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2019年05月09日

ビジネスホテルのハードとソフトサービスのギャップ、シティホテルとのおもてなしの差を実感

現役時代30代からにカミサンと二人で、世界中の世界遺産や、秘境の地を旅して、様々な宿に泊まってきました。
南太平洋の超リゾートホテル、世界的な有名チェーンの都市型ホテル、アジアの安宿、ハワイの定宿ではフロントは、「well come back」とほほ笑んで、いつもの部屋を用意してくれていたホテルもありました。
そして中米の村に一軒しかない、お湯はでますかと聞いたら、出る訳がないだろうと云う顔をした「一泊5ドル」の宿まで。

65才で海外旅行を卒業してからは国内に切り替えました。
海外を卒業した理由は、私の健康問題です。
65才の時に胆管結石発作を起こしてたのを機会に、もし海外で同じ発作を起こした時のリスク・恐怖を考え、その年から19才で取得して来たパスポートの更新を止めたのです。

それ以降は、国内の自由手配旅行や、大手の手配するリーズナブルなホテル&エアーパックや、温泉旅館連泊などの旅を毎月繰り返して、現在に至っています。

hotel00.jpgホテルを決めるのは、
・駅・繁華街に近いシティホテル
・部屋はツインで、広さは最低20平米以上
・出来れば、大浴場があること
・食事は朝食も夕食もいりません。バイキングは食べ過ぎて太ってしまうので。

今回のあしかがフラワーパークの旅の場合
自宅から直通電車で小山乗換一本て、3時間弱で行ける場所観光地なので、楽勝日帰りは可能なのですが、どうしてもあしかがフラワーパークの大藤のライトアップを撮影すると、帰宅は夜の11時になります。
昔なら、平気だったのですが、最近往復6時間の電車に乗りぱなしの長旅をすると、疲れが回復するのに1週間要するようになってきました。
そこで、その晩は近くの大都市、小山か宇都宮に泊まり、翌日周辺観光をして、昼間ゆつくりと帰ってくることにしました。

結局、宇都宮に泊まり、前々から気になっていた「大谷石資料館」とTVニュースで話題の道の駅「ロマンチック村」を廻ることにし、ホテルを宇都宮駅近のビジネスホテルを選択しました。
私たちの最低条件、ツイン、27平米、駅から3分のビジネスホテルです。
これまで、私たちの基本はシティホテルなのですが、最近、APAホテルの進出で、シティホテルとビジネスホテルの垣根も低くなっているのは知っています。
ネットでチェックすると、まあまあの仕様、それに、今回の場合チェックインは夜の9時で、アウトは翌日の都合で朝の8時半まあ、寝るだけですから、大浴場がなくても、ゆったりと休めればOKと予約しました。
10連休中、最終日一つ前の料金は11,000円。まあ納得です。

チェックインの9時、フロントは3人のスタッフがいました。
予約メールの控えを渡して、電子キーを受け取りる、自動チェツイン機で、クレジットカードで精算して下さい。と云われカードを入れると、暗証番号を要求されました。
これまで30年以上クレジット決済をしていますが、暗証番号なんて言われたことも、クレジットカードに暗証番号があることさえ知りませんでした。
フロントの若い男性スタッフに、これまでこのカードで決済するのに、暗証番号を入力したことはないし、そんな番号は知らないと答えると、奥の事務所に相談をしに行ったようです。
ようやく、私のカードをスキミングして、手書きのサインで、決済出来ました。

お部屋は、事前にネットで調べてあるとおりの広さです。
特にバスルームが気に入りました。


hotel02.jpg今時のシティホテルでもユニットバスなのですが、私の部屋はトイレとバスが独立しているうえ、シャワールームも単独です。トイレとの間はガラス張りですから、トイレは狭く感じませんし、洗面も大きな一面鏡なので、とても広く感じます。
私の自宅のベッドは昔からシモンズを使っています、硬さには拘っているのですが、ここのベッドもシモンズに劣らず、心地よい硬さですし、枕も固め、柔らかめの2つあり、おもてなしを感じました。
そして、初めて目にしたのは、スマホ充電器が備え付けであることです。
どんなメーカーのスマホの充電挿し口にも対応しているマルチの優れものでした。
ズボンプレッサーも標準でついていますし、トレッサーのハンガーの数も夫婦二人一泊に余る位十分でした。
いろいろなホテル・宿に泊まってきましたが、流石、ビジネス客を相手にしているだけ、と感心しました。

