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2019年09月28日

遅まきながら知った、公的年金システム 自分が掛けた分ではなく、現役世代からの仕送りだった

朝日土曜版の読者とつくるアンケートの先週のテーマは「老後の貯蓄していますか?」でした。
例の2000万円問題もあって、このような企画記事・アンケートは盛況のようです。
しかし、良く読んでみると、関心のある世代間ギャップが浮き彫りにされています。

g3.jpg
回答者数1683人の内訳は、中高年が圧倒的に多く、10〜30代は3%しかいません。
考えられる一番の理由は、新聞を読んでいないこと。
私たちの世代では、通勤電車の中では、朝は新聞、夕方は週刊誌、夜文庫本でしたが、今の若い世代はスマホなのですから、納得します。
それ以上に、今の若い世代は、将来自分たちが貰えるかどうなるか解らない老齢年金のことに関心がないのでしょう。

私たちの世代の公的年金に対する考え方は、「世の中、景気がどうなろうと、支払った元手分ぐらいは、多少の利子がついて、戻ってくるだろう・・・払わないとゼロになるかもしれないから年金掛け金は払っておこう」でした。
しかし、退職後、同じ団塊世代との交流掲示板で指摘され、初めて、現代の日本の年金システムを理解したと云うお粗末さです。
私たちが現在貰っている老齢年金は、現役時代に支払って掛け金の分を貰っているのではなく、今、現役世代が支払っている掛け金から貰っている。
つまり、若い、現役世代からの仕送りなんです。
そんなことも知らないで、年金・退職・シニア・団塊世代向けのサイトを運営していたのです。

アンケート欄では、老後資金として必要と思う金額と、目標額への達成度を聞いています。



政府が6月にまとめた報告書による夫65才以上、妻が60歳以上の無職の夫婦が、30年間生きていく場合、年金収入だけでは足りず、約2000万円の蓄えが必要しているのを反映しているように、中央値は2000〜3000万円に位置しています。
そして、達成度も現代の日本の労働・格差社会を的確に表すように、二分化しています。
1/3は既達成している・・・は
きっと回答者多数の70〜90代の方々で、達成しそうにないもと答えた1/3の方々は40〜60代の方々なのでしょう。

アンケートはこれらの資金の貯め方について聞いています。

老後の貯蓄を増やす方法は?
生活費や光熱費を節約         826人
老後も働き続ける            720人
健康管理を心掛けて医療費を抑える 694
外食を控える           601
旅行やレジャーの出費を抑える   480
携帯電話などの通信費を節約する  446
趣味・嗜好品の出費を抑える    406
退職金をあてる         393
自動車を持たない        345
金融商品の利回り        296

これらの回答も多分、60代後半から90代の方々の回答なのではないでしょうか?
現役世代の方の言い分は
「こんなチマチマとした節約だけでは、老後資金の2〜3000万は絶対貯まらない」
「今の年金受給世代とは違って子供の教育費が大きい」
「高金利時代のただ銀行に預けておくだけで良かったのと時代が違う」

これらの増やす方法を見ていて私も思いました。
これらの回答は、増やすのではなく減らさない、日本人の典型的美徳経済哲学なのでしよう。
これら回答を全てを普段からやって行くのですか?
何が楽しみの人生なのですか?
最後の退職金を充てる・・・に世代を感じました。

では、貴方ならどうするの?の問いには
 チマチマと節約するより、
 不安全・不確実な投資をするより、
 「稼ぐに追いつく貧乏なし」です。
 夫婦二人でもっと働けば良いのです。
 もっと給与の良い仕事につくか、ダブルワークするか、起業するか。
 その上で、不必要な経費を少なくする。
お金の使い方にメリハリ・強弱をつけないと長続きしない、まらない人生になってしまいます。
少なくとも、一年に一度は夫婦二人で決算書を造り、相互確認することから始めて下さい。


posted by 西沢 at 08:08| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年09月26日

国連環境会議、スウェーデン高校生の一言「how dare you」

「よくもそんなことを」先日、世界を駆け巡った英語です。
国連環境会議でスピーチしたスウェーデンの高校生少女の言葉
それにしても・・・何で彼女はあんなに英語しゃべれるのか?

globe01.jpg古い、旅仲間の友人の話を思い出しました。
彼女は日本の超エリート医科大出身の研究者で、70年代にスウェーデンに留学していました。
当初、ストックホルムでは、アジア人女性として好機の目、セックスの対象、難民として見られ、嫌な思いを沢山したと云います。
その当時、大量のベトナム難民を受け入れており、労働者階級を中心に、何で我々の高い税金を使って、彼らを養っていかねばならないのかアメリカがどうにかしろ、肩代わりさせろと云う意見が多かったのです。

これらの難民は、文法が世界一難しいと云われるスウェーデン語はもちろん、公用語化しつつあった英語もしゃべれず、低所得者階層からの差別の対象となっていたのです。
日本の医学会のエリートの彼女も同じアジア人、それも大柄の北欧男性の好奇心を満たす、柄、スレンダー、黒髪の無知にもみえるアジア人女性で、彼女は当初、町を歩くのも嫌だったと云います。
何時から変わったのと聞くと、彼女が英語・スウェーデン語が話せるのが解ってから、そして、身分証明書が発行されてからは、全く相手の対応が違って、却ってがっかりした。「王立医学研究所ドクター」のドクメントで全て変わったのよ。と

