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第30回世界海事大学理事会等に出席(1) [2012年05月12日(Sat)]
連休の最後の5月6日(日)から世界海事大学(WMU)理事会(Board of Governors)出席のため、スウェーデンのマルメに出張した。

1年に数回あるWMUの理事会や執行役員会(Executive Council)には、前日到着、朝から会議に出席、会議が終わると空港に直行という1泊3日の出張が通常である。しかし、今回は、理事会(5月8日開催)の前日の午後に@WMU海事リスク・システム安全性シミュレーション研究室の開所式、及びA新大学ビルの鍬入れ式という行事があったので、2泊4日の日程で出かけた。

成田出発から11時間後の6日午後4時ごろコペンハーゲン空港に到着。気温10度ちょっと。出発時の東京の気温が25度ぐらいであったから、空港の外に出るとコートなしでは寒かった。車で海峡に架かる橋を通って対岸のマルメに渡り、定宿のマスター・ヨハン・ホテルに着いた。

翌日は、まずWMUで行われたWMU海事リスク・システム安全性シミュレーション研究室(the MaRiSa Simulation Laboratory)開所式に出席した。(註 MaRiSa: Maritime Risk and System Safety)

最初にビヨルン・シェルブWMU学長の歓迎の辞、関水IMO事務局長の挨拶があり、そのあとWMU3階にできたシミュレーション研究室に行き、ブリッジから見たボスフォラス海峡の航行の状況が映し出された正面の大きな画面を見ながらシミュレーションシステムの概要や研究室の訓練・研究の方向などについて説明を聞いた。

国際海運の健全な発展に必要な世界各国の海事関係の人材育成を目的としてIMOにより設立され、目下世界の海事教育センターに向かって体制を整えつつあるWMUには、このようなシミュレーション研究室が必要であり、時機を捉えた設置であると思った。

その後、車でWMUが移転を予定している新キャンパス予定地に移動して、新大学ビルの鍬入れ式(Symbolic unveiling ceremony)に出席した。新大学キャンパス予定地は、マルメ駅と道を挟んで隣りの「Tornhuset」と呼ばれる建物のある一画であり、Tornhusetはかつて市の港湾当局が使っていたマルメで由緒ある建物である。
Image892tornhuset120507.JPG
「Symbolic unveiling ceremony」は、直訳すれば象徴的除幕式であるが、日本でいう鍬入れ式である。WMU学長の歓迎挨拶に続いて、メトロプロスWMU総長(前IMO事務局長)、リーパルー・マルメ市長がそれぞれ演説をした。

今回のWMUキャンパスの移転は、敷地建物の提供と移転の費用はマルメ市持ち、という破格の条件で行われるものである。マルメ市は、WMUに対して創立以来一貫して積極的な支援を続けてきたが、今回も、マルメ市が市の再開発を進める中で、WMUの発展に見合った新キャンパスへの移転を提案してくれた。リーパルー市長の心のこもった演説をきいて私を含め出席者一同はマルメ市の今回の措置に大いに感謝した。

さらに、関水IMO事務局長の挨拶が続き、そのあと、Tornhusetビルを増改築して建てる新ビルディングについて、建築家キム・ウトソン氏がプレゼンテーションした。ウトソン氏のお父さんは、シドニーのオペラハウスを建てた有名な建築家で、同氏も有名な建築家だという。

その後、スピーチをした皆さんがヘルメットをかぶり、出席者一同が見守る中で煉瓦をセメントで接着してみせるあちら流の「鍬入れ式」を行った。
Image888WMUkuwairecelemony120507.JPG
気温は低かったが、陽の光が射す中でセレンニーが行われて、新ビルの建設はいいスタートを切ることができた。

予定では、来年の11月までに完成を見込み、来年のWMU卒業式は新校舎で行いたい、ということであった。(続く)
Posted by 寺島紘士 at 23:40
世界海事大学の第6回執行役員会に出席 [2012年04月11日(Wed)]
4月10日(火)、世界海事大学(WMU)の第6回執行役員会(EB)がスウェーデン・マルメにあるWMUの会議室で開催されて出席した。なお、前回のEBについては、本ブログ2011年11月17日をご覧いただきたい。