しかし、翌朝、チェックアウトでこのホテルの評価は一変しました。

hotel01.jpg朝、8時、フロントには若い女性スタッフが一人です。まだ、ホテル客は朝食バイキングをとっている時間帯です。
昨夜受け取った、電子キーカードを渡してチェックアウトしようとすると、若い女性スタッフは、昨夜自動チェクインしたエントランスのマシンを指差し、そちらでチェックアウトして下さい。と云うのです。
云われるままに、電子キーカードを挿入すると、確かにチェックアウトできましたが、フロントの女性は何故、その場で受け取れないのか、確かに、朝の一斉チェックアウトの混雑時なら解らないのではないのですが、この時間帯、私たち客は一組しかいなく、フロント内の彼女はただ見ているだけなら、手渡しで受け取り、自分のパソコンで確認し、ありがとうございました。と云うのが、私たち年代の常識、それこそが、接客業のおもてなし、と考えるのですが。

ビジネスホテルの設備のハード面は、確実に進化しています。
しかし、ソフト面に限って云うと、やはり一流シティホテルにはまだまだ遠く及ばないのが現状でしよう。

ホテルは、宇都宮駅東口から徒歩3分のDグループ経営でした。
このブログが目に留まりましたら、御社にとってきっと良いアドバイスになると、勝手に思っております。
posted by 西沢 at 09:22| Comment(1) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年05月07日

10連休のあしかがフラワーパーク 絶景の大藤と大谷石資料館 

全ての情報が、目よりの映像となって久しいと、朝日新聞天声人語でも若干、嘆いていました。
これも、ネット・スマホの発達により、個人レベルの発信がSNS、インスタ、ツイッター等を通じて、毎日数万、数億の情報として、世界中に発信・・・たれ流されている。

asika01.jpg今回の10連休、365連休中の退職リタイヤ年金シニアの身でありながら、5月5日に、あしかがフラワーパークに出かけました。この混むGWの季節は、何処へ行っても混むのは必至なのに、何でわざわざでかけるの?

そう、棺桶リスト(行きたい所リスト・やりたいことリスト・やり残したリスト・後悔しないためのリスト)のせいです。
何度も書いていますが、古稀を越すと、明日は、来年は、太陽が昇るように確実に来るとは考えないようになります。
数年前から一度は見てみたかったのはアメリカのニュースチャンネルCNNが選出した「一度は見てみたい、世界の絶景、夢の旅行先」に、日本で唯一選ばれた、大藤の風景です。
私の住む湘南からは、上野東京ライン・湘南新宿ラインで3時間弱の近場ですし、何時でもベストタイミングで行ける・・・
いつでも行ける場所と云う感覚でしたが、今年の春のさくらで改めて、「花はタイミングとお天気」と悟るようになりました。

10連休中、大藤の開花状況とお天気を見ていると、この5月5日しかなかったのです。
混雑は覚悟の上でした。
JR両毛線あしかがフラワーパーク駅は昨年、2018年4月1日に開業しました。
これを機会に、一気に観光客が増え、この10連休中は、JRの職員の多くが動員され、単線、1本だけのプラットホームは改札、入場制限をするほど混雑していました。

肝心の大藤ですが、確かに満開なのですが、映像で見慣れたちょっと違う。
ネット・メデイアや、ポスターにある画像と違って、地に届くような長さではない。
私たちの持っているあしかがフラワーパークの大藤のイメージは、もっと長く、色も多彩なピンク色なのですが。

asika02.jpgこれまでに、世界の絶景と云われる画像を多く見ていますが、実際にみるとかなり違います。
先月の喜多方日中線枝垂れ桜は、枝垂れ桜が地に着くようなピンクのトンネル風景でした。
秋田角館の武家屋敷のJRのポスターは、町全体が薄いピンクに染まっています。
TVで映し出される、沖縄の今帰仁城址の空、海、桜はもっと鮮やかなんです。
「地下神殿」のようと云われる大谷石採掘跡の地下空間は、実際の古代エジプトの神殿を知っている私たちからみれば、宣伝用画像から比べると、かなり貧弱です。