スウェーデン人は何故英語がはなせるのか?
スウェーデン語は、英語と同じゲルマン語系なので、細かい文法は違うけど同じ語源の単語が多いので、小学校からの英語授業で普通に話せるようになってるし、スウェーデン企業のほとんどは、社内公用語は英語となっているそうで、16才の高校生が国連スピーチ出来るのは、ごく当たり前にようです。

私は、20代前半を南米アルゼンチンで過ごしました。
スペイン語は学校で一年間しっかりと基礎をやって行きましたので、最初から一般的な会話には不自由しませんでした。しかし、新聞の大見出しは理解しても、社説や解説などの記事は、辞書首っ引きでないと解りませんでした。
TVのニュースにしても、映像がないと、細かいところまでは解りませんでした。
若い頃なら、直ぐに話せるようになる、と云う神話がありますが、それはほんの小学生低学年レベルの話で、二十歳を過ぎてからの外国語習得はそれなりの、相当の努力をしないと、完璧にマスターは出来ません。

アルゼンチンは移民の国で、多くのラテン系の人々が暮らしています。
同じラテン語系のイタリア人は、1か月でペラペラに話せるようになると云います。
確かに、文法も単語もほぼ似たものが多いので、納得です。
同じラテン語系のフランス人は、発音が違いますが、ほぼ1年で不自由しないで話せるようになります。TVの外国人旅行者に密着する番組では、ほとんどの北欧系、ラテン系、の人々が英語で答えていますが、全ての西欧系の人々が話せるわけではなく、海外を個人・自由旅行で旅する、一部の人間だけと思ったほうが良いでしょう。

私の英語の先生のアメリカ人が常々言っていました。
同じゲルマン語系のドイツ人はみんな、英語が話せるけど、アメリカ人でドイツ語を話せる人は少ないアメリカ人の第2外国語はほぼスペイン語と決まっている。
何故か?理由は必要だから。
メキシコと国境を接しているし、移民を受け入れているアメリカ、特に西海岸で生活するには、隣近所の同胞でもあるラテン系の人々との付き合いで、話す機会が多いから。

何故、日本人は英語が苦手なのか?
英語を話す必要がないからだ、が、かの先生の結論です。
アジア、アフリカ、ヨーロッパの人々は、英語が喋れるのが、直接自分の生活、人生、に必要だから。日本人は、経済大国で自立した国家だから、日本語だけでもやっていける稀な国、と云います。

余談・・・・
日本人以外に、自国語だけしか話せない国民は何処?
アメリカ人です。だって必要がないからです。
昔、イースター島に行ったことがあります。
島に一つしか外国人用のホテルがなかった時代です。
レストランもなく、食事は全てホテルでとるのですが、自然とレストランで外国人旅行者と同席することになります。
フランス人新婚カップル、イタリア人富豪夫妻、ブラジル人夫婦、カナダ人の女性一人旅、スペイン人青年、アメリカ人男性、地元チリ人夫婦、そして私たち日本人夫婦、食事の会話はいつしか、スペイン語グループ、英語グループに分かれるようになります。

その2つのグループ間でも言葉が飛び交うようになります。
私も含めこの当時のイースター島を旅する旅行者は自国語以外、最低2か国語は喋れるのが当たり前でした。孤立するのは、アメリカ人男性でした。彼は、英語しか話せないからです。

現代の政治リーダーの地球環境にたいする政策・施策が、今の子供たちの将来に如何に大きく影響を与えるのかこのスウェーデンの16才の高校生少女を訴えているのです。
「how dare you」と。
posted by 西沢 at 07:56| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年09月24日

ボランティアを基本としてきたNPO組織の崩壊の危機

私が広報担当者して所属している中間支援を目的とした非営利活動法人NPOは、今、存続の危機を迎えています。
一番大きな理由は人件費の増大によるものです。
20数年前に、市内の市民活動団体による発案により、行政が立ち上げた公設のNPOセンター(市民活動センター)の運営を民営(市民自らの手による)で行う、日本最初の組織として、全国から注目され、多くの市町村から、視察に訪れる、フロンランナー的存在でした。

npo01.jpg行政が立ち上げたNPOセンター(市民活動センター)を市民の手により運営すると云うスタイルは、何時しか、民間の経験・人材・アイディアを登用すると云う言い訳、財政的な理由による
指定管理制度の元、限られた予算内による委託・請負制度の入札と変わりました。
そして、今まで、相当部分はボランティアとして運営してきた人件費は、労働基準法の適用が義務つかれるようになりました。
或る意味、運営をボランテイア(自ら申し出た、善意に基づく、無償の好意・行為)を、行政が上手く利用してしていた弊害が解消される・・・かもと思っていましたが、3年毎、5年毎の指定管理者制度の入札に、人件費は反映されるどころか、却って減少しています。

私の地元の場合、2ケ所の市民活動センターの運営、月〜土曜日の9時〜5時、と第一・第三日曜日にスタッフを常駐させます。
しかし、9時〜5時の8時間、昼休みもスタッフの対応となりますと、ひとり体制では、8時間連続勤務となり、労働基準法に抵触することになり、二人体制(午前・午後一人づつ)に為らざるを得ません。時給、神奈川県の最低賃金と交通費は絶対条件です。
このようなスタッフの配置にもかからず、行政との契約、受注額は市正規職員一人の年収よりも若干少ないのが現状です。

