ殺し」の逆で「ケナシぼめ」かね。しかし、一般人の中には、これが皮肉、逆表現だと分からぬ愚か者も多いかもしれない。最も醜悪な敵国・韓国のドラマを見てカネを出して全ての日本人に危害を加える日本のバカ女どものように・・・。
来年4月にずれ込む復興庁 − 管政権の愚鈍 −[2011年05月09日(Mon)]
復興庁の設置は来年4月で調整中と報じられる。一年後とは何事か。愚かで鈍い。まさに「愚鈍(ぐどん)」。関東大震災の復興院の場合、震災の9月1日の翌日には検討が始まり、9月27日には復興組織ができた。一カ月以内。雲泥の差だ。

 「関東大震災と帝都復興院  − 後藤新平と山本権兵衛 − 」
 内務大臣・帝都復興院総裁の後藤新平が震災翌日には復興案を出し、すぐ復興院が発足した。内閣は震災直後発足の第二次山本内閣。復興院には後藤の腹心やブレイン、内務省土木部門や鉄道省の専門の技師が集められ、実務力があり意思決定も迅速化された。首相が日本海軍を短期間で列強並みに育てた山本権兵衛だった点も重要だ、日本のマスコミは触れないが。
 管政権の無能との対比もあり、復興院総裁・後藤新平がもてはやされる。復興で現在の東京の骨格を作ったので当然だが、日本のマスコミもようやく大々的に後藤を評価する雰囲気になったか。台湾総督府民政長官、初代満鉄総裁、逓信大臣・初代鉄道院総裁、外務大臣、東京市長(都知事に相当)、東京放送局(後のNHK)初代総裁、拓殖大学(台湾協会学校の後進)学長等々も歴任。台湾にも縁があり鉄道強化を唱える私には、帝都復興という公共事業以外でも重なる部分がある。
 そんな後藤にも素人的側面はあったらしい。科学の世界でそれほど尊敬されなかった医学校(医学部)に行かせられ、学問上は政治・行政から遠い。内務省に入り衛生局(後に厚生省として独立)の局長になったが、同じ内務省でも警察部門の法科出ではなく、内務省技師の中核たる土木技師でもない。後藤の当初の震災復興事業予算は貧しい当時では大きすぎた。私なら複数の事業の連携等で事業効果拡大と共に費用節約を考える、それがないと話が通りにくいから。当初の土地の私権の軽視?も非難された。計画縮小後、収用しやすいからと東京の貴重な森(共有地)をつぶしたと悔む評もある。しかし、それは中心的な話ではない。愚かな世論や小役人を相手に大事を成すには真に知性・見識ある人物による「突破力」が必要だ。当初計画の縮小も、不本意であっても「かけひきの想定内」かもしれない。
 後藤は、事務系的な根回しや事務形式優先に陥らず、各領域にこもる技師の知識も吸い上げて総合化し、単なる土木技師でも事務屋でもない大胆な構想力と大所高所に立てる気概・立場を持っていたようだ。偶然だが小沢一郎も同じ岩手県南部の出身で、東北の政界関係者には両者を重ね合わせて東北復興での小沢の活躍を待望する向きもあろう。
 後藤内相も山本首相も震災復興にふさわしい抜群の政治家だった。が、危機の国家を背負う首相や内相はこれが当然。現代社会は何かしらの危機の連続だ。兵器・軍艦や鉄道建設、都市計画等の技術的知識が豊富なのも、国家の中で大きな比重を占める公共事業官庁や軍隊という巨大組織を動かす上では当然。今の政権、その首相らが不適格で無能なだけ。イヤ、日本人全体が国家の主権者としては不適格なだけだが。
 ・武家出身
 後藤も山本も武家出身だ。生まれて以来「主君への御奉公」という「公への奉仕」の念をたたき込まれる武家型の教育で極めて厳しく育てられた明治の士族出身の政治家や官僚の内容は、欧米人には想像もつかない、中国人なんぞとは対極。しかし、戦後型の敵国スパイの日本人はそんな政治家を否定し、管的なニセモノを持ち上げた。厳しい日本型教育を否定し、社会安定の基・「家」やシツケを否定。結果が大震災での民主党政権の無能無策、敵国・韓国のドラマのたれ流しだ。非常時に国や社会を救うのは一部の抜群の英雄だが、それを育てるのを「エリート教育はダメ」と否定してしまった。日本の無力化を狙う米国に赤く汚されたとはいえ、それを後生大事に抱え続けた日本人の自業自得だ。私は自民党に代わる責任政党を望み私との和解を望んだが、それもなしに「脱官僚」とわめく素人仕事は支持しない。
 ・理系の高等教育
 山本も後藤も理系の高等教育を受け、良質な科学的見識・発想を持つ。それによって各領域の専門家の意見を合理的に判断できる。公共事業には直接役立たないが後藤は医学博士。山本は幹部学校(海兵)の卒業席次はビリから2番目だが、理系教育重視の海軍の幹部だ。科学的見識というより常識・良識は現代の政治指導者には不可欠なのに、大人数手抜き教育の悪しき文系教育しか受けぬ連中が政治、特に言論文化を牛耳るのは悲惨だ。
 だが、理系の専門バカも最低。専門以外は無知・非常識でも専門家として威張れる。我が家の東大教授のように「人に毒を飲ませば殺人未遂の凶悪犯罪、助けるだけで重大犯罪」とさえ分からない。「敵国に便宜を図ればスパイ」ともわからない。理系の鳩山や管も五十歩百歩か。そんな家庭に育ったのは痛恨事だ。
 「武士の家で育てられ、その上に理系教育で科学的見識を身につけた政治指導者」。これが山本や後藤の中味では? その後の日本には、形だけ武士をきどり、非科学的な精神論で無理を通し、敗戦を招いたような者が増えたと聞く。その反省を戦後日本人はせず、右翼軍国主義思想を反省すると称して米人の押し付けた左翼思想に傾き、大事なものを壊して気勢を上げる中・朝人や白人のごとき暴徒になり果てた。
 私の問題もそうだが、日本にとって大事なものを踏みつけ続けた結果が今の醜態だ。戦後型日本人は恥を知って地獄に落ちろ。全く同情などしない。償うだけ償って消えてなくなれ。