WMU執行役員会の出張は、会議の前日に日本(成田)を発ち、夕方デンマークのコペンハーゲン空港に着き、車で対岸のマルメに行き1泊、翌日朝からWMUで開催される会議に出て、終わり次第コペンハーゲン空港に取って返して夕方の日本向け便に乗り、3日目に帰日する、という1泊3日のコースが通常である。

体はきついが、成田−コペンハーゲン直行便を利用するので、海外出張としては簡単、と思っていたところ、今回は出発前にちょっとしたハプニングがあった。数日前になって搭乗予定の9日(月)日本発のスカンジナビア航空(SAS)は運航されないという連絡が入ったのである。

急遽代替ルートを検討して、結局、全日空でミュンヘンまで往き、そこからSASでコペンハーゲンに行くことになった。おかげでコペンハーゲン空港にたどり着いたのは、9日の夜8時半を過ぎていた。そこからマルメまで、WMUの車で30-40分かかる。結局、予定されていた夕食会には最後の部分だけしか顔を出せなかった。

翌日は、9時からWMUの会議室で第6回執行役員会が開催され、午後1時ごろまでみっちりと議論した。

今回の執行役員会には、直前になって来られなくなったInternational Registries, LLCのMr. Clay Maitlandを除く10人が出席した。トーベン議長が今回は全員出席になるはずだったのに、と残念がっていた。

会議は、9時から議長のトーベン・スカーニルド氏(BIMCO事務局長)のリードで始まった。

アジェンダの採択、前回(2011.11.16)の議事録の承認の後、ビヨルン・シェルブ学長が、WMUの学位認定に向けたスウェーデン国内等の動き、WMUの新大学施設の建設・移転の動き、教員の採用、財政、卒業生会議、IT、…など、現在のWMUの状況を手際よく報告した。その主な動きについては、適宜、稿を改めて報告したい。

さらに、IMO Council(国際海事機関理事会)に提出するWMU Board of Governors(世界海事大学理事会)報告が諮られた。

次に、2011年決算、2012年予算、2013年予算当初案などの財政関係事項が議論された。

コーヒーブレークの後は、ベルフォンテイン教授の学術担当副学長正式就任の承認、給与改定、退職年齢の変更その他の具体的な管理事項について審議した。

これらに対して議長や出席メンバーから、例によって意見や質問が次々と出され、活発な議論が行われた。審議の中で、前回に続いて、トーベン議長が、盛んに透明性の確保と比較検討できる資料の作成・提出を大学当局に求め、また、WMUの国際機関としての位置づけについては費用負担を含めてIMOの考えの明確化の必要性を指摘した。審議された案件のうちいくつかはそのラインに沿って継続審議となった。私もそれに賛成した。

会議が閉じられた後も、あちこちで情報・意見交換の輪ができていたのが印象的だった。
近年懸案として取り組んできている大学改革、その中における執行役員会EBの役割がだんだん目に見えるようになってきた。

それから会議参加者がテーブルを囲んで昼食をとった後、車でコペンハーゲン空港に直行し、帰りのSASの成田直行便に乗ったのは10日午後3時半前だったろうか、北欧滞在20時間を切るあわただしい出張となった。
Posted by 寺島紘士 at 23:11
世界海事大学の第5回執行役員会に出席 [2011年11月17日(Thu)]
11月16日(水)、世界海事大学(WMU)の第5回執行役員会(EB)がロンドンのIMO(国際海事機関)の会議室で開催され、出席した。なお、前回のEBについては、本ブログ本年3月31日及び4月4日をご覧いただきたい。

タクシーで朝のロンドンの市街の交通混雑を縫って行き、ホテルから約30分でIMOに到着した。会議が始まるまでちょっと時間があったので、次期IMO事務局長の関水さんのところに表敬訪問した。