それでも、私たちNPOセンター設立当時からのメンバーは、不足する部分を無償のボランティアで補ってここまでやってきました。
しかし、時代は変わりつつあります。
古くからのメンバーの高齢化で、徐々に、いつの間に姿を見なくなり、フェードアウト云う表現が、一番現わしている現象になっています。

センターの実務を行う、有給の専従スタッフとそれを支える無償ボランティアで成り立っていた運営が、崩れていく原因は無償ボランティアの高齢化と、組織の事務局、専従スタッフの意識の市民活動に対する意識の違いです。
私たちの組織では、組織の若返りとマンネリ化を防ぐために定年を70才と定めています。
新たなセンタースタッフ・NPO組織の事務局メンバーを募集すると、応募してくるのは定年退職したシニア男性が大半を占めています。

npo02.jpg過去に、市民活動、ボランティア活動の経験がほとんどない方ばかりです。
この方々が応募してくる理由は、定年後の男性に共通するは。
・毎日、すること、行く所がない、
・生き甲斐探し
・少しでも収入が欲しい 
 

私は広報の担当者として、Webに関する知識、グラフックの経験などを求めると、提示される報酬と求められるスキルに大きなギャップがありすぎる、と拒否されました。

会社勤めと一緒の環境を求めて、拘束時間外に発生する、外部市民活動団体との連絡、イベントへの参加は交通費、日当、弁当の支給を求めます。
確かに、営利を基本とする企業でしたら、これらの必要経費は、原価として組み入れ、対価に上乗せするのでしょうが、市民活動・NPO組織として無理です。
このような方々が先ず云う言葉は、何故出来ない?、当然請求すべきことと!と主張します。
NPO・ボランティアと云えどももこの古い体質、考え方は改めなくては、組織として成り立つていかない・・・ごもっともですが。
現在、私たちの組織の事務局長をされている、大企業を65才で定年退職された、現在67才の方は、正論としてこのように主張します。

この方には辞めて戴きたいのですが、辞めません。
雇用契約書がない・・・首切りは不当・・・退職金はどうなる・・・
この方を採用した時の担当者にお願いしても、自分の職務ではないと逃げるばかりです。

かれらの能力・資質がボランティア組織を運営するに適しない、でも辞めてもらうゴタゴタを背負いたくない理事会その間の運営の停滞を私たち、古くからの組織会員が無償ボランティアで、補っているのが現状ですが、この先、このまま続くとは思えません。
来年、私は72才の春を迎えたら、この組織を離れる予定をしています。

今週の天声人語である名言・迷言を紹介していました。
「我がなき後に洪水よ来たれ」
フランスのルイ王朝時代に発せられた言葉と伝えられており、色々な解釈がありますが、
日本の言葉に置き換えると「あとは野となれ、山となれ」が一番合ったことばで、来年
72才、取り敢えず団塊世代が目標とする2回目の東京オリンピックの年。
この言葉が今一番、私の考えを的確に表しているのでしょう。


posted by 西沢 at 07:58| Comment(1) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年09月21日

敬老の日、高齢者の銭湯券 無料だと思っていましたが・・・

9月16日は「敬老の日」だったそうです。
敬老の日って、二人の両親が亡くなってからは、全く無縁の日で、9月の第3月曜日が何の祝日・祭日なのか全く興味が有りませんでした。
しかし、違ったのです。古稀を過ぎた団塊世代の私たちのこれからの老後を気遣い、長寿を祝う、国民の祝日なのだそうです。

sento01.jpgそう云えば、昔、鎌倉市から高齢者向けサービスのお知らせが「広報かまくら」に掲載されていました。お年寄りの公衆浴場・銭湯の利用券に関してだったのでしよう。
子供の頃、昭和30年代、家にお風呂のある家庭はごくわずかで、町内には必ず一つは銭湯がありました。
私の家は、貧しく、お風呂は週に3日でした。
近くの銭湯に、男兄弟3人でよく出かけました。
商売をしていたので、父親と一緒に銭湯に行ったのは、大晦日の夜しか記憶にありません。
成長して、上京して一人アパート暮らしを始めても、この週に3回のペースでしたし、やがて南米に渡ってからはバスタブの生活はなく、全てシャワーで済ます生活が、20代半ば帰国まで続きました。

やがて結婚し、二人が住んだのは上野池之端の四畳半・三畳二間の風呂なしアパートでした。
この時、初めてカミサンから、風呂は毎日入るもの、下着は毎日着替えるものと知りました。
それ以前は、下着の着替えは風呂に入った時にするもの、それが日本人の常識だと思っており、如何に自分の育った家庭環境は貧しかったのだと、思い知らされました。

当時、巷で流行っていた唄は、「神田川」でした。
二人で街の銭湯に行き、帰りの時間を決めていたのに、「何時も私が待たされた・・・」
「若かったあの頃、何も怖くはなかった」・・・まさにあの唄の世界でした。

