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2018年08月31日

シニア女性は強い、長生きする、カミサンは女子会ランチ 私は自宅で即席冷やし中華

サラリーマン川柳で「昼食は 妻がセレブで 俺セルフ」と云うのがあります。
現役時代は仕事柄、協力会社との関係や、現場経費が自由に使えた立場上、都心の現場ではかなり自由にランチを選んでいましたが、退職して家庭入ると、セルフどころか、自炊が基本になっています。

退職生活に入る時、カミサンと一つの家庭内ルールを取り交わしました
1,平日、二人とも一日中自宅にいることを極力避ける、
2,お互いのスケジュールを共用カレンダーに記入して調整する。
3,小遣いの使い道について詮索しない。
4,お昼は、自分で造る。
5,朝食・夕食の後片付け、洗い物は夫の仕事。
6,重い物、かさばるもの買い出しは夫の役目・・・等々

子供のいない、団塊世代のニューファミリー・お友達夫婦ですから、何の抵抗もなく、これまで
やってきています。
カミサンの主なスケジュールは、女性専用スポーツクラブ通い(週4日)と趣味の手芸です。
鎌倉に日本で有名な手芸ショップがあり、また横浜のデパート大好き人間ですから、週一は、これらのお店を楽しんでおり、自宅では空いている時間は、ミシンに向かっています。

私と云えば、スポーツはバドミントンとラケットテニスが週に一回づつ
NPO広報のデスクワークが週に一回。定期的フックスな予定は週三日です。
では、その他の四日は何をしているか?
一年に8ケ月は、NPOで市民活動団体向けのweb言語講座を二講座持っています。
週に2回ですから、完全に空いている曜日は土曜日・日曜日です。
これらの土日や平日の空いている午前・午後に、趣味のビデオクラブのサポートや、飛び込みの市民団体のweb・パソコン支援依頼に対応しています。

スポーツにしろ、NPOセンターの講座にしろ全て午後です。
カミサンのスケジュールは午前が多いので、週の半分以上はお昼は自宅で済ますことが多いです。
何を食べるか・・・?造ると云うことは先ずありません。
1,冷凍食品 今の冷凍食品はバラエティに富んでおり週五回でもダブルことはないのか、カミサンからは、新鮮野菜サラダを必須追加項目に指定されています。
2,麺類 蕎麦・そーめん・ラーメンはタンパク質の豆腐或いはヨーグルトが必須追加アイテムとなっています。
3,パン類 コンビニ・地元スーパーが徒歩5分圏内ですが、菓子パンは原則禁止です。
4,弁当類 ホットモットも5分圏内ですが、利用したことはほとんどありません。カロリーが高すぎる。但しセブンイレブンのシニア向け少量のお弁当はOKです。
5,外食  地元駅周辺で済ます時は、吉野家・やよい軒・松屋・てんやのご飯もの、ラーメン類は本当は横浜家系をたべたいものの、日高屋のさっぱり魚介系中華そばにしています。
そしてファストフード系のマクドナルド・ケンタッキーは自制しています。

古稀を迎えてそんなに先ゆきないのに、体重とカロリーを気にしたランチが15年続いています。
カミサンは・・・と云うと。
ranch1.jpg今日は、女子会ランチです。
私たちは退職を機に、横浜から見知らぬ、地縁・血縁のない鎌倉に越してきました。
15年たった今、気軽に食事を誘う友人の数は圧倒的に、カミサンのほうが多いです。
私は飲み会・懇話会などの名目の夕食は多いのですが、それは全てNPOや趣味のクラブ関係ですが、ことランチとなると、圧倒的にカミサンのほうが多いです。
それも、鎌倉・湘南の評判の有名店、予約が必要なような店ばかり。
この日ランチは、おフランスのランチコース、2,500円だそうです。

12時予約のランチに出かけ、帰宅はおそらく5時過ぎでしょう。
カミサン達のランチに選ぶ店の基準は、普段食べれないようなお料理とマスト条件が長居が出来る店です。
何時もと同じ顔触れのメンバーで、良く話すことがあるものの感心するのですが、3時ころまでお店にいた、二次会三次会のおしゃべりは当たり前です。
ですから、今晩の夕飯のきっとルミネのデパ地下のお弁当でしょう。

土曜日夜の「人生の楽園」を見ながら、カミサンは「私は絶対に田舎に住めない」「買い物はどうしているんだろう」「病院はどうしているんだろう」「美容院はちかくにあるのかしら」と毎回同じコメントをしています。
カミサンの名誉の為に書きますが、彼女は北関東の田舎育ちで、昭和30〜40年代の農村生活の記憶が鮮明に残っているのです。

まあ、お友達の多いことは良いことだ。
僕が逝っても、君はやっていけるよ。
女は男と違って生命力が強いんだから。
posted by 西沢 at 08:02| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年08月30日

