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2019年05月30日

70代男性の真の「大人のおもちゃ」を買いました。

大人のおもちゃと云うと、卑猥な、セクシャル的なものを想像するかも知れませんが、かなり枯れて来た(多少の水分は残っていますが)古稀を迎えたオジサンさんたちにとっての「大人のおもちゃ」とは、さして実生活の実用品・必需品ではなく、女性からみれば、
・くだらない、
・それでも結構なお値段がする
・すぐに飽きて使わなくなる
・何かいいの解らない
  趣味の世界に属するもの・・・・なんです。

osm03.jpgパソコン一台は、家庭の必需品、退職老後生活になくてはならないものですが二台目のパソコン、それもハイスペックな高価なものは必需品ではなく、オジサン達の趣味の範囲に属くする大人のおもちゃの部類に入ります。

パソコンは仕事柄、幾つか持っています。
web講座授業で使う、軽量・小型・SSDのWin10パソコン、来月でちょうど三年目になり、そろそろ買い替えを考えなくてはならないのですが、wib10が安定しているのと、SSDなのでメカニカル的に寿命は長いので、買換えはまだ先のようです。

もう一つ、同じノートでwin8.1、HD750GB、CPUi5、メモリー4G、ブルーレイと云う一般的なものですが、これはビデオ動画編集専用に使っています。このパソコンを使い始めた日付けをテプラで本体貼り付けてあり、来月でちょうど5年になります。
普通、私たちパソコンハードユーザーはノートPCの寿命は3〜4年と考えていますが、このようにある特定目的でしか使わないPCは、壊れるまで使う予定だったのですが・・・考えなくては。

原因は新しく買った大人のおもちゃ、超小型ジンバルビデオカメラ オズモポケットです。

車のテレビCosm01.jpgM トヨタタイムズに記者として登場する「香川照之」が手に持っているのが、世界のドローンメーカーDJIが開発した最先端ジャイロテクノロジーを駆使し、ブレない画像撮影が出来る、民生用として最先端のカメラなのです。
これまで、アメリカのGoproやソニー、パナなどが、アクションカムとか、ウェラブルカメラ云う名称で、発売して人気になっていますが、ジンバル(1つの軸を中心として物体を回転させる回転台の一種)とかスタビライザー(車のサスペンションのように、振動を抑える役目)は、別物が基本で、それも大きく、重く、値段も高かったのです。

そこに、あの世界一の民生用ドローメーカー(中国)が、ビデオアクションカム市場に撃ってでてきたのです。
これまでウェラブル・アクションカム小型ビデオカメラは、ビクターやソニーを使ってきましたが、画像モニターが別だったり、振動・ブレを制御するジンバルは、他社(これも中国のFEIYU TECHがダントツで世界を牽引しています。)別途に必要でした。

ここまで書いて、ビデオカメラに興味のない方には、馴染みのないカタカナの会社名が頻繁に登場してきます。DJI、Gopro、FEIYU TECH・・・技術立国われらが日本のメーカーの名は全く登場してきません。

osm02.jpgこら辺が大人のおもちゃと、私たちの間で自虐的に云う理由なのです。
最先端、おもしろそう、でも何を撮影するの?
今持っている沢山のビデオカメラでも、十分じぁないの?
その通り、無くても特段困らないし、このカメラが活躍しそうな場面は年に一度あるかないか?なんです。
その為に、ソニーやGoproよりも高いカメラが必要なの・・・
直ぐに飽きて使わなくなるんじゃないの?

だからーーー、それだから大人のおもちゃなんです。
云わせて、老後はお金は大切、もう入ってくるのは年金だけなんだから・・・
解っています。でも節約、節約して、お金を残して逝きたくない。数百万もする道楽だったら考えるけど、5万円を切る価格で、この機能、それも二人の老後資金からではなく、自分の小遣い口座、NPOセンターの講座時給970円で貯めた小遣いから買うんだから、ほっといて下さい。

テスト撮影したものをYouTubeにUPしてあります。
https://youtu.be/GrzyApQSV0E

話はパソコンに戻ります。
この最先端のビデオカメラで撮影した映像データーを自宅のビデオパソコンで編集できないことが判明しました。
CPUi5、メモリー4G、グラフックボートオンボードの一般的なパソコン、慣れ親しんだ編集ソフトグラスバレーEdius2.5では、パワー不足で編集途中でスタックしてしまうのです。
今回は、これに気づいてビデオクラブ所有のハイスペックPC、編集ソフトはEdius3.0で何とかレンダリングして書き出しできましたが、最終的に、自宅で作業するには、これから主流となるだろう4K動画を編集できる、新しいハイスペックPCと、新しい動画編集ソフトが必要になります。
5万弱で購入した「大人のおもちゃ」の為に、かなりの出費が必要となってきています。
さて、どうしようか? お金はあるものの・・・

posted by 西沢 at 08:01| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年05月28日

高齢者雇用安定法、70才まで働けるように、国は何を求めているのか?

私が現在所属する、地域の市民活動団体をサポートする中間支援NPOの定期総会が土曜日に開催されました。正会員70余名のうち出席者は30名を割りました。
出席者の顔ぶれを見回すと、普段知っているメンバーばかり、そして、何れも私と同じ世代と、それ以上の後期高齢者に来年にも属する方々ばかりです。

ここ数年、総会会議でのテーマは、「組織の若返り、次を引き継ぐ人材の育成」が取り上げられています。
2010年、団塊世代の一斉退職時、今まで女性中心だった地域の市民活動団体、NPO、NGOに沢山の退職男性がボランティア組織に参加し、良くも悪しくも変化が起こりました。
その世代がリーダーになり、団体の理事になって10年が過ぎ、さあ、今度は私たち団塊世代が、次の世代にバトンタッチしなくてはいけないのですが、・・・・いないのです。

2年前、65才で定年退職した世代が数名、新規会員として私たちのNPO団体に加入しました。
私がリーダーを務める「広報部会」に参加した方は、元大手メーカー総務系の仕事をしていた方で、かなりプログラミング知識があり、これからのボランティア活動のweb支援について学んでいただければ、格好の人材と期待しました。
当初、週に3日ぐらいのアルバイトをし、その他3日は自分の為に使い、後の1日は、地域活動のお手伝いをすると予定でしたが、現在、67才、フル月~金まで働いています。