理由は・・・全く当たり前のことなのですが。
映像プロが、最高の人材、機材、技術、タイミング、お天気で撮影し、後加工されているのです。素人が行って、最高の映像が撮れるのは、奇跡的なことなのです。
私たちに出来ることは、ひたすら、撮影に行く時間・タイミングを個人レベルで決めることぐらいなのです。

asika03.jpgそれが出来るのは、
・毎日が日曜日の
・あるていど資金力がある
・これまでの旅の経験が豊富な
・映像機器や加工ソフトが揃っている・・・・
・写真・映像がお得意な、
私たちのような「暇人、団塊世代シニアおじさん」なんですが・・・




posted by 西沢 at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年05月05日

退職老後計画に及ぼす想定内の問題 リスクヘッジは出来るのか

60代半ばが今の平均的な退職年齢として、現役世代は団塊世代の発信するブログやwebサイトをみて、私たちの世代よりもしっかりと、退職後の計画を立てています。特に資金計画を。
団塊世代は40代でバブルを経験しており、特に老後を想定したシミュレーションをエクセルに打ち込んでいる同輩は少なかったのですが、今の世代は、政府系年金が当てにならなことを自覚して、せっせと将来の資金計画をたてていると聞きます。

しかし、退職後のリスクは、お金だけではないのです。
 1,自分或いは伴侶の病気
 2,双方の親の介護
 3,自立しない息子・出戻って来た娘と孫


など、現実に起こって欲しくないけど、確実に自分たちの老後の生活設計に影響を及ぼす、誰にでも起こりうる、言葉は悪いかもしれませんが リスクが存在します。

lisk.jpg伴侶の病気
先週、スポーツクラブで数か月ぶりに同年代の女性のお友達を見かけました。
彼女は旅行好きですから、どこか長期間出かけたいたのかと思っていましたが、ご主人が病気で現在自宅療養中との こと。
三月に急に体調が悪くなり病院に行ったところ、かなり末期的なすい臓がんと判明。ご主人の年齢は聞いていませんが、団塊世代 の女性の伴侶ですから、おそらく70少し前ぐらいでしょう。
全ての計画を中止し、治療に専念する為に都内の大病院に入院を希望するも、空いているのは一泊10万もする個室一人部屋 のみ、それでも治療優先の為に、お願いしたそうです。
治療費は、高額医療還付金で戻ってきますが、ベッド差額は当然ながら戻ってきません。1
0日ほどで3万円台の個室が空いて移った そうですが。想定外の金額になったとおっしゃっていました。

現在自宅療養中、ご本人もご自身の病状をご理解しているようです。
彼女も残る時間をご主人の好きなようにしてあげたいと解かっては いるのですが、一日中誰とも話さず、ベットで衰弱していくご主人と二人きりの生活が続いているそうです。 気分転換に、時間を造って 時々スポーツクラブにいらっしゃいと、声をかけて別れました。
いつか、必ず来るものなのでしょうが、70前、二人で考えていた実りある充実した老後の生活は、たった10年しか持たないのでしょうか。

kaigo55.png親の介護 
団塊世代、退職者の間でもっとも多く抱えている問題・リスクが介護問題です。
友人のご夫婦は、月の半分をご主人の母親の介護の為に、北陸へ行っています。
関東首都圏にお住まいの方はご存じでしょうが、当時、富山・石川は、神奈川から一番遠い場所なのです。
東北・関西・九州なら新幹線で行けますが、北陸へ行くには、西廻り米原で乗り換えか、 或いは、上越・長野新幹線で、北側から回り込むしかなかったのです。
車も同じことです。
ご兄弟は6人、末の独身の弟さんが同居していますが、年老いた母親の面倒は見きれなく、首都圏に住む兄弟のうち、友人ご夫婦が一番時間的・ 金銭的に余裕があるとのことで、月の半分、北陸に通っているそうです。