テレビのクイズ番組も満更ではない、積年の疑問が解決した。

先日のTVのクイズバラエティ「平成生まれの若者に聞いてみてびっくり」的タイトルの番組
を見ていて、昔から、なんで12月が10番目を意味するDecemberなんだろうと考えていました。
9月 7番目を意味するSeptember
10月 8番目を意味するOctober
11月 9番目を意味するNovember です。
これは、スペイン語を習い始めて時に気が付きました。びつくり
7月のJulyはローマ皇帝のジュリアス・シーザーから
8月のAugustは同じくアウグストゥスからは知っていました。
では、
1月 Januaryの由来は何なの
2月 February、3月 March、4月 April、5月 May、6月 Juneは?
一般的に言葉の語源、特に欧米系言語に関することは学校では教えてくれないのですが、ラテン語系のフランス語・イタリア語・スペイン語を学ぶと必然的に興味がひかれるのです。

TV番組の問題は「何故閏年の1日追加するのを2月に追加したか」でした。
確かに、不思議と考えれば
1月は31日229.jpg
2月は28日
3月は31日
4月は30日
5月は31日
6月は30日
7月は31日
8月は31日
9月は30日
10月は31日
11月は30日
12月は31日 何で2月だけ28日なの?

回答者の草野仁さんの解説で全て氷解しました。
私たちが現在使っている太陽暦は元々古代ローマ歴から来ています。
古代ローマ歴の1年のスタートは、今の暦で云う3月がだったのです。
農耕歴ですから、1年の始まりは春、種をま月からスタートだったのです。

ですから、
3月 March
4月 April
5月 May
6月 June
7月 July
8月 August
9月 7番目を意味するSeptember
10月 8番目を意味するOctober
11月 9番目を意味するNovember
12月10番目を意味するDecemberとなり、
1月 January
2月 February 2月が1年の終わりの月で、この2月太陽暦の日数を調整しているのです。

では各月の語源は何か?
1月 January・2月 Februaryは
古代ローマ暦は農耕暦だったため、畑仕事のない1月と2月は「死の季節」と呼ばれる空白期間だった(3月始まり)。ヌマ暦では、この空白期間を2分割して、それぞれ「Jnurius ヤーヌアーリウス」、「Februrius フェブルアーリウス」としたのが、現在の1月「January」、2月「 February」の由来とされている。

3月 Marchは、ローマ神話の軍神マールス(マルス/マーズ/Mars)が語源・由来と考えられている。3月は気候も穏やかで、ローマ軍が行動を始めるに最適だったことから軍神の名が、始めると云う意味をもっていたようです。
4月 Aprilは4月は草木が芽吹き花々が開く春の季節ということで、古代ローマでは「開く」を意味するラテン語「Aprilis」を4月の名称として用いていたといいいます。

TVはタレントの楽屋落ち、おふざけバラエティばかりですが、時たま、見終わってから自分でパソコンに向かって調べてみると、自分自身の為にもなるものです。
にしても、学校では教えてくれなかったな。
友人が断捨離で百科事典の処分を中古買取店に頼んだら、百科事典はお断りだそうです。
タダでも引き取ってくれなかったそうです。
今のネットで何でも調べられるご時世、百科辞典は本ではなくインテリア用品扱いのようです。
posted by 西沢 at 08:05| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年08月28日

定年退職予備軍に向けた情報の氾濫 定年までに捨てるもの

月曜日の朝刊に必ず広告として掲載されているものに一つとして、「週刊現代」と「週刊ポスト」の今週発売の週刊誌のキャッチコピーがあります。
統計によると、「週刊現代」と「週刊ポスト」の最大購読者は、電車通勤の40代から60代の男性だそうです。
それ故に、世相を反映して、退職予備軍を惹きつける記事が必ず見受けられます。
今週の「週刊ポスト」は
・60歳以上対策「狙い撃ち値上げに」怒れ。毎月マイナス5万円の家計費の穴埋めはこれで解決
・「離れて住む家族」を守る知恵。台風・地震・豪雨・・・遠くにいて出来る事
・「定年後ボランティア」失敗しない始め方
「週刊現代」の今週号は
・定年したら税金を納めないで済ます方法
・60才を超えたら「受けてはいけない手術」、70才を超えたら「やったらいけない手術」

確かに、定年退職予備群世代の興味を惹きそうな記事のオンパレードです。
一時間を超す、通勤電車のなかスマホを手にして眺めているよりは、少しはマシかなとは思いますが、実際に手にして読んでみると、私たち既に退職・年金生活に入っている世代から見ると、あまりにも当たり前、知っておかなくてはならない常識範囲の記事が多いのです。
「税金を納めないで済ます方法」に至っては、退職する前から手をうっておかないと、無理な手法が書かれていました。
それでも、今、私の周りの退職直前の60代半ばの人達を見ていると、あまりにも何も手を打たず、計画がない男性がおおいことか?