やがて、日本経済の高度成長期。
高度成長・バブルを牽引する建設業界の一角に籍を置いていた私たちは、当時最先端の駅前大開発の一期目の高層マンションを購入し、普通の標準的な日本人として生活をするようになりました。アパート住まいの狭いお風呂から、いつでも入れるセントラル給湯のバスシステム、オール電化キッチン、全ての部屋にエアコンのある生活が、当たり前となり、銭湯は遠い昔、昭和の世界の思い出となりました。

先日、地元の商店街の裏通りを歩いていて、銭湯を見つけました。
15年この街に住んでいて、銭湯があることをは知っていましたが、「あーここなんだ」と初めて知りました。
今、銭湯って幾らなんだろう・・・
そう云えば、市からのお知らせで、高齢者むけにサービス券の支給があると聞いていたけど・・・そこで調べてみました。

(1)サービスの内容
65歳以上の市民の方に、市内の公衆浴場(銭湯)の利用助成券をお渡しします。
助成券をお持ちになると、1回につき200円で入浴できます。

(2)お申し込み先
高齢者いきいき課いきいき福祉担当または、各支所にてお申し込みできます。
※保険証等本人確認ができるものと印鑑をご持参ください。
※原則としてご本人及び同世帯の家族の助成券のみ交付します。

(3)利用上の注意
助成券は切離さず浴場にお持ちください(切離すと無効です)。
お渡しする助成券は一人 年一冊(72枚綴り)です。
助成券は他人に譲渡することができません。
紛失等などでの再発行はいたしません。


なんだ無料じゃないんだ、通常入浴料470円のところ200円になる
72枚綴りと云う事は、72×200=14,400一度に払うことになる、確かに正規料金よりも19,440円お得。でも、これって本当に銭湯が必要な風呂のないアパート暮らしの高齢者、生活困窮者向け行政サービスなの?他の自治体では、高齢者に対して無条件で無料としている所もあるのに。

この質問を市役所に勤める知人に聞いたところ「鎌倉市では高齢者向け施設に無料の大浴場があるので、そこで対応している」とのお答えでした。
しかし、実際にはこの施設は市のはずれにあり、車がないと利用しにくい場所にあるのです。

sento02.jpg何で、お風呂・入浴に拘るのか?
65才で退職し、地元に帰って来た元サラリーマンシニアは、当初、自分の生き甲斐、居場所探しをします。
やがて、70才を超え体力・気力・好奇心が衰えてくると、趣味にもスポーツにもボランティアにも飽き、幻滅し、最終的に自分の部屋が一番居心地が良いのですが、家族、特に伴侶に家に閉じ籠るな、健康管理の為に1日数時間は外に出ろ、と云われ居場所探しの末に行きつくところはお金がかからない、図書館、公民館、公園、ショッピングセンターとなるのです。
街の銭湯をみつけた時、「あ、この場所はいい時間つぶしになるな」と考えるのは不思議ではありません。

でも72回綴りの14,400の価値はあるのか?
72枚と云う事は、月に6回。そんなにわざわざ自宅から20分もかけて行くか?
この季節、風呂上りはまだ暑く、自宅に帰ってまたシャワーを浴びることになる。
車で行くと駐車場代がかかるし。
せめて、72枚綴りではなく、無料とは云わないけど、各回200円払いにしたら、覗いてみて、時間つぶしになるかどうか判断出来ると思うのですが・・・・
posted by 西沢 at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年09月19日

シニアは脚立の高さが危ない、怖い

団地に住む高齢者、シニアの為の住民サービスとして、何でも500円でやってくれる、「お助けサービス」「便利屋」が時々、夕方のTVニュース番組のなかの特集でやっています。
これらは、実際には地域の行政・福祉などの部署からの補助がある場合がほとんど、一般的には、1時間3,000円が相場のようです。

・お掃除・洗濯・片付け
・引っ越し・家具や荷物の移動denki02.jpg
・各種代行
・不用品処分のお手伝い
・庭仕事
・お手伝い
・困りごと
・パソコン・インターネット
・事務代行
・印刷・デザイン
・家電の設置・ビデオ撮影
・店舗の支援
・イベント・催しお手伝い
・家具組み立て

TV番組で見ていて、結構多いのが電球の交換、天井の照明の蛍光灯の交換などなのですが、高齢者75才位で何で、そんな簡単なことをいちいち、安いとは云え人に手伝ってもらわないと出来ないのか、不思議でした。
先日までは・・・・
カミサンから、和室の照明がチラついているから、駅前へ行ったら、交換する丸型蛍光管を買ってきてと頼まれました。
ヤマダ電機で買って、さあ取り換えようと和室に、写真撮影用の48センチ高さの踏み台を持っていきました。これがないと、照明器具の取り外しが出来ないのです。