そして、ある日衝撃的な新聞記事を目にしました。
介護をしていた、認知症の父親が家族の目を離したスキに、外出・徘徊して近くのJR貨物線に入り跳ねられ死亡した事件。
JRは、この死亡した父親の長男に対して、損害賠償を求め、判決は720万円の罰金が言い渡されました。実際には、この父親を介護していたのは、4人兄弟のうちの横浜に住む長男の奥さんです。父親の認知症が進み介護をどうするかの家族会議 が開かれた時、兄弟の一人は出席せず、他家に嫁いだ女兄弟も難しい状況でしたので、結局、家族会議で長男が介護する、但し現役なので 首都圏を離れられず、奥様が単身、長男の故郷に乗り込んだ末の事件です。

裁判所は、実質の責任者をこの長男として、保護者としての注意怠ったと判断した判決でした。
他の兄弟には、家族会議で決まった事なので、法的連帯責任はないとの判断のようです。
家族がほんの少し目を離したスキの出来事。
介護施設関係者でなくても、それでは四六時中家を閉め切り、監禁・監視し、親にGPSセンサーでも 付けろと云うのでしょうか?
当然、このご長男は控訴するそうです。
しかし、一サラリーマン市民が現役を続けながら、JRを相手に裁判を続けなくてはならず、単身横浜を離れ て、夫の父親の介護を続けて、こんな目にあった奥様の心情を思うと・・・・言葉がありません。

3ldk.jpg自立しない子供
左の間取り図は、70平米後半の平均的なファミリータイプのマンションの図面です。
退職後の夫婦二人だけの生活には十分と考え、古い戸建てを 処分して、湘南の新築マンションを購入したお知り合いご夫婦がいます。
現在、この家には、60代後半のご夫婦と、40代前半の息子さん、30代後半の娘さんとそのお子さん二人の合計6名が住んでいます。
3LDKに6人! 子供の頃の4人兄弟だった自分の家のなかの事を考えれば、住めないことはないどころか、十分に住めますが、時代が違います。大人4人 です。
最初に、離婚した娘さんがやってきました。
離婚で心痛めた娘さんを快く迎えるのは、親としては当たり前なのでしょうし、可愛い盛りのお孫さんも一緒なので、今まで夫婦二人だけの 生活が一瞬輝いたそうです。
しかし、娘さんがパートで働くようになると、二人のお孫さんの世話、親子孫5人の三度の食事・洗濯などの家事すべてが、団塊世代の奥様に負担になってきました。 そこに、アメリカで10数年暮らしてきた息子さんが、アメリカでの生活に見切りをつけて帰国し、同居するようになりました。
アメリカの日系社会のなかで何となく暮らしてきた、英会話は出来ても、何の資格もない40代の独身男性が日本で仕事を探そうにも、そう簡単に 仕事が見つかる状況ではありません。帰国して半年も経つと、狭いマンションの中に暮らす父親とぶつかるようになってきます。母親は、自分たちの 子供なのだからと、父親を諭す度に、夫婦げんかになり、だんだんと父親の居場所がなくなり、一日図書館で過ごすようになってきたそうです。

これは、ラジオの人生相談のなかの話ではなく、実際に私の周辺で起こっている問題です。
日本の退職世代の誰に起きても不思議ではない事柄なのです。

リスクヘッジは出来るのか?・・・
親も子供も私たちは選べないし、健康・寿命問題は天命です。
リスク対処方は残念ながら資金力しかないのです。
お金で幸せを買うことは 出来ません。しかし、幾らか不幸・痛み・不便さは、避けたり、和らげることは出来ます。
今、これからリタイヤ計画を練っている方々にお伝えできるのは、このような生臭い現実の話なのです。
posted by 西沢 at 07:44| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年05月03日

天声人語「最高の人生の見つけ方」 「Bucket list」(棺桶リスト)

