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2019年03月31日

新語「8050問題」とは、
新たな社会の課題「ひきこもり、孤立と困窮」

団塊世代の退職後、老後の生き方、過ごし方をテーマにしたホームページを運営しているせいか、新聞・マスコミ各紙の記事には丁寧に目を通しています。
3月30日の朝日新聞一面のサブ中見出し「ひきこもり、長期高齢化」、「中高年61万人、20年以上19%」に目が留まりました。
一面の記事の詳細は三面で詳しく紹介する、かなりの力の入れようで、読んでみました。

「8050問題」とは何だ、解説では

全国61.3万人、40〜64才の中高年ひきこもりの広がりが内閣府の推計で初めてあきらかになった。
老いて行く親とひきこもる子の孤立と困窮は、80代の親と50代の未婚の子の世帯の困窮という意味で「8050問題」とも呼ばれる、どう支援していくか、新たな社会の課題となっている



ひきこもりの定義とは、今回の調査では

仕事や学校など社会参加を避けて、家にいる状態が半年以上続くことこうした人たちを把握するため、今回の調査では、
段は家にいるが近所のコンビニなどに出かける人らも「ひきこもり」とみなした。
加えて、これまで一律に除外していた専業主婦(夫)や家事手伝いの人で、最近半年間に家族以外と会話がほとんどなかったと解る場合、今回から「ひきこもり」に含めている。



「ひ老会」(ひきこもりと老いを考える会)
そんなネーミングの会が紙面で紹介されていました。
ひきこもりの高齢化に直面する40代以上の当事者、経験者が集う交流の場のようです。

・親亡きあと、息子が一人で行きねばならない期間を35年間とし「餓死しない」程度の蓄えを残さねば・・・
・年末年始、一言もしゃべらずに過ごしたと云うシニア男性
・中高年のひきこもりにとって自分の死をどうするかかが悩み。それ以前に認知症になったらどうしよう。



8050a.jpg「8050問題」は現在70代団塊世代がかかえる「7040問題」のすぐ先にあるのです。
私たち団塊世代の抱える老後の問題点の一つに「未婚・非正規就労の団塊ジュニア」問題があります。この私たちの世代の子供たち団塊ジュニアは時代に翻弄され続けてきました。
大学卒業時の就職氷河期、それに続く小泉政権による非正規雇用業種の拡大、女性の社会進出による晩婚化、非婚化、長引く経済成長低迷期。
親世代の私たち昭和生まれの世代は子供の能力・努力の問題と捉えており、自己責任、と考えていました。
私と同じ70代の家庭にはかなり高い割合で、非正規・独身の息子さん、お嬢さん、或いは離婚して孫を連れて戻って
娘さんと同居してる団塊同世代家庭は多いのです。

8050b.jpgひきこもりの定義を当て嵌めれば、子供たちの世代の問題だけではなく、シニア男性にも当てはまるのです。
・1日家族以外の人と会話したことがない考えて
・外出は近くのコンビニ程度
・外界からの情報は、新聞・TV・インターネットのみ
・地元コミュニテイの接触はなし
相当の努力をしないと、70代に入った団塊世代は、世の中、政府機関からみれば「ひきこもり」と見られるのでしょう。


最後に
「ひきこもりは個人や家族の問題と捉えられ、偏見は根強いが、社会全体の課題」と結んでいました。でも、古稀を過ぎると、積極的に出歩くよりも、自宅の自分の部屋が一番居心地の良いの確かな事実なのですが。



posted by 西沢 at 07:45| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年03月29日

そろそろ終活の実践、カミサンの銀行窓口・貸金庫デビュー

カミサンの母親が亡くなり、ほんの少しですが遺産相続があり先週、カミサンの口座に振り込まれました。
振り込みがあったのは、地元の銀行からの電話で知り、とりあえず記帳して確認し、振り込んで来た妹に連絡が必要となり、カミサンは私に、「記帳してそこから一部、お小遣いとして幾らか、現金で降ろしてきて」と云います。
結婚して以来、お金の管理などは全て、私の役目だったのですが、71才を迎え、そろそろ私が亡くなったり、長期入院することも考えられるので、これを機会にカミサンに自分で銀行に行って、記帳・引き出しをやってもらわなくてはいけません。
今時、信じられないでしょうが、我が家のカミサンは、銀行へ一人で行って、CDでお金の出し入れをしたことが有りません。
「それは、貴方の役目でしょ。」と敬遠していたのです。

kinko.jpg銀行のカード・通帳・印鑑は貸金庫に入っています。
貸金庫に保管するほどの財産はないのですが、退職直後から10年間、海外ロングステイを目指していた私たちは、日本の家を空けることが多いので、地元の銀行のなかで一番安い貸金庫を借りました。(年間15,000円)それ以来、毎月月末に翌月の二人の生活費や、小遣い、旅行費用などを降ろすのは私の役目です。
貸金庫室への入室カードはカミサンが保管し、貸金庫本体の鍵は私が保管しています。ダブルチェクの体制は確かに、安全なのですが、何時までも二人が健康でいられるかは解りません。

今回初めて、貸金庫室への入室、自分の貸金庫の開け方、貸金庫から退出を、私のサポートなしで実践してもらいました。
貸金庫室入室カードの暗証番号は以前に教えてあったのですが、忘れていたようです。
次に、実際に自分の貸金庫をあけなくてはならないのですが、鍵には何番の金庫なのかは、書いてありません。
それも、以前教えてあったのですが、忘れていました。
退出の際に、入室に発行された一時的なキーの返却をしないと、外に出られないことも、今回学習してもらいました。