 「迅速な対策・復興策を  − 愚鈍政策をやめろ − 」
 帝都復興院が震災後一カ月以内にできたのに、今回の復興庁は一年後。バカも休み休み言え。とっくに、仙台に出先の「復興局」でも置いて国の該当部局を全て傘下に入れ、小沢一郎でも長官にして仙台に常駐させて全権をゆだね、東京の「復興本部」や「復興庁」本庁が仙台から上がる要望を次々に法律・制度面等で実現すべく、総合調整していなければならないのに。現場の実働部隊となり被災自治体も助ける「復興事業団」等も必要なのに。
 民主党の東京の連中はそれを自分の手柄にでき、不都合があれば仙台のせいにできる。目の上のタンコブの小沢一郎やうるさい子分どもの一部を仙台に追放できる、政府の対策の遅れを批判する被災地・東北の代議士らと共に。第一、優れた復興事業がどんどん進む。私の復興事業案もそんな体制でこそ上手く進むだろう。良い事ばかりだったはずなのに・・・。
 私の問題と同じだ。目の前の些細な経緯・メンツ・保身にばかり目をやって、配慮・気配りをしたつもりでいる小役人ばかり。まことに日本人らしいが、それで大きな目的がかすんでしまう。田んぼの地道な管理では世界一優秀だが、政治はガキ以下。国会議員が国益を語らず、日本政府が日本への責任を果たさない。原発事故の避難民や風評被害者同様、赤く汚れた草取り百姓のヘドが出る政治無能・無責任の被害者だから、声を大にして言う。
 私は相当に考えた多岐にわたる復興事業案を出した。まるで私の案が適合するように起きたとしか思えぬ天災だし。そんな案も立ち腐れ。被災地の知事が私と同じ事を言い、このブログでもとりあげ、ついでに常磐リニア・空港リニアと絡めて記述した「平泉の世界遺産化と国際観光地化案」等をいち早く国際機関(ユネスコ)がくみとるのに、肝心の日本政府は・・・。
 「常磐リニア」や「津波危険地域の大規模かさ上げ」等の大規模土木工事は時間がかかる。が、被災失業者や自衛隊施設部隊の大量投入で一部を早期着工し、復興モデルとして地元に示す程度は始めていなければならないのだ。
 東海地震等の3大地震連動発生の危険への警告を聞いたのは良いが、夏の電力需要期前に原発を停止するなら、国策で一気に原発に防潮堤を築く事も検討し、自然エネルギーの早期拡大も考えろ。電力問題は全国化し、中部地方を含む全国に太陽光パネルを大量設置せねば。夏までに太陽光発電所を大増設できると考えたのは、設置候補地の耕作放棄農地が膨大で対策が待ち望まれており、制度上の規制緩和さえあれば「渡りに船」だったからだ。
 だが、この政権では無理だった。政治無能の日本人には無理というべきか。自民党も民主党も極めて重要なはずの私の問題を解決できなかったように。日本の政治を良くしたければ日本人を政治・政策決定から排除か? 日本人全体への「白紙投票」で。朝魔・赤魔の侵略勢力が代わりではダメなので、空想小説のようにタイ軍を呼ぶか? 
 私の提言は世界向けの場合もあるが、あくまで主眼は日本政府、民主党政権向け。その政府・政権が最も無能では浮かばれない。日本のために論じてきたのに日本人が最も政治無能では浮かばれない。まるで私の人生だ。私は極めて特殊な立場のはずが散々踏みつけられ、まだケジメもない。共通だ、みな。

