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2018年09月30日

チベット難民ドキュメント映画「ラモツォの亡命ノート」を見て来た

先日のNPOセンターの全員会議の席で、国際的人権擁護活動団体、アムネスティインターナショナルの鎌倉グループの代表をしている会員から、映画上映会のお誘いをうけてました。
土曜日の夜18:30分上映とあり躊躇しました。
退職シニアおじさんには、土曜日の夜にわざわざ、お金を払って出かけたくはないのです。
でも、ドキュメント映画の内容を見て、その場で前売り券を購入しました。800円は安い。

ramo.jpgこの映画を造ったのは、日本人女性の小川真利枝さん、撮影・監督、ほぼ全てお一人でやったようです。映画会の後、会場での小川監督のお話のなかで、この映画を造った動機について語っていました。
昔、バツクパツカーとしてチベットラサに滞在した時、荷物のなかにダライラマの本をいれておいたのを中国公安に見つかり、数日、暗い地下室で尋問を受けたそうです。
大きな声で毎日、耳元で怒鳴り続けられ、「ダライラマはテロリスト」「国家を分断する政治活動家」と罵っていたそうです。
小川監督は、学生時代からチベット文化、チベット語に興味を持っていて、ついかラサに留学を考えていたのですがこの事件以後、留学ビザは無理とあきらめ、それならチベット民族がダライラマとともに住む、インドのダラムサラに留学を決めました。

そこで出会ったのが、この映画の主人公となる亡命チベット難民「ラモツォ」です。
毎朝、2時に起きて、チベット式パンを焼き、路上で売っている姿・・・映画ポスターの画像・・・を見て、話しかけたのがきっかけでした。
彼女の夫は映像作家です。2008年の北京オリンピック開催が本当に、中国国民、チベット民族の為になるのかを問う映画を造り、「国家分裂煽動罪」で投獄されました。
それを機に、家族・親戚への圧力が強まり、全員で標高4,000mの山を越えて、インドのダラムラサに逃れて来たのです。

彼女一家は、夫の両親、子供男子二人、女子二人、6人を養うために毎朝2時起きでパンを造つて売っていたのです。それでも、何時かは夫の釈放を願い、国際的人権組織の助けを借りて、世界各国に訴え続けるのです。
監督の小川さんは、ラモツォと同じ女性として、彼女の毎日を撮り続けました。
費用を稼ぐ為に、日本にいる間は、字の書けない彼女の為に、小型ビデオカメラを与えて日記代りに撮影記録を続けました。

やがて、「ラモツォ」は国際的に難民サポート団体の協力でインドのダラムサラからスイスの難民キャンプに渡り、3年後アメリカへ難民申請し正式に住むことができました。
映画は、ラモツォがサンフランシスコに住み始るところから、再び小川監督の手により撮影が開始されます。難民として認定したアメリカですが、ヨーロッパのようにある一定期間、難民センターで住まい、教育が行われるのと違い、認定後は政府によるサポートはなく、そのまま自力で生活していかなくてはならない様子が映し出されていました。
その後、4人の子供たちを呼び寄せ、5人のアメリカでの生活の様子があり、ここで映画終了しました。

ここまで見ていた私は、この映画を見て、チベット難民・中国政府のやり方は解った。
でも、このドキュメントの主人公、恵まれすぎていないか?
チベット難民はゴマンといる、彼女はただラッキーだけだったのか?
国際的な組織がこの映画の裏側で動いているのではないか?



映画会が終わった後、このドキュメント映像を作った小川真利枝さんのお話と、非公開の映像が流れました。夫の映像作家ドゥンドゥップ・ワンチェンさんが、刑務所から釈放され、三年後亡命して、妻の元に姿を見せたのです。
めでたし・・・なのですが・・・

見終わって何処か違和感を感じました。
私は、この映画上映会を開催したアムネステイインターナショナル鎌倉グループのホームページ作成時の支援をしてきました。
国際人権団体で、世界で虐げられている人々の実態を世に知らしめ、サポートする団体です。
それじたいは素晴らしい市民活動なのですが・・・
映像を造る立場から見てみると、たった一人でここまで作り上げ、商業映画館で上映するには莫大な費用がかかっているはずです。
主人公女性一家をチベットすらスイスそして、アメリカに難民として渡らせるまで、とても個人の力では無理です。背後にとても大きな資金力・政治力をもった国際的な組織がなくては、成立しないとことなのです。

どんな組織なのかは、想像は出来ます。
でも、そんな組織が必要なほど、今の中国は歪な社会であることは理解できます。
私は、今70才、世界中を夫婦二人で旅して、後悔として残っている場所が一つだけあります。
チベットのラサに行けなかったことです。
ラサにいくには、中国政府のパーミッションが必要だったのと、私が高度の高い場所が苦手で、体力的に自信がなくなって来ているので、もう行けないのと、自覚していることです。
この映画を見て、もしかすると、最後の旅先として、再びパスポートを取得して、一人で、カトマンズの友人旅行社の手配で陸路、ラサを目指すのを目標とするのも、自分の旅の締めくくりとして、いいかなと思いました。
posted by 西沢 at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年09月28日