関水さんは、早朝なのにすでに机に向かって仕事をしていたが、突然の訪問にもかかわらずにこやかに迎えてくれた。来年1月の事務局長就任への気魄十分な様子がうかがえて頼もしく感じた。12月の帰国の際に講演をお願いしてみたところ、短い時間でよければやりましょうという返事をいただいた。今回の帰国では政府要人との面会などがありご多忙と思われるが、日程の調整がうまくいけば、海洋フォーラム特別版で関水さんに今後の抱負などを語っていただくことができるかもしれない。

さて、執行役員会は、9時過ぎから議長のトーベン・スカーニルド氏(BIMCO事務局長)のリードで始まった。

アジェンダの採択、前回(2011.3.30)の議事録の承認の後、ビヨルン・シェルブ学長が全般的な学長報告を行った。

先ず、@懸案の大学の運営資金については、IMOから2012年及び2013年についても技術協力基金の果実から支援を受けられることになったこと、A懸案のWMUの学位認定については、WMU所在国スウェーデンの国会議員有志がスウェーデンの国内法を改正して学位を認める取り組みを進めていること、BWMUの新キャンパスへの移転については、2012年5月から建設工事が始まり、2013年7月には移転できる予定であること等、懸案事項についての最近の動きが次々と報告された。 

学長報告は、さらに続き、2011年予算の状況及び2012年の予算の見込み、修士・博士コースの改革・レベルアップ、コストに基づく学費制度の検討、2012年の入学数の見込み、3,000人を超えた卒業生の状況、研究の進展状況、新しいPDC(専門能力開発コース)の枠組み、イー・ラーニング等々に及んだ。

さらに、大学の財政の持続可能性、授業料の新提案、教授等の採用状況、アカデミック・ハンドブックの作成、WMU上海事務所の上海センターへの格上げ、新しいWMUのロゴなどについて、学長に加えて、管理担当のイール課長、学術担当のベルフォンテイン副学長からも、それぞれ説明があった。

これらに対して議長や出席メンバーから、意見や質問が次々とあり、活発な議論が行われた。トーベン議長が、審議の中で盛んに透明性の確保と比較検討できる資料の作成・提出を大学当局に求めていたのが印象的で、私もその趣旨に賛同した。

2年前のWMU改革では、WMU憲章を改正して、それまで理事会メンバーから選出された執行理事で構成されていたEC(執行理事会)が、EB(執行会議)に改組された。EBには理事も私を含めて3人ほど入ってはいるが、EBメンバーの多くは、理事ではない。また、議長のBIMCO事務局長のトーベンさんをはじめとして国際海運の第1線で活躍している人が何人かいるのもこれまでと異なる。
 
今回の会議では、そのような執行機関EBを新たに構築したことの効果がだんだん出てきていることを感じた。

1泊3日の強行日程で出席した今回のEBだが、その甲斐があったといえる会議の内容だった。次回は、2012年4月10日に開催される。(了)

Posted by 寺島紘士 at 21:14
世界海事大学理事会に出席 [2011年06月04日(Sat)]
6月2日(木)にスウェーデンのマルメ市で開催された世界海事大学(WMU)の第29回理事会に出席するため、6月1日から1泊3日で出張した。

WMU関係の行きなれた出張であったが、今回は、行き帰りの交通でいろいろなことがあった。まず、6月1日(水)出発のスカンジナビア航空の便が機材の入れ替えなどで3時間遅れとなり、思いがけず、成田空港で3時間ほど時間つぶしをする羽目になった。昼近くからはANAラウンジも人影が少なくなり、珍しい体験をした。

さらに、乗った飛行機が、11時間の長旅を終えてコペンハーゲン空港に現地時刻6月1日午後7時に到着した時には、来ているはずWMUの出迎えが、見当たらないというハップニングがあった。

どうしようかと思案しながら待つこと15分ぐらい、ふと見ると、WMUのマークを書いた紙を持った若者がやって来て一件落着。どうも私の乗った飛行機の延着時刻の情報が正確に伝わっていなかったようだ。

