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2018年10月30日

家族葬が中心の都会と、田舎の地縁・血縁重視の葬儀のやり方

前日のブログの続きです。
chouden.jpg二日目の告別式でも、私の都会と出身地の葬儀関係の知識がひっくりかえるよう出来事ばかりです。92才、老衰の義母の告別式へ弔電が沢山届いており、葬儀の際に全て読み上げるのです。
地元出身の国会、県議会、市議会の議員や、元市長までの弔電が10通近くあるのです。
特別義母や喪主の関係ではないようで、葬儀会館からこれらの議員に亡くなられた情報が伝わっているようです。
確かに良い合法的に政治活動になります、葬儀会館で確実に数10人から数百人のひとに名前が伝わり、その費用は台紙無料のお悔やみ電報なの1000円以下ですから。
これ等お悔やみ電報のなかに、「ヤマダ電機取締役社長」のものもありました。
亡くなった母親の孫がヤマダの正社員のせいもありますが、あの大会社の社長がわざわざ一社員にしているのではなく、ヤマダ電機では、社員の忌引きが申請されると自動的に弔電を送っているようです。
これも政治家と同じく、安い・確実な宣伝方法の一つとして捉えたほうが良いでしよう。

前日のお通夜の後、喪主である三女のご主人から、翌日の告別式の後の出棺の際の、参列者に対するご挨拶を頼まれました。
エー、それって喪主の務め、役割ではないの?と思って聞き返すと、この土地では、喪主は悲しみに沈んで喪に服しているので親族の誰かが代ってご挨拶するのだと云われ、三人姉妹の次女の夫である私が、することになりました。
そして、渡されたのが葬儀会社が造った、例文でした。

私は、現在の仕事関連で大勢のの方々を前ご挨拶するには比較的慣れていますので、例文・メモは必要なありません一応、頭の中でお話する内容だけは前日考えて、お礼のご挨拶をしました。

本日は日曜日でお天気も良く、皆様には何かとご予定がありましたのに関わらず、亡き○○の告別にご来場賜りまして、有難うございます。
喪主に代り、親族を代表しまして、ご挨拶申し上げます。私は、故○○の次女、故郷をはなれ、現在神奈川県鎌倉に住まう××の連れ合いです。

私が初めて故○○にお会いしたのは、妻との結婚のお許しをいただくため、この地を訪れました時です。あの時妻は25才、昭和元年生まれの○○は、当時52才と云う若さでした。
あの当時の写真はこの会場の入り口に、○○さんのアルバムとして展示しています。
○○さんのご主人亡き■■さんをハワイにご招待した時の姿、お隣の実の姉▲▲とん一緒に我が家に遊びにきてくれ、横浜の中華街で撮られた二人姉妹の写真。
私のなかの○○さんは、今でのあの当時のままで残っています。

最後に○○さんにお会いしたのは、今年の夏、骨折し入院していた大学病院病院にお見舞いに行った時です。ベットの○○さんは、髪の毛こそ真っ白になつてはいたものの、顔つやは昔と変わりなく、食欲もあり、何よりも声が全く40年前と変わらないのに驚き、それを云うと「私は声だけは元気」と云ってました。
この先、後100才までも生きるのではないかと思っておりましたが、先週の日曜日、天寿を全うして旅だっていきました。
亡くなったと云う訃報を聞き、直ぐに思ったのは、昭和元年生まれということでした。

昭和元年生まれ・・・と云えば、青春時代はあの第二次世界大戦真っただ中です。
長女は昭和24年、私の連れ合いの次女は昭和26年生まれです。三女は昭和29年生まれです。
あの、戦後の時代を3人の女の子を一生懸命に育ててきた、○○さんの20代を思うと、涙が滲みました。

悲しみに包まれているなか、小さな奇跡が起こりました
mago.jpg○○さんの4人の孫のなかで唯一の女の子、一番かわいがっていたA子が、その4日後嫁ぎ先で男の子を出産しました。輪廻転生と云う仏教の考え方をそのまま、信じる訳ではではありませんが、何かしらの縁(えにし)を感じずにいられません。
○○さんの思い出は、何時の日か皆様のなかから消えていくのは、必然ですが、新しい命が、この地に誕生し、皆様のコミュニテイの育って行くのを、どうか温かい目で見守って下さるようお願いして、今回のご挨拶とさせていただきます。





koden.jpgこの後、火葬場に出棺ですが、遠隔地から参列しました、私たち夫婦はこの斎場でお見送りをして、今回の葬儀は終わりました。
残った親族・ご近所の参列者はこの後、35日の法要がまだ残っており、その後の「お斎」を含め結局全て終わったのは、夜の8時でした。
細かい話になりますが、この地方の葬式では、通夜・告別式に続いて35日法要(私の田舎では初七日法要)と、その都度合計3回のお香典を包むようで、私たち多少疑問を持ちましたが、霊前に供えて帰郷しました。

確かに、退職・年金生活に入る時に、年間の冠婚葬祭費を推定し、設定していましたが、今年2度目の親族の葬儀です。都会からの交通費、思いもかけない出費は、私たちの冠婚葬祭予算は大幅にオーバーしました。
その分は、自分たち二人の娯楽費・旅行費を削ったのは当然のことでした。
posted by 西沢 at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | (カテゴリーなし)
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