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2017年11月16日

カミサンは母親の介護お手伝い、そして私も・・

今週、カミサンは留守しています。
北関東の実家の母親の介護と云うよりも、実家を継いでいる三姉妹の妹の介護の時間を少しでも楽させるためです。
軽い認知症の母親は要介護1程度で、普段の身の回りのことは全て自分で出来るのですが、先々月、自宅で転んで骨折、入院・手術そしてリハビリ転院をしている間に、認知症を発症し、進みました。退院して、自宅に戻って来ても、家に帰ると云いだす始末で、看ている三女夫婦も戸惑っていました。
自宅に戻り、一か月たち、ようやく落ち着いてきたのですが、24時間、目を離すことは不安だそうで、退職直後の妹の夫と、まだ現役の妹夫婦には全く、息抜きする時間がありません。
ようやく、ここ数週間前から、デーサービスに通うようになったのですが、それでも大変なので、三姉妹の次女で一番時間的、経済的に恵まれていると傍目からは思われている、しかも、医療関係の国家資格をを持つカミサンが、数週間に一度、鎌倉から出かけています。
今日も電話が有り、91才になる母親と話して、刺激を与えてと云うので、
「一日一回は外に出て、太陽の光を浴びるように。」
「一日一回は、ご近所の幼馴染とおしゃべりをするように。」と電話口で話ました。母親はそうだね、外に出て歩かなきゃ、と云っていたのですが。しかし、後からのカミサンの電話では、誰と話したのか、どんな話をしたのか、覚えていないそうです。

私の信州に暮らす、独身の兄72才は春にステージ4のガンを宣告されました。
積極的な治療はせず、ホスピスからの訪問看護の緩和ケアなのですが、どうやら、薬のせいか軽い認知症状態です。
それまでは、そんなことがなかったのですが、二度の入退院、と一日中アパートの一室でTVだけを見て、誰とも話さない生活、プラス処方された鎮痛剤ののみ方がドクターの指示どおりでなかったようなのが、認知症を進めたようで、現在、処置入院をしています。

これまで、実の父親は動脈瘤破裂で一晩で逝き(71才)、母親は85才の寒い冬の朝、トイレで倒れ一週間で逝ったので介護と云うものを経験していませんでした。カミサンの父親は72才で食道がんで逝きました。この時も長い自宅介護は有りませんでした。
このまま、何の介護の苦労をしないで済むかと思っていたのですが・・・、人生は平等なのですね。 そして、自分はどうなるんでしょうか?
posted by 西沢 at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