三菱電機は裁量労働制を撤廃したと云う報道がありました。

裁量労働制の下で働いていたシステム開発系の社員二人が過労自殺したことが、労災認定されたことがきっかけとなったようです。
三菱電機とは、地所系列の都内大型ビル建設の際、メインビルシステムコンピュ―ターが三菱となるので私達ビルシステム専門業者は、常に三菱技術者との信号の取り合い、打ち合わせがありました。

建設業界と大手総合電機メーカーとの社風の違いを常々感じていました。
一言で現わすと、彼らは「真面目」なんです。
海千山千の職人や、外部業者との取り合い・付き合いに慣れている建設業界と違い、現場での決定権・予算・変更・追加は本社が握っているようで、なかなか融通がきかない、との印象でした。

退職して鎌倉に越してきてから、三菱さんは鎌倉に工場がある為、退職した元三菱社員さんが多く、私の所属するNPOにも大勢います。
話しをしてみて、確かに大きな組織で働くのは大変だなと思いました。

今、政府が進めている働き方改革「裁量労働制」は、私が現役の頃の建設業界の現場では当たり前のシステムでもともと専門的な業務内容であり、日々の日報は書くものの、残業は当たり前の世界ですから、してもしなくても、夜間・休日出勤は無制限で、手当は定額でした。

今の裁量労働制は、確かに専門的な仕事に関しては、本人の働き方にある程度の自由度を与え、働きやすくなるかも知れませんが、一番の問題は自分で仕事の内容、量を選べないことです。
キャパシティ・能力・時間的余裕以上の仕事を上から、「君の裁量に任せる」と云って与えられても、圧倒的マンパワー不足の現況を裁量労働制の下、会社から丸投げされ、責任を問われているのです。

三菱電機は裁量労働制を撤廃しました。
やっと会社・組織としての務めを認識したのでしょう。
元、滅茶苦茶に働いて来た私からのアドバイスは「逃げるのは恥ではない」です。
posted by 西沢 at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

2018年09月27日

ホームページwebプログラムに挑戦する三人の70代のシニア女性

退職後、鎌倉の市民活動団体を支援するNPO団体に所属して15年になります。
現役時代から、自分の趣味の写真・動画・旅行などをネット上で、公開・情報を伝える為に、web言語を独学で習得していましたが、退職を機に情報処理専門学校に入学して、新たにアカデミックに学び直しました。
そのスキルが生かせる場を地元のNPOに求めて、これまでやってきました。

women2.jpg2003年当時、自分たちの団体の活動を伝え、紹介するホームページを持っている市民活動団体は少なく、自分たちのサイトが欲しいと云う需要は徐々に増えていました。
インターネットの普及は、日進月歩で凄まじいスピードで進化し続けている時で、ホームページもようやく専門のweb言語を知らなくても作成出来るソフトも普及し始め、個人用のホームページビルダーなどのソフトも一般化してきた時代です。
しかし、ソフトを使ってのホームページには限界があることは当時から解っていました。

そこで、中間支援NPOとして、センターに登録している団体に限定して、安い費用で、本格的なホームページを自分のこだわり、デザインで作成する講座を開設し、初年度は12団体が受講しました。やがて、誰でもが、自分の意見・情報をネットを通じて発信できる時代の到来です。
何も、難しいhtml・CSS・javascriptが書けなくても、簡単に発信できるネットサービスが次々に登場します。

ブログ・ツイッター・ユーチューブ・フェースブック・インスタ等々です。
これらは、瞬時に情報を公開、伝達できますが、市民活動団体の活動、履歴、アーカイブなどを、系統的データーとして、表示するにはページ構造的に無理があり、団体・組織・法人としては、やはりホームぺージと云う認識を各団体が認識するようになります。
ホームページを必要とするようになった団体の一つの理由が「助成金」の申請です。
昔と違って、現代の企業は社会貢献活動の一環として、社会的活動するボランティア団体に積極的に「助成金」を援助しています。
これらの助成金を受ける為には、申請するのですが、書類審査の段階で必要とされるのが、その組織のホームページです。如何に情報公開がされているか、一般市民がその団体を知ることが出来るか?が重要な審査の一因となっております。
つまり、ホームページのない団体は、この時点でかなりマイナスポイントとなるのです。

そこで、ホームページを造ろうとする時に、色々な選択肢を見出します。
1,外部制作会社に頼む方法
 本格的なサイトを造るには、料金はピンからキリまであり、最低なら5ページで10万以下で
 造ってくれる会社は幾らでもありますが、問題は、随時、最新情報に更新する費用です。
 web制作会社は、初期費用を安くして更新・メンテナンス費用で成り立っているので、
 毎月かなりの費用が発生します。
2,組織内部で造る方法
 会員のなかでパソコンが出来るを選抜して造ろうと試みます。
 近年、web言語が書けなくてもオンラインで造るソフトが沢山出回っています。
 ワードプレス・Jimdo・Wixなどです。
 簡単と云われていますが、だだ単にパソコンが出来るレベル(ワード・エクセルが出来る
 程度)ではやはりハードルは高い
 上、あくまでもテンプレートを使ってのホームページなので、拘ったデザイン、細かい
 設定には苦労します。