次に、窓口へ行って自分の口座から、必要な金額を降ろす、実践トレーニングです。
68才になるカミサンは、窓口やCDからお金を降ろすのも初めての経験です。
「自分の預金口座から本人の私が降ろすのに、なんでこんなに手続きをしたうえ、色々聞かれなくちゃいけないの?」と云います。
「今、銀行はシニア女性が現金を降ろす時、必ず、オレオレ詐欺ではないかと、声掛けが義務つけられているから」と私。
「私、そんな年寄り、シニア、おばあさんに見られるのかしら」とカミサンは不満顔でした。
ちなみに、銀行で聞くと、CDコーナーから一日に降ろせるキャッシュは50万円だそうです。

kinko2.jpg先ず、この貸金庫と銀行窓口を経験してもらい、次は年金が振り込まれる銀行へ移動です。
来月の二人の生活費、公共料金、旅行費を現金で降ろさなくはいけません。
二人の年金振込口座は同じ銀行にしています。
先ずは、記帳して現在の残高を確認します。
「なんだ簡単じゃない」と云うカミサン。
「記帳や入金は簡単だけど、出金はそうでもない」と私。
カミサンは、カード・通帳を入れる順番や、暗証番号で何回か間違えます。
昔、これをやって後ろに並んでいる人に迷惑をかけたトラウマがあり、懲りてやらなくなったのです。「昔と違って並ぶ列は、フォーク並びだから気にしなくていいよ、解らなくなったら行員を呼べばいい」と私。

必要な現金を降ろし、次は公共料金支払い口座のある銀行へ移動します。
ここは、入金だけですから簡単でした。

次に向かうのは、クレジットカード引き落とし口座のある銀行へ向かいます。
カミサンはそろそろ飽きてきたのか、「一つの銀行で全てやれないの?」と云います。
「口座を分散しておかないと、事故がおきた時危険だから」
「日本の銀行は安全と思わない方がいいよ」
「クレジット引き落とし口座には、常に必要最低限プラス10万程度の残高にしておくのが鉄則」と私。

最後は再び貸金庫がある銀行に戻って、通帳・カード類を戻して終了です。
「必ず、指差し確認して、金庫に閉まってね」と私。
「貴方は、毎月こんなことをしていたの?」とカミサン。
「そう、結婚以来40数年づっと、これからは君がやらなくては」と私。
「まだ早いはよ。いつまでも健康でいてね」とカミサン。
「それにしても、普通の家庭の奥さんはみんな、やっているのかしら」
「私たちは、銀行まで徒歩圏だから良いけど、ちょっと離れた人達って半日仕事ね」
「私、現金をこんなに持って歩くのは心配、今晩のおかずを商店街でお買い物するから、お金を持って先に帰って」とカミサン。

今日の一回でカミサンが全て、理解したとは思っていませんが、これから機会がある毎に、すこしづづ終活の一環としてやってもらわなきゃ。



posted by 西沢 at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年03月26日

団塊世代 海外ロングステイ滞在者投稿 日本帰国の潮時

私ども夫婦は、私が55才、カミサン52才で、老後の一時期を海外で暮らすように旅する、海外ロングステイを目指して退職しました。
退職直後から、同じ団塊世代の一歩先行く身として、情報発信するために、webページ「団塊世代の定年後の過ごし方と海外ロングステイ」立ち上げ、16年になります。
同じ世代、同じ目的、同じ想いの同世代の方々のご意見、を反映する目的で双方向のサイト、掲示板を造りました。
これまでに様々な投稿、情報が寄せられてきました。
そして、団塊世代の共通の節目、峠となる「2度目の東京オリンピック」2020が近づいてくるのと同時に、これまでの海外ロングステイを引き上げ、日本帰国、本当の老後の生活にはいる準備される方が出ててまいります。
掲示板に投稿されました、現在、チェンマイにお住まいの団塊世代の方の情報をそのまま転載致します。

ハンドルネーム タイ在住者 
私の海外ロングステイの主動機は経済的理由です。
結果は成功だと思っています。

[支出結果/予測]
2017年:102,831 バーツ(36.7万円)
2018年:113,324 バーツ(40.5万円)
9ヶ月間滞在全費用と2回の往復交通費を含みます。

[衣]衣類は主に日本で購入しています。下着くらいであまり購入していません。
[食]食事は糖尿病対策もあり質素なものです。(酒煙草は嗜みません)
[住]チェンマイで購入したワンルームに住んでいます。

[生活内容]
(日本でもチェンマイでも)殆どの時間を部屋に隠りPCで遊んでいます。
時間が足りず徹夜の時もあります。

[健康]
ここ数年老化進行が著しいです。
癌化した腫瘍除去手術等もしています。
75歳迄健康寿命が持つ事を願っています。

[終活]
日本へ引き上げ有料老人ホームへの入居を予定しています。
(初期費用3,00万円、月額費用20万円を想定しています)

独居老人の経済設計の参考例として頂ければ幸いです。



上記投稿記事にたいして反応した投稿者へのレス

年金等収入の具体的金額の話題はありますが、支出に関してはその金額情報が少ない様に思っていました。
3月に入り前年2018年間収支の計算を行いました。
最低金額の参考にと前年分と合わせて投稿しました。
ザックリ見て年間50万円/1人で生活できます。(夫婦2人でも100万円以下)
投稿金額は年2回の往復費用(6万円x2回=12万円)を含んでいますから、それを中止すれば更に余裕です。
老後破産等老人の経済問題が話題に成りますが、支出の工夫で問題を回避できる場合があると思います。
海外長期滞在の利用も"支出工夫"への一考かと思えます。
但し注意が必要です。いきなり年間50万円は難しいと思います。
(私の場合足掛け20年近く経過した現在の年間費用です)
現地の言語、VISA条件、生活環境等々様々な事をクリアーする必要があります。
(それでも長期計画でトライしてみる価値はあると思います)
そして、最大の問題は如何様に生活するかです。
(自分の本当に"したい事"(生き甲斐)が何かを知る事は難しい場合が多いですが)
それが、"この経済条件で満たされる事ができるか?"が、重要な事だと思います。
満たされないと、単なる耐乏生活(貧乏生活)を老後に送る事に成ります。

「日本に帰った時に「血液検査」されてますか?」の質問
毎年春健康診断を受けています。去年は人間ドックを受け、その結果秋に手術をしました。
また(歯石取りを含めた)歯科治療は春秋の2回受けています。
これらも"そろそろ卒業"を考えています。

