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2019年11月09日

ベルリンの壁崩壊から30年の新聞記事で、1989年の自分を思い出してます。

団塊世代の私は、70才を超えたあたりから、色々なニュースを聞くたびに、あの時の自分の年齢や、仕事柄何処の現場にいたか、何をしていたか、何処を旅していたかを思い出すことが多くなってきています。

1989.jpg1989年、ベルリンの壁崩壊のニュースは、南米ペルーの古都クスコのホテルのテレビで知りました。マチュピチュに向かう前全日の夜でした。
3000mを越す、アンデスの街に、平地のリマからいきなり飛行機で飛んできたので、軽い高山病状態で頭痛を感じながら、苦いコカ茶を飲み、「歴史的瞬間を見ている、これを機会に世界は、日本は変わる」と感じていました。この時、団塊世代、1948年生まれの私は、41才でした。

1989年は既にお正月明けから変わっていたのです。
昭和天皇の崩御で年号が平成に代りました。
この年、夏休みは八ヶ岳の会社の別荘で過ごす予定が、客先のお偉いさんに急きょ譲り、八ヶ岳ブリンスロッジに部屋をとった所、お隣の部屋に、新たに総理大臣となった海部俊樹ファミリーが避暑としてやってきて奥様が私たちのお部屋にご迷惑をおかけしますと、ご挨拶にお見えになったことを、覚えています。
退職して、年金生活の今の旅のスタイルと比較すると、あの頃、働き盛りバブルだったのでしょう。一部屋、食事なしで40,000円の部屋に、3泊していたのですから。

この1989年末の東証株価は、大納会で日経平均株価が史上最高値の38,957円44銭でした。
テレビではCMはリゲインの「24時間たたかえますか」が流れていました。
建設業界の働き盛りの41才の私は、横浜MM21での横浜万博のパビリオンを何棟も受け持ち、疲れも知らずに働いていました。
給与もボーナスも上がる一方で、この頃からスタートしていた「早期退職」「老後の海外ロングステイ」の為の老後資金造りも、順調に進んでいき、10年後50代初めの退職も可能、と夢見ていました。

ベルリンの壁の崩壊で東西冷戦は終わり、世界はデモクラシーの世になる、日本経済もこのまま、突き進んで何時かはアメリカを追い越す・・・確かにこの年、三菱地所はニューヨークのロックフェラーセンタービルを買収したのですから。

歳をとると、昔を振り返ることが多くなる
特別、あの時代に戻りたいとか、あの時、ああすれば良かったとは思いませんが、静かに、一人思い出す日々が増え、もっと昔の子供の頃のことまで思い出しています。
両親が亡くなって、もう何十年も経っています。
亡くなった頃は、特に悲しいとか、両親を思い出すこともなかったのに、70才を超えたあたりから、頻繁に思い出しています。
そう、今年は、父が亡くなった年齢71才なのですから。
posted by 西沢 at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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