 一番簡単、安く、拘って造るには、html手書きで造るのが一番である。これはweb作成者
 共通の認識です。

今年、秋のNPOセンターweb講座にある団体から参加申し込みがありました。
正式受講前に、その団体の参加希望者の面接をしました。
私と同じ世代の女性です。一度パソコンを持ってきていただき、パソコンの操作を確認させていただきました。
辛うじて、ワードで年賀状を造り、メールで出来るレベルでした。
私たちのweb講座を受講するには、かなり難があると判断したのですが、何よりも、自分たちの団体のホームページを造り、鎌倉市民に情報を発信したい、と云う意欲は感じ取れました。

この団体に一つの提案をしました。
色々な団体のパソコンスキルが異なる複数の方が参加する講座では無理であるが、貴方の団体の方が三名以上が受講するのなら、単独講座として開講しましょう。と。
そして、何もホームページでなくても、情報伝達の手段はある、ブログでも、SNSでもとりあえず良いのでは、と付け加えました。
最終的に、この団体は三名の参加者を集め、ブログではなく、html手書きのよる本格的なホームページを目指すことになりました。

women.jpg講座が始まって・・・
三名とも、私よりちょっと上の世代の社会意識の強い女性達です。
最初の印象は・・・これはかなり手強い、今までのwe講座参加者なかで最強レベル。
参加者のうち二人は
1,半角英数が打てない
 ローマ字入力ですから、英数字・記号を全て全角で打つ、これではプログラムが書けない。
 ハイフンも山カッコ< >もイコール=も打てない
2,必要なソフトをインストールできない
3,コピー・ペースト・ショートカットが出来ない
果たして、3時間ヒトコマ×12回のhtml基礎講座が終了できるのか?

二回目の講座で、お二人の方がちょっと私たちでは無理かも知れない、ホームページではなく、この際ブログでも良いかも・・とおっしゃいました。
すると、もう一人の方が
「いいえ、私は続けます。」
「私の人生でやり残したことを、この絶好の機会ですから必ずついていきます」
彼女はこの団体の機関紙の編集を担当している方で、三人のなかではパソコンスキルが一番上と見受けられる方です。
過去に、十数年このような講座を担当してきて、初めて聞く言葉でした。

そうなんだ、60の手習いでなくて70の手習いでも、自分たちのサイトを自分たちの手で、自分たちのデザインでゼロから作り上げる、その意欲・意思が一番大切なんだ、と改めて思いました。

何が何でも、絶対やってやろうじゃないか!
彼女たちの意欲に応えたホームページを造ろうじゃないか!
今年の12月末に基礎的なページが完成する予定です。
そして、来年3か月かけて、CSSを駆使してデザイン的に、javascriptを使ってより動的な、モダンなセンスの良い読みやすい、サイトを作り上げようではではないか。

でも、スマホ対応はしません。とてもこの短時間では無理ですから。
私が勝手にやれば、スマホ対応も出来るのですが、それでは、今後彼女たちが継続・更新出来ません。それでは、中間支援NPOの講座ではなくなるからです。
出来上がった時に再度、このブログでお知らせします。
楽しみにしていてください。
posted by 西沢 at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年09月26日

団塊リタイヤシニア家庭の生活費、詳細を公開します

夫70才、妻67才、首都圏の持ち家マンション二人暮らしの一か月の費用は

一か月の自動引き落とし口座から
ガス          2,800
電気          5,500
上下水道一か月分    3,500
NTT電話        2,500
ガララケー二人分    4,000
NHK 一か月分      1,260
新聞(夕刊なし)      3,875
管理費(修繕積立別途) 37,000
国民健康保険      5,060
合計         65,395


生活様式は個人によって違うでしょうが、シニア二人家庭の一か月にかかる標準的な公共料金ではないかと思います。 
     
一か月食費と二人の生活費は
食費       60,000
雑費       10,000
夫 小遣い    30,000
妻 小遣い    30,000
一か月分合計  130,000

つまり、団塊世代二人暮らし、年金収入が平均より少し少なめの家庭の最低限の一か月に必要な
費用は、約20万円、年間240万円となります。

しかし、一年間に必要な費用はこれだけではないのは当然で
固定資産税
介護保険料
自宅火災保険料
住民税    等が発生し凡そ、年間30万円ほどかかります。
ここまでが、夫婦二人がただ、生きていくだけの最低限の費用になります。年間270万円
一般的なサラリーマンの公的年金額がこれに当たります。
これだけでは生活出来ないのは誰でも知っていることで、敢えて「ゆとり経費」と云う必要はなく、必要経費であって、各々の生活スタイル・経済状況によって異なるのは当たり前です。

kakei.jpg我が家の場合
冠婚葬祭費
医療費
夫 教養娯楽費
妻 教養娯楽費
夫婦 旅行費  を別途予算として計上しています。

これらの費用を幾ら計上するかは、各々の人生観・信条・経済的な環境により異なるのは当然です。政府統計や各種調査による平均額と云うものが公表されていますが、平均値と云うのは、低所得者や超高額所得者の合計を単純に割った平均値ですから、センター値とは異なります。
私たちはこのような統計の平均値を気にしますが、もう他人と比べることは止しましょう。
退職シニアの一年間の生活費は、基本生活費270万に、その他のゆとり経費平均130〜150万を足したものになります。
合計400万から420万円が、団塊リタイヤシニア世帯の一年間の凡その目安であることは、間違いありません。
posted by 西沢 at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年09月25日

