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2019年01月24日

ネット上の友人との初めて会う、鎌倉でのOFF会

退職直後に入学・学習したwebエンジニアクラスの卒業制作として、「海外ロングステイと定年後過ごし方」 と云うサイト・ホームページを立ち上げました。
定年退職した或いはこれからする、日本のサラリーマン、特に同じの世代に向けた情報発信と、交流の場として 一方的な発信だけではなく、自由な投稿、意見交換の場として、多少の管理リスクや手間がありますが、 BBS・掲示投稿板を造りました。
bbs.png
16年前、当時は今のような、フェーブックもツイッターもインスタもラインない時代、知らない、会ったこともない 人との交流の場は、掲示板だけでした。
ネット上で交流はインターネット回線を繋いだつまりON状態に対して、実際にFace to Facesでお相手お会いする、 ネット回線をoffにした状態なので、オフ会と呼ばれています。
掲示板に訪れる人も増え、何年か経過するうちに、この掲示板をで知り合った同志のオフ会が中京地区で行われる、 その時の様子が、主催幹事さんからご報告をいただいたこともあります。
やがて、私の住む関東首都圏、横浜・湘南地区でもオフ会開催のお話も持ち上がり、掲示板管理人の私への参加 お誘いがありましたが、掲示板管理と云うある種の絶対的権限を持つ人間としては、あくまでも影の存在である べきとして、ご辞退した経過がありました。




数年前、ハワイにお住まいの同年代の男性の方から、日本に行くので是非一度お会いしたいと云うメールを いただきました。そのお便りには、会ってみたいと云う内容がありました。
私が、南米アルゼンチンに向かう時に乗船した「ブラジル丸」にその方もアメリカに向かう為に乗船しており、 アメリカで起業し、ある程度の成功を収め、仕事を畳み、現在ホノルル、高級住宅地に住まいを建てて住んでおり 私と同じような人生を歩んでいると:leftのお話でした。
基本的には、掲示板の管理者としてオフ会の参加はご遠慮しているのですが、お住まいが当時私が頻繁に通って いたホノルルであることから、何かしらの新しい情報やら、その方の生き方・人生に興味が惹かれたのでした。

01290122-4.jpg■ 実際にお会いしてみて
少しがっかりしました。
相手のかたのお話は、一言で云えば「自慢話」・「武勇伝」だけなのです。
私が期待していたのは、同じ昭和・平成の時代を生きて来た、団塊世代の定年後の生き方やらに、共感するような お話でしたが、全く一方的な内容だけでした。
お会いする前からある程度の予想はしていました。
昭和の高度経済成長の黎明期、単身アメリカに渡り、事業で成功し、仕事を畳んでホノルルで60代の老後を 過ごす方ですから、私たちのサラリーマン人生と違って、かなりのやり手の男性とは思ってはいたのでずが、 まさに想像していたとおり方でした。
この方との出会いが最初で最後ののオフ会でした。
2019年の年が明けて、私のサイトに度々実際に海外でロングステイを実践し、情報・紀行文をお寄せになる 地方在住の方からメールが有り、今回、関東首都圏に用事があり、半日だけ余裕があるので、割り勘ランチでも 如何と内容でした。
前述のように、掲示板の管理人はあくまでも絶対、中立の立場です。
個人的にお会いし、知合うことには抵抗がありましたし、私のイメージ・行きかたはもしかすると、相手の方が 持っているものと違うこともあるのを恐れていたのです。が、しかし、この方だけは特別です。
書かれている文章の内容、書き方、ロングステイのスタイルから察しは尽きます。
前述の方のように、自分の自慢話をしたくて来るのではなく、昔ながら旧友に、近くまできたからランチでも どう、と云うのがはっきり解ります。


20190122-2.jpg■ まるで学生時代の同級生との再会のよう
ご本人にお会いしたのは、自宅のマンション前でした。
カミサンはこの日、鎌倉の名画座へ出かけて留守でしたが、「ネット上で知り合った人と自宅前で会うのに危険では ないの?」とネット音痴にしては珍しく真っ当なことを云います。しかし、「僕も長年ネット上で掲示板を運営しているから、投稿記事 を読めば、どんな人物、考え方の人かは解る、心配しなくても良いよ」と答えました。
私は、一度だけネット上で自分が写っているややピントの甘い集合写真を公開していますので、彼は私を知っている のですが、私はその方の顔を知りませんでしたが、体形は別にして、イメージ通りの方でした。
先ず、自宅近所の人気のこじんまりとした家庭料理レストランで食事しました。
話て見て思っていた通りの人物であり、お互いに歩んできた人生が不思議なほどシンクロしているのにびっくりしました。 生まれたのも昭和23年の2月と3月の三男、現役時代の仕事は彼は発注元の設計屋さん、私はそれを請け負う建築屋、 結婚の話になり、70年代半ば式を挙げたのが、今を時代の最先端を行く「星野やグループ」の発祥の地、軽井沢の 高原教会というのです。あの時代、結婚式の費用を節約してこれからの新婚生活に生かそうという発想を、私たち二人 は、持っていたのです。

01290122-3.jpg■ お天気の良い日、半日鎌倉散歩
彼は退職しから、海外ロングステイ・国内二地域生活を実践し、地域のボランティアに積極的に参加し、 身体を動か地元に貢献しながら若干の収入を得、自分の老後、終末を伴侶と話すという生活をしています。
二人で似た者同士ですね。と笑って話しました。
質問したことには適格に答え、自分からは聞かれないことは話さない。
今、鎌倉のNPOでお会いする、リタイヤシニアの方とは違っていました。
この日の鎌倉は、お天気が良く、真っ青な青空には雲一つなく、インスタ映えする一日でした。
鎌倉の定番、江ノ電で長谷まで行き、歩いて鎌倉大仏の高徳院から、鶴岡八幡宮へと廻り、地元の大船の 湘南のアメ横と呼ばれる庶民的な仲通商店街の一角にある、シニアに人気のカフェで積もる話で過ごし、 彼は、次の目的地箱根湯本へと旅立っていきました。
楽しい、充実した、有意義な一日でした。
posted by 西沢 at 07:57| Comment(1) | TrackBack(0) | シニアライフ
この記事へのコメント
私の場合、掲示板を通して、気さくにお酒を飲める友人をつくる事ができました。大変感謝しております。
Posted by Taibun at 2019年01月25日 09:59
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