「筋トレして下さいね〜」
PC遊びに夢中で運動不足の状態です。
朝の食後の散歩は老人のヨボヨボ歩きに成りかけています。
お気遣い感謝いたします。

有料老人ホームの情報ありがとうございます。
最初にお詫びをする事があります。
(初期費用3,00万円、月額費用20万円を想定しています)
の記述は"初期費用3,000万円"の誤記です。

今、ホーム入所を躊躇しているのは正にご指摘の「自由が利かない」事への恐れからです。
最後は必ず人様のご厄介に成って終わるのですから、仕方がない事と理解しています。
今年4月で71歳、後4年75歳迄この儘過ごせる事を願っています。

「特養順番待ち」の件、最初に調べました。残念ですが諦めています。
ご友人はラッキーな方だと思います。

今日土曜は白物洗濯日です。洗濯機から取り出し干すだけですが、
段々疲れてきて、施設が好き勝手にできるなら、今年にでも入所したいです。
(去年現金を一部用意し貸し金庫に置く準備迄しました)



これらの投稿は下記のサイトからの転載です。
http://wwweb.sakura.ne.jp/bbs/yybbs.cgi
詳しいタイ・チェンマイロングステイ情報は
http://www.tt.em-net.ne.jp/~soy7686/cnx.html
posted by 西沢 at 07:11| Comment(0) | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)

2019年03月24日

三陸鉄道リアス線の開業に思う事

東京では桜の開花宣言がなされ、めっきり春めいてきた春の彼岸の日、東北の被災地、岩手県の太平洋側の鉄道が3・11の地震・津波から復興され、開業の運びとなったようです。

riasu2.jpgこれでやっと、念願だった被災地に行けます。
2011年3月1日から個人的サイト上でブログ「鎌倉リタイヤライフ」http://www.tt.em-net.ne.jp/~soy7686/blog1.htmlを始めました。
10日後の11日東日本大震災です。
鎌倉でNPOやNGOあるいは個人的な公的、公益活動をする団体・個人をサポートする中間支援NPOのメンバーとして何かをしなくてはと云う想いでいっぱいでした。
私の廻りの人々は、夜行バスに乗って手弁当で被災地ボランティアに向かいました。
少しでもお手伝いをと、NPOセンターで知り合った同世代の団塊おじさんは、紙芝居一式を持って避難所巡りを開始しました。

私は一歩も動けませんでした。
震災の2週間後、原発事故で揺れている日本、逃げだす外国人で溢れかえっている成田空港から旅だっていました。
3度目のアンコールワットの町、シェムリアップにセミロングステイする為です。
一時は、この旅行を中止することも考えました。
でも、中止してどうするの?被災地へ行ってどうするの?
あの多くの人が亡くなった防災センターの残骸や、陸地に船が乗り上げている姿の町にカメラを向けることが出来ると思う?
我田引水かもしれないけど、こうやって日本人観光客が外国へでて、日本は安心なんだよ、と語りかけ、姿をみせることも一つの復興のお手伝いなんだと、自己暗示をかけていました。


毎年、3・11がやってくると、あの津波の映像がよぎります。
何時かはいかなくては。
でも、旅行者して物見遊山の気持ちででかけても良いのだろうか?と自問します。
カミサンは、とても観光客として、私は行けない。と云います。
政府・社会は、観光としてでも出かけ、宿泊し、お土産を買う事だって復興の一助だと云いますが・・・そんな気持ちになれません。

riasu.jpgしかし、今回の三陸鉄道リアス線全線開通の報道で心騒いでいます。この三陸鉄道のなかで北リアス線の駅「田野畑」に思い入れがあります。
岩手県北部太平洋側田野畑村に新しい駅が誕生したのは1984年、今から35年前です。
私もカミサンも岩手県には縁もゆかりもありません。が、何故か朝のNHKのニュースを見ていたのです。

「田野畑」と云う名前を何処かで見た事、聞いたことがある・・・・
その日出社して、部下を目の前にしておぼろげながら、訊ねると、その新入社員の出身地で、彼も朝のNHKの中継を見てたそうです。何故なら彼の父親が村会議会の議長として出席していたそうです。
ずっと陸の孤島であった田野畑村がようやく、鉄路としてつながった記念日でした。
この年から、毎年、お歳暮としてイクラが詰まった生鮭が届くようになりました。

あの大震災の時、私は既に早期退職していましたが、直ぐに彼に実家の安否の確認の連絡をしました。彼の実家は、海岸から離れた高台にあり、全員無事でした。
いつかは、田野畑村に行き、お父さんにお会いして、お礼を言いたいと思って8年経ちました。
ようやく、一観光客として、鉄道ファンとして行けるようです。

この夏、仙台から東北本線で一関、気仙沼と乗り継いで三陸鉄道の南の始発駅「盛」から各駅停車で北の久慈経由八戸への旅をしようと計画しています。

カミサンは行かないと云います。
いいよ、僕一人でのんびりと、二泊三日程度で、東日本大震災の地を訪ねてくる。
それが、高度成長を牽引してきた団塊世代の定年後の一つの務めだと思うから。
posted by 西沢 at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年03月22日

退職後の老後の住まいについて考える

sumai01.jpg3・11東日本大震災の8年目の記事を読んでいて、私たち団塊世代の退職後、老後の住環境と同じだなのだと思いました。
「新しくできた災害公営住宅に住む人が人が増えて来た。高層の集合住宅は、人間関係を希薄にしているようで”仮設のほうが人間らしい暮らしだった”との声が多い」

私の住む鎌倉周辺でも、どんどんと夫婦二人だけ、或いは伴侶を亡くして一人暮らしの家庭が増えています。しかも、それがいわゆる「閑静な高級住宅街」に多く見受けられるのです。
70〜80年代、鎌倉周辺では大手不動産でデペロッパーによる大規模な住宅地建設が進められた。
何れも最寄ターミナルからバスで20分程度の郊外の丘、山に建てられた、敷地が60坪以上の「○○台」と名付けられた、戸建て住宅街です。