令和最初の日の天声人語は、アメリカ映画「最高の人生の見つけ方」の書き出しで始まったいました。高齢者のやりたいことリストから、公務の一切から退き、肩の荷を下ろした、上皇・上皇后美智子様のこれから生活について、この映画を引き合いに出して、上皇后となられた美智子殿下のこれからの楽しみについて、語られ、公表されていたお話のなかから、こんなことをなさるのでは、と書かれていた。

life.jpgそんなコラムのプロローグは、アメリカ映画「最高の人生の見つけ方」であった。
アメリカ映画「最高の人生の見つけ方」 とは。
キャッチコピーは
人生でやり残したことを叶えるために。
棺おけに後悔を持ち込まないために。
そして、最高の人生だったと心の底から微笑むために

あらすじは
勤勉実直な自動車整備工と、大金持ちの豪腕実業家。出会うはずのない二人が、人生の最後に病院の一室で出会った。
家族のために自分の夢を犠牲にして働いてきたカーター、そして、お金だけは腐るほどあるものの見舞い客は秘書だけというエドワード。
お互いに人生の期限を言い渡されたという以外、共通点は何もない。
そんな二人を結びつけたのは、一枚のリスト――棺おけに入る前にやっておきたいことを書き出した “バケット(ル:棺おけ)・リスト”だった

ある調査で1000人を対象にこう聞いた。
自分が死ぬ日を知りたいか?96%がノーと答えた。
私は4%の方だった。
残された日数を知れば、開放される気がしたのだ。
だが実際はそうじゃなかった

かれら二人のバケットリストはこうだった。
壮厳な景色を見る
スカイダイビングをする
万里の長城をバイクで走る
ピラミッドを見る
香港に行く
ストーンヘンジを見る
ローマを見る
タージマハルに行く
入れ墨を掘る
泣くほど笑う
ライオン狩りをする
世界一の美女にキスをする
見ず知らずの人に親切にする
エベレスト登頂

ただの金持ちの贅沢と云う見方もありますが、実際の映画のエンディングでは

ネタばれ・・・
二人は死にます。そして二人の遺灰が入ったナッツの缶がエベレストの頂上に、そっとしまわれました。

定年退職後のながーい人生?、時間をどう過ごすか、今でも団塊世代のブログの大きなテーマです。私の場合、退職前から、否、現役中から、「行きたい所リスト」を造っていました。
日本がバブル景気に沸いていた頃、世界遺産という言葉が身近になってきました。
ユネスコが1972に制度化したものですが、80年代後半から、自分でもこれらの世界遺産を目にするだけの、経済的な環境が整いはじめ、まず初めにこの世界遺産の発端となった、ダムの沈むことになったエジプトのアブシンベルへ行ってから、現役で働きながら、年に数度の世界遺産をめぐる旅に出るようになり、退職後の一番のやりたいこと、行きたい事となりました。

そして、退職後はそれらに、出来る限り夫婦二人でけの個人旅行で巡る生活中心になりました。
この映画のなかの「バケットリスト」はほぼ全て行きました。
スカイダンピングもしました。しかし、やがて、それ何なの?と云う思いに至るのは、ごく自然で、自分でも分かっていました。

desu.jpg6年前に、胆石発作を起こしてから、パスポートは更新せず、海外旅行は卒業しました。
それからは、国内旅行です。
毎月、一回は一泊以上の旅を続けています。
古稀を過ぎてからは、春は桜行脚です。
南北に長い日本と云っても、1シーズンに訪れる桜の名所は限られています。
私の今のバケットリスト(棺桶リスト)は日本の桜百選です。
これまで、幾つクリアしたのか、正確にメモしてませんが、半分以上は残っているのは間違いありません。
そう、長生きはしないことは、自分も解っているし、望んでもいませんが・・・
出来れば、デスノートの死神「リューク」よ、もう少し見逃しておいてくれないか。

posted by 西沢 at 08:02| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年05月01日

