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2017年12月19日

定年後はすてきな「終わった人」に

今朝の朝日新聞「Reライフ」に作家の内館牧子氏の談話が掲載されていました。
彼女が私と同じ69才と初めてしりました。
大相撲横綱審議会委員などをして、ズバズバと本音でトークする姿・印象から私よりずっと年上と思っていました。
タイトルの「終わった人」と云う言葉は、定年後の世代を傷つけ易い言葉だと思うのですが、記事を読んでみると、現在ベストセラーとか?
エリート銀行員の定年後とその妻を描いた内館牧子氏の小説の名で来年、映画化された6月公開されるそう・・・と何か朝日新聞の宣伝の影が見え隠れしているのですが・・・ともかく「終わった人」と云う言葉のの使い方のようです。

彼女が執筆を始めたのが65才。きっかけは同窓会。
60才を過ぎると急にそういう場が増える。そこで気づいた。一流大学を出た人も、中卒で働いてきた人も、着地は横一線なんだと。

六十代は「空腹の世代」
多くの場合、男女ともまだ体も頭も動く、まだやれるのに社会が認めてくれない、満たされない。
七十代以上は、終った今「成仏」出来るか?考えてみること。
一番まずいのは、終っているのに「終わっていない」と思っていること。

私たち、自分よりも年上の人たちを凌駕して第一線に出た。
今度は凌駕される番。まだ若いものに負けたくない、と思っても、世代交代の順番なのです。

本の紹介は
定年って生前葬だな。
衝撃的なこの一文から本書は始まる。
大手銀行の出世コースから子会社に出向させられ、そのまま定年を迎えた主人公・田代壮介。仕事一筋だった彼は途方に暮れる。
年下でまだ仕事をしている妻は旅行などにも乗り気ではない。図書館通いやジムで体を鍛えることは、いかにも年寄りじみていて抵抗がある。
どんな仕事でもいいから働きたいと職探しをしてみると、高学歴や立派な職歴がかえって邪魔をしてうまくいかない。
妻や娘は「恋でもしたら」などとけしかけるが、気になる女性がいたところで、そう思い通りになるものでもない。
これからどうする?
惑い、あがき続ける田代に安息の時は訪れるのか?
ある人物との出会いが、彼の運命の歯車を回す──。
シニア世代の今日的問題であり、現役世代にとっても将来避けられない普遍的テーマを描いた話題沸騰必至の問題作。


この本への読後コメントは様々です。

・立場が変われば「後ろつかえてんだから、居座んないでよッ」
・「どんな人にも(職業的)終わりは来る」「途中がどうあれ、終わってみれば人間大差ない」「(輝かしかった時の)思い出と戦っても勝てない」
・アンチエイジングよりは年相応がいいな、と無理をしている人を見るたびに思う。
・主人公は東大法科出のエリート銀行マンが出世競争の最終段階で敗れ、出向した子会社で63歳、役員定年を迎えた。お話としては読みやすく面白かった。けど、余裕のある人の悩みかなと思った。年金500万貰えて、貯金もあるなんて


来年、古稀を迎える私は、同じ世代の地域のリーダーに向けて、世代交代を訴え続けて来ていますが、「何を云うか!人生80才90才時代、俺たちがやらずして、誰がやるか、誰が出来るか」と反発を喰っています。
「綺麗に枯れていく」なんてしたくない。他人から見てみっともない、と思われようが、今の毎日の仕事、小遣い稼ぎ、生き甲斐にしがみ付く70代はますます増えて行くのが、私の周りの現状です。
まだ私は辛うじて、60代、来年古稀の70才を迎えた時、「終わった人」をどう演じていくか、まだ分りません。
posted by 西沢 at 08:34| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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