購入した住民のほとんどは、東京に職場を持つ大手企業に勤めるホワイトカラーの人達です。
30代から40代で、憧れの鎌倉周辺の閑静な住宅街を手に入れ、毎朝、専業主婦が運転するマイカーで駅まで送ってもらい、帰りは駅からタクシーで帰るような生活を定年まで続けてきました。

やがて、60才、定年退職するころ、子供たちは成長して、この鎌倉郊外の閑静な・・何もない、買い物・交通の便の悪い土地を嫌い、出て行きました。
同じ時期、同じような収入レベル、同じ学歴、同じ年代層の人達が住む「○○台」には、偏った世代層の人々のみ子供たちの声もない、まさしく静かな住宅街となっているのです。

夫がなくなったら、ここを売り払って駅近くのマンションに住もうと思っていた主婦が多かったのですが、いざ売ろうと思っても、なかなか買い手が現れません。
このような「○○台」では、住民の自分たちの町の環境を守ろうと、入居数年後に自主協定を造ったところが多くあります。

・塀は生垣以外は造らない、ブロック塀は禁止
・土地を売る時に分割・分筆をしてはいけない
・自宅土地にアパートを造つてはいけない
・物販、商店を造るには、全住民の合意が必要


 などなど多岐に亘っているようです。
これが障害となったり、或いは敷地が広すぎて、今の若い世帯では手の届かない価格となり売れない状態です。

sumai.jpgでは、最初から高層集合住宅に入っていた私たちの場合は・・・
高層の集合住宅は、人間関係が希薄・・・はまさにそのとうりです。
私たち夫婦は、80年代横浜市内の新駅駅前開発の第一号棟を購入、入居しました。
駅から歩いて3分、85平米、当時横浜市内で平均価格が一番高いマンションでした。
両面バルコニーですから、共通廊下はなく、向かい合わせの2戸で一つのエレベーターの縦長屋的な構造です。
エレベーターを共有している前のお宅とは、偶然にドアを開けた時にしか顔を合せない構造ですから、21年間住んでいて、前のお宅のご主人とお話したことは一度もありませんでした。
子供でもいれば、或いはカミサンが専業主婦で1日中在宅でもしていれば、接触する機会も多かったのでしょうが。
ご近所付き合いは全くゼロでした。
入居当初、近所にお店は一軒もなく、スーパーは隣の駅まで行くしかなく、当時コンビニはありませんでした。

今では駅前マンションは便利です。しかしそれは通勤・通学に便利であって、毎日が日曜日の定年退職者にとっては、20年以上住み慣れたとはいえ、隣の部屋の住民の顔も知らない環境や、窓から見える風景は、その後20年間に建てられた高層マンション群
や、駅に向かう通勤の人々の姿、バス、車の車列です。
却って、退職直後の暇な60代の男性はストレス、焦りを感じることは間違いない・・・と退職1年目に売り払い、老後の生活に最適な場所を目指しました。

老後の住まいの条件は。

1,退職後10年は、頻繁に海外へ行くので、成田空港へ乗換不要な横須賀線沿線。
2,駅前は不可、徒歩10分以内の5階までの中規模マンション。
3,地域環境は第二種中高層住居専用地域。
4,近くに大規模公園、或いは緑地のあるところ。
5,予算は、現住まいを売却してプラス1,000万以内。
6,買い物に便利な所(大型スーパー・コンビニ)
7,地域基幹大病院に徒歩圏内


一年間さがし歩き、決定したのが、今住んでいる場所です。
適当に便利、適当に静か、廻りには戸建ても多く、小学校、幼稚園、有名進学校もあり、家の前は春は桜が咲く児童公園で、毎日子供の声が聞こえ、朝はラジオ体操、夕方は愛犬を連れて散歩するご近所さんの姿、20年間住んでいても、自宅周辺の道路でご挨拶することまなかったのが、ここでは、名前は知りませんが、顔見知りのご近所さんと、ご挨拶するようになりました。
現在の共同住宅の住民は、初めて自宅を購入する若い世代だった為、子供多く、今働き盛りの管理組合活動は活発です。

誤算・予定外だったのは
予算オーバーしました。16年前売り出した駅前マンションは、まさにバブル後の底値の時でした。ちょうど私の住む棟では、転売も目的でバブル高値で購入した投資物件が破綻し、競売物件が続出した時期で、その値段に引きずられ、今の物件購入の際プラス1,000万の予算をオーバーし、引っ越し・新居調度類をいれると、プラス1,500万の超過となり、退職計画予定資金からの出費となりました。

でも、今のところこれで良かったと思っています。
高層の集合住宅は、人間関係を希薄にする、は本当です。
特に、新しい、知らない土地での老後年金シニアの生活は、なかなか地域社会に結び付きません。積極的に、自分から出向かないと新しい展開は望めません。
退職後に、住環境を変える・・・は、ある程度の下準備、調査、そして資金が必要なのは言うまでもありません。


posted by 西沢 at 08:12| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年03月19日

年金シニアの最大関心事は、「遺産相続」・「お葬式」・「介護問題」

最近の週刊誌は、若い世代のネットよりの情報で活字離れが進み購買層のメインはシニアになっているようで、扱う特集記事は各社ともに毎週なんらかの形で「遺産相続」・「お葬式」・「介護問題」を扱っています。
毎週毎週、同じような内容なのに、それでも実際に買って読む人が多いのでしょう。

haka.jpg我が家のカミサンは、先々週「老後資金がありません」垣谷美雨著 中公文庫を読み終えると、次は同じ著者の「夫の墓にははいりません」を買って、一心不乱に読み始めました。
お互いに高齢者となり、活字離れは進み、なかなか昼間、リビングや自分の部屋で本を読む機会が減っています。
今、我が家のブームは、早めの夕食後、ぬるめの39℃のお風呂に入り、タイマーを1時間にセットして本を読むのが流行っています。