週刊誌の見出しだけではなく、ネット上でも多くの定年退職予備軍に向けた情報が氾濫しています。その一つに、私のこのブログや本サイトhttp://www.tt.emnet.ne.jp/~soy7686/index.htmlもあるのですが。
現代の出版事情では、如何にネットで、情報を拡散させるかが重要なテーマになっています。
興味の惹きそうなテーマ、タグを如何にリンク・引用させるかのテクニックが重要視されています。
今週、1日3,000アクセスを超す、退職者世代の交流掲示板にも、興味惹かれる引用リンクがありました。http://wwweb.sakura.ne.jp/bbs/yybbs.cgi
「定年退職までに捨てるもの 」と云うタイトルである記事へのリンクでした。

内容は
定年後の7戒
(1)飲み会参加は控える
(2)同窓会は行かない
(3)実家や田舎の墓を整理する
(4)クルマは小さいものに乗り換える
(5)駅前へ転居する
(6)夫婦で行動しない
(7)「孤独力」をつける!

定年したら処分すべきもの
(1)2度と読まない本
(2)スーツ、ネクタイ
(3)古い機種のカメラ、オーディオ
(4)使わないスポーツ用品
(5)社内コンペレベルのトロフィー、記念品
(6)古いレコードCD、DVD
(7)写真(整理して廃棄)
(8)名刺、書類、仕事関係の新聞・雑誌
(9)古い年賀状
(10)女性からの手紙

解らないものではありませんが・・・団塊世代リタイヤ―は、当の昔から実践してる常識です。
これらの記事は、暇な退職世代ではなく、これから退職計画をたてる、50代前半の方々に読んで欲しいものでした。

最後に書かれていたのは捨てるか拾うか定年後の選択10

捨てる
(1)最も輝いていた時代の「肩書(意識)」
(2)「利用しよう」と寄ってくる人(投資話も含む)
(3)面倒な親戚付き合い
(4)内容が想像できる「飲み会」と「二次会」
(5)仕事・趣味で使わない「本・雑誌・資料」
(6)10年以上使わない「衣類」「靴」「カバン」

拾う
(7)仕事に追われてできなかった「趣味」
(8)気軽に「食事に誘える」人
(9)「肩書なし」で付き合える友人・知人
(10)「新たな視点」を与えてくれる若い男女

これが出来たら立派な、優雅な、理想的な退職リタイヤライフでしょうね。きっと。
これを実践するには、先ずは、ゆとりある老後資金と、一言書いて欲しかった。
posted by 西沢 at 08:20| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年08月27日

退職後、定年後の旅行計画、タイミングと行先

退職後にしたいこと事の一番に誰もがあげるのが、旅行です。特に海外旅行
会社員時代、長く休めるのは、お正月・ゴールデンウイーク・お盆休みです。しかし、責任のある地位にいたり、 休暇が連続して取れなかったり、航空券・ホテル・パックツァーは一週間違っただけで、倍近い値段もしたりして、 退職したら、時間はたっぷりあるし、退職直後の一年間くらい、好きな所に、好きなだけ、好きな時に行けると ほとんどの人はそう考えます。

しかし、現実は・・・

団体主催旅行いわゆるパックツァーは皆が休める時期は人数が集まり催行されるのですが、退職者が狙う、一番安い 料金設定の時期は、最低催行人数に達せず、中止になるケースが多いのが現実です。
退職したら何時で行ける・・と思うのは退職直後の数年です。
退職後の年金収入しかない生活が続く数年後になると、退職直後の一人数十万の海外旅行がとても大金に感じられて きます。
勿論、ゆとりある老後設計している人には織り込み済みですから、問題はないのですが・・・
そして、お金の問題の次に来るのが、健康・体力問題です。
自分の頭の中には、退職直後の体力とか好奇心がそのまま継続していますが、齢をとるにつれて、一般の人でしたら 100%減衰していきます。その代表例が現在の私なのですが。

今、行きたいと思う国は多少無理しても行って置かないと後悔します。
myn02.jpg先週のテレ東の「未来世紀ジパング」はアジア最後のフロンティアと云われるミャンマーでした。定年後のロングステイを考え始めた時から、候補地の条件的な問題は有りますが、仏教世界遺産の 国ミャンマーで のんびり・グータラに過せたら良いなー、と考えていました。
東南アジアの仏教国で ありながら、インドと国境を接しているため微かに南アジアの香りを残す、魅力的な国。そのミャンマー観光がノービザになるって!! 未来世紀ジパングでの報道でした。
初めて、ミャンマーを訪れたのは1995年、ミャンマーがまだ軍事政権で、入国時に悪名高い強制両替があり、 中国やキューバと同じ外国人用の二重貨幣制度が残っていた、文字どおり、半鎖国状態の秘境の国でした。
当然ながらビザは必要ですし、観光ビザの発給条件も独特なものがありました。
それは2008年に起きた日本人ジャーナリスト殺害事件に端を発しています。
この方は、日本のミャンマー大使館 発給の観光ビザで入国し取材活動をしました。
この事件以降、職業証明書つまりジャーナリトではない、と云う証明や現地保証人の欄がうるさくなっています。
普通に日本発の団体観光旅行でしたら、主催する代理店が全て一緒にビザ申請をしてくれますから問題 ないのですが、退職リタイヤして、暇は十分にあるが金がない私たちは、自分手配のチケットで入国し ミャンマー内は、現地の旅行社を使って節約しているのですから、ビザ申請も当然ながら自分でしてきました。
そのミャンマーが日本人に対して、観光ビザを免除・・なんて変れば変わるものです。