実は、この日の夜はマルメ市のタウンホールでマルメ市主催の夕食会が開催されることになっていた。そこで、ホテルにもよらずに会場に直行して、幸い、何とか夕食会の冒頭に間に合った。

WMUのシェルブ学長や元米国コースト・ガードのカードさんなど顔見知りの人たちに挨拶をして席に着いた。テーブルではジャマイカ海事局長のブレイディーさんとお名前は聞き漏らしたがマルメ大学教授と隣りあわせとなり、話が弾み、2時間を超える夕食会を楽しむことができた。

マルメ大学教授からは、全般的に人口が減少傾向にある中でマルメ市は人口が増えていること、世界各地からの移民が多いことなど、現地の話をいろいろ聞いて参考になった。理事会の席上だけでなくこのような場でのコミュニケーションも結構重要である。

夕食会には、中澤武先生や北田桃子さん、小島さんなども参加していて話をすることができた。最近、教師陣に日本人が増えてきたのはうれしいことである。(続く)
Posted by 寺島紘士 at 01:16
世界海事大学第4回執行役員会(2) [2011年04月04日(Mon)]
3月30日(水)朝、定宿となっているマスター・ヨハン・ホテルを発って世界海事大学(WMU)に行き、第4回執行役員会(Executive Board。以下「EB」)に出席した。

11人のメンバーのうち、今回は8人が出席した。アジアからは、小生のほか、フィリピンのドリス・マグサイサイ・ホー女史(A. Magsaysay Inc.会長)が出席した。

午前9時、会議が始まった。
会議の最初に、新たに議長に就任したToben Skaanild氏(BIMCO事務局長)のリードで、WMUの理事会(BoG)、EB、及びWMU当局の3者の関係について議論した。1月に開催された前回の執行役員会(小生は都合により欠席)でもこの問題は議論されたようであるが、3者間の役割分担の明確化、その中でのEBの役割などについて議論が行われた。

続いて、昨年から議論して固めてきたWMUの戦略的ビジョン計画2010−2015、発展計画2011−2013、ビジネス計画2011−2012について簡単なレビューを行った後、懸案となっている財政事項について審議した。心配された2010年は、マルメの入学学生数が100人を超え、決算は当初の見込みよりかなり改善された。2011年、2012年の入学学生数や予算の見込みはまだまだ厳しい状況にあるものの、先の見通しに明るいものが見えてきた。

続いて、財政問題と並んで当面の重要事項であるWMUの学位の認定について議論した。WMUは国際的な教育機関であり、スウェーデンの教育制度に属していないので、その授与する修士号は、スウェーデン政府からは正式のものとして認められていない。これはスウェーデン以外の国との関係においても同様である。これでは、WMUがいかにレベルの高い教育研究をしていても、卒業生は、それに見合った評価を受けることができないし、ひいてはWMU自身が十分な財政的基盤を築くことの障害になる。そこで当面この問題に重点的に取り組んでその解決を図っていくこととなった。

ここで昼食の時間となり、EBの議論が、昼食後までずれ込んだが、私は、残念ながら帰りの飛行機の時間が迫ってきたので、会議終了前に一足早く会議室を後にした。

WMUは、新たな状況に中で大学をどのように運営していくか、今大きな転機を迎えているが、その取組の方向がだんだん明らかになってきたことを実感する会議となった。

WMUでは、キャンパスをマルメ市の一等地に移転して収容力を増やす計画が始まっており、2012年中には移転が実現する見込みである。近い将来に名実ともに新しいWMUが出現することが期待される。(了)
Posted by 寺島紘士 at 22:57
世界海事大学第4回執行役員会 [2011年03月31日(Thu)]
3月30日(水)に開催された世界海事大学(WMU)の執行役員会(Executive Board)に出席するため、29日からスウェーデンのマルメ市に出張した。