この天場が、たったの500mmもしない脚立ともいえない台に上がる時、ちょっとした恐怖心が芽生えました。
170cmの私が、この脚立に乗ると、私の身長は2.2メートルになるのです。
ここは、和室ですが、何も手すりや掴まるものがない状態ですと、ふらつきそうになります。
カミサンの肩に捕まっていないと、身体が揺れそうになります。
そんな莫迦な・・・・でも・・・昔を思い出しました。
私は、日本を代表するような大型ビル建設に25年携わってきました。
常に、現場では安全管理の責任者でした。
年々職人さん不足で、現場には高齢者・初心者が入って来るような状況で、90年代後半から、60才以上の年齢の作業員には、1.8m以上の高さの足場・脚立上での作業禁止が通達されました。
その高さでの作業は、電動移動が出来る「高所作業車」で行うことが義務つけられたのです。
一般の町場の仕事では、そんな規則は守られていませんでしたが、私たちの作るビル・建物は日本を代表するような建物ですから、建物の品質は勿論のこと、作業員の安全も必須だったのです。当初、職人さんから猛烈な反対アピールがありました。
そんなこと言っていたら、作業が進まない、60過ぎて至って、若いものと変わらない、と云います。確かにこの頃、監督者の私は50代てすから、1.8mの脚立に乗っても、怖いなんて思ったことは有りませんでした。

あれから、退職してから、16年、71才になった私。
50センチの高さの狭い踏み台の上に立ち、カミサンの肩から手を離し、両手で蛍光灯器具を外す作業は、怖さを覚えました。
ここで足を踏み外してこけたら、骨折はしなくても、数日、或いは数週間不自由な生活になるのは間違いない、と思いました。

denki03.jpg外して、新しい蛍光灯に取り換えて、試験点灯しても、大きな蛍光管のちらつきは治りません。
再び、取り外しです。
カミサンは「どうして・・・新しい蛍光管に交換したのに・・・あなた違うのを買ってきたのじゃないの?」「うるさい、黙っててくれ」
こんな簡単な作業に不安を感じ、しかも原因が解らずにイラついているのに。
この和室の照明器具は鎌倉に越してくる時に、新しく勝ったハズと、型番を調べてみると、1994製、横浜時代のもので25年経っていました。
蛍光管のせいではなく、器具本体のせい、恐らくコデンサーが何かの劣化でしょう。
私、電気に関する資格も持っているのです。

ちらつくのは、32型の大きい方で、30型のほうは大丈夫です。
結局、貧乏性の我が家では普段滅多に使わない、和室の灯は、一つだけにしました。
新しい器具も買わず、かえって省エネになると、勝手に納得している状態です。

自分が70才になった時の体力・気力や好奇心の持ち方を50代〜60代の現役、バリバリの時に想像することは無理です。私だって急にこんなに、体力・好奇心が落ちて来た訳ではなく、徐々に、普通の日本人、哺乳類・人間として下降線を辿っていつてるだけなんです。
これにあがらう、逆らう気持ちは全くなく、自然に老いていく道を選択します。



posted by 西沢 at 08:09| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年09月17日

SNS・フェースブックで知る知人の訃報

10年以上前からの知り合いの女性のフェースブツクで、訃報を知りました。
facebookの投稿者は、亡くなった彼女のご主人の男性です。
***************************************************:
妻・※XXX(76歳)は,去る7月28日(日)早朝に逝去いたしました。
突然のことではありましたが,安らかな旅立ちであったと思います。
故人の存命中,皆様には大変お世話になりました。お知らせが遅くなり申し訳ありません。
facebookは当面,このまま残しておきたいと考えております。
これまでのご厚情に感謝申し上げます。まことにありがとうございました。
********************************************************
彼女は昔、ホームぺージと写真の撮り方等の講座の生徒さん、講座卒業後も何かと、メール上でサポート、相談していた方でした。
フェースブツクは、こまめに更新しており、物事の見方、捉え方が独特でいつも、社会の為、地元横須賀の為にと云う姿勢が明確で、写真や、自分の身のまわり中心の方と違っていたので、彼女のアカウントはフォローしていました。

時代なのでしょう。知人の死をSNSで知るとは。
それでも、彼女の夫が妻のネットメディアや友人などを把握していたからでしょう。
亡くなって、20日後ようやく、心の整理がついた頃なのでしょう。
亡くなった妻のフェースブックに、コメントを書く姿を想像すると、目頭が熱くなります。

最近、私の廻りにも奥様に先立たれるシニア男性が増えています。
それも、朝の突然死。
朝、起きてこないのでベッドに行ったら既に亡くなっていた。と云うケース
全て、60代後半から70代半ばの女性です。
死因は詳しく伺っていませんが、心臓系が多いようです。

数年前、現役バックパッカーとして世界中の僻地、アジア・中南米を旅している私より一回り年上の方のホームページを楽しみにしていました。
各地の旅の様子を現地発信していたのでが、数ヵ月以上更新されず心配していたある日、息子さんの名前で父親の死を伝えていました。
htmlで書かれた本格的なホームページです。亡くなった方の息子さんもある程度のweb知識があり、亡くなった方も、年齢的に覚悟して各種データーを死んだあとに解るようにして逝ったのだと思います。
息子さんも長文の父に対する想いと、これまでに父のサイトを訪れてくれた、読者への感謝の言葉が書かれており、突然の閉鎖は心苦しいので、3ヵ月後に閉鎖する、父の残した画像、テキストの著作権は放棄するのでお役に立てるものがありましたら、ご自由にお使い下さい。きっと父も喜んでいるでしょう。と結ばれていました。

