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2019年10月12日

団塊世代のノーベル賞受賞者吉野彰氏は同じ71才同学年

旭化成の元サラリーマンの吉野彰氏がノーベル化学賞を受賞した。
同じ団塊世代、1948年昭和23年生まれ、71才。
全く私と同じ同学年世代、それもお隣の藤沢市にお住まいとのこと。

このニュースで、島津製作所のサラリーマン技術者、田中耕一さんのことを思い出しました。
彼はのことで一番印象に残っているのは、「これで東京出張のさいに、のぞみに乗れるのが嬉しい」と、サラリーマンらしい言葉です。
私の現役時代所属していた業界と、島津製作所では一部競合する部分があって、出張のさいの「のぞみ」と「ひかり」使い分けの言葉に、とても親しみを受けました。
そして今回も旭化成のサラリーマン技術者、それも同じ同学年です。



同世代の吉野さんノーベル賞発表から一日経って、我が家でも、地元の団塊世代が多いスポーツクラブでも、そして、一部のマスコミでも話題になっているのは、71才にしては老けすぎていない?でした。
このような、栄誉ある受賞に、まるで女性の井戸端会議のような話をネット上で交わすのは、ご本人には大変失礼かもしれませんが、確かに、我が家のカミサンの最初の一言も、
「71才、貴方と同い年よ、ちょっと老けすぎていない、80台のご老人に見えるわ」でした。

私は今、所属しているボランティア団体で、70才定年について改革を進めています。
10年以上前に、60才団塊世代の一斉退職がありました。
その頃から、退職して地元に戻ってきた団塊世代の男性が、市内の市民活動団体に増えていき、
徐々にリーダー的役割を負ってきたのですが・・・

古稀、70才を過ぎても、自分は年寄りではなく、生涯現役であること主張し始めてきています。
入った当時に、先輩諸氏の「老害」を叫んでいた人々が、自分がその年齢になると、もう忘れてしまうのです。
経験・知識・人脈はありますが、如何せん、体力・気力が衰えてきます。
幾ら72才、まだまだ若いと思っても、商店街のウィンドーに写る、自分の姿をみて、愕然とするのを経験しているのです。
リタイヤシニアの付き合いは、仲間は全て同い年、或いは年上の先輩諸氏が多く、ご自身はまだまだ若手と思っている団塊世代、1948年昭和23年生まれ、71才。は多いのです。


月に一度は湘南のビックショッピングモールにあるシネコンに映画を見に行きます。
見る映画と云えば、同じ昭和世代が好む邦画の話題作が多いので、観客は圧倒的にシニア・女性です。映画の余韻に浸って、外に出ると、そこは巨大ショッピングモール、歩いているのは映画館の中や、自分が所属しているコミュニティとは全く違う、若い世代、子供たちの世界です。
こんな時、はっきりと、世代を感じ、自分が日本の高齢者社会の一員であることを自覚するのですが、内心は71才はまだまだ若いと思っているのです。

この話を同じコミュニテイに属する、81才の知り合いにすると、それは理解出来る。でも俺は若い、まだまだ家に閉じ籠るような年齢でもなく、クラブの代表、会長は俺でなくては出来ない、と云います。
それがシニアの思い違い、「老害」なんだと云っても聞き入れません。

でも、確かにカミサンや、一部のマスコミが云うように、TV画面からみる吉野彰さんは、同じ団塊世代、71の同学年から見受ける印象は80才オーバーと云っても不思議ではありません。

「俺って、外部からみればあんな風に年寄りに見られるのかな」
posted by 西沢 at 08:07| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