myn01.jpg私たちは、昔の日本が鎖国から開国し、江戸から明治に移っていった時代・世相を見つめていた 西洋人と同じように、独裁軍事政権下・アウンサースー・チーさんの自宅軟禁時代・改革開放の始まりを 20年近くづっと見続けて来ています。
でも、もうミャンマーには行きません。
理由の一つは、昔あれだけ親切・丁寧だった現地旅行会社のほとんどは、観光関連の営業をやめ、進出して くる外資のコンサルタントに変身してしまいました。
そして、ホテルの値段の高騰、10年前20ドルだった国営ホテルは200ドルです。
観光旅行者よりも、ヤンゴンにやってくる外資の社員を相手にしていたほうが、効率良いのです。ヤンゴンでは外食に苦労していましたが、今や和食レストランや、ファストフードがどんどんでき来ている そうです。
そしてTV画面でびっくりしたのが、工場労働者の賃金の高さです。
稀なケースだと思うのですが、日系企業の現地縫製トレーナーの給与が700ドルと云うのです。
番組では日本のHISが現地に旅行代理店を開設していました。
もう、秘境でもなんでもありません。
ミャンマーの国民が豊かになっていくのは、喜ばしいことですが、古稀を迎えた私たち夫婦がこの国を 旅することはもうないでしょう。
これまで何回か行ったミャンマー旅行については、本サイトの仏教世界遺産の国 わが愛するミャンマーに 詳しく書いています。但し ミヤンマーの旅は2012年に行ったガイドブックにないミャンマーの旅 カレン州・パアンとモン州・モーラミャインが最後ですので、改革開放が進む2018 年現在とは、航空券・ホテル・レストラン情報もかなり違っていますのでご注意下さい。
http://www.tt.em-net.ne.jp/~soy7686/myanma.html

■ 今、行っておくべき国はラオスです
経済・人材のグローバリゼーションが進む世界で、もはや秘境と呼ばれる国はほとんど見当たりません。 昔は、ブータンが「ヒマラヤの奇跡・秘境」「幸福度世界一の小国」と呼ばれていましたが、 国王制の廃止以来、もうその面影はありません。押し寄せるグローバル化の波、世界中を駆け巡る ネット情報、インド・中国と云うアジアの大国の挟まれた小国は、否が応にも多様性文化、資本を受け入れないと やっていけないのです。

今、行っておくべき国「ラオス人民民主共和国」
数年前、ワシントンポスト紙による今行くべき世界の観光地にも選ばれています。
さらに、ワンダーレスト・トラベル・マガジン誌では古都ルアンパバーンの街を2006〜2008年まで3年連続で世界中で のトップ人気の街と紹介しています。
ラオスはインドシナ半島の内陸国で、アジア周辺国からの直行便がほとんどない航空事情と、社会主義国と云う 政治情勢で、インドシナ半島のなかでは、もっとも観光客の少ない国です。
それ故に、仏教徒の日本人が求めるものが沢山残っています。
早く行かないとミャンマーやブータンのように、観光業者やアメリカ資本が溢れた何処にでもあるような 観光地となってしまうでしょう。
もしか、するともうなっているかも知れません。
私たちが最後にラオスを訪れたのは2009年です。それ以降行っていません。理由は・・・
首都ビエンチャンに中国系のコンビニが出来たからです。
ビエンチャンの市民の財布とは全く関係ない値段の品々が冷房の効いた店内に溢れてきました。これを見て もう、ラオス詣出は止めようと決めました。
ラオスについては、本サイトの アジアで一番敬虔な仏教国 ラオスの旅に書いています。
http://www.tt.em-net.ne.jp/~soy7686/laos.html

これまで同じような経験をしてきています。
ケ小平の改革・開放が始まる前の中国へは、シルクロードを中心に何度も行きました。 そして、或る光景を目にしてから、もう中国を卒業しようと思いました。
1993年でした。中国が市場経済政策を取り入れた一年後。まだ兌換紙幣時代です。敦煌からの帰りに 西安に泊まりました。西安は昔の唐の都長安です。昔の長安のシンボル大雁塔が見渡せる大通りに 何と、「赤い灯・青い灯」のネオンの大看板が出現していたのです。
もう、中国は卒業と、あれ以来一度も行ってませんし、興味も有りません。 行くべきタイミングは各々の事情がありますが、今、行きたい時が、ベストタイミングでしよう。
posted by 西沢 at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年08月25日

