CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

2019年09月24日

ボランティアを基本としてきたNPO組織の崩壊の危機

私が広報担当者して所属している中間支援を目的とした非営利活動法人NPOは、今、存続の危機を迎えています。
一番大きな理由は人件費の増大によるものです。
20数年前に、市内の市民活動団体による発案により、行政が立ち上げた公設のNPOセンター(市民活動センター)の運営を民営(市民自らの手による)で行う、日本最初の組織として、全国から注目され、多くの市町村から、視察に訪れる、フロンランナー的存在でした。

npo01.jpg行政が立ち上げたNPOセンター(市民活動センター)を市民の手により運営すると云うスタイルは、何時しか、民間の経験・人材・アイディアを登用すると云う言い訳、財政的な理由による
指定管理制度の元、限られた予算内による委託・請負制度の入札と変わりました。
そして、今まで、相当部分はボランティアとして運営してきた人件費は、労働基準法の適用が義務つかれるようになりました。
或る意味、運営をボランテイア(自ら申し出た、善意に基づく、無償の好意・行為)を、行政が上手く利用してしていた弊害が解消される・・・かもと思っていましたが、3年毎、5年毎の指定管理者制度の入札に、人件費は反映されるどころか、却って減少しています。

私の地元の場合、2ケ所の市民活動センターの運営、月〜土曜日の9時〜5時、と第一・第三日曜日にスタッフを常駐させます。
しかし、9時〜5時の8時間、昼休みもスタッフの対応となりますと、ひとり体制では、8時間連続勤務となり、労働基準法に抵触することになり、二人体制(午前・午後一人づつ)に為らざるを得ません。時給、神奈川県の最低賃金と交通費は絶対条件です。
このようなスタッフの配置にもかからず、行政との契約、受注額は市正規職員一人の年収よりも若干少ないのが現状です。

それでも、私たちNPOセンター設立当時からのメンバーは、不足する部分を無償のボランティアで補ってここまでやってきました。
しかし、時代は変わりつつあります。
古くからのメンバーの高齢化で、徐々に、いつの間に姿を見なくなり、フェードアウト云う表現が、一番現わしている現象になっています。

センターの実務を行う、有給の専従スタッフとそれを支える無償ボランティアで成り立っていた運営が、崩れていく原因は無償ボランティアの高齢化と、組織の事務局、専従スタッフの意識の市民活動に対する意識の違いです。
私たちの組織では、組織の若返りとマンネリ化を防ぐために定年を70才と定めています。
新たなセンタースタッフ・NPO組織の事務局メンバーを募集すると、応募してくるのは定年退職したシニア男性が大半を占めています。

npo02.jpg過去に、市民活動、ボランティア活動の経験がほとんどない方ばかりです。
この方々が応募してくる理由は、定年後の男性に共通するは。
・毎日、すること、行く所がない、
・生き甲斐探し
・少しでも収入が欲しい 
 

私は広報の担当者として、Webに関する知識、グラフックの経験などを求めると、提示される報酬と求められるスキルに大きなギャップがありすぎる、と拒否されました。

会社勤めと一緒の環境を求めて、拘束時間外に発生する、外部市民活動団体との連絡、イベントへの参加は交通費、日当、弁当の支給を求めます。
確かに、営利を基本とする企業でしたら、これらの必要経費は、原価として組み入れ、対価に上乗せするのでしょうが、市民活動・NPO組織として無理です。
このような方々が先ず云う言葉は、何故出来ない?、当然請求すべきことと!と主張します。
NPO・ボランティアと云えどももこの古い体質、考え方は改めなくては、組織として成り立つていかない・・・ごもっともですが。
現在、私たちの組織の事務局長をされている、大企業を65才で定年退職された、現在67才の方は、正論としてこのように主張します。

この方には辞めて戴きたいのですが、辞めません。
雇用契約書がない・・・首切りは不当・・・退職金はどうなる・・・
この方を採用した時の担当者にお願いしても、自分の職務ではないと逃げるばかりです。

かれらの能力・資質がボランティア組織を運営するに適しない、でも辞めてもらうゴタゴタを背負いたくない理事会その間の運営の停滞を私たち、古くからの組織会員が無償ボランティアで、補っているのが現状ですが、この先、このまま続くとは思えません。
来年、私は72才の春を迎えたら、この組織を離れる予定をしています。

今週の天声人語である名言・迷言を紹介していました。
「我がなき後に洪水よ来たれ」
フランスのルイ王朝時代に発せられた言葉と伝えられており、色々な解釈がありますが、
日本の言葉に置き換えると「あとは野となれ、山となれ」が一番合ったことばで、来年
72才、取り敢えず団塊世代が目標とする2回目の東京オリンピックの年。
この言葉が今一番、私の考えを的確に表しているのでしょう。


posted by 西沢 at 07:58| Comment(1) | TrackBack(0) | シニアライフ
この記事へのコメント
「生者必滅・会者定離」と言うように、何事も始まりがあれば終わりは付いて回るものです。
また、そこに深く関わっていれば、交代後のことを心配するのは当然なことでしょう。
しかしそれを考えたら死ぬまで続けなければなりません。

例えれば、自営業者さんとサラリーマンじゃないでしょうか。
自分より確かな後継者を育てて、バトンタッチできる人もいますが、経験年数の違いによる見えないスキルを越えていく後継者なんて、ほとんど居ないんじゃないでしょう。
そのため生涯現役なんてスペシャリストや主役を譲りながらも補佐役として、仕事場に立つ先代を見かけますよね。

その点、我々サラリーマンは後継者の有無にかかわらず、定年と言う仕切りで雇止めされる訳です。
管理人さんのNPOでも原則は1年契約じゃないんでしょうか。
そして間に合う人には、次年度の更新を求められるのだと思います。

中途半端な仕事ができないお人柄でしょうが、あと半年と決める方が充実すると思います。
細かな火花を散らした後にパッと大輪を描いて消えていくスターマインのように終われるなんて「男の美学」ですよ!
Posted by ロッキー at 2019年09月24日 12:03
コメントを書く
トラックバックの受付は終了しました

この記事へのトラックバック