久しぶりに、東京都内の観劇に行ってきました。

首都圏に住んでいても、退職したら東京は遠い都会です
知り合いから、明治座のチケット二枚をいただきました。
公演内容は、梅沢富美男・研ナオコ特別公演と云う、見る前から内容が想像されるものですが、演目よりもこれを機会に久しぶりに東京都心、日本橋界隈へ 夫婦二人で出かけることにしました。
京都の人が京都の隅々のお寺・名所旧跡を知っている訳でもないのと同じように、地方に住む人が思うほど、東京首都圏に住む人が、 東京の名所・旧跡、特に新名所を知らない、行ったことがない、食べたことがないのは、当然です。

明治座と聞いて、日本橋浜町・人形町が最寄駅であることは、長年のサラリーマン生活でわかります。 そうだ、人形町だったら前から一度食べてみたかった「玉ひでの親子丼」を食べてから、明治座に行こうと云うことになりました。

m01.jpg日本橋浜町「玉ひで」
はグルメブーム以前から軍鶏と卵料理で有名な行列の出来るお店で、特にランチの元祖親子丼は絶妙の玉子のトロトロ具合 が評判です。
私たち夫婦は、特別グルメ派ではなく、どちらかと云うと「旨い・早い・安い」派なのですが、先週の函館旅行であまりにも観光地化され 海鮮丼の値段に拒否反応を起こして、若干予算を余らせていたのです。
ランチは11時30分から13時入店までです。
私たちは11時20分にお店に到着しました。開店10分前で、10人ほどの行列で出来ていました。しかし、行列は後ろにはどんどん伸びるのに、 11時30分になっても前には一向に進みません。
お店の仲居さんが出てきて、一組を中に案内した後に外に、行列している人たちに説明があり、真相が解りました。
11時30分開店なのですが、この暑い季節、お客様を外に並ばせるのに忍びなく、11時からなかに入っていただいおり、現在テーブル・廊下・玄関 まで満席状態、これからランチの一回目の回転が始まるとのことです。(一回転およそ20分の目安)
なかに入って、テーブル・廊下・玄関の意味が分かりました。
大病院の外来診療と同じで、外待ち、なか待ち 以上に、先ずは玄関スペース、次に靴を脱いで廊下スペース、この間に注文、支払いまで済ませ、最後にテーブル席に案内されます。テーブル席 は当然相席、テーブルに着いてから念願の親子丼が出てくるまでおよそ10分です。
結局、11時20分に並び始めてから、15分で食事して、お店の外に出たのが13時ちょうど、1時間40分の玉ひでグルメ体験でした。
それで、お味の感想は?  1,500円の親子丼、ふーん、吉野家牛丼の5倍ね

m03.jpg新名所歌舞伎座
ランチを終え、まだまだ明治座の開演まで時間がありますので、地下鉄で10分、暑い外を歩かずにすむ、新名所歌舞伎座に行きます。
歌舞伎座は、学生時代に築地市場内で暮らしていたので、東銀座、三原橋、東劇、新橋演舞場の裏通りまで、青春時代の思い出が残る地ですが、 ずいぶん長い間来ることがなく、20年ぶりの三原橋交差点でした。
世界のブランドショップが立ち並び、名店ひしめく銀座4丁目から、たったの1ブロックに、パチンコ屋・ボルノ専門館が立ち並ぶ地区が あったのです。パチンコ屋は姿を変え、今でも残っていました。
大きく、様変わりしたのが歌舞伎座です。
チケットを持っていても、時間にならないとロビーにすら入れなかった昔ながら劇場システムと様変わりしたのが、ニュー歌舞伎座です。
地下ロビーは地下鉄出口と連結され、誰でもが日本の伝統芸能の歌舞伎に触れられ、展示物を見て、お土産ものを買い、軽い食事もできるスペース、 コンビニ、宅配センターまで完備されているのです。 次から次と、東京観光の団体客で歌舞伎座BFロビーは大賑わいでした。

m02.jpg本日のメインイベント 明治座公演
今回いただいチケットは、販売促進用のチケットで、ネットで見ると正貨5,500円の一番安い席?、3階席の向かって左側です。 舞台の下手(客席からみて左側)と花道が死角となって何も見えない劇場で一番安い席でした。
見えないよりも問題なのは、空調と音響です。一般的な劇場の空調は一階客席の真ん中の温湿度を考えています。(専門的にみると、明治座は 一般的劇場空調レベルです。)天井に近い、3階席の向かって左隅の一番安い席の空調は滞り、この猛暑の時期、暑いこと、暑い事。
決定的なのは、音響です。仕事で世界的なホール建設に携わってきて、音響廻りの難しさは承知しています。全ての客席をベストな音にすることは 不可能です。空調と同じで、常に一階客席の真ん中(高いチケット席)をベストな状態にするようにしているのです。
最安値、販促用チケット席では音は割れ、セリフは聞き取れず、楽器は耳障りな不愉快な音としてか聞こえませんでした。
それで、梅沢富美男と研ナオコは?
大衆演劇・歌謡ショー・無料チケットなのですから・・・2幕目で帰りました。