一時間してお風呂から出てきたカミサンは、自分の部屋に戻って再び読み始めていました。
「今度の本のテーマは何なの、そんなに面白いの?」と聞くと
「子供のいない私たち夫婦にも当てはまる話なの、そうだよねと共感する内容ばかり」
「何の話なの?」
「お葬式、遺産相続、介護。シニアの三大テーマよ、読み終わったら貸してあげるわ」
かなり分厚い350ページの本を2日間で読み終えたカミサンから借りて、読んでみました。

粗筋は・・・40代の子供のいないご夫婦の話
東京下町生まれの主人公の主婦と長崎の旧家出身の夫は、東京で知り合い結婚し、東京に住んでいました。夫の転勤で、故郷長崎に引っ越しし、港の見える高台に家を新築し、東京と違った地方の暮らしを楽しんでいました。
主人公の女性は、知らない土地ながらも、長崎の名家の姑さんは、東京下町の定食屋を営んでいる実家の母と違って、上品で教養もあり、実に良くしてくれます。子供がいないので、パートとして勤めたタウン紙も面白く、友達も出来て楽しい長崎の生活でした。

しかし、夫が長崎市内のビジネスホテルでクモ膜下出血で急逝します。
どうして、東京に出張のはずが・・と云う疑惑を考える暇もなく、葬儀が進行していきます。
お葬式は、全て長崎の名家である夫側の姑さんの手筈で旧家に相応しい規模で進みます。
お葬式の費用は全て、夫の実家が負担してくれました。
お葬式が終り、今後どうしようか、このまま長崎で暮らすか、東京に帰るかと思案します。
新しく建てた港の見えるこの家が気に入っていたし、パートではあるが遣り甲斐のある今の仕事も好きだし、この家で暮らそうかと思っていたら、突然自宅に大きな立派な仏壇が届き、姑さんが現れました。

家を建てた時に、合いかぎを渡していたのです。
大きな立派な仏壇は、港の見えるお気に入りリビングの隣の和室を占領するように置かれました。その後、姑は彼女の留守にも上がり込んで、その仏壇の前で泣き崩れているのです。
49日が過ぎると、納骨です。
姑と夫の実家の墓地に行くと、墓に夫の名が刻み込まれていました。
そして、姑に、「私たち夫婦もこのお墓に入るのよ、貴方の名前も今回入れてもらったわ」と云われ、墓誌の裏をみると赤く刻んだ、自分の名前がありました。

私はこの地でずっと暮らし続ける運命なのか・・・と思案する主人公
夫の実家には両親と、引き籠りの40代独身の妹がいます。
やがて、舅が認知症を発症しているのを知ります。
葬式と仏壇の費用の裏返しは、この先年老いた夫の両親と引き籠りの妹の世話・介護なのだと悟るようになります。
この土地は好きだし、この家も好きだが、40代半ば以後の人生を、自分の知らない裏が垣間見える夫の両親・家族の為に捧げなくてはならないのか・・・と考えるようになります。

結末は買って読んでください。

読後感想
この小説の物語設定はかなり私たち夫婦に似ています。
子供のいない夫婦、二人とも実家から離れて都会で生活している。
伴侶が逝っても、残されたほうは贅沢は出来ないものの、ある程度の生活は維持できる経済環境にある違うのは、二人ともにお互いの両親の介護経験もなく、両親のお葬式も終わっていること。そして、葬儀・お墓に関しては、少なくとも私の実家のほうは、地縁・血縁関係が薄いので全く無頓着。お葬式にしても、亡くなってから知らせてくれればそれで結構と云う間柄です。
カミサンのほうは、それで済ませられるかどうかは、その時にならないと解りませんが、しかし、99%私が先なのでどうでもいいと思っています。
posted by 西沢 at 07:50| Comment(1) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年03月17日

俳優ピエール瀧のコカイン使用容疑での逮捕報道から

64a.jpg「ピエール瀧」がミュージシャンであることは、今回の報道で初めてしりました。
テクノバンド「電気グルーヴ」と云う名も初めて知りました。
私が彼を役者して注目したのはNHKドラマ『64(ロクヨン)』でした。
地方県警を舞台に、昭和64年と平成14年にまたがる2つの誘拐事件を、広報官の視点から描く土曜ドラマで、ピエール瀧が主演しています。
後にこの作品の原作者横山秀夫さんの小説『64(ロクヨン)』は佐藤浩市主演で劇場映画として上映され、大ヒットしました。

コカイン使用での逮捕
64b.jpgここで、ネット上での非難、反発、炎上を覚悟の上で書きますが・・・
「葉っぱ程度でガタガタ騒ぐな」
団塊世代で60年代から70年代、アメリカ、中南米、アジアを旅していたバックパッカーなら、程度の差こそあれ一度は、経験しています。
南米アンデス地方のバックパッカー宿では、高山病の緩和としてコカは全く普通に扱われいました。マリファナは少し抵抗感はありましたが、宿では煙草とさして変わらぬ扱いでした。
しかし、薬物・ドラッグと云う言葉は何か、恐ろしい、違法のものという感覚は失う事はありませんでした。
コカは精製されていなく、コカの葉を薬代わりに噛むと、苦く、頭が軽くしびれる感覚があり、とても異次元の陶酔感はありません。
マリファナは、匂いからして何か罪悪感を感じずにはいれませんでした。
個人差があるようで、一緒に吸った旅行者は、急に大きな声で笑いだしました。
たった一度の経験で、それ以来、コカも葉っぱも手にしたことはありません。

煙草とさして変わらぬ感覚
アジアのタイとミャンマー国境付近を旅して、キャセイ航空で香港経由で帰国する際、香港税関でストップされたことがあります。
引っ掛かたのは、ミャンマーの市場で購入した、現地の庶民が吸う、葉を巻いただけの安物の煙草です。別室に連れていかれ色々聞かれている間に、その安物煙草の成分検査が行われたようで、無事無罪放免となりました。
が、タイ・ミャンマー国境地帯は、ゴールデントライアングルと呼ばれていた、麻薬生産地す。
ここを旅していると、さすがに、原料となるケシは観賞用でも家庭の庭でも栽培禁止ですが、マリファナの原料となる大麻は、普通に庭先、田んぼのあぜ道で自生していました。
現地のガイドに云われました。
興味本位で、少量でも持ち帰るとタイ・ミャンマーの税関では引っ掛からないけど、日本の税関の麻薬探知犬には感知されるから気をつけて、持ち物にも匂いが移るから、そして手をアルコールが洗わないと残るよ。と