令和とともに、我が家の平成元年の電子レンジを買い替えた

平成最後の日、2019年4月30日、新しい電子レンジが届きました。
先週の新聞折り込みチラシ、ジャパネットに電子レンジの広告が掲載されていて、カミサンが買い替えようか?と云います。
特に今使っている電子レンジに大きな不満がある訳ではないのですが・・・
この松下の電子レンジ、ともかく大きく、重いのです。
恐らく、今の新しい電子レンジと比較すると、電気容量効率はかなり悪いのではとも、思うのですか、少なくとも「チン」だけにしか使っていませんので、十分につかえるのですが・・・
我が家の電子レンジは、平成元年、1989製です。
何の故障もなく、平成の世の30年を生き残って、令和と共に消えていくのです。

range.jpg買換えする決断に至った一番の要素は、古い電子レンジを10,000円で引き取ると云う謳い文句です。今時、このような大きな、重い電子レンジを処分するのは大変です。
正規の処分は、行政に連絡して、指定日に指定の場所に、コンビニで粗大ごみシール600円分を貼ってだすか、自分で市のクリーンセンターに持ち込むです。
車のない私たちにとって、販売先が値引き、引き取りしてくれるのは、とてもありがたいのです。

ジャパネットは、佐川急便で配送し、引き取りもします。と云います。
一つだけ条件があり、古い電子レンジを段ボールに入れて梱包して下さい。と云うのです。
電話注文したのはカミサンでした。
それを聞いた私は、「あの大きな重い電子レンジを収納する段ボール箱なんてないよ」。と私
近所のスーパーでもらってくれば・・・と云いますが、「あの電子レンジをすっぽり入れて、底が抜けないような、そんな都合の良い、大きな、頑丈な段ボール箱なんて、ある訳ないでしょ」と私。

結局、近所のDIYに行って、大きな段ボール箱を数個もらって、天地・左右を段ボールで囲い、ガムテーブルで包装しました。佐川急便の配送員には、完璧な梱包と誉められました。

さて、新しいレンジなのですが・・・
私たちが欲しかったのは、今までと同じ、電子加熱機能があるだけで良かったのですが、蒸気機能や、グリルヒーター機能がついていて、メニューをみると、手動、タイマー機能がどこにあるのか、良く解りません。
全て、オート、自動判別、お任せのようなのです。
ただ「チン」の温め、解凍だけで良かったのですが・・・
お値段は、古い電子レンジ引き取り値引き後で、33,600円。
意外と大きく、多機能すぎて・・・もつと安い、コンビニにあるようなオープントースターような簡単なもので良かったのに。
と、云いたいのですが、今回の費用はカミサンのポケットマネーなので黙っています。

団塊年金シニア世代は物持ちが良いのです
今回の電子レンジは、今までと同じように、冷蔵庫の上に置きました。
今回、改めてこの冷蔵庫の製造年月日を見てみました。
1989年、平成10年製です。
今時珍しい、2ドア冷蔵庫で、野菜室もチルド室もない、超シンプルなものです。
特に買い替える必要も、新しい機能、省エネ機能も、私たち60代、70代年金シニア夫婦には必要ありません。

先日、ガス会社が、給湯器の耐用年数が過ぎているので買換えもせんか、と云ってきました。
ガス給湯器の耐用年数はなんと10年なのだそうです。
10年しかもたないの?、元建築屋、設備関係に詳しいのでガス会社の云い分も解らなくはありません。
耐用年数的には、電子回路や、ガス管ではなく、送り出しボンプなんです。
通常ポンプの耐用年数は10年なのです。
しかし、あくまでも目安であり、絶対に交換しなくてはならないものでもありませんし、ボンプの故障を前提にして給湯器本体を耐用年数を理由に交換する必要はありません。
あくまでも、ある日、急にお風呂が使えなくなると云うリスクを認識しての自己責任なんです。

退職してこの鎌倉の共同住宅に越してきて16年経ちます。
akari.jpg今回の電子レンジ交換を機会に、家の中を見回したところ、照明器具は横浜に新居を購入した、昭和58年、1983年のものでした。36年前、昭和のものです。ですからLEDではなく、白熱灯です。省エネを考えればLEDにすれば良いのでしょうが、昭和の世界を生きてきた団塊世代は、物持ちが良く、今、何不自由なく使えるのであれば、このまま、令和の時代でも使い続けるつもりです。

見回してみれば、我が家には、二人で初めて入居した新築マンション時代の家具が沢山あります。この家具や家電、食器に囲まれて、令和の何年かに逝くことになるのでしょう。
posted by 西沢 at 09:10| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