 「離日   − 重要点で無反省の日本人 − 」
 何を書いても、こんなヤツら相手では無意味。日本政府だけの事ではない、日本人全体の話だ。まさに「離日」。しかし、日本から離れるといっても、今回の体調不良でタイ行きも延期。日本人には暑すぎる国で体調面で不安が残る。タイは雨季突入前の5月の今が一番熱い。食物も辛くて酸っぱいから、対策がないと今の胃腸ではマズイ。最大の懸念は資金。単純な滞在費や日本での引き落としだけではない。タイに行く以上、念願の性機能回復手術に見当をつけたいが、安くない。不安だけでは行動できないが、裏付けがないと。
 私の政策議論は大胆に見えても常に実現可能性の考慮が基盤。肩書は役人ではなくても生まれる前から国の役所に関わってきた。その点では、市民活動やマスコミ、政治塾出身の政治家とは感覚が違う。そんな私が動くには、それなりの説得力がなければ。それを無視して、個人の損得を度外視して日本の為に論じてきたが、ムダだったようだ。
 現民主党政権・日本政府も最後くらいまともな態度をとれ、私に。自称保守系関係者もだ。ヤクザや右翼も天の御加護を失ったが。私への毒盛りは「手打ち」だった可能性がある。バカ親が左翼で嫌がらせの対象だった時代でもあるし、母親と名乗る朝鮮的な悪魔がわざと私にルール違反をさせ、それを口実に「息子に毒を飲ませるからいいでしょ!」と毒を飲ませ、「建設利権があるから手打ちにしよう」としたとかな。ナゼ、ネット右翼の親玉のような私がそんな疑いまで持つのか。北朝鮮麻薬や韓国ドラマに関わる疑いが抜けぬ以上、同様な背景かと思われる私の場合でも疑われる。だからいまだに放置か、とか。私への殺人未遂は結果として周囲には了解事項だった訳だ、クサレ小役人だけでなく。私の命の安全を犠牲にして周囲はみな保身を図り、今はその私のおかげで救われる。盗人猛々しいどころではない。クサレ小役人や建設業界なんぞだけでなく、左翼はもちろん右翼も信頼しきれぬ状況だ。TV屋なんぞ半分は国外追放し国から「消す」べきだし。大震災後なのに日本人の反省が感じ取れないどころか、罰あたりどもはすでに「怖れ」を忘れ始めている。

 人間は「信仰」の意味での「信じる」対象ではない。真に信じ得るのは神仏・天。そんな一神教的な突き放した考えの為に、逆に私は人間にいくら裏切られても天への信用は失わず、そのおかげで日本人は大震災でも私に散々助けられた、毎日殺そうとした相手のおかげで。集団でウジムシ呼ばわりしてノイローゼにして人生を奪い、数十万人に一人の天才児なのに生きる価値もない超不良と公文章でまで断じて虐待し、人生も健康も財産もどぶに捨てた相手のおかげで。せいぜい天に感謝しろ。そして、次の期限は踏み倒すな。次の次はない。和解か地獄か。今回の大震災も本当の地獄には入らない。本当の地獄というのは風評被害をアオりたい敵国・中国韓国や米国CIA、その資金を受けた外国のバカ・マスコミ程度だ。
 今回寝込んだ為、私も本当の休養に入るが、催促がなくても借金を返さなくてよい訳がない。食べ過ぎが引き金とはいえ、毒物殺人未遂を連想させる胃腸障害で倒れた事でますます怒りは大きくなった。いくらバカ政府でも、ない知恵を出して考えろ。
巨大津波に勝った15m堤防 − 岩手県普代村の奇跡 −[2011年04月28日(Thu)]
千年に一度の巨大津波が相手では人間にはなすすべがない、といった報道が多かった。が、岩手県普代村では当時の村長がガンコに建設を推進した15m級の防潮堤が巨大津波から村を守っていた。この「普代村の奇跡」は最近ようやく報じられるようになったが、何故もっと早く知らせなかったのか。田老(たろう)地区の10m級の2重の防潮堤が町を守れなかった事は当初から散々報じられたのに。
 「公共事業はムダ」「堤防などない方が良かった」というマスコミの方針に都合が悪い事もあろう。一方では、「なぜウチの町の堤防は低かったのか」といった責任追及が始まってはたまらないと考える政治・行政関係者等もいただろうし。原発問題で政府・官僚組織を厳しく追及しているつもりのマスコミだが、どうも「報道官僚組織」的な側面も持つようだ。こんな場合、政治・行政とマスコミはグルだったりするから・・・。

 私はこの「普代村の奇跡」の情報を歓迎している。もっと早く知りたかった。もっと国内外に発信すべきだ。私は、地震直後から残土やガレキの処理事業と連携させて大幅にコストダウンした「かさ上げ事業」で町を10〜20m程度かさ上げし、更にその上に防潮堤を重ねる案を出してきた。が、「どんな高い堤防でも巨大津波は防げない」といった報道・情報ばかりで、正直に言って、自分の案に不安にもなっていた。
 しかし、地形や設計にもよるとはいえ、15m級防潮堤で巨大津波が防げたのだ。土地を15mかさ上げして5mの堤防をのせたり、20mかさ上げして小さな堤防を乗せたりすれば、相当に多くの村や町で1000年に一度の巨大津波でも防げるのでは。これならば、高台に移住したがらない漁民の住居の安全性の問題などにも、いくらか解決の希望が見えてくるのだ。
 平地の少ない地域での大量のガレキの処理は大変で何かしら対策が必要だし、被災地の失業の問題も深刻だ。早くこのような「かさ上げ事業」の試験的な実例でも作って、失業対策や住民に示す地域再建策の参考例にしたいものだ。今の政治では無理かもしれないがな・・・。
農地塩分除去費用補助積増 − 津波塩害対策 −[2011年04月26日(Tue)]
政府が津波による塩害の対策、農地の塩分除去を補助の対象に入れ、費用の国の補助率を5割から9割に引き上げる。土地(農地)改良法の特例法を出すと報じられる。被災地海岸部の農地は津波で海水につかり、水が引いた後も塩分混じりのヘドロに覆われたりしている。津波被災農地の面積は2万3千ha以上。うち水田だけで約2万ha。1haは1万uだから、2億u。これを全て農家の半額負担で処置すれば負担が大きすぎる。
 長良川河口セキ問題以来、塩害の話は何度も聞いてきた。このブログでも最近も何度も触れた。3月25日の「海水につかる水田」を書いてから一カ月たって、ようやくとは、何とも反応が悪い。洗浄法としては「代かき」を繰り返す塩分洗浄がある。耕した後の田植え前に田に水を入れてのカクハン均平作業・代かき(しろかき)による塩分除去、等だ。農地上にはガレキだけでなく海から運ばれたヘドロがかぶさっている。これははぎ取って除去する。インド洋大津波では地元被災失業者の雇用対策を兼ねた人海戦術でヘドロを取り除かせたそうだが。
 これらの作業の費用は農家個人でなく、地域の農民の作る「土地改良区」へ補助がなされる形をとるのだろう。農地の改良などは面積が大きい。個人の負担では荷が重く、食糧生産は国民的課題なのが理由だが、このような組織があるので公金が入れやすいのも確かだ。土地改良区はあくまで農民の組織だが、多くの場合は地元自治体の農政課等が土地改良区の事務を肩代わりしており、実質的に日本の農業土木行政(農地の改良から維持管理まで)の現場組織になっている。