今でも、アジア各国で時々、日本人旅行者がドラッグで捕まります。
それは、コカとか少量のマリファナではなく、覚せい剤です。
これは、絶対に手をだしてはいけません。
絶対に捕まります。何故か?。
理由は簡単です。売人が密告するからです。
売人は、ブツを売る儲けよりも、密告して警察から入る報酬のほうが大きいからです。
つまり、能天気な日本人若者旅行者をひっかける売人・警察組織が存在し、警察は起訴前に、取引を持ち掛けてきます。
数万ドルです。これを日本から送金させるまで拘束され、払えないとなると起訴され、持っている量に応じて、数年から無期となりますし、国によっては死罪です。

コカイン・マリファナは死罪に相当する大重罪なのか
日本では、薬物扱いですから、勿論犯罪です。
しかし、覚せい剤と違って初めてなら、執行猶予刑程度でしょうが、有名芸能、スポーツ人となると、失うものは莫大です。
天声人語で書いていました。
ピエール瀧容疑者が過去に出演していたドラマをアーカイブから削除し、現在放映中のドラマは再編集していると。そして、疑問を投じています。
ピエール瀧容疑者が出ているCMは、起用している企業のイメージを損ねかねないので仕方ない、
しかし過去の作品例えばあの「64ロクヨン」をアーカイブから削除するのは、如何なものか。

薬物の恐ろしさ、薬物犯罪の罪深さは強調してい過ぎることはない
しかし、逮捕されたことと、作品の魅力分けて考える出来ではないか
見続けたい作品かどうかを決めるのは視聴者である
NHKや映画会社ではない



最後に大麻が合法化している国、地域があります。
勿論様々な条件、制約はありますが、オランダ・カナダ・ウルグアイ・アメリカの一部州コロラド州などは合法化されています。
日本人若者旅行者は気をつけて旅して下さい。
posted by 西沢 at 08:10| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年03月15日

小説「老後資金が足りません」 垣谷美雨著 中公文庫 を読んで

夜中の1時頃、最近だんだんと短くなってきた夜の尿意を感じて、トイレに行くと廊下越しのカミサンの部屋から灯が漏れています。
※団塊世代、神田川世代の私たち夫婦は、結婚前の1DKのアパート時代は別として、マンション購入後40年、寝室は別です。
カミサンの部屋をノックしてのぞいてみると、本を読んでいます。
「まだ寝てないの?、何を読んでいるの?」
「読み始めたら面白くてやめられないの?」
「何の本なの?」
「女性目線で書かれた、老後資金のお話、貴方のホームページの参考になるから、読み終わったら貸してあげるわ」

現役時代は往復2時間強の通勤電車でしたから、1週間に一冊のペースで文庫本を読んでいました。退職後はそんな空間・時間がないうえに、本格的なパソコン時代の到来で本を読む機会はめっきりと減りました。
その上、老化による視力の低下で、文庫本の小さな文字が疲れるようになってきています。

先月の旅先に同じ著者の本を持参したカミサンが読み終わった本を貸してくれました。
しかし、乗り鉄派の私はせっかく知らない土地なのですから、車窓に流れる風景のほうが優先でよみませんでしたが、帰宅してから東京に行く用事があったので、車内で読みました。
確かに、面白い。
老後退職後の生活、過ごし方については、多くの退職シニア男性の手記や小説は数多くありますが、女性、主婦目線で書かれたものは少なく、ここに登場する女性の性格、考え方があまりにも、我が家のカミサンと似ているのにびっくりしました。

rougo.jpg小説の粗筋は
主人公の篤子は55才パートで経理をしている、夫は58才中堅の商社勤め、戸建てに住み、退職金でローン返済を考えている。
子供は二人、上の女の子は28才で結婚を控えており、下の男の子は今年大学を卒業して就職も決まっている。
話は、篤子の失業から始まる。小さな会社のパートの経理ながら長年勤めており、代れるものはいないと自負していたところ、
経理のIT化で失業してしまう。貯金が1300万円あり、失業保険も貰えるしそんなに慌てなくても良いかとのんびりと次のパート先でも事務職とを考えている。
この頃、娘の結婚式の費用についての問題が起きる。
相手の男性は都内に勤める会社員、実家は地方のスーパーの経営者。
相手の実家としては、盛大にやりたいと都内の一流ホテルでの挙式を提案しており、費用は600万円、両家で半分づつ負担しなければならない、花嫁である長女は引っ込み思案で、自己主張できないタイプの子で、短大卒業後も定職につかずづっと派遣の為、貯金は全くない。
結婚式の費用半分と新婚旅行、新居への引っ越しなどで、親が400万ほど負担しなくてはならない。
主人公の篤子は、頭の中のソロバンを弾くまでもなく、老後資金が減るのを恐れ、簡単な質素な家族だけの結婚式を提案するが相手の実家はおろか、自分の夫までも、せっかくの自分の娘の一生に一度の晴れ舞台だからと云って結局、400万負担する。

やがて、次の問題が発生する。
夫の父親の死
夫の実家は都内の老舗の和菓子屋さんであった。
両親二人は、店を畳んで売却し、その金で千葉のリゾート型老人フォームに入居する。
入居一時金やら何やらは両親が払ったが、毎月35万円もかかる、入居して20年経つと、当初の自己資金は底をつき、二人の国民年金でははるかに足りず、夫と夫の妹が月に9万円仕送りしている。そこに父親の死、遺産は千葉の田舎の別荘戸建てのみ、預貯金はゼロ、葬式を上げなくてはならないな。
夫の妹は、篤子の夫が長男なので葬儀一式を取り仕切り、費用の全額負担を求めてくる。
葬儀社の打ち合わせが始まり、その費用明細にびっくりする。
燃やしてしまう棺桶一つが最低でも10万円もする。祭壇はピンキリで、葬儀社の担当女性は
「一般的には普通、中の上程度を選びます」というが、値段は100万もする
「どうせ使いまわしのリース品」なのにどうして、と思うが、夫は昔の和菓子業界知合いも来るから、ある程度の葬儀にしたいそれに、葬式はお香典で半分は還ってくるからと云う。
廃業して20年にもなる父親への昔の仲間は誰一人来ず、香典はわずか。結局、葬儀には300万の出費となる。
またしても、老後資金は減り600万円になり焦る。

