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できるに決まってる。[2016年03月13日(Sun)]




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『 ほぼ日 』の「 今日のダーリン 」( 糸井重里 )より




・無意識で、「できるに決まってる」と思うことが、

 つまり、その人の得意なことである。



 さぁ、ごはんを食べようというときに、

 「あ、おれ、ごはんを食べられるんだろうか。

 最初は食べられても、途中からむつかしくならないか。

 まてよ、いままではどうやって食べてきたんだろう」

 なんてことを、思う人はいない。

 ごはんを食べるのは、たいていの人間の得意なことだ。

 これ、病気になったりすると、できなくなる。

 「ごはんか‥‥食べられそうもないな」となったりする。

 得意だったことが、得意でなくなったのだ。



 ぼくはぜんそくで困っていた時期があったので、

 呼吸をするのが得意でない、という経験をした。

 ぜんそくの発作がでたら、無意識の呼吸ができないのだ。

 「苦しい。まず、おちついて息を吸うんだ、ゆっくり。

 吸えたら、こんどは吐く、あわてないで」

 というふうに、息を吸ったり吐いたりするのに、

 いちいち考えてやらなければならない。

 苦しいし、じれったいし、とても疲れる。

 この体験があったので無意識でできていることについて、

 ぼくは「得意だったんだ」と思うようになった。



 ある状況のなかで、アイディアが必要なことがある。

 むろん簡単なことではないのだけれど、

 「できるに決まってる」と思うことがとても大切だ。

 実際に、何度もそういう場面を経験してきた人は、

 かなり困難な場面であっても、

 「いずれは、できるに決まってる」と思っている。

 そして、「どれほどやってもできない」ことには、

 最初から手を出さないようにしているはずだ。

 この「ことばにしてない希望」があるのは、

 やっぱり得意だということなのだ。



 歩くこと、息をすること、食べること、

 だれでもが得意なことを、やりおおせて生きている。

 そこに肉付けするように、それぞれの得意が加わる。

 「できるに決まってる」ような気がすることで、

 ずいぶん、じぶんも周りも、助けられているように思う。



今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。

可能性があるのに、「できない」と思ってることも多い。






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