 この補助積み増し自体は評価できる。が、これも、既存の枠組みを変えないで、その中で補助率だけ積み増すタイプのものであり、俗に言う「(役人が)エンピツをなめる」、自分の手の届く範囲内で考慮するものだ。大災害なので「なめかたを大きくする」の程度のもの。今、強く求められているのは、既存の枠組みの変更であり、それこそが政治の責任なのだが・・・。
 私が唱え続けている「耕作放棄農地への太陽光パネル設置」等には、農地の法制上の解釈の変更という、既存の枠組みの変更を伴う。「発電用地は農地ではない」という伝統的?な解釈を変えないと、パネルを設置したとたんに農地としての税制上の優遇が消えたりする。これをクリアーすればエコネルギー推進は大きく進むのに、いまだに政府から、そのような政治決断の声は聞こえてこない。何をぐずぐずしているのか。
 「エンピツをなめる」のは役人の役目だ。政治家ではない。政治はとっとと決断せよ、会議ばかりたち上げていないで。
復興構想会議第二回会合 ー 注目すべき知事の提案 −[2011年04月25日(Mon)]
復興構想会議の第二回会合で、宮城県知事が「鉄道や道路と防潮堤機能を組み合わせる事」を提案した。私はこのブログで何度も常磐リニアを防潮堤上にのせて作れとか書いてきたが、それと同じことだ。しかも、3月27日の「可能だった巨大津波への備え」に取り上げた「盛り土の国道に避難して助かった者がいた地域(宮城県仙台市)」の話がその背景というから、県知事に提案した者がこのブログをまじめに読んでいたのか。相手は県内の公共事業を束ねる知事だから伝わるのは当然とは思うが。それなら、もっとはやく、耕作放棄農地への太陽光パネル設置の試行やら、仙台への復興庁の設置や小沢一郎の長官任命などもやってほしいがな。知事クラスに提案させるだけでなくて、直接の事業の方をさっさと・・・。
 私は、この構想会議はあくまで東京での復興事業の地盤作り程度のものと考え、「国の規制緩和や特区構想でも提案してくれるか?」とか書いてきたし、実際の東北の知事の発言にもそのようなものがあった。私の意見は伝わっているとは思ったが、ここまで一致しているとはね。今後も私の代わりに発言してくれ。後は内閣がさっさとまとめて実行するのみだ、期待薄だが。

 私は、膨大なガレキや首都圏分を含めた建設残土の処理事業と津波危険地域のかさ上げを連動させ、事業規模を大きくしながら二度手間の無駄を省いてコストダウンする案を提案しつづけてきた。防潮堤事業とその上を走る交通機関の整備や復興を組み合わせれば、似たような効果がある。そんな理由で、常磐リニアを常磐海岸の防潮堤の上にのせてしまえ、という考えがでたのだ。
 仙台以北は東北新幹線のリニア化改造を提案しており、さすがに曲線の多くなる三陸海岸にはリニア新幹線は考えていない。だが、復興事業で残土などを効率よく遠方の首都圏を含めた地域から運ぶには、鉄道輸送を組み入れたい。地元ローカル鉄道をただ再建するだけでなく、それを盛り土部分の境の上に乗せて、そこで貨車から残土等を降ろして効率よく盛り土に使いたいところだ。
 