彼の知識を生かして、お手伝いをして欲しいプロジェクトがスタートしていたのですが、残念です。何故、退職後に働くのか?
いろいろな事情がありますでしょうから、遠回しに尋ねてみました。
彼の答えは
「より余裕のある生活をしたい」から。
「何とか、現在の厚生年金と企業年金で生活できるが、団塊世代皆さんのような、ゆとりある生活をする為には働かなくては出来ない」
・・・・と云われれば、返答のしようがありません。
人それぞれの人生なんですから。

そこに高齢者雇用安定法です。70sai.jpg
70才まで働きたい人に、働く場を確保するように勤め先に求める法案を、政府は来年の国会に法改正案を提出するとの報道です。
骨子は
・定年をなくす
・定年をのばす
・定年後にまた雇う
・他の会社に再就職させる
・独立して稼げるように支援する。
・企業を支援する
・社会貢献活動への参加を支援する。


雇用主はこの7つからどれかを選んでもらうことを考えています。
先ずは「努力義務」とし、出来なくても処罰の対象としないが、将来的には義務化する方針のようです。しかし、払うお金を抑えたい会社は、

・70才まで雇うかわりに、給料を安くするかもしれない
・齢をとると体の動きも鈍くなるから、仕事中怪我や事故も心配だ
と色々、解決しなくてはいけない問題は山積みです。

政府・行政の考え方も解ります。
少子高齢化で、社会保障費は増大しつづけ、現在のセーフティネットを維持し続けるには、限界があり少しでも、働く意欲のある高齢者に働いてもらいたいのは理解出来ます。

鎌倉市は生涯現役促進地域連携鎌倉協議会をつくり、「セカンドライフかまくら支援サイト」を立ち上げました。
http://www.kamakura-geneki.net/
私が55才で退職し、鎌倉に越して来た時、団塊世代の一斉退職に備えて「かまくら団塊プロジェクト」を立ち上げ、私も当事者として、設立に参加しました。
この当時、如何に退職後地元コミュニティに参画し、ボランティアに参加したり、趣味のクラブを紹介したりしましたが、この「セカンドライフかまくら支援サイト」は全く趣旨が違います。
行政が、退職者の仕事斡旋をメインにしていることです。
まるで、退職者の為のハローワークのような行政主導の機関なのです。
これも全て、中央官庁の「人生100年時代」のキャンペーンの一環なのです。

私たち団塊世代から云わせれば、大きなお世話、自己責任、老後の仕事、生き方まで政府は口出しするな!なのですが、どうやら、そうも云っていられないほど、少子高齢化、働き手不足、年金財政の悪化、そして団塊世代の子供たち「ロストジェネレーション」
が20年後に高齢者になる頃の問題は深刻のようです。

20年後、私は確実にもういません。カミサンのことだけを考えて対処方法を考えています。

posted by 西沢 at 08:40| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年05月26日

老後資金の貯め方 投資?節約?それとも

rog02.jpg最近の週刊誌、新聞メディアには定期的に、そして頻繫に、老後資金についての特集記事が組まれています。
理由の一つには、ニーズがあるから、売れるからであることは間違いありません。
人生100年時代、長引く低金利、老後の生活は・・・
私たちが現役時代、政府は「今、ちゃんと年金を払い続ければ、定年後は安定した老後が過ごせる」と宣言していました。

確かに、今、70才半ばから上の元一部の大企業・公務員は年間450万以上の年金にあずかり、
特別な努力や才能、現役時代の投資・貯蓄をしてなくても豊かな老後を過ごしています。

その下の世代私たち団塊世代はと云うと、現役時代、40代のバブル時代をどうすごしたか?或いはどんな業界に、どんな業種の大企業にいたかにより、若干違いますが、年間350万前後の公的年金で生活は上の世代ほどではありませんが、ほんの少しゆとりのある生活が成り立つています。

私たち団塊世代の一つ下、雇用延長で65才まで働いてここ数年で退職した世代の平均的公的年金は年間300万を下回って270万程度と云われています。夫婦二人で食べていけますが、決してゆとりある金額とは云えません。

その下の世代はどうか?
政府は今、堂々と、公的年金では老後やっていけません。と認めています。
人生100年時代を見据えて、自分の老後の医療費、介護費をを積み立てておいて下さい。
自助努力で蓄えて下さい。と公言しているのです。
報告書案によると、年金だけが収入の高齢者所帯(夫65才、妻60才以上)だと家計収支は毎月5万の赤字、蓄えを取り崩しながら20〜30年生きるといるとして、現状でも1,500〜2,000万必要と公言しています。
しかし、その数字はかなり甘く、全くゆとりのない生活と想像出来ます。
私たちが退職計画を練っていた時、既に退職していた諸先輩に話を聞いた時、70才で持っていて安心出来る貯蓄高は2,000万でした。年間450万の公的年金者の話です。
私たち、公的年金が少ないの早期退職者はもっと必要と70才時3,000万と設定し直しましたが、齢をとるつれ、だんだん不安になり、70才時4,000万に変更し直しました。

老後資金の作り方として、造る時期に応じて2つに分かれます。
現役時代は
1,目先、短期の収益に拘らず、長いスパンでこつこつと投資していく
2,まず一番に、老後迄の生活設計家族で考え、収入を増やし、不要な支出を減らし、元本保証以外の預け入りはしないそして退職後は老後資金を増やそうと考えないこと。

朝日新聞のオピニオン・コラムでは投資をテーマにした漫画「インベスターZ」を連載している漫画家「三田起房」さん(61才)が書いています。

世界の平均株価は1971年〜2015年までの45年間で16倍になっています。
株価は超長期でみればあがる物です。数々の金融危機がありましたが、世界経済は復活し、成長してきました。
投資とはコツコツ時間をかけて積み上げるものです。
出来れば10代から投資を始めたほうが良い、思っています。
しかし、短期間の株価乱高下で一喜一憂してはいけません。
但し、投資経験のない退職者、高齢者の投資はあまりお勧めしていません。
この方々の特徴は、ついつい増やそうと慾をかいてしまうのと、損失がでた時の復活にかかる時間があまり残されていないからです。高齢者の投資は「増えればもうけもの」的にかんがえるベストでしょう。