今年の暑さは、70才・古稀の身にはこたえる

今年の暑さは特別だと云います。
確かに夏は暑いものですが、今年のように連日、35℃超え猛暑日が続くのは異常気象とも。
普通今までの夏は猛暑日は続くものの、必ず暦通り徐々に、秋の気配を感じる湿度の低い、30℃程度の日が やってくるのですが。先週末つかの間の猛暑日の中休みがあったものの、再び21世紀の猛暑日が続いています。
月曜日からの再びの猛暑日は、外出せずに月・火と甲子園高校野球の秋田金足農の応援で一歩も外にでずに 室内に立て籠もっていましたが、水曜日は、以前から予約を入れておいた歯医者に行かねばならず、2日半ぶりに 猛暑のなかを出かけることになりました。
猛暑日が続いていても、外出はします。
しかし、それは駅前商店街やスーパー、或いは図書館やNPOセンターですので、上は襟のついたポロシャツ、下は 半ズボンとサンダルで済んでいますが、JRで二駅先の歯医者さんに電車で行くのには、幾ら暇人シニアおじさん とは云えある程度の恰好はしていかなくてはなりません。
長ズボンに、糊のきいた柄シャツと革靴となります。

11時の予約診療を済ませ、久しぶりに回転ずしで、握り二巻×五皿540円の昼食を食べて、帰りの横須賀線で帰る のですが、20数年住んでいた「東戸塚」の11時台の電車は横須賀線・湘南新宿ラインを含めて6本しかありません。
時間帯によっては、15分も待つことになるのです。
ずっと20数年住んでいた時はさほど気にならなかったのですが、退職後に住んだ駅が東海道線、東京上野ライン 、横須賀線・湘南新宿ラインと4本あるのに慣れてしまうと、10分〜15分待つのは苦痛です。ましてや、猛暑日のなか、昔は絶対なかった目でプラットホームの空ベンチを探す自分を自覚しています。

saka.jpg駅まで、昔は10分、今は25分
最寄駅から自宅まで不動産屋さんの広告では、徒歩9分と書いてあります。
確かに、この共同住宅を購入した時は55才、徒歩8分〜9分は正解でした。
乗る電車の12分前に家をでれば間に合う・・・と云う感覚てでした。
やがて齢をとるにつれ、今は乗る電車の20分前は当たり前です。
最近は駅のトイレ時間に余裕をみて、30分前に着替えを初めています。
この日は猛暑日、駅から日傘をさして、少し上り坂になっている道・・・・車なら坂道と解らない、緩やかな坂です。・・・を日陰を探しながら歩くのですが、後ろから 栄光学園の中学生が、日傘を差しながらゆっくりと歩く団塊世代オジサンを脇目でみて、スイスイと追い越していきます。

陽は12時真上からさしています。引っ越し来た当初15年前、この緩やかな道路を坂道という意識はありませんでしたが、最近70を越してから 特に、今のような暑い日差しのなか、駅前商店街が買ったレジ袋の中身が重く感じるようになっています。
俺だって中学生には負けないと、早足にギアチェンジしたのですが、追いつけないのです。
その中学生が特別対抗心で早足になっている訳でもないのに。

退職して15年、3つの節目と云われるものを経験しています。
 ・還暦の60才
 ・高齢者の仲間入りの65才
 ・古稀、古来稀なりの70才
平成の世の還暦の60才はただ単なる人生の暦上のもの、通過点でした。
高齢者と呼ばれる65才は、まだまだ若い。
年寄り扱いは真っ平御免、でも税制・公的年金では優遇されたい。
70才、古稀から国民健康保険負担が2割になりました。

koki.jpg気力・体力・好奇心の低下とブログ上で呼びかけてきたものが確実に始まっています。
何故か、一気に下半身の筋力が落ちてきています。一つ一つの動作に掛け声が必要となってきています。旅行計画を立てる時にも、一日の歩く距離を考慮したり、宿に戻る時刻を早めにする傾向があります。
今までは、ネット上の距離アプリで歩くと何分かかるかを調べていたのが、タクシーで幾らかかるかを計算 している自分に気がつきます。

先輩たちが「齢をとると云う事」について色々話していましたが・・・
年寄りの話として聞き流していたかもしれません。
時代は違う、自分は違うと思っていたかもしれません。
カミサンは67才、私と3才違います。
彼女は確かに若い。この年代の3才の差は大きいかもしれません。
これはあくまでも私だけのケースかも知れませんが・・・
日本人男性の健康年齢平均は71才、何か劇的な変化、精進、トレーニングをしないとこのまま体力的に老いて 行くのでしようが・・・
posted by 西沢 at 07:55| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年08月24日

