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2018年06月30日

サッカーワールドカップ 西野監督の決断 日本は、利よりも礼節を重んじ、恥じる文化、サムライの国ではなかったのか

サッカーワールドカップ予選H組の最終戦ポーランド戦は、旅先稚内のホテルで見ていました。
サッカーに関しては若い十代の頃から南米アルゼンチンに住み、選手では有りませんでしたが
サッカークラブの会員として、数々の修羅場を身近で見聞きしていました。
ですから、今時の日本人、特に若者と違い、付け焼刃的フットボール評論家ではないと自負しています。

nisino.jpg最終戦のポーランド戦を前に、引き分けを前提とした日本の二次予選進出の勝ち点とシュミレーションはしており、最悪のケースの負けも考えていました。
そう、簡単にポーランドに勝てる、引き分けるとは思っていませんでした。
試合開始前のスターティングメンバ―を見て、西野監督の意図は0-0引き分けと理解しましたが、それにしては、フルバックの槙野に対しては、疑問があると思ってみていました。

結局西野監督は、0-1の負けを受け入れる選択をしたのです。
彼は、アタランタ五輪のマイアミの奇跡でブラジルに勝ち、勝ち点6で予選通過を果たせなかった苦い経験の持ち主です。外野、サッカー文化未熟なこの日本でも一億総評論家と化すこの時期、絶対的使命として、結果重視を選択したのは賢明であり、戦い後の批判・批評を織り込み済みでしたでしょう。

しかし、意外にも海外、特にフットボール先進国のヨーロッパのマスコミ論調は厳しいようです。サムライの国、利より名誉を重んじる国が、恥ずべき試合をした」
しかし、そういうヨーロッパのイングランド・ベルギー最終戦は、既に決勝進出が決まっており、一位通過二位通過の場合に当たる相手、一位通過だすと、当然最初の日本には楽勝で勝ち、次はブラジルとメキシコの勝者との対戦を予測し、二位通過を目論んで、積極的に勝ちにいかない試合をしていたのです。

西野監督に他の手段はなかったのか?
マスコミの論調は結果オーライが大半ですが、もし、セネガルが残り10分で点をとったら?
彼は即、辞任を覚悟していたでしょう。

自分の運命、行き先を競争相手先に委ねる。
これは、東洋的思想、考え方であり、到底西欧文化で受け入れられないものでしょう。
私も、このポーランドの最終戦、日本は例え残りの10分、5分でも積極的に1点取りに行くべきだったと思います。
そこで失敗し、決勝トーナメントに進出出来なかったにしても、誰も監督を責められません。
責めるとしたら、最初から守備的、守りに入ったメンバー選出です。

西野監督の真価が問われるのは次のベルギー戦です。
これに勝って、ベスト8に進出すれば、万人がこのポーランド戦の選択を評価するでしょう。

このブログを書いている時、アルゼンチンの友人からメールが入りました。
南米のフットボールはこの日本の試合運びについて、誰も批判していない。
批判しているのは、白人・ヨーロッパ諸国のマスコミだけだ。
その論調は、アフリカ・中近東諸国のチームだったら、誰も非難しないし、中国・韓国チームでも同じだろう。
日本は、利よりも礼節を重んじ、恥じる文化、サムライの国と思うからこそだ。
posted by 西沢 at 10:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会