立派な息子さん・・・羨ましい。
自分に置き換えてみると・・・カミサンはネット音痴、子供もいないとなると、ネット上の
デジタル遺産はどうなるのでしょうか?
GAFAは、どの位の期間放置されているアカウントを維持するのでしょうか?
何時かは、ネット上のデジタル遺産の整理をしなくてはいけないと思っています。
ホームページ・ブログ・掲示板・各種ネットサービスのアカウント
誰に託すのか・・・子供のいない私たちは。

私はカミサンよりも絶対に早く逝くと信じています。
誰が、私のネット上の遺品整理・廃棄をしてくれるのか・・・?
posted by 西沢 at 09:06| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年09月14日

特に死に急いでる訳でもないのですが

このところ、毎月の旅行計画を早め、早めにたてています。
早期退職後の生活の一つの柱であった、市の市民活動センター運営委託の広報部門リーダーを70才定年を理由に辞退する方向で、昨年から進めてきましたが、なかなか後任の人材が手配できずに、ズルズルと本年度下半期に入ってしまいましたが、組織内の老害化が進み、70才定年ルールも、人材不足と云う理由でないがしろ化しつつあるので、率先して来年の春に辞める方向で進めています。

その一つが10数年に亘って開催してきました「市民活動団体向けwebプログラム講座」の今期からの中止です。
インターネットの普及で、各市民活動団体の情報発信のツール・メデイアは格段に増え、何も無理して本格的なホームページがなくても、誰でもが簡単に操作・発信できる、「ブログ」・「ツィッター」・「フェースブック」・「インスタ」・「ユーチューブ」で十分に通用する、或いは発信・拡散力のあるツールが好まれる傾向にあります。
今更、手書きのhtml、CSS、JavaScriptでもないだろう・・・プロになる訳でもないのに。

asahi.jpgそんなこんなで、自分の自由になる時間が増えました。
その時間を何に充てるか?
もちろん、行きたい所リストの塗りつぶしです。
何の為に早期退職したのか?
それは、時間の制約のあるサラリーマン生活から早く、足を洗い、フリーに動ける自由な時間を手に入れる為、他なりません。
その為には、資金が必要です。
勤め人生活は、あくまでも老後の自由な時間、世界の行きたい所リストの消去の為の資金造りです。幸い、その仕事自体は、あるレベル以上の給与が保証され、社会的な貢献も出来る仕事だったのはラッキーでした。

この世界の行きたい所リストの消去は、退職後10年経った65才の時、パスポートの更新をせずに卒業しました。
では、世界の行きたい所は全て行けたのか?
30代半ばから35年間、夫婦二人で世界の絶景、世界遺産を毎年旅してきましたが、全てはクリアしていません。
その理由は、健康・体力面と、旅に対する意義・考え方が、齢とともに変化してきたからです。
・・・ともかく、65才を機会に国内へと切り替えました。
今年1月 沖縄慶良間のホエールウオッチング
   2月 日本三名泉、残された一つ 下呂温泉
   3月 山形 銀山温泉と山寺
   4月 南東北の桜 三春と喜多方枝垂れ桜
   5月 足利フラワーパーク
   6月 奈良飛鳥路と長谷寺
   7月 昔の思い出残る 万座温泉
   8月 長岡の花火
   8月 三陸南北リアス線の旅

そして、9月北海道、旭岳の紅葉、10月は琵琶湖一周の旅と、ここまで決定しています。


友人たちは、「何もそう死に急ぐ必要ないよ、人生100年時代だし」と云います。
君ら、本気でそんなこと信じているの?
私の家族は短命な血をひいています。

父は71才で亡くなりました。動脈瘤破裂
兄は72才で亡くなりました。盲腸がん
姉の夫は70才で亡くなりました。心筋梗塞
母の弟は、30代、動脈瘤破裂でなくなり
母のもう一人弟は、50代、糖尿病による失明を苦にして自殺
妻の父親は、73才、喉頭がんが亡くなり
妻の姉の夫は、40代前半でクモ膜下出血で亡くなっています。

人は時代が違うと云います。が、その要素はそんなに大きな影響を与えないと思ってます。
身近な親族の生活スタイル、DNAの影響のほうが強いと考えています。
私が40代の初め、本格的にリタイヤ資金計画、シュミレーションを造った時の私の死亡年齢は78才でした。
平均寿命で設定しましたが、もっと早く亡くなるだろう、と常に考えて今日に至っています。

先ずは、当初の目標、2020東京オリンピックまでは、何とか見れるのではないかな!
ともかく、毎月毎月、行きたい所を潰していこう。
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2019年09月12日

横浜にカジノはいらない。横浜市林文子市長のカジノ誘致の決断?

yokohama01.jpg9月8日の朝日新聞天声人語は横浜市長のIRカジノ誘致に問題について書かれていました。
天声人語は、四季折々の移ろいや、人物を取り上げて、歳時記のように展開するコラムと理解しています。それが、かなりハッキリとした論調で、林文子横浜市長よるカジノ誘致について疑問を投げかけていました。

天声人語から一部引用

先週、カジノ誘致に名乗りを上げた林文子横浜市長は、市議会で質問攻めにあったが、その答弁が味わい深い例えば「全ての博打が悪いと云うのは違う」
「競馬をご覧になって解ると思うが、その凄い数の人が馬に対する思いとか、感謝を持っている」ルーレットやスカードに対する思いや、感謝がしかるべきということだろうか?
又、ギャンブル依存症の人が増えるのでは、との質問に「医学部のある横浜市立大学に、医療面を中心に大きな役割を果たしてもらう」と答えている。