 岩手県知事からは「平泉の世界遺産登録による観光復興」の提案もあったが、大事なのは足。常磐リニアで首都圏から仙台までの時間が大幅に短縮されれば、その移動が楽になる。私は成田や茨城と羽田の各国際空港を結ぶリニア・空港リニアと、この常磐リニアの一体的整備を提案してきた。成田市経由の常磐リニアだ。超高速のリニアなら100キロの遠回りでも大したことはないから。
 実現できれば、首都圏の空港に降りた海外の観光客がそのままリニアで東北に行ける。当然、平泉行きも大変に便利となる。私は無責任な国際観光推進には大反対だが、リニアが大いに使えることは確か。小沢一郎の地元でもある岩手の県知事にも、恐らく何らかの形で私の意見は伝わっているとは思うが、常磐リニアは岩手のためにもなる点を再確認して、これとつながる仙台以北の東北新幹線リニア化を提案・推進してほしい。
 この事は、岩手県知事のもう一つの提案とされる「リニアコライダー加速器」という大規模な物理学実験装置の整備をきっかけとする先端技術の集積と新産業の創出、との案についても同様かもしれない。何せリニアだ、畑違いだが。首都圏との連絡の足は是非とも最先端のものにしておきたい。
 そして、何より、常磐リニアは福島県太平洋岸の原発被災地域の復興に役立つ。震災前、私は同地域は乗降客もすくなく、常磐リニア線内でも仙台への通過地域程度に考えていた。が、復興目的が加われば、かなり利用者数が小さな駅でも作り、2〜3時間に一本程度は各駅停車リニア列車を運転せねばならないだろう。耕作放棄農地への太陽光パネルの設置と新産業育成が望まれるのはこちらも同様だし。
 原発事故が終息しておらず、福島県知事が自分から言い出せない段階ならば、余計、宮城や岩手の知事らが言ってやれ。

 ところで、上記の宮城県仙台市の例とは、仙台市若林区の事のようだ。NEXCO東日本の仙台東部道路の盛り土の上に避難して助かった者は230名。仙台市が指定する地元の公立小・中学校等(道路より海側)は4つが水没したが、この道路は助かり、その盛り土が堤防となって水没を免れた地域もあるとのこと(朝日新聞4月24日14版社会面39面)。地元では以前から貞観津波級の巨大津波を警戒し、東北大学の今村教授等の専門家を招いて講演させてその危険や対策を考え、この道路を「一時避難所」に指定するよう請願していたが、その結果が出る前に今回の大津波となった点は、3月27日にも述べた。
 ただ、その時点では地区や道路の実名は出さなかった。ビデオもとっていないテレビニュースの報道だったこともある。が、原発関係で反原発の左翼の意見と紛れたり、地元が余計な所で変な目で見られるのも嫌だった。ちょうど、志方・元北部方面総監の話と同じだ。

 ところで、同じ新聞報道によると、仙台市の担当者は「住民の要望が本当に必要なことなのか勉強中だった」そうだ。これは役人のごくごく一般的な反応だ。本当に勉強していたならよいが、棚の上に書類を積んでおくだけで「検討中」と言う役人も相当に多いそうだ。既存の業者の利益だけ守ったり、人手が足りなくれとても手が回らなかったり。普通なら、それが日本社会とあきらめもしよう。しかし、今回は違う。これは問題になりそうだ。私もそう思う、自分の問題と似ているから。
 私の時も、「当該児童(私)が本当に毒物虐待など受けているか、調査中」とかいってごまかしたのか。何度も私が病院に担ぎ込まれるのでごまかしきれなくなり、ついに一時保護したは良いが、やりっぱなしでその後は放置に近い状態。幼稚園や学校などとの連絡も全く不十分で、犯人の親に騙された教師が虐待の片棒担ぎになる有様。しかも、小学校6年生の毒物殺人未遂の折は医者と名乗る者に後遺症まで確認させた上でもみ消しだ。調子に乗った犯人はその後も毒盛りを続けた。それも「調査した結果、異常なし」とでもしてごまかしたのだろう、関係クサレ小役人は。イヤ、役所の凶悪な共犯者どもは。
 そんな話を思い出した。この仙台市の例も深刻だ。死者多数を出したのだから。そんな申し出が「本当かどうかわからない」と言う役人などいない方が良い。新聞にも出た事だし、そこまで考えて、私も実名記述をした。安っぽい同情ではない、同じ「官害」の被害者への共感とは、このようなことだ。理解して償え、日本人。選挙で白紙投票をする者の気持ちを。
JR仙石線復旧作業 −軍・自衛隊の活用をー[2011年04月21日(Thu)]
最も被害が深刻な宮城県沿岸部を走るJR仙石線のガレキ除去作業を米軍が手伝う。仙台空港を一カ月で復旧させたのも米軍の助力によるところが大きい。同じ部隊かは知らないが。
 作戦名は「ソウルトレイン」。放射線風評被害を悪用した米国商務省の日本製部品輸入規制等に際して「トモダチ作戦が聞いてあきれる」と私に批判された為でもあるまいが・・・。

 繰り返すが、軍や自衛隊は戦争という極限状態で仕事をする為の組織。人海戦術の力仕事が得意なだけではない。工兵隊(自衛隊では施設部隊)などは戦場での施設建設や復旧を行う部隊だ。やっつけ仕事で戦場の橋や道路を新設する。空襲や砲撃、あるいは敵が撤退する時に意図的に破壊したものも緊急に復旧する。これは水回りなどの生活関連施設も同様だろう。多くの兵士を生活させねばならないのだから。海外への自衛隊派遣で最初に行ったのも給水事業だったか。
 被災地では下水道はおろか、上水道も破壊され、避難施設等の衛生状態が悪化している。病院とて苦しくなる。暖かくなって、寒さによる高齢者の死去やインフルエンザの危険が減っても、衛生状況の悪化による感染症の危険や、トイレの回数を減らすための水分欠乏に起因する症状は一向に減らないだろう。これは、虐待による極端な水分欠乏に苦しめられ続けた私にも他人事ではない。
 この際、自衛隊や米軍、場合によってはタイ軍等に水道関連施設の応急復旧、いや、間に合わせの簡易施設の新設等を依頼できないのか。日本人の一部NPO等が途上国で行ったような「ゴムホース簡易上水道」の緊急避難的な設置くらいならできるだろうに。あくまで正式復旧までの間に合わせ。こんな時の規制緩和は当然ではないのか。破壊が激しい被災地では、正式な復旧を待っていたら何年かかるか分からない。
 政府は被災自治体と連絡の上、この程度のことは早急に検討し実施せよ、会議ばかり立ち上げていないで。