市の学習センターのチラシで、老後資金と退職後についてファイナンシャルプランナーによる講座があると、出かけてみると、ほとんどは自分で調べたことや、ネットで書かれていること同じで幻滅する。
頭の中に、65才定年で必要な資金は、住宅ローンは完済されており、子供の結婚・学資がない状態、夫厚生年金・妻国民年金の夫婦の場合の必要な資金は最低3000万と云う数字のみが残る。

最悪の事態が発生する
夫の会社が倒産し、失業する、予定していた退職金はゼロ
夫婦二人で失業、姑への月々9万円の仕送りが負担になり、結局、男の子が就職で空いた部屋に姑を引き取り同居することになる。

この間に、主人公篤子の女友達との付き合い、確執などが細かく描かれている。
表から見た相手の生活の裏には表面化しない色々な事情がある。
篤子は自分は浪費家でもなく、家庭を守り節約してやってきた自負がある。
生まれた実家の環境、学歴、婚姻関係、50才を過ぎて初めて、日本社会の格差を知ることになる。

エンディングは
篤子は結曲事務職を諦め、コンビニのパートとして働きだす。
夫は昔の部下が起こした会社に拾ってもらう。
65才からは、年に250万円程度の年金が入る。
それで生活出来るように今から、削り落としていこう。
それでも二人とも70才までは、働こう。
他人の懐具合は詮索しない。
平均的な貯蓄高とか、平均的な生活費とかと比べるのを止そう。
で終わるのでした。

エピローグ
今月に終わるNPOセンターのwebプログラミング講座の生徒のなかに、この小説の主婦と同じ世代、環境の女性と、 社会保険労務士の55才の男性がいるので、この小説を紹介しました。
お二人とも、廻りにはこれによく似たお話が沢山あり、他人事ではないことは実感している、と云います。

社会保険労務士が云うには、「この小説のエンディングはまだ甘い」と云います。
厚生労働省が発表している夫婦二人、夫厚生年金、妻数年の独身時代の厚生年金と第3号被保険者の場合のモデルケースで 月22万、という数字を信じている社会保険労務士は誰もいない、と云います。
厚生労働省が発表している数値はあくまでも、平均値であるのと、現在貰っている団塊世代の実績値まで含まれて いると云うのです。
給与がどんどん減っていき、消費税増税が今後続くのを考慮すると、自分のような独立した、 個人営業の社会保険労務士の老後を考えると、この小説のようなソフトエンディングは考えられない、と云っていました。

後書き
カミサンは今、同じ著者垣谷美雨の「夫の墓には入りません」を読んでいます。
内容は、介護問題と遺産相続に関するお話のようです。
私も読んでみて、面白いようでしたら、次週、ご紹介致します

posted by 西沢 at 08:04| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2019年03月13日

カルロスゴーン氏の保釈時の作業服変装について思うこと

日産元会長カルロスゴーン氏の拘置所からの釈放映像からの日本マスコミの報道を見て、ある種の偏見を感じました。なんで、弁護団は名声を極めた人物に、労働者階級、ブルーワーカーの象徴の作業着で変装させたのか、と。

私は、現場によっては、あの青い蛍光反射板のついた作業着を着用することがありました。
JR東日本の現場では、駅構内、危なくない、列車が通過しない場所でも、作業関係者は着用を義務つかれていました。
何故かと云うと、線路構内では、列車運行者の目に付きやすいと云う正当な理由と、工事作業者と一般通行人を識別する為なのですが・・・

sagyogi.jpg朝日新聞の天声人語によると、ゴーン氏の地元、フランスではナポレオン三世が5年間幽閉された牢獄から脱出するさい石工の作業服に身を包み、監視の目を欺いたと云う逸話があり、弁護団はこれを模倣したのではと云う記事がありました。
まさか、弁護団はこれを模倣した訳ではなく、拘置所前にたむろする記者団のカメラを誤魔化す意図だったのでしよう。
それにしても、わざわざ作業服を着せ、軽トラックまで用意するとは。

日本のエリート階級に属する弁護団は、普通の一般社会人はスーツ、労働者階級・ブルーワーカー・低所得者層は作業服と云う思い込み、偏見があったのではないかと推察されます。
私は、現役時代建設業界に属していました。
通勤は普通のスーツですが、現場では設計者・現場監督の立場ですが、当然一般作業員と同じ作業服です。汚れが目立たなく、作業し易いからです。当然ヘルメット、安全帯着用です。

都心の現場でお昼休みに外で食する際も、そのままの作業服です。
普通の定食屋や、ファストフードでは問題ないのですが、少し値のはるランチレストランでは、OLやホワイトカラーサラリーマンの目を意識します。なんで作業服を着た、ガテン系の人がこんな所で食事をしているのか、と云う視線です。
作業服を着た人間は、公園のベンチで、コンビニの弁当を食べるのが普通と云う日本人の意識があります。日本には、階級社会はない、と云われていますが、意識のなかでは、ホワイトカラーは高学歴、高収入、作業着を着ている人たちは社会の低下層、高校中退の低収入の人達と思っている人たちが多くいます。


テレビのコーヒーのCMで、「世界は誰かの仕事でできている」と云って、建設作業員らしき人物や、タクシー運転手が缶コーヒーを飲む姿があります。CMプランナーと云うクリエイティブな仕事をしている人が考え出したCMなんでしよう。
確かに、「俺たちは作業服を着て、社会インフラの下支えをしているけど、ものづくりのプライドがある」と云うメッセージは伝わってきます。
缶コーヒー、特にBOSSは、建設現場で一番好まれているコーヒー飲料なのは間違いありません。