横浜市は私の住む鎌倉市の隣ですが、こんな答弁を公的な議会でする市長がいるのに不安を覚えました。林文子横浜市長という方は、これまで漠然とですが知っていましたが、改めてネットで調べてみました

林文子横浜市長ってどんな人なの?
ネット上で沢山の情報が溢れていますが、要約しますと、1946年生まれ、現73才 高卒後、東レ・松下・立石などの電機メーカーに勤めたあと、自動車販売会社に転職し、持ち前の才能が開花し、車セールス全国トップクラスになり、その実績を持って外資系自動車メーカーに転職
、BMW東京社長に就任、63才の時に、ダイエー再建を託されCEOに就任するも、辞任(更迭?)
63才で横浜市長に民主党推薦で出馬、現在まで3期、市長を務めている。

簡潔な、率直な感じで述べると、ただ単なるトークの上手いセールスレディとしか読み取れません。女性活躍時代と云うメディアの潮流に乗って、カリスマ経営者の如く、扱われているのではないでょうか

天声人語から一部引用

IRリゾート誘致で横浜市は年間最大1200億円の増収効果を見込む
現在の横浜市の税収の15%に相当する額で、これでは市の財政そのものが「カジノ依存症」になってしまう。林市長は「子育てや医療などの安全・安心な生活を守るために決断した」と云う。



yokohama02.jpgこの答弁に絡んで、IR候補地「山下ふとう」を拠点とする。
「ハマのドン」こと藤木幸夫横浜港運協会会長が「山下ふ頭は我々の聖地。命を懸けて反対する」と声明を発表した。益々、このIR誘致は、地元選出「菅官房長官」とそのボス「安部首相」、そしてカジノ業者に連なるトランプアメリカ大統領のきな臭い政治問題に発展しそうです。

ここは、「子育てや医療などの安全・安心な生活を守るため」が理由なら、将来の子供たちの環境を守るために、若い横浜市民、女性が立ち上がるべきでしょう。

yokohama03.jpg私は個人的にカジノは好きです。
20代の頃から世界中を旅して、カジノがあると聞けば、必ず立ち寄ってきました。
確かに、カジノのある町は、道路も公共交通機関も整備され、一見豊かな、美しい街に見えます。しかし、その財源は、カジノで負けた一般庶民の負担によるものです。
カジノのある街には必ず、その負を象徴する裏町が必ずあります。
質屋が連なる街区、売春宿、浮浪者、路上生活者、昼までも独り歩きが危険な通り。
カジノ運営は収益事業として、120%儲かるようになっています。
理由は「ハウスルール」です。
ギャンブルは、賭ける側客とカジノ運営者側の条件が5分5分ではなく、ハウス側が有利になっています。ですから、数学・統計的にみると、最終的には必ず、客は負けるようになっているのです。

私が頻繁にラスベガスに通っていた頃書いた記事
ブラックジャック必勝法iに詳しく書いています。

こんな市民の負担で得た金で、「安全・安心なまちづくり」を林文子横浜市長を目指すのでしょうか?横浜市の300万有権者市民の良識に期待します。
posted by 西沢 at 07:46| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年09月10日

台風15号、鎌倉を直撃。東日本大震災の教訓が生かされず

9月9日のまさに丑三つ時
(※ちょっと雑学、一つ時というのは2時間を4で割るので、30分間になります。 「丑の刻」というのは、午前1時から3時の間になり、それをさらに4等分してみます。
よって、丑三つ時というのは午前2時から2時30分頃ということになります。)
台風15号は、相模湾の三浦半島より、つまり鎌倉の江ノ電が走るあたりに上陸した模様です。

t15-1.jpg全日の夕方からスマホには、緊急避難命令が大容量で届くのですが、一体どの範囲の人々に、今すぐに身の安全を確保して、避難しろと云っているのか、疑ってしまいます。
私の住所は、湘南鎌倉と云っても、海岸線からは離れている、横浜市や藤沢市に近い丘陵地帯で、その上鉄筋コンクリート構造の集合住宅の中層階が住まいですから、このカゼ台風のこの時点の状況では、生命の危険は全く感じていませんでした。

台風は深夜3時頃、我が家の上空で東京湾方向に左シュートしていった様子です。

t15-2.jpg朝、6時に起きたのですが、予想だにしていなかった停電で、電気・水がストップし慌てました。
中層5階建のマンションは屋上に高架水槽を持たずに、地下の受水槽から加圧ポンプで各戸に給水しているので、電気がないと、水は配給されないのです。

退職後鎌倉に越してきて、停電は2度目です。
一度目は、15年前、台風による裏山の「栄光学園」の崖崩れでの停電。
二度目は、東日本大震災による当日の停電とそれに続く計画停電です。
7〜8年置きに停電が起きているのに・・・
東日本大震災はまだ8年前なのに、もう備えを忘れてしまっていたのです。
色々日本各地の台風・水害状況をニュースで見ていて、関東南部は風水害が少ない、いいところなんて言っていたバチがあたったようです。
それでも、前回の教訓から、水の確保する場所は出来ています。
目の前の公園の水道蛇口は、震災前は子供のいたずらで、流しぱなしなどが合った為、蛇口の回し口を外していたのですが、あれ以来t15-3.jpg、災害用にいつでも使える状況にあったので、20リットル容器2つを持って給水確保しました。