明るいうちに、外に出て、鎌倉まで直通で帰れるJR総武線「馬喰町」まで歩くことにしました。 とにかく、定年リタイヤ後の生活費用のなかで、意外と高く、重く感じるのが交通費です。
今まで会社の経費・定期券で 意識していなかっのに、鎌倉から都心に出て、公共交通機関である地下鉄を利用しても1日夫婦二人で、4800円もかかるのですから。
帰り道、清洲橋通りと東日本橋の交差点から、スカイツリーが綺麗に見えました。
日本橋界隈から、こんな綺麗にスカイツリーがビルの谷間から見れるんだ
歌舞伎座ロビーとこのスカイツリービューポイントの発見が、今日一日の収穫でした
posted by 西沢 at 13:14| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年09月24日

定年退職後の年金シニアの一週間と一日のスケジュール

退職して毎日が日曜日になると、何をして良いのか解らない、不安である。
よく巷で云われている、
・図書館へ行くか?
・ショッピングセンターの家電ショップでブラブラするか?
・学習センターに行ってさして興味もないけど暇つぶしのサークルがないか探すか?
・多少お金がかかるけど、スポーツクラブで汗を流して、風呂に入るか?
・一番したいのは部屋で、パソコンに向かっているのが一番だけど・・・家族が
・時給最低賃金のバイトでもするか?、みっともない仕事は御免だけど

皆さん、同じです。
相当現役時代から夢・趣味・専門技術そして、経済力を持っているかた以外は
そんな皆さんに参考になるかどうか解りませんが、私の一日と一週間の時間と空間の過ごし方を
ちょつと抵抗がありますが、明かします。

基本的な一日のスケジュール
AM6:30起床 体重・血圧を測り朝食(パン・サラダ・卵・ヨーグルト・コーヒー)は変わらず
AM8:00〜 自室でパソコンに向かい日課
   1、体重・血圧を記録し、日記代りに前日のコメントを書く
   2、メール・フェースブック・掲示板のチェック
   3、自分のサイトとサポートしている団体サイトのアクセス数の記録
   4、天声人語の書き写し清書 
AM10:00〜
   1,日本財団ブログ記述 3日で2記事を基本にしてます。
   2,自分のサイトのブログ記事 1週間に1記事が基本
 凡そここまでが毎日午前中の日課・タスク。
AM11:15 昼食、2日に一度は一人、自炊 
AM12:00〜45まで昼寝
PM13:00〜の午後は下記の週間スケジュールによる

基本的な一週間午後のスケジュール
月曜日 原則としてNPOセンターにて、広報に関する業務・打合せ・相談・サポート
火曜日 スポーツ バドミントンクラブ
水曜日 NPOセンターにて、web講座講師
木曜日 スポーツ ラケットテニスクラブ
金曜日 NPOセンターにて、web講座講師
土曜日 フリー 今週の場合 人権団体の映画鑑賞
日曜日 フリー 自宅内
   
私の場合、webプログラマーとしての技術背景と、ボランテイアとしての居場所が為ある程度、時間の潰し方はフックスとなっています。
しかし、それらは絶対的な義務でもないので自分たち旅行や突発の用事は、これらの日課より優先させています。
これが何時まで続くは解りません。

何時かは、誰でもが、自分なりの退職後の時間の使い方、過ごし方は自然に成り行きで決まっていくものです。ご参考にして下さい。
posted by 西沢 at 10:14| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年09月23日

退職シニアのネットライフを豊かにする一助に「定年後の過ごし方・みんなの伝言/掲示版」

55才早期退職後(勝手に自己都合退職)に、専門学校に入って現役当時から初めていたwebプログラミングのブラッシュアップの為に、若い生徒に交じつて改めて本格的に、web言語を勉強しました。
そして、先ず立ち上げたのは、15年前当時団塊世代の一斉退職時に一番注目、人気があった
「海外ロングステイ」に関する情報を集約するサイトを立ち上げました。
http://www.tt.em-net.ne.jp/~soy7686/index.html

当時、既に私たちの上の退職金も年金もはるかに豊かな世代の方々による、断片的な海外ロングステイライフのwebサイトが少しではありますが、存在していました。
しかし、ホームページ作りは、素人の稚拙なものですし、内容と云えば
「毎日楽しく生活している」といったものばかりで、これから海外ロングステイを目指す私たちが知りたい現地の物価の詳細な情報や、住まい探し、安い航空券情報、現地に住まう問題点などはほとんどなく、それなら自分で造るしかないと、始めたのが最初でした。

