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竹腰周治さん、30年間の同期会幹事ありがとう! [2009年07月05日(Sun)]
7月4日(土)、5日(日)と大学同期の仲間、毎月の飲み会の小料理屋「うちだ」のママ、アルバイトの皆さん、総勢16名ほどで熱海へ一泊旅行しました。私の妻も同行。

目的は、東京で経営していた会社を閉めて郷里に帰ることになった、大学同期生の竹腰周治さんの歓送でした。

彼は、1979年(昭和54年)に東京商船大学航海科を卒業してから、30年間ずっと続いている毎月の同期の飲み会を支えてきました。思い出すと、大学卒業して若い頃に幹事をしていた彼は、6時頃になっても退社できないメンバーのために、店の人に断りを入れながら一人で居酒屋の席を確保していました。「お前ら、ええ加減にせぇよ!」と、駆けつけてきた私たちを見て、ほっとしながら言っていたことを思い出します。

大学時代から毎年夏は、同じメンバーの同期の実家が熱海でメーカーの保養所を営んでいたことから、熱海ツアーをしていました。東京駅を出てから東京駅へ戻るまで飲み続けのツアー。そして初島へ出かけては、素潜りでさざえをとり、岩場でさざえの壺焼きをビールのつまみにしていました。ツアーは、保養所が幕を閉じる数年前まで続いていました。


プレゼントされた外国製のヘルメットにご満悦のたけこし


彼は、郷里の飯田市に帰って林業をすると言っています。実家は以前製材所を経営していて、彼は小さいときから山に親しんでいました。大学は「海」を選んだ彼ですが、貿易会社を設立しやることをやり尽くした後には「山」へ帰ります。

今回は、そんな彼の第二の人生の旅立ちを祝して、30年来の思い出の地・熱海への旅行が開催されました。

彼は「都会で疲れた子供たちに、山に親しませ、自然の素晴らしさを教えたい。子供たちが小さいころに自然に親しめば、大人になったとき日本は変わる」と、元気に言います。

「俺も山に行きてぇな」という我々に対して「1年たったら呼んでやるよ。俺がお前らに教えてやる」と言う彼のたくましさがまぶしかったです。50歳代なんて、まだまだ若い!

これからも、末長くよろしく!

■てら