第4回となる今回の執行役員会は、これまで議長を務めていたJan Kopernicki氏の辞任に伴って新たに議長に就任したToben Skaanildg氏(BIMCO事務局長)が主宰する初めての役員会である。

近年WMUは、新たな発展段階にさしかかっているが、同時に新たな状況に中で大学をどのように運営していくか、今大きな転機を迎えている。

年度末の多忙な時期に出張するのはきついが、出席してこれらの議論に参加し、全体の状況を把握しておく必要があると考えて1泊3日という強行日程を覚悟で出張した。

WMUは、国際海事機関(IMO)によって各国の海事関係の人材育成を目的として1983年に設立された大学院大学である。国際的な空間である海洋を活用して世界経済を支える国際海運が円滑に行われるように、それに関わる様々なルールを審議、決定、実行するのがIMOの役割であるが、WMUは教育・研究面でそれを支えている。

WMUは、設立当初は主として発展途上国の海事関係の人材育成を目的としていたが、この30年間で経済のグローバル化が進展し、国際的な海運活動の担い手が大きく変化・拡大したのに呼応して、近年ではIMOと連携したハイレベルのユニークな国際海事教育機関として大きく発展した。

しかし、他方で、大学の発展に旧来の運営システムが追いつかなくなってきた面があり、2009年11月にIMO理事会で大学の目指すべき方向、運営のあり方を定めるWMU憲章について創立以来の大改正が行われた。その重要な改正のひとつが執行役員会(Executive Board−EB)の設立である。

これまであった執行評議会(Executive Council)が、WMU理事会(Board of Governors)メンバーの一部で構成されていた評議機関であったのに対して、新たに設置されたEBは、11人のメンバーのうち理事会メンバーは3人だけであり、どちらかというと会社の執行機関に近い性格が期待されている。しかし、新しい組織であるだけに、その性格、役割、特に理事会との関係などがまだ明確でないところがあり、いまだにその在り方について議論が続いている。

したがって、今回のEBでは、新しい議長のもとで、これまで3回行われたEBの議論を踏まえつつ、この辺がどのように議論され、整理されるのかが一つのポイントであった。

執行役員会の議論については、その性格上、あまりオープンにできないことも多いが差支えない範囲で、今回のEBについて、さらに回を改めて報告したいと考えている。(了)
Posted by 寺島紘士 at 23:42
世界海事大学の移転 [2010年11月06日(Sat)]
11月3日(水)、ロンドンのIMO(国際海事機関)会議室で開催された世界海事大学(WMU)の臨時の理事会(Board of Governors)に出席した。今回は、臨時の理事会ということでいつものマルメ市ではなくて、ロンドンのIMOで行われた。改装後初めてIMOのビルに入ったが、3階が会議室スペースとして使いやすくなっていた。

折からIMOでも理事会(Council)が開催されていて、1階の会議場を覗くと熱心な討議が行われていた。

今回のWMU臨時理事会には20名強が出席したが、その大半が各国のIMO代表から選出された理事であった。ほかにもロンドンに本拠を置く海事関係機関から2‐3人出席していたが、遠くから駆けつけたのは、トルコのユルドリム運輸大臣や私など少数だった。

今回、理事会を臨時に開催したのは、創立以来WMUに敷地・建物を提供し、またその経費を負担してくれているスウェーデンのマルメ市から、WMUの敷地・建物をマルメ市の中心地に移転する提案があって、11月末までにマルメ市にその返事をする必要があったためである。

WMUの敷地・建物の移転については、WMUの建物が経年劣化してきていたことから2年ぐらい前にマルメ市から打診があって、以来、WMUの大学当局とマルメ市が話し合っていた。

そして今年になって、マルメ市の一等地であるマルメ駅に隣接する「Old Port Building(古い港ビル)」が移転先として具体的に提案された。

マルメ港湾当局が入っていたこのビルは、遠くからも見える尖塔を持ち、マルメでよく知られた由緒ある建物である。しかも、WMUが現在策定中の「戦略ビジョンプラン2010−2015」で構想している運営・学術・研究上の拡充ニーズに応えるために、マルメ市が、それに合わせて建物内部を改装するだけでなく、さらに「Old Port Building」と一体的に使える別館を敷地内に新築してくれるという好条件である。これにより、使用可能スペースは、4,000u以上(現行は3,200u)になるという。