「投資はやらないが身を守る」
と述べているのは、経済ジャーナリストの荻原博子さん(65才)です。

銀行や郵便局の窓口で勧められるままに投資に手を出して多くの人が損をしています。
金融機関は、投資のメリットばかり強調して、デメリットの話はほとんどしないのです。
今、収益に苦しむ金融機関は、確実に高額の手数料が稼げる投資商品を血眼に売っています。
特に狙われているのが高齢者で、日本の個人金融資産1700兆円のうち、60歳以上の高齢者の保有割合は6割を占めています。
よく年配の方が銀行窓口で投資信託を勧められているのを見かけします。
これらの手数料は年に3%前後、他に口座維持費用もとられます。
仮に、一千万の投資信託を買っても運用益も運用損もないまま、25年経ったら元金は500万以下になってます。
そのあいだずっと手数料3%をひかれ続けられるからです。
つまり、勝つ確率より負ける確率が高く、儲かるのは、投資信託を造り、運用、販売している大元外資証券会社と、販売金融機関だけが確実にもうかる仕組みです。
私が提言するのは、50才時点で借金と貯蓄がプラマスゼロになることを目標に、月々、1年、30年後の生活費設計を家族一緒に共有することです。



いま、自分の置かれている立場、年齢によって老後資金の作り方は様々です
確実に云えるのは、家庭内でよく話し合って、同じ定年後老後のビジョンを持ち、同じ方向を目指すことです。
一発逆転の大勝負で勝つ確率は1割以下と考えてます。
一発逆転の大勝負を考えている頭の中、体調は普通の状態ではなく、偏った考え方、思考に陥っているので成功する確率は極端に落ちるのです。
とても、抽象的な、哲学的な云い方かもしれませんが、毎日、毎月、毎年の積み重ね、継続が老後資金と続くのです。

タグ:老後資金
posted by 西沢 at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年05月24日

高齢者の運転免許論争 極論 高齢者免許定年制まで

car01.jpg全国で高齢ドライバーによる交通死亡事故が相次いで報じられています。
ネットなどでは「高齢者の運転免許没収」といった極論まで出ており、団塊世代の私たちにも無縁の問題ではなく自分にも起こりうる問題だと捉えています。

関東が一日中豪雨見舞われた日、特に外出する用事もなかったので、半日、昼間からカミサンの見る「ワイドショー」に付き合っていました。
各局で共通して取り上げられていたのが、高齢者による交通事故の話でした。

ある番組では、池袋の87才超高齢者元官僚による母子二人がなくなる事故について
・なんで、事故を起こした人間が、拘留されないのか?
・なんで、メディアでは、元院長などと、昔の肩書で呼ぶのか?
・メディアに現れた姿、帽子・サングラス・マスクを見て、本当に謝罪する気持ちがあるのか?
・事故直後、助けもせずに車の中で息子に電話しいてる、非常識はなんだ、と
・事故を起こす前から、足にけがをしていて、医者から運転を控えるよう

ある番組では、3年前の80才高齢者による、埼玉の女子高校生の死亡事故について
・事故を起こした老人は、懲役1年6月なるも収監されずに、死亡。
・父親は取材で、一度も相手側からの謝罪の言葉もない。
・民事訴訟を起こそうとしたら、本人が亡くなっていた。
・この怒りの矛先がないのが無念

私たち夫婦には子供がいませんが、お子さんを無くしたご両親のお気持ちは察するにあまりあります。このような高齢者による悲惨な事故で、高齢者の運転免許証になんらかの制限をかける話が起きるのは理解できます。

car02.jpg私とカミサンは、60才時、運転免許更新をせずに失効しました。
「免許返納」と云う言葉が、お上にたいして、へりくだっているように感じるので、何もせずに放っておいただけです。
もともと、首都圏に住むようになってから、所謂「自家用車」というものを持ったことがありません。首都圏に住むようになって、上野池之端、世田谷東松原のアパート住まい、電車の駅から徒歩5分圏内、自分のマンションに住むようになってからも、現役時代横浜も、退職後の鎌倉もJR駅から徒歩10分以内ですし、もし仮に自分の車を持つと、マンション内の駐車場は外よりも高く、数万します。
車は定年後の家計を圧迫する「金食い虫」と信じて疑いませんでした。

私はもともと、車の運転があまり好きではないのです。
これまで海外を含め、事故を3回起こしています。
何れも相手がいるのですが、人身事故ではなく接触・衝突事故です。
元々、運転免許は海外でとったので、日本のような小さな接触、傷は事故のうちに入らないと云う感覚で生きてきました。
日本に戻ってきて、新たに日本の免許を取り直しましたが、仕事柄、自分で車を運転機会少なく、必要性はかじませんでした。
最後にハンドルを握ったのは、20年も前ですから、私はオートマ車は運転出来ません。

数年前、カミサンの友人ご夫婦が人身事故を起こしました。
細い道から本線に出た途端、右側から来た50ccバイクが衝突したのです。
車の運転手のご主人70代半ば、衝突したバイクを運転していたのも70代の男性でした。
事故は、本線に出る車が一時停止を怠ったのが原因で、バイクの高齢者男性は打ち所が悪かったのか、死亡しました。
互いに高齢者同士の事故、ご主人と同乗していたカミサンの友人は、逮捕・拘留はされませんでしたが、数日、警察署で任意の取り調べがあったそうです。
もちろん、刑事裁判は行われ、執行猶予の有罪となりました。
問題は、民事裁判でした。
亡くなった70代の高齢者がちいさなラーメン屋さんをやっていたので、その補償が保険会社の間で問題になったようです。
遺族からは、相当厳しい言葉で非難・中傷されたようです。

問題はその後です。
70代半ばのご主人が、この事故・裁判・民事補償問題で鬱状態になり、その後認知症を発症してしまったのです。
カミサンの友人女性は、活発な女性で外に出て発散できるのですが、ご主人は完全引き籠りり、家庭崩壊一歩手前の状態に陥っています。

