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2018年10月17日

松任谷由実ユーミンの菊池寛賞受賞

朝日新聞の天声人語の書き写しを続けて半年になます。
あまりにも漢字が書けないのと、老化防止、認知症防止で始めました。
毎朝、昨日の日記をパソコンで書いた後、朝日新聞の書き写しノートに30分向かって、原稿用紙ノートに書き写ししており。昨日のコラムは、松任谷由実の菊池寛賞受賞についてでした。

菊池寛賞とは

昭和27年、小説家で文藝春秋創業者・菊池寛が日本文化の各方面に遺した功績を記念するための賞として創設。文学、映画・演劇、新聞、放送などの文化活動で創造的業績をあげた個人・団体に贈られる。
今年度の『第66回菊池寛賞』は(日本文学振興会)が10日、発表され、シンガー・ソングライターの松任谷由実(64)が受賞したことが明らかになった。
受賞理由については、「1972年、大学時代の衝撃的なデビュー以来、その高い音楽性と同時代の女性心理を巧みにすくいあげた歌詞は、世代を超えて広くそして長く愛され、日本人の新たな心象風景を作り上げた」としている。


yumin.jpgユーミンは、地方から東京に出て来た当時の青年にとっては、都会の女性のシンボルでした。
私たちの世代は男と女の間の距離は、歌謡曲の世界とは違い、ごく身近な学生街や映画館や四畳半の世界を歌ったフォークソングの世界そのものでした。

松山千春の歌"恋"の歌詞の世界、中島みゆきのおんなの恨み節"わかれうた"、そして神田川は全く自分の置かれている環境と一緒であった四畳半の青春時代・・・を過ごした私にとって、ユーミンの歌う、湿気を感じられない恋の内容は別世界、都会、アーバンの世界であり、憧れでもありました。

中央フリウェーは、この頃仕事の関係で新宿の事務所を拠点にして、当時多摩地区にどんどんと大学キャンパスが建設しており、毎日のようにこの歌にある中央高速を走っていました。歌詞のとおり、「右手には競馬場、左手にはビール工場この道はまるで滑走路」
ルージュの伝言では、この歌は都会の女性の唄だとはっきり感じました。
今まで、私たちの身近にある、歌謡曲・フォークソング・ニューミュージックにはない歌詞、それは私たちの間では、母・母親・おふくろと呼んでいる存在が、彼女の唄のなかでは「ママ」なんです。
そして、舞台は横浜、山手のレストランです。
『海を見ていた午後』では、ソーダ―水のなかを貨物船がとおり、小さなアワも恋のように消えていくのです。池袋や新宿と違う世界・・・。

横浜・逗子・鎌倉・湘南そして、飯倉、六本木、東京タワーが歌詞に登場しなくても、ユーミンの歌の背景には、都会と青い、陽光の注ぐ海とアーバンな東京の世界があるのです。
そんな世界に憧れもしましたが、今一緒に暮らしている伴侶は、ユーミンの歌う都会の女性ではなく、地方出の若者にとって、背伸びせず、肩ひじを張らなくても、無理なく暮らせる、やはり地方出身の女性です。

あのユーミンの歌の時代からもう40年が経ちました。
今の若者はどんな恋歌を口ずさんでいるのでしょうか?

posted by 西沢 at 07:51| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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