定年退職後一ケ月の生リポート投稿に注目

http://wwweb.sakura.ne.jp/bbs/yybbs.cgi



定年後の過ごし方、みんなの投稿板では、現在、定年後再雇用五年経過し、正式にハッピーリタイヤされた方が退職後一ケ月の生活をリアルタイムで投稿して下さっています。

退職して 3食を妻と一緒にする事については少しずつ慣れてきています。
申し込んでいた職業訓練の合格通知が昨日届き、早速にハローワークに出向いて受講指示書をいただいてきました。


いつか通った、退職の日
いつか来るであろう、家族二人だけの生活
注目してご覧ください。
posted by 西沢 at 08:24| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年08月22日

ポリデントもコンドロイチンも別世代の話のハズが、老眼鏡と入歯

齢はとりたくないもので、メガネがますます合わなくなってきました。
今、日常的にかけているのは、遠近両用メガネです。初めてメガネを造ったのは、49才の時でした。その前の年 海外の暗い空港で、小さな入国カードに記入する際に初めてイライラし、これが老眼の始まりか?と感じたのですが、 そのままほって置いたのが、徐々に目が疲れるようになり眼科医から、老眼鏡を進められました。

rougan.jpg検眼の際に、軽い近視(0.9程度)もあるので、これからは境目のない遠近両用メガネのほうが楽ですよと、勧められ て作りました。
お値段は85,000円、こんなにするものなのか、少し高い気がしましたが、初めてのメガネ、眼科医 の検眼を担当している所なので義理もあり購入しました。
後から分かったのですが、この眼鏡屋さんは、のちに私が担当することになる内幸町の高層ビルに本店を構える、政財界の お偉いさん先生御用達の日本一高い眼鏡屋さんだったのです。

それから、今回に至るまで15年、少しづつ老眼が進み、今回で5本目です。
今回眼鏡屋さんに、「遠近両用は無理です。ちょうど良い手前側の度数のレンズと、遠場のレンズの組み合わせでは、街中を歩けません」 と云われました。
遠近ではなく、中近両用メガネ、ひらたく言えば室内用・パソコン用と、今まで通常生活で使っている遠近両用、2つ使って下さいとのお話 です。これまで、諸先輩シニアが、メガネを上げたり、下げたり、もうひとつのメガネにかけ替えたりしているのを、見ていましたが、遂に、 私も、カバンに2つ持って歩くようになってしまいました。

もっと年寄っぽい話は入れ歯です。
漫画の入れ歯のイメージと云えば、右のイラストのように、おじいさんが孫の前でスポッと入れ歯を外して 驚かせるのが一般的ですが、今は「総入れ歯」はそうそうなく、入れ歯と云えば部分入れ歯のことです。
虫歯を補修出来るのは、相当に程度の良い虫歯で、としを取るに従い、何回も補修・手入れしてきた虫歯は土台 からもたなくなって来てしまいます。
これは、年齢からくるものではなく、それまで、歯に対するケアが足りなかった、自業自得のせいです。
ireba2.jpg私は若い頃からカミサンと結婚するまで、朝晩歯を磨くという習慣がありませんでした。 結婚して、カミサンに監視され嫌々磨いていたような生活ですから、歯はボロボロです。鎌倉に越してからも、 あまりの歯の手入れの悪さをご近所の歯医者にさらすのが、恥ずかしいこともあって、歯医者さんは、 電車で二駅の昔からのかかりつけに通っています。

今回、奥歯の3本が土台からダメになり、部分入れ歯かインプラントと云う話になりました。
骨にドリルを入れてボルトを埋め込むなんて、もっての他、部分入れ歯と云うことになり、7月に土台の残骸を取りのぞき 翌週には、簡単に、すんなり、2回の微調整で違和感・痛みもなく、人生初の入れ歯が入りました。
テレビのCMでやっている部分入れ歯の洗浄剤とか、接着剤は、まだ必要ではありません。
テレビのCMでは、老人向け健康商品・食品、「膝の痛みに○〇○」なんかが日中大宣伝しています。入れ歯洗浄剤も、コンドロイチンも全く 世代の違うお年寄りの世界のものと、今でも思っているのですが、
ジワリジワリと近づいてきているようです。
posted by 西沢 at 08:35| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年08月21日

オフ会でお会いした団塊世代の「戦友」のお話

オフ会とは
インターネット上で知り合いになった者同士が、直接会うことを云います。
ネット上は、バーチャルリアルティ(仮想現実)の世界です。
現実と非現実が微妙に交差している世界です。
それ故に、普段の日常、社会生活で封印している思い ・本音などを、比較的容易にさらけ出すことも出来るのです。

Webの世界は、有線・無線に関わらずオンラインで繋がっています。
BBS掲示板にしろ、SNSフェースブックにしろ会話・意見を交わす相手は見えず、常に 回線を通じてのオンライン上の相手です。
団塊世代の掲示板 
http://wwweb.sakura.ne.jp/bbs/yybbs.cgi
オフ会は、回線をOFFにして、コンピーターラインを介さずに、直接相手の顔・表情を見て お話することです。