高齢者事故を無くすにはどうしたら良いのか?
首都圏の公共交通事情の良い場所に暮らす私たちは、簡単に車を手放せば、経済的にも楽になる、必要な時はタクシーでも子ども、近所のお世話になればいい、と云いますが、確かに私たち夫婦は、地方の観光地にツァーではなく、個人自由旅行の形態で旅すると、公共交通機関、バス、列車の少なさに、愕然とします。
地方では、自分の足を奪われるのは、自由を奪われるのと同じ・・・と云う論理、考え方はよく解ります。
交通事情の悪い地方都市、どんな田舎、過疎地でも、行政が最低午前一便、午後一便のデマンド小型バスの運行を義務付けた法令が必要だと思います。
そのコストは、全住民が負担しても、一向に構わないのですから。

しかし、新聞に「免許返納 高齢者農家には死活問題」という投稿がありました。
どんなに、無料のバスを頻繁に走らせたとしても、日常の作業、生活に車が必須の地方都市の農業従事者は困る。とありました。
家から車で5分の煙草の自動販売機に行く高齢者と、生活・生産の為に軽トラックを走らせる人と一緒にしての、制限をかけることは無理があります。
ひとつの案として、運転する地域・範囲・車種の制限を設けた運転免許証もこれからは考え時代なのでしょう。


posted by 西沢 at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年05月22日

横浜のサクラダファミリア・JR横浜駅に久しぶりに降り立った

現役時代、住まいは横浜から二駅の横須賀線駅前に住み、退職後、鎌倉に引っ越しして16年になります。駅にすると、二駅先なのに、横浜はかなり遠いと云う感覚になりました。
ましてや、毎日通っていた東京、新宿に至っては、「東京にでる」という感覚は、鎌倉に住む人間に共通となっています。

最近、横浜も「横浜まで行く」と云う特別なイベント、用事になっています。
私の最寄り駅「大船」から「横浜」は、ずっと片道290円と思っていました。
今日、横浜駅の改札でひっかかりました。
確か、残高300円のハズ、何でとみると、302円で、2円不足したいたのです。
エー、何時から値上げしたの?ずっと290円とばかり思っていたのに。

自宅に帰って調べると、もう5年前にJR東日本首都圏の電車運賃はあがっていました。
現金で切符を買って乗ったことがなかったので、解らなかっただけなのでしょうが・・・
今回のケースは電車代のスイカ利用で、さしたる額ではありませんでしたが、スーパー・コンビニのキャシュレス、クレジットカード支払いのことを考えると、実際に手元のお財布から現金がでるのでないので、何時の間にか、値上がりしているのに気が付かないとか、無駄な買い物をしているとかが、きっとあるのだろうと、反省しています。

横浜駅は相変わらず、工事中です。
yoko01.jpg横浜駅には、様々な思いでがあります。
私が初めて一人で横浜駅に降り立ったのは20才。横浜港からの南米航路に乗る為にです。
そして、その当時、昨年亡くなった実兄は、神奈川に住んでいて、日本を発つ前の夜、横浜駅の最上階にある、遠く、港の灯りが見えるレストランに招待してくれました。あれからもう50年、あの兄はもういません。

帰国して、建設業界に籍を置き、住まいも横浜市となり、横浜駅は地元と同様の意識になりました。そして、私の人生の大きな転機も横浜駅です。
今、横浜駅西口に建つ、大ホテルの建設に携わった時、ビルシステム構築責任者だった私は、
ゼネコン担当者と衝突し、現場放棄、会社に退職届をだして、3ヵ月間、カミサンと二人、中米でゲストハウス探しの旅に出ました。当時私は48才、カミサン45才でした。
結局、中米でのゲストハウス経営は時期尚早、準備不足とあきらめ帰国しました。
待っていたのは、現場放棄と云う建設業界サラリーマンの「大罪」と思いきや、よくぞあの身勝手な「スーパーゼネコンの所長」と喧嘩したと云う、武勇伝が業界に残り、私は、本社機能から外されたものの、そのまま、この業界に退職まで居座り続けたのです。

今でも、あのホテルを見ると、当時の図面が思い出されます。
苦労した、実工事担当者泣かせの新しい建築方法、何通りもの予算区分、そしてあからさまな赤字受注予算案の提示・・・
今でも、あのホテルに足を踏み入れたくない思いがします。

今日、横浜駅に降り立った理由は
1,ヨドバシカメラでビデオカメラ実機をみること
yoko02.jpg都内や横浜市内に住んでいた頃、ヨドバシカメラは身近にあって当然の存在でした。私たち、パソコン・カメラ機材好きには、何時間見て歩いたも飽きない、ワンダーランドなのです。
しかし、鎌倉地区に越してくる、ヨドバシは遠い、近場にあるのは、ヤマダ電機とノジマです。
ヨドバシの品ぞろえ、店員の商品知識はヤマダ電機・ノジマをはるかに超えています。
そのヤマダ電機も駅前再開発で数年後迄、小さな仮店舗となり、退職後のオジサンのワンダーランドは、310円かけた先の横浜しかないのです。
今や、価格的にネツトがあるのでわざわざ行く必要がないのですが、新しい機種のカメラ・ビデオとなると、実機を実際に触ってみたいのは、この手の趣味の人間の共通事項なのです。

今日、触ってみたかったのは、ドローンで有名な中国メーカーが造った、小型ジンバル機能付きビデオカメラ「オズモボッケット」と、今月末売り出す、同じくゴープロの対抗機種「オズモアクション」です。
わざわざ電車代をかけて行って、触った見ると云うことは、先ず99%買うことになるのですが、実機を触ってみて、本当にこのカメラが欲しいのか?この金額で良いのか?、買って後悔しないのか?自分自身に問う、一種の儀式みたいなものです。

二番目の理由は ユニクロ卒業の為です。
五月半ばを過ぎ、日に日に暑くなり、カミサンの衣替えが進みます。
ワードローブを見ると、カミサンの洋服ばかりで私のものが見当たりません。
聞くと、もうあんな洗濯疲れしたのは、捨てた、新しいのを買って、と云います。
私は、十分にまだ着れるのに、結構お気に入りなのに、と云いますが・・・