作業服を着ている人たちは全て、ガテン系、下請け、低所得者層と云うのは違います。
東京オリンピックを控えて、関東首都圏の建設労働者の賃金は今、1日8時間労働で3万円に達しており、低所得者では絶対ありません。
今、一番低下層、低所得者は、中小大企業で働く、契約社員ホワイトカラーなんです。

もうじき、4月新入社員が入ってきます。
私は一時期、4月は新入社員教育を担当していました。
私の勤める会社は、一般の日本人は名前も知りませんが、建設業界では誰でもが知っている、日本の大型ビル・工場に必要な「自動制御機器」を造る世界の大メーカーの現場工事担当専門会社でした。
バブル前には、週刊誌で給与・ボーナスがトップの会社と紹介されたこともあり、大学・専門学校の電気・建築の学生の間では人気企業でした。彼らのイメージする、採用ポスターのイメージを打ち砕き、仕事とはどういうものかと、叩き込むのが私の役目でした。

彼らのイメージは、超一流大学を卒業し、日本のトップ企業に入ると、ポスターのイメージ、作業着の下はワイシャツ・ネクタイ、ヘルメットを被って、大型ビルの前で図面を広げ、見上げる姿。或いはずらった並んだ大型スクリーンと沢山のボタン、計器が並ぶコントロールパネルの前でパソコンを操作する姿なのです。それは、ウソではありません。将来何年後に経験・知識を積んでその部署へ行くとそうなります。
しかし、その前にやらなくてはならないこと、覚えなくてはならないことが山ほどあります。
例え、国立大学大学院の院卒でも経験しなくてはなりません。
実際の仕事、現場に入って三次下請けの職人さんと一緒働き、学ぶことなのです。

彼らの一番のショックは三か月の社内研修後に始まります。
ほとんどの内勤以外の新入社員は一番重要な工事部門を最低一年経験させます。
初日、集まった数人グルーブの若者に、作業着とヘルメットと安全靴を支給します。
会社を出る前に全員に着替えさせ、電車で現場に向かいます。
「エェーこの格好で電車に乗るのですか」と云う新入社員は必ずいます。
「当たり前だろ、これが俺たちのユニフォームだ」
作業服が低下層、低学歴、低所得者と云う概念を打ち砕くのが最初の仕事でした。

カルロスゴーン氏に作業服を着させ、カメラマンの目を誤魔化そうとした、日本のエリート層弁護団は間違っていました。
「世界は、誰かの仕事でできている」
「日産を立て直したのは、トップの貴方だけではなく、全従業員の努力、忍耐、我慢があったからこそ」なんです。

posted by 西沢 at 07:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2019年03月11日

治療を自分の意思で中止、死亡しても担当医師は法的責任が問われるのか?

新聞・TVメディアで、腎臓病患者の四十代女性が人工透析治療をやめた後に死亡していた、医師が透析継続と中止の選択肢を示したところ、女性は中止を選択し、死に至った。これを行政が病院に立ち入り検査を実施し、日本透析医学会は、調査委員会を立ち上げたと云う。

自分の意思で、治療、投薬、延命を拒否出来ないのか?
古稀を超え70代になると、このようなニュースに敏感になる。
今週、4か月に一度の前立腺がんマーカー検査を受けた。
値は10年間ずっと高値安定、値としてはかなり濃いグレーンゾーンなのだが、変化がないのでそれ以上の検査を拒否している、自分から進んでガンを探しに行く必要はない。

理想的なのは、ガンと解った時点で手の施しようのないステージ4。
以降は、積極的な治療はせずに緩和治療のみとし、残された日々を自分らしく生きる、最後は3週間のホスピスで逝く、決して自宅で亡くなるなど自己満足で、家族に迷惑をかけたくない。

しかし、問題は担当医が患者の私の意見・考えを尊重してほっておいてくれるかだろう。
60代前半の頃このPSA検査を最初に受けた時点でかなり許容値をオーバーしており、痛い生検を何度も受けた
経験があります。いずれもがん細胞は検出されなかつた。
この時、私はドクターにもし見つかっても治療はしません、前立腺がんの進行は遅いのでほっておきます。
ドクターは「もしがん細胞が検出された時は、転移の確認検査だけはやらせてもらいます。」
「治療するしない、その時に判断してください。」
「骨への転移は、相当の痛みが伴いますから、大変ですよ」と10年来のドクターに驚かされました。

今回の透析中止のケースは?
医師も患者も透析を中止すると死に至ることは理解していたでしょう。
では何が問題なのですか?
医師の自殺への補助でも、本人の自死でもないのに。

新聞の解説によると

透析学会の提言では、透析を中止もしくは始めないことを検討できるのは、患者がガンなどを合併していて、全身状態が極めて悪いか、透析によってかえって患者の生命を損なう危険性がある場合に限られる。
見合わせるかを決めるには、患者本人や家族の意思決定が適切に行われることが前提で、医師単独ではなく、医療チームが患者や家族と話し合うように提言は求めている。


そうか、今回の行政の立ち入り検査はそのようなものだったのか!
でも、自分の寿命は自分で決めたい。
60代の頃は、そんなことを考えもしなかったが、70代にはいると、真面目に考えるようになる。

カミサンは医療関係者だったのに、或いはそのせいか、全く検査というものをしない。
胃カメラも、大腸カメラも、胸部レントゲンも、ましてや脳MRIも全くしない。
身体に何の問題もなく、自覚症状もないのに、自分から悪いものを探しに行く必要はない、と云うのが持論である。
どう考えても、私が先に逝くのは99%確実なので、それはそれで良いのだろう。

今日は、夕方からファミリードクターの医院で一年に一度の定期健康検査
胸部レントゲン、腹部超音波検査、血液検査があり、昼抜きです。
特別、自分で病気を探しに行かなくても良いのですが。
それでも、出来るだけ早い時期に発見して、周辺整理をゆっくりやって逝きたいから。
posted by 西沢 at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