 JR、旧国鉄の「仙石線」は、地元の世田谷区立の中学で私をいびり抜いてノイローゼにしてしまった悪魔のような不良公務員左翼教師、日教組教師、今にして思えば朝鮮人的な言動や顔つきだった教師が出身地だと語っていた地域だ。中学三年間の後は、私は教師も大人もほとんど他人は信用しなくなり、ほとんど話さなくなり、字の読み書きもほとんどできなくなったが。その不良教師は「東京の人間は(仙石線車両の)ドアの開け方がわからない」とか言っていた。
 寒冷地の鉄道では、特急でないローカル列車用車両のドアは一斉に開くものではない場合が多い。ドア開閉用のボタンがドア付近の車外にも車内にもあり、降りる客が自分でボタンを押してドアを開けなければ、乗る客がドアを開けねばならない。発車する時に車掌室から戸締めを確認(操作?)し、開いているドアだけ閉める。保温対策だ。最近は冷房効果を上げる意味もあろう。終着駅での折り返しの折などで、首都圏でも導入したいところだが。
 昔は、地方には、古い客車が機関車にけん引されるローカルの各駅停車列車も残っていた。ドアは手動で、意図的に閉じないと走行中もあけっぱなし。東北本線にはそんな列車も残り、雑多?な列車が走り、それが旅行時の楽しみでもあった。
 路線の全ての列車が「半自動ドア」装備の電車なのは、35年以上前は、仙台付近では「仙石線」という都会型?の路線のみだったろうと思われる。その教師が語っていたのは仙石線でほぼ間違いなかろう。それが今回の地震・津波で最大の被害を受けたのだ。阪神大震災時の朝日新聞社主の立場と同じになったわけだ、その超不良教師は。「あいつのせいで大勢の人が死んだ」とかな。いい気味だ。ざまを見ろ。

 仙石線の線路上のガレキを片付ける米兵は、普通なら「御苦労さま」だろう。が、宗教的な例え話で、「米国の強制した植民地体制で朝鮮人が日本で悪さをし続け、天罰が下って仙石線が被災し米兵が復旧する」となれば、自業自得ですらない。個々の兵士に罪が無いとはいても、「マッチポンプ」(自分で放火し自分で消防ポンプで消す)になってしまかねない。
 まあ、そんな宗教的解釈をとる者がどれほどいるかは知らないがね。阪神大震災後を見ると、全くいない訳でもないから、その不良教師への天罰と言えるのだが。そういえば、仙石線復旧作業の作戦名は「ソウルトレイン」。まさか朝鮮(韓国)のソウルではないよな。私には重なって見えるが、偶然かね? 日本人である私に同じ表記になるならそれで充分だが、表面的には、あくまで、魂(ソール)だろう。
東北の食糧基地化構想?[2011年04月18日(Mon)]
東北を食糧基地化するため町・村をつくりかえて農地を集約、壊滅した細かな漁港も集約する為の法案を、政府は提出する。前者は「新たな食料供給基地建設のための特別措置法」の名前も決まったとの事。例えば、壊滅した沿岸部市街地等は農地に転用して大規模農業が可能な農地にし、市街地は奥の安全な旧農地上に移転・集約、といったものだそうだ。地元自治体の意向を踏まえて「復興再生計画」を作り、「漁業」「都市」「農林業」などの地域を再設定する。
 実現できるなら全く結構な構想だ。水田農業などの大規模高能率化は私の大学院(博士課程)での研究テーマでもある。私が復興事業として述べてきた「町の作りかえ」のような大きな話の推進に使える法律になる事を期待したいし、行政側もそれを目指しているのだろう。
 だが、この手の話には常に「理想論」「机上の空論」の傾向も残る点も忘れてはならない。また、法律はしょせん法律でしかない。それ以下ではないが以上でもない。たかが法律、されど法律。公務員の仕事は法律に基づくが、それに基づいて仕事をしなければ意味がない。特に、日本の政治・行政権力の集中する公共事業の世界などになると、ひたすら工事、工事の連続で、そこに法律系の事務屋の出る幕はない。「法律の理想・発想は良いのだが」だけではダメなのだ、実際の事業は。その推進策いかんなのだ。法律は事業推進の枠組み程度のものと考えた方が良い。そうすれば、過度な期待も過小評価も避けられる。
 「法律さえ作れば済むと思っている者が多い」。構造改善局長か林野庁長官かをやった法文系の事務官僚の述懐に出てくる話だ。確かに霞が関や永田町にはそんな者が多いだろう、それが役目でもあるし。しかし、現場で事業の推進が必要な場合、話はまた別となる。現場は国会とは違うのだ。