年取ったら、身ぎれいにしないと年寄り扱いされるわよ。
いつもいつも、ユニクロばかりではなく、横浜のデパートや、男性カジュアル専門店で買って。ともっと若々しく、おしゃれして。私と一緒に歩いてみっともない恰好はイヤ。
ユニクロの値段ばかり気にしていちゃダメ、何なら私が出してあげようか?とまで。

デパートをみても、男性カジュアルの値段はユニクロの数倍して手が出ません。
ジョイナスへ行けとアドバイスされましたが、ほとんどが女性専門ショップばかり。
見つけたのが、ヨドバシカメラの6階に入っている男性カジュアル専門店です。
ヨドバシと云う店舗がら、男性客、とくに若い人だけではなく、中高年の客が多そうです。
わりと入りやすく、値段もユニクロよりも高いけど、デパートのように全く手が届かない金額ではありませんでした。

夏用の綿・麻混紡シャツと、若者風の丈の短め、軽いパンツ併せて、10,000円でお釣りが来ました。買ってかえって、カミサンの前でファッションショーをお披露目して、まあまあ合格点の範囲内でした。
確かに、齢をとったら何時までも昔の愛着のあるものも良いけれども、多少、冒険は必要だなと思った、ひさしぶりのお買い物でした。
posted by 西沢 at 08:18| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年05月20日

住宅ローンの破綻が急増中 どうして?その原因は

戦後最長の経済成長と政府が云っているのに、なんで・・・とNHKクローズアップを見ました。
私が住む町の駅前に今、大型ショッピングセンターと高層ターワーマンションが建設中です。
湘南のターミナル駅直結の再開発です。
・東京上野ライン
・湘南新宿ライン
・横須賀線
・根岸線
・湘南モノレール 5線が乗り入れしている、東海道沿線で最大の駅前再開発とうたっています。
モデルルーム見学は事前登録制と強気の販売体制です。
新しい最新のマンションの内覧会が大好きなカミサンと彼女の友人が見に行ったそうです。
平均価格帯は、70平米で7,000〜8,000万という、私たち団塊世代では考えられない、高額物件なのに、若い世代夫婦でいっぱいだったそうです。
これからの日本は、空き家が確実に増えていくのに、どうして新築が人気なのか?それも8000万円もするものが。

NHKのクローズアップ現代では、若い働き盛りの世代のローン破綻が増えていると伝え、その背景にあるものにフォーカスしていました。
※挿入掲載画像は、TV画面のキャプチャーによります。

私、団塊世代が当時35才で購入した駅前マンションは当時、神奈川県で平均価格帯が一番高い物件でした。
平均83平米の広さで、平均価格帯は3,600万円、バブル前の1983年です。
住宅金融公庫の貸付は1,250万円、最長35年ローンで利率は5.5%でした。
私たちの場合、子供のいない夫婦ともに30代の正社員で、自己資金はかなり恵まれていましたので、金融公庫の1,250万と、社内の持ち家購入低利子融資の600万を引いた頭金は用意できました。それでも、二人で月々払える金額をしっかりと把握しなくてはいけません。
カミサンが何時仕事を辞めるか解りませんので、少なくとも私の給料の範囲内に留めなくてはなりません。
そして、ボーナス時払いは最初から考えませんでした。
先ず、毎月の定額手取りから幾ら借金へ払えるか?

cg01.jpg建設業界の給与体系は一般企業と違って、基本給60と手当40の二本立てです。
常に現場にでているので、職能手当、現場手当、残業手当、食事手当など、かなり全給与に占める割合は大きいのですが、この時、この先一時的にも内勤に変わり、手当が減った場合も想定して、払えるローン金額を想定しました。
金融公庫の1,250万、5.5%、35年ローン、ボーナス時払いなしで月々65,000円です。
この金額なら、例え内勤に変わって手当が少なくなっても、十分余裕をもって払えます。
社内融資の650万の制度は、或る時払いの緩やかな制度でしたので、家計とボーナスの都合で返済は可能でした。
私たちの場合、ちょうどバブル期にあたり、建設業界の給与・ボーナスは高騰しましたので、社内融資は一年半で完済し、宅金融公庫分も40才を前に全額繰り上げ返済して、私たち夫婦の住宅ローンは終わりました。

令和の時代のローン返済の滞り問題
1,働き方改革で残業代が減っている。
クローズアップ現代では、働き方改革で、収入のかなりの部分を占めていた残業手当がなくなり、ローン返済が滞る家庭を取材していました。4か月滞納しただけで銀行は、全額返済を申し立ているようで、先ずはイの一番に銀行と相談するように、そして、家計を見直しして、妻に働きに出るようにアドバイスしていました。
ローンの返済金額は、ボーナス、残業手当抜きで想定しなくてはいけない、と報じていました。

2,現在の家賃相当の支払いローンの落とし穴cg02.jpg
番組では、日本の住宅金利は史上最低の1%と報じています。
現在の首都圏のマンションは高いものの頭金を自分預貯金・親族からの借り入れで1,000万用意出来れば6,000万のローン組め、標準的な7000万円のタワーマンションは購入できます。
返済は月々17万円、いまの賃貸のマンション15万円とさほど変わらぬ金額です。
番組ではあるサラリーマンの例を取り上げていました。
しかし、3年で返済が滞りました。
■マンションの維持管理費を計算していなかった。
 固定資産税、マンション管理費は月々にすると、6〜7万円はかかるのです。
■マンション購入の際の手数料・引っ越し代、新居の家具・備品の費用を考慮していなかったのです。

3,年功序列型賃金体系の崩壊cg03.jpg
30代後半に購入した時の家庭環境収入時と比べて、子供はどんどんと大きくなり、教育費は嵩んで行きます。
私たちの世代では、職務の内容よりも、年齢・職歴によりその家庭に必要な賃金体系でしたから、年齢を重ねるにつれ、同じ年齢・職歴ならほぼ同一水平レベルで給与はあがっていったのですが、今は違います。
政府の施策も同じで、色々な助成制度がなくなっていく傾向にあります。
図表のように、同じ収入でも私が早期退職した2003と比べる、実質手取り金額は50万円も減少しているのです。
令和の時代のサラリーマンは、決して、親の世代の持ち家取得の経験則は当て嵌まらないと思ったほうが良いと、番組では警鐘をならしています。