55才退職時、少しでも早く失業保険を貰うのが目的で、ハローワークが勧める情報処理講座を受講したのを機会に、サイトを 立ち上げして15年、年間200万PVのある程度、同じ世代或いはこれから定年・ロングステイを考えている世代の方々から支持を いただけるサイトに成長しました。
http://www.tt.em-net.ne.jp/~soy7686/life.htm
この間、数多くの方々かlら、一度お会いしてお話を伺いたい等のメールをいただきましたが、全て丁寧にご遠慮申し上げて 参りました。

理由は・・・・
自分を含め、相手のオンラインとオフラインのギャップを埋められるか?、受け入れられるか?の自信が無かったからと、 退職当初所属していた「ロングステイクラブ」での経験からです。
ロングステイクラブの会員として、活動に携わってきて色々会員の方、外部の方とお会いする機会がありましたが、「お話を聞きたい」 と仰る方の殆どは、ご自身がお話したいケース、それも自慢話ばかりなのです。
そんな訳で、ネット上ではオンライン上のお付き合いに限定すると決めていました。

7月のある日、アメリカにお住まいの団塊世代の方から、日本に行った時にお会いしてお話をしたい、旨のメールがありました。
わざわざ、アメリカからご帰国され時間を都合してのお話ですが、今までの理由から丁寧にご遠慮申し上げました。
そして、返信メール をいただき、その文面には、私の今までのオフ会へのポリシーを一時キャンセルする出来事・過去が語られていました。

1969年あるぜんちな丸
maru.jpgその方「F氏」は私と同じ1948年生まれ、学園闘争がピークを迎える1969年横浜発の太平洋・南米航路「アルゼンチナ丸」に乗船して 単身、アメリカに渡ったとメールに書かれていたのです。私は1967年の「ぶらじる丸」でした。
私の場合は仕事絡みでしたが、船には大勢の新天地アメリカを目指す青年や、南米に移住する家族が多く乗り込んでいました。
当時 大卒初任給が26,000円、ドルは360円ですから、73ドルです。
その頃はアメリカの単純労働の時給が1から1.2ドル、1日8時間で10ドル、アメリカの1週間の賃金が日本の大卒月給だったのです。
ミッキー安川の「ふうらい坊留学記」・石川好の「ストロベリーロード」の数年後の世界です。

この方なら、私からお願いしてでも、お話を聞きたい。
私は大学をドロップアウトしたこともあり、学生時代の友人とよべるような友人を持っていません。でも、この「F氏」は同年代 を生きてきた、戦友のような親しみを感じ、バーチャルリアルティを超えて、お会いする事になりました。

所持金193ドル
345.jpg「F氏」は現在、アメリカ・カリフォルニアの日本人家族が一人もいない、ウォーターフロントのリゾート地にお住まいで、 65歳を機に、経営している会社をやめ、ハワイ・オアフ島のカイルアに住まいを移す準備中です。
Fさんのお話の節々に、アジア人と云う言葉が出てきます。21歳、横浜港を出るときに持っていたのは、193ドル、この日本人青年が アメリカで生きて行くのに、度々「アジア人」を意識し、今でもそう思っていると云うお話に、私は共感しました。

1960年代末、日本を出るときにパスポートに持ち出し外貨が記載されていました。
私の古いバスボートには345$と記載されていました。
345ドル日本円で124,000円、大卒初任給の4.5ケ月分、平成25年で云うと、900,000円位ですか。ほとんど親から資金でした。今更ながら 感謝しています。
Fさんは、会社を立ち上げ、グリーンカードを取得して、ガムシャラに働き、アメリカで生きてきました。
そして、常に自分の定年後の生き方・住まいを模索し続けてきたそうです。
アジア人である事を意識し、老後はアジアに住まうことを念頭に毎年、年に四回はバンコクを中心にショートリピート ステイを繰り返してき、最終的な結論は、慣れ親しんだアメリカ文化があり、アジア人として居心地の良い、ハワイ・オアフ島に決めた そうです。

Fさんは日本語のwebサイトはほとんど見たことがないそうですが、奥様がハワイ情報を検索している際に、私の 「ハワイロングステイ情報」を見て、
http://www.tt.em-net.ne.jp/~soy7686/hawaii.html
Fさんに紹介し、サイト内に書かれている、白人以外のアジア人の住宅環境や、観光客の行かないアライワ 運河の向こう側や、ハワイに住んでいるという芸能人はどんなビザ?と云う記事を見て、自分と同じ匂いを感じ、私にメールを寄せたそうです。