 「農林省のバカが!」。祖父と名乗る者が良く言っていた。声が大きいから怒鳴るようにも聞こえた。静岡県カンキツ試験場の初代の場長で、日本園芸農業協同組合連合会の創設メンバーの専務理事(事務局長格)だったとされる者の発言だ。戦後の日本の農政は「選択的拡大」「適地適産」とかのスローガンのもと、コメと麦が主体の古い農業を改善し、畜産や野菜・果物(園芸)への選択的拡大を唱えた。経済成長期の日本の食の改善?(欧米化)と農家の収入増等々を狙ってだろう。
 各地域に適した作物を新たに植える、と促した。しかし、全体での数字を追うあまり、適さぬ地に適さぬ作物を植えさせて失敗したとか、不慣れな農家を増やして該当作物の市場での評価を下げてしまった、とも聞かされた。後者は上記の自称・祖父なども語っていたと記憶する。元からのみかん生産地帯の農家の農協組織だった日園連からすれば、みかんつくりに適さない地域の知識・経験も伝統も意欲も不足気味の「にわか・みかん農家」など迷惑。そんな産地のマズイみかんを押し付けられて市場での評価や価格の値崩れ等を起こしたのは痛恨事だったのだろう。
 戦後農政に対する批判には、反政府的・左翼的な無責任なマスコミ等による誇張も混じろうが、全てがマトハズレの批判でもなかったようだ。農政では「国や行政の案や計画」とやらが機能しない事がよくあったそうだ。農水省ならずとも、戦後の高度成長期の社会の激変にはついてゆけない側面があったし。
 農水省の理想とする(一点集中型?の)モデル農村建設案を広範なバラマキ政策にすり替えたりしたのは自民党だったと言われる。モデル事業による知識やノウハウの普及では時間がかかりすぎて各農村に金が行くのが遅くなる。当初はモデルに指定された農村だけ優遇されるようにも見え、逆に不満が出かねない。「行政による選別だ」とかいった批判は効いたのだ、左翼化・悪平等化した戦後の日本では。その辺が、農村部の不満を受け付け、そこからの票をまんべんなく集めたい自民党には、もどかしかったのだろうか。「行政の公平性を確保したい」とかいう話になったのか。

 戦争中や戦後の食糧難時代の必要から生まれた日本の農業政策の物資動員計画的な側面を指摘する声はある。が、日本の農業は国営産業とは違うので、国や県の役人が命じて出来るものではない。ましてや土地利用まで完全には決められない、共産独裁国ではないから。それ故、農業の「改良普及」などには手間も時間もかかるモデルの設定による情報伝達、周囲の説得といった作業が必要になる。いくら東京で「理想を目ざして作った法案」といっても、実現は別の話。その推進策こそ重要なのだが。そのような観点からすると、この「新食糧基地建設特別措置法案」は実物や推進策を見てはいないが、政治家に命じられた霞が関の理想を追った作文の疑いも感じない訳ではない。もう少し情報と整理の時間がほしい・・・。
 「新食糧基地建設特別措置法」の話を報じた朝日の記事にも懸念が述べられている。「ただ、住民の集団移住を伴うことも想定され、地元との合意形成は簡単ではない。」 具体的に合意を形成するのは国の役人でなく、あくまで地元の話。いちいち国の役人ができるわけがない。結局は委託を受けた地元自治体の職員だろう。しかも、同僚の多くを失った被災自治体の超多忙な職員だ、自身が被災者でもある。
 それとも、昔の「住宅都市整備公団」のような国レベルの「復興再建事業団」的な組織でも作ってくれるのか? それが窓口となって、各自治体に事務所や支部でも置き、国の各役所との連絡係をやったりしてくれればとも思うが。総合計画や規制緩和などの判断は仙台の復興庁、現場での合意形成の手助けや官庁との連絡は復興事業団、とか・・・。
 事業の推進に必要な「地元での事業の合意形成」が最も難しいのだ。その推進策等の話が最も重要なのだが、まだ聞こえてこない。ただ聞こえないだけか? 

 今後の続報を待とう。詳述はそれからだ。今の段階では、どうも。現場での事業推進上の具体的なイメージがわかないのは、単に情報不足なのか、イメージの基となるもの自体が存在しない為か・・・。
 良くある話だ。私の問題もそうだ。報道機関やら小沢一郎やらに何度も私の虐待の経験を書き送って、結果、最初の「児童虐待防止法」ができたようだが、法律という書きつけだけではほとんど意味が無い。その精神に基づいて自治体の関係部局の権限や職員が大幅に増強され、子供の保護が大幅に進んで、初めて意味が出てくる。だが、この最初の防止法は、「虐待の定義を明確にした」程度の効果しかなかった、とも聞く。虐待という事件・事案?に関わる者の法律上の解釈・判断等を助ける効果はあったろうが、これは学者先生の研究という論文作成作業のための資料か何かか? 言葉の定義の大切さを知る博士号を持つ者の疑問の声だから聞いてほしいものだ、そして極めて凶悪な虐待の被害者の。
 法律の制定作業が世論を喚起し該当領域に関心が集まる効果は指摘される。この児童虐待防止法の制定前後から急に虐待報道が増えた。それまで日本のマスコミは見向きもしなかった問題だ。虐待者の親に媚びて部数や視聴率を維持したか、マスコミは虐待者側の肩を持っていた。だから報道が増えただけでも改善だ、私には50年遅かったが。そんな効果はあったが、結局は自治体関係部局の強化などは全て財政難の自治まかせで、部分的な改善はあっても、全体で大きな前進があったとは思えない。