4,収入を増やす為の転職cg04.jpg
番組では、購入した家を守る為、ローン返済を続けるために、もっと良い給与を求めて転職に踏み切った例を紹介していました。
平成・令和の日本は、私たちの時代と違い、転職は当たり前のように受け取られていますが、データー画像が示すように40代半ばを過ぎると、転職による給与は確実に減少します。

私たち団塊世代が家を買った35〜40才時、住宅金融公庫が5.5%、市中都市銀行の住宅用長期金利は、年8%でした。
それでも、みんな借りて、一生懸命に働いて返済したのです。
私たち団塊世代が、特別良く働き、家計に精通し、賢かった訳ではなく、ただ時代が良かっただけです。

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2019年05月18日

定年退職前にやっておけば良かったと後悔していること「歯をもっと大切に」

一昨年、月刊誌プレシデントで、退職者60代を対象に、現役時代にやっとけば良かったと、今後悔していることのアンケートをしました。

【お金についての後悔、後輩へのアドバイス】koukai01.jpg
■第1位退職までにローンを完済すべきだった
■第2位貯金、貯蓄をもっと心がければよかった。
■第3位病気・怪我に備えて保険に入るべきだった
■第4位年金で暮らせるよう日々の生活資金を見直すべきだった
■第5位個人年金に加入にはいっていればよかった。
と、ごく当たりまえの後悔が上位にあり、特別、新たに退職予備世代が注目すべき項目は有りませんでした。

【健康についての後悔】
10位 不規則な生活をしなければ良かった
9位 よく笑い、くよくよ悩まず、過ごせば良かった。
8位 ストレスの解消法する手段をみつけておくべきだった
7位 たばこをやめておくへきだった
6位 頭髪の手入れをすればよかった
5位 間食をひかえればよかった
4位 腹8分目を守り、暴飲暴食しなければ良かった
3位 日頃からよく歩けば良かった
2位 スポーツなどで身体を鍛えておけばよかった。

そして健康について後悔していることの第1位は、「歯の定期検診を受ければよかった」でした。

これについては、全くの同感で、私の後悔NO1です。
歯はよほど痛くなければ放置しがちですが、一度虫歯で痛み出しても、職場近くの医院に通って、治るとそのままです。
馴染みの、かかり付け歯科のファミリードクターと云う概念はありませんでした。
現在では、歯の健康を保つことこそ長寿の秘訣だと云います。

koukai02.jpgしかし、戦後早々、昭和22年、23年、24年生まれの団塊世代の子供の頃、家庭内、学校で毎朝、食事後、寝る前に歯を磨くと云う習慣がある家庭はごく少数でした。
私のような、父・母ともに自営業の家では、はぶらしそのものがありませんでした。
お風呂にしても、週に3回の銭湯が精いっぱい、普通でした。
下着を毎日着替えるのが普通・・・と知ったのは、そう中学の修学旅行の時だったでしょうか?
日本は、今思うと、低開発国並みの貧乏国家だったのでしよう。

そして、私は普通の家庭なら当然の常識をしらないまま、20才一人海外へ旅立ったのです。
その渡った先が、アメリカの都会や、ヨーロッパなら違ったのでしょうが、当時先進国と云われた南米アルゼンチンでさえも今のように一般家庭の衛生・健康に関しての常識は、当時の日本と同じ程度だったのでしょう。

当然、ブエノスアイレス滞在中、何度か歯医者に行きました。
それも虫歯の痛みが耐えきれない重症の状態で行きますから、治療ではなく、問答無用で抜歯するだけです。6年間の滞在で二本、抜きました。

帰国して、結婚して医療関係者のカミサンから、私の健康・衛生習慣についてダメ出しされました。そうなんだ、私の育った家庭は如何にだらしない、非常識の家庭だったのだと、初めてしらされまし

かかり付けの歯医者さんを持つまでには、随分の時間がかかりました
仕事が忙しく、土日、夜間はかき入れ時のヤクザな建設業界ですから、今すぐ駆け込んで治療してくれる、都合の良い歯医者ばかりを探して行っていたのです。
ですから、今では超常識の歯石を定期的にとるなんて、一度もやったことがありませんでした。

本当の意味でのかかり付けの歯医者さんを持つようになったのは、退職後です。
現役時代に現場が休みの水曜日に通っていた、昔住んでいた駅前の歯医者さんです。
退職後鎌倉に越しましたが、現在でも定期的に電車に乗って通っています。

ドクターは私とほぼ同じ世代で、「わざわざ電車代を払って来なくても、鎌倉のご近所の歯医者さんでもいいですよ」と云って云ってくれますが、私は「こんな煙草のやにだらけのぼろぼろの口の中を新しい歯医者さんに見せるのが恥ずかしいし、30年来の顔なじみの先生の所が好いんです」と答えています。
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2019年05月16日

ボランティアNPO次期理事・後継者・候補者がいない、逃げられた。

今月末、私が所属する、市内・地域で活動する市民活動団体・NPOを支援する「中間支援組織NPO」の総会が開催され、理事の改選がありますが、立候補者・なり手がいません。
私たちのNPOの内規では、理事就任時は原則70才まで、且つ正会員になってから一年以上経過していること、市民活動・ボランティア活動の経験者或いはサポターとしてます。

15年前、私が引っ越しをして来た時は、退職2年目56才で団塊世代の退職まで数年ありました。
この中間支援NPOに加入した時は、当然ながら若手として期待されましたが、それでもまだ理事や、各活動部会のリーダーは60代半ばでしたから、理事改選の総会で候補者なり手は少ないものの、まだまだ今日のようなひっ迫した状態ではありませんでした。

団塊世代が60才に達した、2008年頃から徐々に加入する男性が増え、この2008年を境に、正会員の男女比が逆転し今も男性会員が多い状態が続いています。
多くの男性会員は、鎌倉と云う土地柄か、大手企業のサラリーマンが多く、比較的老後の経済的にも恵まれており、退職後の自分の時間の一部を、地域の為に役に立てたい、と参加していただいています。