通常このような移転に際しては、その費用が問題となる。まして、目下、WMUは財政状態が楽ではない。しかし、ありがたいことに、移転およびそれに伴う運営費用はこれまでと同様にマルメ市が負担してくれるという。

1983年に大学創立以来、マルメ市はWMUのために施設・運営面で多大な支援をしてきてくれた。世界中から海事関係の学生が集まってくるWMUがマルメ市にあることは、マルメ市にとってもメリットがあり、市の発展に貢献してきていることは間違いないが、それを差し引いてもマルメ市のWMU創立以来の一貫した誠実な支援には頭が下がる。

臨時理事会では、先ず、冒頭にWMU総長で同理事会議長を務めるIMOのメトロポロス事務局長が、「新しい大学プラン」と題してWMUの「Old Port Building」への移転の議題を説明し、本件に関して11月までにマルメ市に回答する必要があるために理事会としての審議・決定を求めた。

続いて、マルメ市から出席した市の不動産、建築の各責任者が、移転の概要についてパワーポイントを使って丁寧に説明した。

そのあと審議に入ったので、私も発言を求め、概要次のように移転に賛成し、マルメ市の申し出に対して感謝の意を表明した。

「私は、先般、WMU執行役員会のメンバーとして、今回の移転計画を支持したが、今回は、理事の一員としてWMUの移転計画に支持を表明するためにロンドンまでやって来た。
WMUが、IMOに協力して、必要な海事関係の教育・研究、人材育成の推進に強力に取組んでいくためには、近代的なインフラの整備が必要である。今回のマルメ市からの大学移転の提案は、これを可能にするものであり、この移転計画に賛成する。
しかもこの計画は、移転に必要な費用等をマルメ市が負担するものであり、今回の移転を含めて、マルメ市のWMUに対する寛大、かつ継続的な支援にこの場を借りて厚く感謝申し上げたい。」

前後して、各出席メンバーからも次々と発言があったが、費用負担などについての確認的な質問のほかは、移転について賛成する発言が相次ぎ、結局、理事会は全会一致でWMUの「Old Port Building」への移転計画を承認した。

この「Old Port Building」への移転が、WMUの新たな発展の幕を開くものとなることを期待したい。

理事会は、最後に、マルメ市に対して理事会として感謝の意を表して閉会した。(了)
Posted by 寺島紘士 at 17:25
世界海事大学(WMU)学長来訪 [2010年10月21日(Thu)]
10月20日(水)、スウェーデンのマルメ市にある世界海事大学(WMU)のビヨルン・シェルブ学長の来訪を受けた。韓国で開かれた会議に参加した帰りだという。

世界海事大学の改革については、このブログでも再々取り上げてきたが(2009年6月16日2010年4月15日4月20日等参照)、昨年11月のIMO理事会で1983年創立以来のWMU憲章の大改正が行なわれた。

その結果、理事会は、理事の定員が削減され、構成が変更されるとともに、執行評議会(Executive Council)は、執行役員会(Executive Board)に改組され、大学運営にこれまで以上に積極的な役割を担うことになった。

私は、これまでWMUの理事会及び執行評議会のメンバーを務めてきたが、改組後のWMU理事会及び執行役員会においても引き続きそのメンバーを務めている。

ビヨルン学長は、11月はじめに開かれるWMU臨時理事会の議題であるWMU校舎の移転問題を中心に、最近の大学の運営状況、問題点とそれに対する対応について説明してくれた。

話を聞いていると、新しく動き出したWMUの運営体制の下で、理事会、執行役員会、国際海事機関(IMO)の三者相互間、及びこれらの機関と大学との円滑な関係構築に苦心している様子が窺われた。

