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2019年07月28日

涙ボロボロと泣ける本「永遠のゼロ」と映画「アルキメデスの大戦」

昔、現役時代は自宅から一時間の横須賀線の通勤電車は、6時台後半にも関わらず、座れることは有りませんでした。
それでも、他の乗客の邪魔にならない、何時もの場所を確保することは出来、毎日通勤では文庫本を読んでいました。
その頃、評判になっていた浅田次郎の短編集「ぽっぽや(鉄道員)」のなかの「ラブレター」を読んでいて、不覚にも涙ボロボロ、止まりませんでした。

zero1.jpgストーリーは、元大企業サラリーマンの主人公は不祥事で責任をとり、新宿のヤクザに世話になっていました。
ある日、地元の刑事から「お前のカミサンが死んだから始末をつけろ」と云われ何のことか、初めは気が付きませんでしたが、以前頼まれて、戸籍を貸したことがありました。
見知らぬ中国人女性と戸籍上では結婚していたのです。
話の筋だけ言えば、吾郎は千葉の片田舎で売春婦として働いていた今まで会ったこともない戸籍上の妻の中国人女性の遺体を引き取って、お骨を彼の田舎、北海道の海沿いの寒村にある吾郎の家のお墓に入れることを決心するまでを描いています。

亡くなった千葉房総の地を訪ねると、その戸籍上の妻の中国人女性がか、書き残した吾郎に対する、感謝の言葉がたどたどしい日本語でつづられていました。
身よりもない日本で、毎日客を取らされ身体を壊し、衰弱していく身で、見ず知らずの私に戸籍を与えてくれ、妻にしてくれた吾郎さんに、切実と感謝の言葉と、写真でしか知らない吾郎を慕うことばが書かれているのです。
地元やくざからみれば、ただ単なる外国人売春婦の死、さっさ片付けてくれれば良いだけの話、なのですが、吾郎はその手紙を見て、生まれてこのかた誰にも感謝されたことがない自分に、飾る言葉などない素朴な言葉で感謝を伝え、あえなく死んでしまった戸籍上だけでも妻だった彼女に憐れみだけではない、ともすれば愛情のような感情を覚え、彼女のあまりにも切ない人生に慟哭してしまうのです。
この文庫本を通勤電車のドア近くのスペースで読んでいて、廻りの乗客の目を気にしながら涙が止まりませんでした。

あれから、もう30年以上経ったでしょうか、文庫本の文字が小さく、老眼が進み、なかなか本を読む機会は減っています。
つい最近、仕事現場のNPOセンターで、ボランティア資金を集める中古本ブックフェアーがあり、なにもない温泉旅館で、簡単に読める本を探していた時で、厚い文庫本「永遠のゼロ」が50円で売られていたのを手にしました。
作家はかなり右寄り思想の「百田尚樹」、「永遠のゼロ」は、映画で見て内容は知っていました。大戦末期の特攻を描いた、戦記もの、と云う認識でした。
旅行中の新幹線のなか、移動のバスのなかで読んでも、内容は既に知っている第二次大戦中の航空隊の戦記で、半分斜め読みして飛ばすような内容でした。

zero2.jpgストーリーは、終戦8月15日近く、「絶対に死なない、必ず妻と子供の元に帰る」と日ごろ語っていた、特攻隊指揮官「宮部久蔵」の孫が、自分の家族史を調べていくうちに、世に言われている「神風特攻隊」について、知っていく話です。
本が終わり近くなるまで、戦史ものとして捉えており、泣ける話は全くなかったのが、最後はカミサンのいない場所でボロボロ泣きに変わりました。
「宮部久蔵」は、数多くの若者を特攻戦士にする教師係だった、そして、陰で死ぬなと云い続けた。しかし、8月15日直前、遂にそんな教育係まで、特攻せざるを得ない状況に追い込まれ、一緒に出撃することになる。
「宮部久蔵」に割り当てられた航空機は、ベテランの飛行士が乗るとエンジンの不調を感知する、彼は、その航空機を部下の青年「大石」の乗る飛行機と交換する。
そして、「宮部久蔵」は散っていく。大石の乗った飛行機は、エンジントラブルを起こし、途中の島に不時着する、そして座席に残された教官「宮部久蔵」のメモ書きを発見する。

「もし、君が生き残ったら、私の妻と子供が困窮していたら影ながら助けてやって欲しい」と書かれていたのです。
ここらあたりから、エンディングに向かって、もう涙が止まりません。
ネタばらしになるので、これ以上は書きません。映画よりも実際の本を読んでください。

「永遠のゼロ」と「アルキメデスの大戦」への繋がり
zero3.jpg
「アルキメデスの大戦」の監督は山崎貴、 「永遠のゼロ」を撮った監督です。
「アルキメデスの大戦」のオープニングファーストシーンは戦艦大和の轟沈シーンです。
「永遠のゼロ」と「アルキメデスの大戦」に共通するテーマは、戦前の職業軍人・軍人官僚・軍隊・階級と云う組織です。
一般兵士・民間人とかけ離れた考え方が生み出す、戦争というものを痛烈に批判しています。
「アルキメデスの大戦」では、天才数学者青年が、数字を使って、今建造されようとしている、巨大戦艦の建造を阻止しようとするお話です。
論理的・数学的に海軍の大鑑巨砲主義理論を打ち破るのですが、結果的に戦艦「大和」は造られ、特攻として鹿児島沖に沈んでいくのです。
なぜ、「戦艦大和」は造られ、何故特攻として沈んだのか、映画のラストで明かされます。
でも、「アルキメデスの大戦」では泣けるシーンは全くありませんでした。

還暦を過ぎた頃から、涙腺がかなり緩くなっているのを実感しています。
昔、子供の頃、祖母と一緒にテレビの学園ドラマを見ていて、祖母が泣いていました。
エー、こんな決まりきったべたべたのスポーツ少年の話の何処が泣けるの?と不思議だったのを鮮明に覚えています。
泣くのは、精神的に良いと云われていますが・・・なかなか最近、泣ける本、泣ける映画がないな。
posted by 西沢 at 07:41| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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