ネットの社会は、日進月歩どころではなく、ドックイヤーと云われています。

Wikipedia
IT関連技術の驚異的な進歩を表現する言葉。
犬の一生は人間の約1/7であることから、1年が数年分に相当するという意味で使われる。
さらに急速な進化を表す言葉として、一生が人間の約1/18であるネズミから名付けられた「マウスイヤー」という言葉もある。


ロングステイブームに目を付けた、大手サイトや旅行代理店、不動産業者がネットに参入し、今では何が本当なのか解らないほどの、ロングステイサイトが乱立していますし、当時の年金だけで暮らせて、貯金も出来ると持てはやされた、タイ・マレーシアは経済成長で、かの国の中産階級の人々が気軽に観光客として来日出来るようになり、現在では、普通のサラリーマンの年金だけでは暮らせない・・・と云うのが現実です。

私たち夫婦も退職から10年は、インドネシアのバリ島・タイのチェンマイ・ハワイのホノルルの三ヶ所をロングステイではなく、数週間単位のミドル・リピートステイを繰り返してきて、65才、高齢者と呼ばれる年齢になり海外ステイを卒業して、毎月一度の国内旅行に切り替え、現在に至っています。
メインテーマであったロングステイ情報を更新しなくなって5年。
当時年間200万アクセスあったサイトは、現在アクセス数はほとんど減少していません。
理由の一つは、このサイトのユーザーの多くは、私たちと同じ団塊世代であり、共に齢をとって海外志向が薄れてき、日々の退職老後生活に落ち着きがでできて、自分たちが今、そしてこれから迎えるであろう、老後の問題に目を向けていることに、サイトのテーマが変わったことです。

それを象徴しているのが、サイトオープン当時から開設した、
「定年後の過ごし方・みんなの伝言/掲示版」です。

http://wwweb.sakura.ne.jp/bbs/yybbs.cgi
ネット上の掲示板と云うと、一番有名なのが「2チャンネル」です。
が、しかし、シニアにとって掲示板とか「2チャンネル」は何か胡散臭い、危険な、危ないものと云う意識が付きまといます。
その気持ちを良く理解し、シニア一や一般レベルのパソコン知識の方々でも安全に投稿・閲覧できる、確実に安全な投稿・掲示板を造りました。
1,テキストしか、受け付けない。
2,個人を特定できる情報を必要としない。
3,管理人の権限をある一定以上に高めて、炎上などをコントロールする。

ネットはみるだけではなく、自分の考え、意見を不特定多数(推測ですがユーザーのほとんどは退職シニアと予備軍です)の方々に伝えたいと云うかたにとって、フェースブックやツイッターよりも強力な舞台です。
実際に投稿する方は少ないですが、現在、1日に3000〜5000の方々が訪れます。
見るだけで十分です。自分と同じ退職リタイヤの方々が、どんなことに興味を持って、どんな話題で盛り上がっているのか知るだけでも、その日一日の何らかのアクセントになるのではないかと、当分続けていく予定です。

掲示板管理人


posted by 西沢 at 09:50| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年09月22日

サラリーマンのまち新橋「NHKドキュメント72時間」

金曜日夜のNHK番組「ドキュメント72時間」は毎回みています。
昨夜は現役時代を過ごした「サラリーマンのまち」新橋駅構内のジューススタンドでした。
このジューススタンドに立ち寄る人々の生活・行動をいきいきと映し出していました。

sl.jpgTVの街頭インタービューと云う必ず登場するのが、新橋駅西口のSL広場です。
大都市東京の一般の方への政治・経済・トレンドの話題についての意見・感想・考えを拾い上げる場所がどうして「新橋」なのか?
東京駅、新宿、渋谷、では不都合なのか?
新橋が一番、平均的な日本人の考えを反映しているのか?

想像してみるに、東京駅・大手町は日本の大企業が集中しており、平均的なサラリーマンとは云えないのでは。新宿・渋谷は、人口構成からみて、若者比率が高すぎる。
新橋はそういった比率からみて、一番平均的なのかも知れない。
一番大きな要素としては、車道・公道に面していない「SL広場」があり、取材・インタビューに適しているのではないかと、推測していました。

しかし、実際に新橋周辺でずっと働いていてみて、
本当に平均的なサラリーマン像なのか?
新橋駅周辺に限ると、確かに大企業の本社はかつてはなかったのですが、汐留跡地再開発の多くの大企業の重要事業部が入る大きなビルが建てられました。電通・パナソニック・日テレなど多数あります。
それ以前に、新橋の先には、虎ノ門・内幸町のビジネス街がありその先は、霞が関官庁街があるのです。所得層からみると日本の、否や東京の全サラリーマン平均よりはかなり高額と思えます。

世代・年齢層では、お台場へルート「ゆりかもめ」が新橋起点となってからは、明らかに新橋駅の乗降客の年齢層が変化しました。若者と外国人が急増しています。
銀座・日比谷への最寄り駅は、有楽町ですが、足の便の良い(東海道線・横須賀線・上野東京ラインが停まる)新橋を使う人も多いのです。
かつて、私が働きだした70年代半ばは、確かに平均的な日本のサラリーマンが行き来する街でした。駅周辺は飲み屋・パチンコ屋が多く、周辺は雑居テナントビルが立ち並び、サラリーマン相手の間口の小さなお店が沢山は入っていました。