なかでもWMUを創設し、現在もWMUの運営に大きな影響力を行使しているIMOが、財政面ではこれまでWMUを支援してこなかっただけでなく、今後の支援についても依然としてネガティブであるという。IMOが、WMUの運営に財政面でもある程度の責任を負って関与する体制の構築が必要であるという点で学長と意見が一致した。

今日、WMUが、IMOの活動に人材育成面や研究面で重要な貢献をするようになってきていることは明らかである。現実は厳しいが、IMO(又はその加盟国)がWMUの持続可能な発展を責任を持って支援する体制をどうしたら構築できるか考えてみたいと思った。

11月の臨時理事会での再会を約してビヨルンさんと別れた。(了)
Posted by 寺島紘士 at 00:02
世界海事大学第28回理事会に出席 [2010年06月20日(Sun)]
6月16日(水)は、午前9時から午後3時までマルメ市役所で開催された世界海事大学(WMU)の第28回の理事会(Board of Governors)に出席した。

朝8時半にマスター・ヨハンホテルを出て広場を横切ってマルメ市役所に行く。いつも理事会が行われるこの市役所の会議場は、もうすっかりおなじみである。

重い扉を開けて階段を上り、会議場に着くとまだ他の理事の姿はなく、すでに席について準備していたWMUビヨルン・シェルブ学長と秘書のエバさんに挨拶をした。

WMU理事会のときは、市議会議員と思われる名前が表示されている席にWMU理事の大きな名札が議長席から見えるように置かれる。その席について理事会が始まるのを待った。

席はアルファベット順になっていて、右隣がイランの道路・港湾海事交通大臣特別顧問の Ali Taheri博士、左隣が米国バッファロー大学のマイロン・トンプソン教授で、いずれも以前からの顔なじみである。

昨年11月に改正された憲章によれば、理事会は、大学総長(Chancellor)、IMO事務局長から任命されたメンバー(30名以内)およびIMO事務局長・スウェーデン政府代表・マルメ市代表により構成される。なお、事務局長は、官学民の有識者等で構成する諮問会議と相談して30名のメンバーの任命を行うこととなっている。

新しく選出された理事30名の構成は、政府部門から16名、海事関係組織・会社から9名、教育・研究機関から5名となっており、今回は、その新しく構成された理事会の初めての会議である。

会議の主たる議論は、IMO理事会に対するWMUの2009年年次報告、WMUの戦略計画等に関する議題と、2009年決算、2010年予算、2011年予算案など財務的な議題について行なわれた。

憲章改正により理事定数の削減、選出方法の変更が行なわれたので、新しく理事として加わった人がかなりいる。そのこともあってか、理事会と執行役員会との関係その他の基本的な事柄についても活発な議論が行なわれた。

特に、WMUの財務・経営については、長年WMUを支援してきたいくつかの国が近年支援を取りやめる一方、世界的な経済危機の中でそれに替わる新しい支援がなかなか見つからなかったことから、高等海事教育・研究の世界センターとして認められようになったWMUの持続可能性をどう確保していくのかについては熱心な議論が行われた。

席上、直前の6月7−11日に開かれたIMO理事会でIMOの技術協力基金からWMUに対して2010年および2011年に25万ポンドずつ短期に資金援助が行なわれることが決まったことが報告された。

WMUは、1983年にIMOにより設立されたが、IMOから資金的な援助を受けるのはこれが始めてである。IMOが資金面も含めてWMUの運営に責任を持って臨む姿勢を明らかにした今回の措置は各方面から好感を持って受け止められている。

資金協力の落ち込みに伴って顕在化したWMUの今回の困難への対応はこれでとりあえず目途がついて、議論は、財務面を含めて中長期的なWMUの戦略計画のあり方に移ってきた。

これに対する対応としては、次の二つスケジュールが示され、引き続き議論していくことになった。
ひとつは、来月に開かれるWMU執行役員会における「戦略計画(計画期間2010−2030年)」(案)の審議、もうひとつが、次のIMO理事会における健全で持続的なベースでWMUの財務を確保するための措置の審議である。