しかし、その団塊世代も古稀を過ぎています。
内規の理事就任時70才の抵触します。
理事の就任期間は3年、そのまま延長は禁止されています。
つまり、私たちのNPOは、古い、経験豊かであるけれども、常に活性化、進歩する為に「ボス」はいらないのです。
多くの地域社会、或いは企業に見られる、頭でっかちな古い体質の男社会を嫌った、当NPO設立時の女性リーダーが造った定款がそのまま引き継がれています。

この定款を替える動議は過去に何度かありましたが、私もこの動議に反対票を投じてきました。
市民活動センターは、定年退職した暇と余裕のあるオジサンの受け入れ先の一つですが、過去の経験則を振り回し名刺・肩書・居場所・机が欲しいだけの方が如何に多くいたことか・・・
先ず、率先して汗を流し、ITに強く、社会常識があり、経済的、時間的余裕のある人がいいのですが。

団塊世代でITに強いとのお話で、お会いしてお話を聞くと、ワード・エクセル・メール・インターネット・年賀状が出来るのがITに強いと思われている団塊世代が如何に多い事か。

一昨年、私が講師を務めるWeb講座を受講した64才の男性がおりました。
彼は鎌倉の大企業M電機出身で、アクセスは勿論、VB(Visual Basic)も経験しており、Web言語も解ります。
後は、デザイン系のイラレやテンデザインを覚えてもらえば、私たちの組織の大戦力になりますので、口説きました。
当時、週に3日のアルバイト程度でしたから、私たち広報のお手つだいは月に数度の月or金できるのとご返事をいただき正会員、広報部会の副リーダーになっていただき、後継者と目論んでおりました。

今年4月、66才になった彼から正会員は続けるが、平日のお手伝いは出来ない、と云われました。
理由は、「フルタイムで働くことになった」と云うのです。
私の廻りには土地柄か元M電機出身が大勢います。
総じて後期高齢者75才を過ぎた方ばかりですが、かれらご夫婦の年間年金金額は、全員500万を超えています。
話しをしてていて、「二人で45万くらいかな」と云うので、私たちの感覚では二月にですか?と聞くと、何をそんなことを、当然「1か月」の話のようです。
この66才の彼に、
「M電機だから、世間よりも相当高額の年金がでるのに、66才にして何で自分の時間を犠牲にし、週5日のフルタイムで働こうとしているの?」
「こんな時間はもう取り戻せないんだよ。」
と、私。
彼は。
「確かに、食べてはいけるけど、余裕のある、豊かさな生活には程遠い」
「皆さんが聞いている元M電機の現在後期高齢者の皆さんと、私たち一回り下の世代では年金の金額は大幅に減って少ない」
「少しでも、家族とゆとりのある生活をする為に70才まで働きます」


確かに、そう答えられると、もう引き留められませんでした。

団塊世代72才も働いている。
理事会の前打ち合わせで、同期加入、同じ世代の理事が、昨年度の人件費出費が異状に多いのを調べてみた所、本来無報酬、ボランティアであるべきの理事が成果報酬を請求して、月に12万受け取っていたことが判明しました。
この理事は、70才まで市の臨時職員として働いて、同時に私たちのNPOでは有償ボランティアスタッフとしても働いていました。
しかし、70才を機に、市の臨時職員は雇い止め、NPOも70才定年です。
70才を機に、同時に2つの収入減を失い、居場所を失い理事は、人手不足の理由と、NPO理事に就任していても定款に、報酬を支払っても問題ないことに気づき、毎日出勤して、会計に請求し収入を得ているのが発覚しました。

総会の前の準備打ち合わせですが、もう滅茶苦茶です。
結論は
もう、市民活動とか、ボランティア活動は、「自ら申し出た、無償の行為」は成立しない。
今後何らかの形で経済基盤を確立しないと、ボランティア活動は成立しない。

分かった、でも何らかの形で、ボランティア報酬についてはルールを決めてよ。
どっちにしろ、私は、来年2020、72才で一線を退きますけど。



posted by 西沢 at 07:46| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年05月14日

私は味音痴・鼻音痴なのか、蕎麦の香りが解らないし、特別美味いとも思わない

日本人は蕎麦好きが多い・・・と思います。
TV画面でも、タレント・俳優が上手そうに蕎麦を食べて、新蕎麦の香りは違うと語ります。
私は、信州生まれ、高校まで信州で育ちました。
しかし、蕎麦の美味さは解りません。
香りとか、のど越し、とか云いますが、解りません。

soba.jpg東京に出て来て、有名店の白い蕎麦を食べた時、なんだこれは、ソーメンではないかと思いました。それは「更科そば」で、蕎麦の実の中心部分だけを使った、本当の美味さが解る、江戸っ子の蕎麦だそうですが、全く違いが解らないどころか、私のなかで、一番美味いと思ったのは高校時代の卒業間際、友人と二人で朝早く戸隠に遊びに行って、戸隠神社中社脇のそば屋さんで食べた、蕎麦です。

当時は知りませんでしたが、しわゆる黒い「田舎蕎麦」だったのでしよう。
17才の少年二人は、今、現代のように気軽に外食できるような環境ではありませんでした。
学校帰りに「大判焼き」を食べるのが、唯一の外食、買い食いだったのです。
古稀を過ぎた今でも、あの時の蕎麦より美味しい蕎麦は食べたことはありません。

鎌倉に住んでいると、観光客から「美味しいランチ」を聞かれますが、鎌倉中心部には、地元民が推奨できる安くて、美味しいお店は有りません。
※唯一、お値段、ボリュウームも味も満足出来るお店はあるのですが、教えません。
若宮大通りに何時も観光客が行列しているお蕎麦屋さんがありますが、入ったことはありません。だって天せいろが1,250円もするのですよ。
国内旅行に切り替えてから、毎月色々な観光地に行きますが、
なんで野菜天ぷらもり蕎麦が、1,200〜1,500円もするの
海沿いのお店に行くと、アジフライ定食が1,300円もするの?
シラス丼がなんで1,000円もするの?