私の日本でのサラリーマン人生は、このまち新橋でスタートして、新橋で退職を迎えました。
20代半ばアルゼンチンから戻って、最初に降り立ったのが新橋でした。
専門学校夜間部再入学する為に、昼間の仕事と住まいとして選んだのが、築地市場でした。
築地は地下鉄日比谷線なのですが、専門学校に通う為にはJRなので、毎日築地からこの新橋駅に通っていました。
夜の食事は、毎日、新橋駅周辺の安い定食屋さんでした。
専門学校卒業して、入った会社での最初の仕事が、駅前「ニュー新橋ビルの設備更新の為の調査資料の作成」と、その後工事を担当したのが私の日本でのサラリーマン人生のスタートでした。

その後サラリーマンとしての仕事は、新宿周辺の超高層ビル建設が主となりしばらく新橋駅とは縁遠くなりましたが、退職前の7年間は、再び新橋に戻ってきました。
内幸町・霞が関・虎ノ門地域の大型ビルのリニューアルを担当して、毎日朝新橋駅を降り、現場に向かい、深夜、アルコールの匂う最終電車で帰宅する日々でした。
最後は、JRの横須賀線地下区間品川・錦糸町間の横須賀線地下駅とトンネル内の空調設備の中央監視システムリニューアルで、私のサラリーマン人生は終わりました。

これまで何度もSL広場での街頭インタビューを見かけましたが、一度もインタビューされたことは有りません。
ニュー新橋ビルは、耐震化を不安視されていますが、現在も会社名は変っても、後輩たちが地下深くで働いています。
NHKドキュメント72時間の舞台の「ジューススタンド」は知っていましたが、一度も利用したことはありませんでした。
鎌倉に住まいを映してからはなかなか、新橋に降りる機会はないものの、一度は懐かしいまちに降り立ってみようと思ってTV画面をみていました。
posted by 西沢 at 09:39| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年09月20日

ついにガラケーからスマホへ行かなくてはならないのか!

ここ数週間、携帯着信の際の長めの電話にすなると、バッテリーアラームで通信が途中で途切れることが度々発生するようになりました。
原因は推測するまでもなく、バッテリーの劣化です。
退職して、ずっと携帯電話は持っていませんでした。必要性を感じなかったからです。
現役時代と違って、生活・活動範囲は、自宅と退職後の生活リズムの一つであるNPOセンター二つだけですから携帯電話を不要でした。しかし、2012年頃、私が度々入院・手術するようになって、カミサンからの提案で、最低限の費用、保険代として二人で実機ゼロ円携帯を持つようになりました。

携帯電話を持つことによるメリットは何ら感じませんでした。
却って、時間・所を構わず、NPO関係者から着信があり迷惑だと思っていました。
しかし、カミサンは携帯を持つことにより、お友達の輪が広がったり、実家との会話が増えていきました。
当初、家計に占める通信費の予算上限を決めることにしました。
NTTの固定電話は月平均、2,500円 携帯は二人二台で2,500円、1か月の通信費予算を5,000円としました。

denwa.jpgしかし、カミサン長電話にはこの上限予算は全く効力なしでした。
今年直近四ヶ月の我が家の通信費詳細は
  NTT固定電話 ガラケー携帯二台   合計
5月   2,500  6,000       8,500
6月   1,730   5,100      6,830
7月   3,020  3,680       6,700
8月   1,640  3,140       6,700

この我が家の通信費詳細を見ている方の大半は、「仕方ないんじゃないの、この程度は」と思われるしょう。
しかし、昔の携帯やスマホのなかった頃と比較すると、余分な支出と我が家の予算管理する財務大臣の私は考えています。
しかし、我が家のカミサンにとって、携帯電話の料金で財務省から文句を言われるのが気に食わず、趣味・お付き合いの範囲なのだから、月々の家計費の通信費ではなく、私の小遣い口座から自動引き落としししてよ。とクレームがついていました。
確かに、ガラケーにしろ、スマホにしろ、定年退職、年金シニアの生活にとって必須アイテムではなく、どちらかと云うと、生活の質の向上と趣味・遊びに近いものとしてとらえるべきと考えを変えるべきなのかと考えていた矢先、携帯のバッテリー劣化の兆候でした。

携帯は6年過ぎたし、ここはそろそろスマホにするか!
NPOセンターで、webページのスマホレスポンシブル対応講座をやっている私が、スマホ実機を持っていないのも少し後ろめたい気持ちを抱いていたのも事実ですし。

そこで、スマホショップに行く前に、財務大臣として予算化しました。
1,通信費はNTT固定電話一本にし、予算は月3,000円
2,スマホ実機2台は、現金一括払いとし、各々の年間教養娯楽費より出金
3,スマホによる通信費は、二人合計で月に5,000円とし、超過分は、個人小遣い口座より補填。