鎌倉のスターバックで3時間、色々なお話が伺えました。
印象に残っている言葉があります。「日本と云う国は、人間にもJIS規格を当てはめようとしている」。 確かに、私たちの世代は、70年安保・学園闘争を経験したかもしれませんが、その後は、素直に大学を出て一流会社に入り日本経済の良い時代を定年まですごし、マスコミがリードする「ロングステイ」情報に 踊らされている、定形型規格の日本人世代の最後かもしれません。

賛否はありましょうが・・・・青年は荒野を目指さないと
世界の青年に比べ、現代の日本人大学生のひ弱さに 一抹の不安を覚えています。
posted by 西沢 at 08:20| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年08月20日

アンケート調査、「おじさん」だと思う年齢について質問。

ggbb.jpgBiglobeが10代から50代の男女1,500人に質問しました。
「おじさん」とおもうのは、45.7歳
「おばさん」とおもうのは、45.4歳
ふーんそうなんだ。

「自分や他人を見て、おじさんっぽい、おばさんっぽいと感じること」の質問では
1,「肌の老化」が71%
2,「体形が崩れている」(57.9%)、
3,「白髪がある」(42.1%)となった。
回答者を10代に限ると、
「知識が古い」(36%)が他の年代と比べて10ポイント以上、上回っている。

また30代以上に「「おじさん」「おばさん」だと思われないよう取り組んでいること」を質問すると、
1,「外見を整える」が49.3%
2,「定期的に運動をする」(22.8%)
3,「白髪染めをする」(22.3%)と続く。

想像していた大人とのギャップは
「小さい頃に思っていた、現在のあなたの年齢と現在のあなたご自身を比較してどのように感じるか」を質問したところ、
1,「思っていたよりもお金がない」が37.8%
2,「思っていたよりも未熟だ」(35.7%)、
3,「思っていたよりも体力がない」(28.1%)
4,「思っていたより若い」(27.1%)と続いた。

では、私たち団塊世代が気になる「おじいさん」・「おばあさん」と呼ばれる年齢は、と云う調査を見てみる
「おじいさん」「おばあさん」は何歳から呼ぶ?
https://vote.smt.docomo.ne.jp/love/result/110086

1,70才以上 35%
2,60才以上 24%
3,65才以上 15%
4,75才以上  8%
5,80才以上  8%
6,40才以上  4%
7,50才以上  4%
8,55才以上  1%
9,45才以上  1%

以上の結果です。
この「おじいさん」「おばあさん」と呼ぶ対象者を特定していないので解りませんが、孫のいる家族でしたら子供・孫はもっと早い段階から呼んでいるかも知れません。が、一般的に見知らぬ他人を呼ぶときと解釈しています。
今年古稀70才になる私は、街中、電車内で「おじいさん」と呼ばれてことも、座席を譲ってもらつた事も一度もないのですが
想像するに、そう呼ばれて座席を譲られたら相当ショックでしょうね。
posted by 西沢 at 08:09| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ

2018年08月19日

頑張れ雑草軍団金足農、2ランスクイズでサヨナラ勝ち、ベスト4へ、 校歌を全力で歌う姿に観衆は感激・感動、応援する

甲子園ベスト8に残った八校のうち、公立高校は秋田県の金足農業高校のみ、先発9名は全員地元の三年生で県予選から全く同じメンバー・打順でやってきたと云う。
準々決勝の第4試合、9回裏まで、関西勢の近江に1-2で負けていたが、9回裏、球場の雰囲気は、唯一残った公立校への応援で異常な雰囲気のなか、ノーアウト満塁で、2ランスクイズでサヨナラ勝ちしました。

日本人には判官びいきと云う言葉がある。

判官贔屓(ほうがんびいき)とは、第一義には人々が源義経に対して抱く、客観的な視点を欠いた同情や哀惜の心情のことであり、
さらには「弱い立場に置かれている者に対しては、あえて冷静に理非曲直を正そうとしないで、同情を寄せてしまう」心理現象を指す。
「判官」の読みは通常「はんがん」だが、『義経』の伝説や歌舞伎などでは伝統的に「ほうがん」と読む。


TV画面を見ている私たちにとつて、高校野球の応援の対象の優先順位は
kanaasi.jpg一番目は、故郷のチーム
二番目は、今住んでいる地域のチーム
三番目は、公立高チーム
四番目は、東北・上越のチーム
五番目は、沖縄のチーム
六番目は、開催地関西圏ではないチーム


という訳で今年の甲子園の準々決勝で、応援するのは無条件に金足農業高校です。
勝って校歌をエビぞり反って、大声で全力で歌うナインの姿は、私たちの普通の高校野球ファンの心に響くものがあります。
次の相手は、西東京代表の日大三高です。全国の野球エリートを集めた都会チーム、かたや東北秋田県秋田市といっても、市内の北のはずれ、旧八郎潟に近い田舎の農業高校です。
絶対、日大には勝って欲しい。応援しています。
頑張れ雑草軍団金足農球児
posted by 西沢 at 07:01| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