今回の理事会では、限られた時間を有効に使って、真摯に実質的な議論が展開されたと思う。WMUの新しい発展段階に相応しい理事会として機能していくことを期待したい。

理事会終了後、その場から何人かの理事と一緒にWMUの車でコペンハーゲン空港に送ってもらった。
帰りは、適当な直行便がないため、コペンハーゲン−フランクフルト−成田のルートで日本に向った。しかし、中継のフランクフルト空港が航空機の離発着で混雑していて同空港への到着が遅れ、到着ゲートを出たときは全日空便の出発時刻まで1時間を切っていてた。

大急ぎでターミナルAからターミナルBまで移動して搭乗開始時刻5分前にようやく全日空便出発ゲートに到着、無事機内に乗り込んだときは正直ほっとした。搭乗してから飛行機が動き出すまでさらにまた時間がかかったが、機内に乗り込んでしまえば一安心。

6月16日の全日空航空成田行きNH210便は、定刻を45分遅れて午後9時半にフランクフルト空港を出発した。夜9時半過ぎても太陽はまだ地平線の上にあって外は明るい。日がなかなか沈まない夏至直前の欧州を後にして一路日本に向う。離陸すれば11時間25分後には成田である。(了)
Posted by 寺島紘士 at 16:17
コペンハーゲン行きの機中で考えたこと [2010年06月16日(Wed)]
6月15日、11時40分成田発のスカンジナビア航空SK984便でコペンハーゲンに向けて出発した。10時間25分の旅である。季節が良いせいかビジネスクラスは、ほぼ満席だ。

今回の出張は、6月16日午前9時から3時までスウェーデンのマルメ市役所で開催される世界海事大学(WMU)の理事会に出席するためである。WMUの理事になったのは2002年、理事会は年に一度開かれるので今度で9回目の出席ということになるのだろうか。

本ブログでもたびたび紹介してきたように、WMUについては、昨年11月に国際海事機関(IMO)の理事会でその憲章について創立以来の大改正が行われており、理事会(Board of Governors)もその構成・任務等が改正された。今回は、その新しい理事会の初めての会議である。
(なお、執行評議会(Executive Council)から改組された執行役員会(Executive Board)の第1回会合については本ブログ4月20日等を参照されたい。)

したがって、今回の会議では、IMO理事会への年次報告、決算・予算等の恒例の審議事項のほかに、WMUのミッション、責務、それを達成するための行動計画、財政的基盤などについての戦略的な議論が行われることになるだろう。

国際化が進展する海事社会が必要としている海事関係の人材育成と、海事に関する科学技術の研究において、WMUは今後どのような役割を担っていくべきか、が議論のひとつの焦点になる。

経済のグローバリゼーションの進展の中で、それを物流面から支える海運活動がますます重要な役割を担うようになってきていることは論を待たない。

そして、海運活動の多国籍化の進展に伴い、中進国・途上国が、海運活動の担い手として力をつけてきて、実際の海運活動の重要な一翼を担うようになってきている。

そのような大きな流れの中で、WMUも当初は途上国の海事関係の人材育成機関として出発したが、今や海事社会全体にとっての基幹的な海事教育機関として認められるまで成長してきている。

このような海事社会およびWMUの成長を踏まえれば、ここはIMOを中心にして各国及び海事関係者が、これからの海事社会が今後WMUにどのような役割を期待するのかを改めて検討して、その実現を可能にする仕組みを構築するために知恵を出し合って取組むことが重要である。

先週開かれたIMO理事会でWMUに対する持続可能な支援に関して議論が行われたと聞いている。今回のWMU理事会でその結果を聞くのも楽しみである。

ふと、機窓から下を見ると、4月の末に見たときには真っ白だったシベリアの大地が、雪が大部分融けて川や池の水が光っていた。季節が確実に移っているのを実感した。(了)
Posted by 寺島紘士 at 01:12
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