この予算案で、カミサンの合意を取り付け、ガラケー契約のソフトバンクに行ってきました。
こちらの考え方、予算を伝えたのに、相手は一人の予算と受け取ったようで、二人で8,500円ほどです。勿論この金額には、実機の値段は含まれていません。

9月20日の朝日新聞の記事に「日本のスマホ料金は高い?中くらい?」とありました。

世界主要都市6都市の料金を比較すると
ニューヨーク   5,990円
ソウル      4,256円
東京       3,760円
ロンドン     2,347円
デュッセルドルフ 1,893円
パリ       1,783円
比較した条件は、各都市シェア上位3社のうち、データー通信料が一般的な月5Gの場合の月額料金最安値を比較している
東京の場合、ソフトバンクのセカンド格安ブランド「ワイモバイル」でした。
この調査は、各都市のシェア上位3社の比較ですから、もっと安いサービスは幾らでもあります。
記事の内容は、政府の見解として「ともかく日本のスマホ料金は、他国比べて高すぎる、4割程度下げる余地はある」と値下げを求めています。



ymova.jpg結局どうなったのか?
「ワイモバイル」にします。
しかし、今ソフトバンクを解約すると、解約離脱料金が発生しますので、一番離脱料金が効率的な12月にします。
料金プランは、
1,実機分割を止めて、一括現金払い 簡単スマホ
2,60才以上国内通話づーと0円プラン
3,データー定額3G
4,2〜13ケ月まで一台目の私は1,805円、2年目以降、2,885円
5,二台目のカミサンの分は、1,265円、2年目以降、2,345円 二人合計5,230円
6,その他に実機(かんたんスマホ) 59,616円×2 合計119,232円は一括払い
 パソコン一台を買ったと思えば良いのです。

どうせ、そのうち、想定外の費用は発生するのでしょうが、当初の予算案に限りなく近づいたことになりました。





posted by 西沢 at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年09月18日

樹木希林さんの死に方が理想かもしれない

昨日のテレ東の番組「ユーは何しに日本へ」で、余命一年宣告されて7年生き延びているアメリカ人男性が一人息子と一緒に18日間日本を旅するのを密着していました。
娯楽番組ではあるが、樹木希林の死と、今年の春、末期がんで逝った兄の死に方と重ね合わせてみました。

樹木希林さんは、全身ガンで死ぬ死ぬと云ってなかなか死なず、冗談半分に「死ぬ詐欺」と自嘲していましたがニュース報道によると、転倒して一時病院で過ごし、帰宅後意識はあり、家族や友人と言葉を交わして亡くなったそうです。
テレ東のアメリカ人男性は、7年間飲み続けている「緩和ケア」の医療麻薬を公表していました。
テレビ画面でみる限り18日間、さほど急激に体調を崩さずに、一人息子との思い出を造って無事に帰国して行きました。

私の兄の場合、末期がんステージ4と宣告されたのが、昨年の5月でした。
医師からの余命は年内。新たな治療はせずに、やりたいこと、行きたい所いき、悔いのない余生を過ごすように云われました。この時実家の姉と兄が立ち会って聞いていたのですが、兄はその時の記憶がないようであまり長くは生きられない・・・とは自覚していましたが、あと数年の命と信じていた様子です。

兄は地元の高校を卒業して、40代で故郷の地に帰るまで横浜で生活していました。
そこで、昔青春時代を過ごした横浜のアパートを訪ねたり、長い間会ってない友人に会うラストジャニーの旅を計画したのですが、兄本人は、まだそんな気持ちになっていないようでした。
私なら余命半年宣告を受けいれ、自分の生きて来た道、思い出、何を残すか、捨てるかを考え、実行するでしょうが、兄は何もしませんでした。
一人暮らしのアパートで、1日レンタルビデオを見て過ごす毎日でした。

5月に余命宣告され、訪問介護の緩和ケア体制に入った10月です。
3日に一度の劇薬麻酔パッチを張り替えるだけの生活に入ると、一人での外出は出来なくなり、盲腸がんの為、下痢続くように痩せて行きました。
そして、お正月を自分のアパートで、姉が造ってきた「おせち」一人で食べていたそうです。
4人兄弟のうち、姉と兄は故郷に暮らし、私は首都圏です。
最後のお正月を一人で過ごすのを、見過ごすのか・・・と云うご批判もあるでしょうが、他の兄弟にも家庭があり、守る物もあるのです。

お正月が開けて、ドクターからホスピスへの入院を勧められました。
盲腸がんの為、消化器系統が機能しなくなり、下痢・嘔吐が続き亡くなる1週間前にお見舞いに行った時は意識はなく、昏睡状態でした。
ホスピスに入院して、3週間で亡くなりました。

カトリック系のホスピスで、病院内のチャペルでは、空いている看護婦さん・職員が参列し、賛美歌につつまれ、兄は旅だった行きました。

今回の樹木希林さん、テレ東のアメリカ人男性(まだ亡くなってはいませんが、)そして兄の死に見つめてもしかしたら、末期がんで逝くのが、自分の終活、廻りの家族にとって一番幸せな逝き方かもしれないと思っています。
posted by 西沢 at 10:12| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