 上記の自称・祖父は横暴・傲慢で極端な非常識人間で、とても日本人社会には順応できない。そこで、愛人に産ませた子供(私)をかわいいからとわがままで家に引き込んだはよい、本妻(祖母)にメノカタキにされたという小説の筋も出来るのだ。実際に自称祖父はゴタゴタしか起こさない。自称・祖母は私をメノカタキにし、自称・父は左翼で朝鮮のスパイでいつも家の外でごたごたを起こして子供の私を身代わりにし、表面は私を虐待をしなくても自称母親の虐待は全て見て見ぬふり。私が成長すると試験前夜の虐待は自分でやったが。自称・母親はガサツでズサンで何一つまともにできないどころか、それを少しでも指摘されるといきり立って開き直って被害者ぶって私に当たり散らし続ける。異常に反抗的でルールや規則に従う精神が無いどころか、フテクサレと開き直りと弱者への当たり散らししかしない。従順さや謙虚さが全くない。日本人にとっては当然の掃除などさせようものなら「奴隷扱いされた」と、食事時には私を他の家族から引き離して二人だけで食べさせてなじり続け、食べ終わったときには毒を飲ませて食べた物を全て吐かせた。こんな悪魔どももみな日本人だと教えられてたが、これが三国人的、朝鮮人的(韓国人的)な特色だと知ったのは最近だが、遅すぎた。
 家族はみな、私への虐待をするか見殺しにするかが当然の日常だった。私という奴隷は虐待するのがルール。虐待でしつけるのが当然の美徳だった。誰も疑問にさえ思わない。だから、みかん産地から送り込まれる若い女のお手伝いまで私をバカにして虐待するし、6歳も年下の妹と名乗る女も私をバカにして「目下扱い」。未だにその「我が家の常識」は変わらない。

 クサレ小役人の日本政府が母親による毒物連続殺人未遂さえ見て見ぬふりして黙認し、結果として「連続殺人未遂という超凶悪犯罪の政府公認」をした。政府が私への殺人を認める以上、我が家では私の奴隷的立場は公認状態で、私へのあらゆる犯罪行為が認められた訳だ。しかも、校医と称するものに毒物(ヒ素)の痕跡である筋が出たのを確かめた上で握りつぶしたのだから、黙認程度では済まない。完全な政府の「お墨付き」だ。「毒なんて何度飲ませてもいいですよ、でも僕らに迷惑がかからない程度にしてね」とか。これは朝鮮人(韓国人)による竹島侵略や周辺の日本漁民の虐殺(銃殺)とにている。また、「福島第二原発」にある程度強固な津波対策を施しながら、それを下劣米人のGEの手抜き設計の古い「福島第一原発」にフィードバックしなかった事とも似ている。危険を承知しながら見殺しにした点だ。更に、見殺しだけでなく、役所の関係者が直接悪さもした。下水道事業団の理事長の子と思われるな名前のクソガキのアオった「ウジ太郎!」の大合唱で、私は以後の人生を全てノイローゼ状態、時の読み書きも不自由な状態で過ごした。
 それへの日本政府のけじめがいまだになく、一時保護の情報開示も罪人どもへの罰もない。その状況が続く以上、私は日本の政府も政治も信用しない、許さない。更なる天罰を求める。近所の旧建設省等々力宿舎、および元下水道事業団理事長と似た名の者が住んでいた家の更地化と売却も強く求める。国庫へ返すか賠償金に充てるか・・・。


 そんな状況でも放置し黙認し弱い立場の私にしわを寄せて保身を図ったのだ、日本のクサレ小役人は。役人を抜いては行政は出来ないが、役人だけに任せると、どんな偽善も野放しになる。そして、日本の政治家は、それを制御できない。自民党が責任を問われて下野し民主党が政権をとったので、私の問題の善処を期待したが、結局はだめ。私は民主党政権も信用しなくなり、「こんな奴ら(政府)とは距離を置く、離日だ」と書くにいたったのだ、東日本大震災の日の未明だが・・・。
 
 私の問題に話が戻ったわけだが、いくら政権が交代しても、私が虐待で殺されそうになって一時保護された時の情報を被害者の私にさえ開示もしないのはどういう事だ? 私を殺させようとし続けたばかりでなく、虐待に積極的に加担し続けた点に関して何のけじめもない。そして、毎日殺そうとした私に散々世話になる。こんなバカな話が許されてたまるか。直ちに結論を出せ。具体的に示せ。さもなくば、更なる天罰を天に求刑する形になるが、それで構わないわけ? 政府の責任でないからよいか、天罰は。「神様の話は私の管轄ではないから」とは宮沢大臣の話だったか、私には直接関係ないだろうが。それで責任逃れをしているとすれば噴飯ものだ。いい加減にそんな奴らはこの世から消えてほしい。
 そろそろ復興ブログからも離れたい。一カ月以上の無理で疲れた。
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