毎月、一泊以上の国内旅行をしていると、観光地だから、旅行先だから、特別感はないです。
国内旅行が定年後の生活の一部になっているので、私たち夫婦二人の食事予算でやってます。

gyoza.jpg名物に美味いものなし・・・と云いますが
先週、宇都宮を旅していて、地元の同い年のボランティアガイドさんとじっくり話したことがあります。
宇都宮の名物の餃子の話になった時、カミサンが、話を合わせるように「何処の餃子がお薦めですか」と質問するとここだけの話、私は特に宇都宮の餃子が特別美味しいと思ったことはありませんし、何で観光客が長い時間行列して食べるのか、解りません。
家庭料理なんですから、自分の家の餃子が一番美味いと思っています。
でもそれは「味の素冷凍餃子」なんです。と云い、思わず私は、同い年のボランティアガイドさんと握手しました。
posted by 西沢 at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年05月12日

団塊世代の10年後、古稀を迎える退職年金生活、小説「団塊の秋」

本屋さん会計デスク近くに平積みされていた、先日亡くなった堺屋太一氏の没後に出版された、団塊世代の続編的未来予測小説のようで、買って読んでみました。
書評は

本書は、戦後のベビーブームで誕生した世代を「団塊の世代」と名付け、ベストセラーとなった『団塊の世代』(堺屋太一/著 1976年)の続編としての位置づけを担う一冊。
著者は『団塊の世代』にておいて、人口の多いこの世代の成長が日本経済を揺るがし、政治のあり方を変えていくという状況を予測した本作では今後の日本社会全般について生活から政治的事象までを、各章の冒頭に貼付された未来の新聞記事という形で表し、7人の団塊世代の主人公たちの悲喜こもごもな未来を描いていく。
「衰退」から「希望」へ至るストーリーは、超高齢化社会などへの根本的な改革を先送りしてきた日本社会への問いかけでもあり、あらゆる世代が考えるべきメッセージが盛り込まれている。



dankaiaki.jpg読み始めて、これは売れないなと判断しました。
ストリー構成が、元政府官僚の堺屋氏の人生経験範囲内のもの、実際の99%の団塊世代の人生とかけ離れてたものなのです。
ここに登場する主人公7人の出会いは、1971年3月羽田空港です。
「カナダ・アメリカ15日間の旅」ツァーに集まった、卒業旅行を兼ねた7人の学生男性6人、女性1人。ツァーの代金は356,000円、1ドル360円の時代。
学生のアルバイトで賄える金額ではなかったハズです。
1971年昭和46年の学卒初任給は統計によると46,400円ですから、ツァー代金は初任給の7.7倍です。2019年学卒初任給20万とすると、現在の価値観すると150万円です。
ここに参加した7人の若者は、旅が終わってから、不定期的に集まっていました。

小説のストリーは、この7人の大学卒業後の人生と、2015年の67才から2028年80才までの未来予測小説です。
主人公は全て、一流国立・私立大学卒の弁護士・元衆議院議員・建設会社社長・元高校教師・元官僚財団法人副理事長・投資コンサルタント・新聞社社友・元労組委員長です。
1996年、団塊世代18才の時の大学進学率は16.1%です。
この小説の主人公のように、都内の国立或いは有名私立への進学率となると、全団塊世代の1%もいないのではと、考えられますが・・・しかし、私の中学校のクラス45名から東大・一ツ橋・早慶六大学を含めると8人進学していますので全く考えられない設定ではないのですが・・・

団塊世代と名付けた堺屋太一氏も、所詮、東大卒の元官僚です。
自分の廻りの環境が全ての平均的日本人と、勘違いしていたのでしょうか?
日本の将来、99%団塊世代の老後を、経済企画庁長官の目でしか見れなかったのでしょう。


この小説を読んでいたいた時、古い知合いの新聞人からメールがありました。
『私も60才の定年になるので久しぶりにお会いしたい』、とありました。
2008年、団塊世代の一斉退職が社会の話題になっていた頃、既に55才で退職し「団塊世代の定年後の過ごし方と海外ロングステイ」
http://www.tt.em-net.ne.jp/~soy7686/index.html
と云うホームページを立ち上げており、ネット上ではちょっとした有名人でした。

海外ロングステイに関しては、多くの映像メディアから取材申し込みがありました。
そのほとんどはTV局ではなく、番組企画会社やリサーチ会社です。
TVメディアと云うと、簡単に喜んで取材に応じるであろうと云う雰囲気がメールが感じ取られます。全て断りました。そして受けるならと一つ条件をつけたのです。
「放映前の映像チェク・検閲」が可能か?と云う問いを投げかけると、全てNOでした。
自分が映像の編集をやっているので、編集次第で全く意図したものと、違うものになることを知っています。

一方の活字メディアは、当然出版前の校正、チェックは可能です。
海外ロングステイと団塊世代の定年と云うホットな話題なので、経済月刊誌・FP協会・生保の退職者セミナー誌・生保のマネジャー研修などで、実際の団塊世代の定年後の生活、海外ロングステイの実態などについて、書いたり、お話をさせていただきました。

その頃、大手新聞メディアから団塊世代特集、フロントランナー的記事の企画で一度取材されてくださいとの
メールをいただき、お会いしてお話したことがあります。
結局、最終的には、記事は没になりました。
理由は・・・?
私の場合、大手全国紙で取り上げる平均的な60才の団塊世代ではない。です。
二十歳前に大学を中退し、最初に社会人として世に出たのが、海外の会社であり、スタートからして平均的ではないし、55才退職時の自己資金が9桁と云う数字は、世の中に受け入れられない、記事にならない。
ごもっとも、だから最初から取材対象とはならないと云ったでしょうに。

その時の取材記者は同じ干支のねずみ、ちょうど一廻り下です。
彼は今年59才、来年一回目の定年だそうです。
もちろん、65才までは残る事は可能ですが、記者としてではなく、裏方としてだそうです。
出来れば、辞めて、団塊世代の方々とおなじように、自分の人生を歩みたいが、現実的には経済問題が許さないと云います。
厚生年金は65才支給開始です。でも大手新聞社の高額企業年金はたしか60才だったハズ。
彼は、それは昔の話、世間で云われているほど高額ではないし、60才から65才の5年間食った行くには、働かないと・・と云ってました。
ここで、読んでいた小説の話になりました。
彼も仕事柄読んだそうですが・・・
堺屋太一さん、酷な云い方かも知れませんが・・「過去の人」です。と
posted by 西沢 at 07:33| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