しかし、TVで情報が得られないのは少々辛いです。
朝のラジオ番組は、困窮している、情報がない私たちのことを知らないのでしょう。何時もの通常番組に時々、電車の運航状況をつたえるだけで、大規模停電が関東各地で起きていることは全く流していません。
ネツトでようやく、どの範囲で停電が発生しているのか、把握できたのは、7時半ごろでした。

水を確保したので朝食を軽くすませ(ガスは停まりません)一段落したので、今日のお昼の食材を探しに街にでました。
我が家の周辺の信号機は全てストップ、大きな交差点ではパトカーが出で、手信号でした。
川を越えて、仕事場のNPOセンターの前を通ると、灯がついています。入ってみると、電気がきているのです。
そのまま、駅に向かうと駅構内は停電していません。JRの電線網かと思ったのですが、駅向こうの商店街、パチンコ屋までも煌々と電気がついています。
どうも東電グリッド網システムは、良く解りません。

t15-4.jpgターミナル駅は、人で溢れていました。
ここから出る、東海道線・横須賀線・京浜東北線・湘南モノレールは、土地柄か、線路への倒木の処理がまだ終わらず、お昼過ぎになるようです。
多くの白シャツサラリーマンの方々は黙々と電車が動くのを列を乱さずに待っていました。
現役時代の自分だったらどうするでしょう。
どうしても自分が参加しなくてはならない会議や、指示をださなくてはならないような状況でしたらやはり黙々と待って並んでいたかもしれません。

天災は忘れた頃にやってくる。
ものすごく良い教訓の言葉だと思います。
この7〜8年毎の停電経験、次は、もっと大きな首都圏大地震でなければ良いのですが。
7〜8年後、私は78〜80才、恐らく生きていないと思いますが。

posted by 西沢 at 08:05| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年09月08日

おしっこのトラブル続出、排尿障害,頻尿、睡眠不足

9月に入って、朝夕、多少涼しくなった感じられていたのですが、再びの猛暑が関東南部を襲っています。おまけに、都市型ゲリラ豪雨がお隣、横浜市港南区・戸塚区に発生し、私のスマホには大音量の避難勧告通知が入ってきます。
多少、いつもの夕立よりは強めなのですが、我が家周辺では、身の危険を感じるほどではなく、何もしませんでした。翌日のニュースで、たった一駅違うだけで、こんなにも雨量が違う、都市型ゲリラ豪雨というものを実感しました。

nyuo.jpg9月に入っても、まだまだ夕方の散歩時間の西日がきつく、1週間以上、足の浮腫みのことは放っておいたのですが、 夜の頻尿のインターバル時間が極端に短くなってきました。
前立腺肥大の私は通常、10時にベッドに入って、翌朝6時に起床するまでに平均4回は尿意で起きだします。
昔から、このくらいですから、平均的な男性と思っていましたが、泌尿器のドクターはも明らかに頻尿です、と宣言されていました。
薬を出しますか?と聞かれ、別に、今のペースでも日常生活に支障が有りませんし、男性機能に影響を与える可能性の薬は まだ現役でいたいから、要りません。とお断りしていました。

しかし、三陸リアス線の旅を控えた3日前の夜から、尿意のインターバルが強く、頻繁になりました。
ほぼ30分置きに、居ても立ってもいられない強烈な尿意の襲来もっと悪いことに、いくら頑張ってもおしっこが出ないのです。
全くおしっこが出ない経験は数年前の鼠径ヘルニア手術の後に経験しています。あまりの苦しさに導尿カテーテルを 差し込んでの排尿を2日二晩経験してます。
今回もそれに近く、カミサンは救急車はともかく、タクシーを呼んで湘南鎌倉総合病院の救急外来に行こう、と 云いだします。
最終的にそうなるかもしれないが、努力してみる・・・私
しゃがんだり、這いつくばったり、下腹部を揉んだり、水道の水が流れる音を聞いたり、最終的にはトイレで下半身 むき出しで、じっと万有引力の力に頼ること、30分でポツポツと出てまいりました。

翌々日の旅行出発に備えて
確かにこんな状態で旅行に出られないは、カミサンでなくてもご本人の私が一番分かっています。朝一番、湘南鎌倉総合病院の、予約外診療を掛かりつけの泌尿器外来に飛びこみました。
7時半の受付開始で、実際にドクターから呼ばれたのは10時半、3時間は思ったよりも早かった。
と云うのも、湘南鎌倉総合病院は結局処方されたのは、尿道を広げる薬で、男性機能への副作用はないそうです。そして、アドバイスされたのは、
足の浮腫み解消と同じで、下半身・下腹部の筋肉をつけること。一番良いのはスクワットだそうです。

でもさー、スクワットって、もくもく毎日、一人でやれないよね。
少なくとも、夕方涼しくなってきたからの、2キロから3キロの早足散歩により、幾らか足の浮腫みと、 排尿障害緩和されて、旅先では全く問題ありませんでした。
posted by 西沢 at 08:30| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