CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

2019年07月31日

BS1スペシャル「ラストトーキョー」 “はぐれ者”たちの新宿・歌舞伎町をみて

日曜日の夜のテレビ番組は、本当ならNHK大河ドラマを楽しみにしていたのですが、今回の「東京オリンピック物語 いだてん」は酷過ぎる。別に私一人が見ないせいでもないのですが、視聴率は第22回で6・7%(関西地区6・0%)と、大河ドラマ史上最低の数字を記録し、第23回も6・9%と2週続けて6%台を記録するなど低迷を続け、これで第6回から第28回まで23話連続で1桁の数字となっています。

sinjuku3.jpgかと言って、民放のお笑い芸人の「おふざけ・楽屋落ち」番組を見る気にもなりません。
新聞のTV欄をみると、9時からBS1で、NHK若手32才の女性ディレクター制作による、興味惹かれるタイトルの番組が2時間に渡って放送されるのを知って、見ることにしました。

タイトルからして、東京歌舞伎町のアンタッチャブルな部分に切り込むのかと思ったら違っていました。新宿生まれのディレクターと新宿で3つの雀荘を経営する実母が母娘関係を見つめ直すドキュメンタリーでした。

以下がNHKBS1のサイトで公表されている、ディレークターコメントです。

私は、新宿で麻雀店を経営してきた母に育てられた。
新宿といえば世界一の乗降客数を誇る街。
そんな激動の街で、母は45年、3店舗を一人で切り盛りしてきた。
でも私はその世界を知らない。母が私を、新宿・歌舞伎町から遠ざけたからだ。
そんな“たたき上げ”の母に対して、私はいわゆる“優等生”。
小中高遅刻なし、受験勉強に邁進し、安定した職にもついた。
これまで、全力で生きる母を見習うつもりで、与えられた環境で最大限の努力をしてきたつもりだった。
でもやはり、自分には“たたき上げ”で生きてきた母のような強さがないのではないか…
見るべきものを見ずに来てしまったのではないか…という物足りなさがずっとあった。
母のような、我が道を歩む人々に憧れがあった。
母はなぜ、私をこの街から遠ざけたのだろうか?
“近くて遠かった街”新宿・歌舞伎町へ潜入する旅は、
ひょんなことから自分と母の関係を見つめる旅にもなりました。!
(番組ディレクター 柚木映絵)



新宿、そして歌舞伎町近辺は、私の現業時代のスタート地点であり、バブル時代のほとんどを、この街で過ごしました。18歳で田舎から上京して初めて足を踏み入れた大都会が新宿でした。
新宿西口には、まだ淀橋浄水場が残っており、西口開発が始まろうとしていた頃です。
西口には、当時大フィバーしていた、ボーリング場が何軒かあり、何処も数時間待ちの盛況でした。
やがて、学生運動のさなか、私は日本を離れ、27歳で海外から戻ってき、中途入社した建設エンジニアリング会社の西東京担当事業所が新宿でした。
時は、バブルに向かっていました。
帰国して専門学校を出たと云っても、建設エンジニアリングの現場は右も左も分からないのに、直ぐに多摩方面の、大学建設や、八王子周辺の工場建設のサブ監督・責任者として放り込まれ、協力会社・下請けの職人さんに支えられ成長してきました。

sinjuku.jpgやがて私は、新宿を中心とする地域のオフイスビルの担当になりました。
超高層は一人では無理でも、一般的な12〜13階建てのビルは一人で、同時に複数現場担当するようになり、毎日頻繁に歌舞伎町・新大久保・三丁目近辺、明治通り以内までの現場を担当部署の責任者として歩き回っていました。

新宿は西側ではどんどんと超高層ビルが建てられて行き、ピークは東京都庁建設でした。
私が担当する新宿東口は大きなビルは少ないものの、毎月、毎日町の様子は変わって行きました。歌舞伎町の飲み屋街、ゴールデン街、花園神社は毎日、仕事で通る通勤路でした。
1990年、都庁竣工と同時にバブルは崩壊します。
やがて、私は一時休職し海外に出た後、復帰した時には新宿を離れ、新宿とは正反対の、日比谷・丸の内・内幸町エリアの部署となり、55才で退職するまで、新宿は同じ東京でも違う、何処かアジアの匂いが漂う街と変化していきました。

ディレクターの母親は71才、私と同じ世代です。
新宿で三軒の雀荘を経営しています。もしかすると一度は行ったことがあるかも知れません。
母親は、わが子にはいっさい歌舞伎町に足を踏み入れることを禁止し、子供の頃から家庭教師を何人もつけ、学歴の大切さを教え、日本の表社会の主流を歩くことを教えて行きます。
若者は時として、自分の歩んできた道を振り返った時、これで良いのかと思う時は必ずある。
しかし、それを全て手放した時、残るのは後悔だけである。決して安易な思いで捨ててはいけない。と、わが子に話すのですが、番組の終盤になり、それは自分のわが子への押し付けではなかったのでないかと自問自答していました。

今回のBS1スペシャルは、過去に沢山見た民放の若いディレクターが一人、自主製作的に自分の家族にカメラを向けたドキュメンタリーと同じようなもの、と想像していました。
32才の若い女性がどのようなカメラワーク・切り口・映像作成をするのかと、アマチュアながら、映像に関わるものとして興味を持ってみましたが、全く違っていました。
ディレクター本人が家族を撮っている部分はごく少なく、NHKらしく、彼女の後ろ側には大勢のNHKスタッフがいるのを感じられました。
映像もかなり凝っていて、編集にはかなり多くのエキスパートが関わっているのが看取れました。やはり、NHKは違う。金をかけている。
そりゃそうでしょう、国民の財産である公共電波を使い、高額な給与を貰っているNHKが、高校生の自主製作・素人の家族ドキュメンタリーなんか、放映できるハズもないものね。

「NHKから国民を守る会」がでてくるのも、ちょっと納得の番組でした。


posted by 西沢 at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