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2018年09月22日

サラリーマンのまち新橋「NHKドキュメント72時間」

金曜日夜のNHK番組「ドキュメント72時間」は毎回みています。
昨夜は現役時代を過ごした「サラリーマンのまち」新橋駅構内のジューススタンドでした。
このジューススタンドに立ち寄る人々の生活・行動をいきいきと映し出していました。

sl.jpgTVの街頭インタービューと云う必ず登場するのが、新橋駅西口のSL広場です。
大都市東京の一般の方への政治・経済・トレンドの話題についての意見・感想・考えを拾い上げる場所がどうして「新橋」なのか?
東京駅、新宿、渋谷、では不都合なのか?
新橋が一番、平均的な日本人の考えを反映しているのか?

想像してみるに、東京駅・大手町は日本の大企業が集中しており、平均的なサラリーマンとは云えないのでは。新宿・渋谷は、人口構成からみて、若者比率が高すぎる。
新橋はそういった比率からみて、一番平均的なのかも知れない。
一番大きな要素としては、車道・公道に面していない「SL広場」があり、取材・インタビューに適しているのではないかと、推測していました。

しかし、実際に新橋周辺でずっと働いていてみて、
本当に平均的なサラリーマン像なのか?
新橋駅周辺に限ると、確かに大企業の本社はかつてはなかったのですが、汐留跡地再開発の多くの大企業の重要事業部が入る大きなビルが建てられました。電通・パナソニック・日テレなど多数あります。
それ以前に、新橋の先には、虎ノ門・内幸町のビジネス街がありその先は、霞が関官庁街があるのです。所得層からみると日本の、否や東京の全サラリーマン平均よりはかなり高額と思えます。

世代・年齢層では、お台場へルート「ゆりかもめ」が新橋起点となってからは、明らかに新橋駅の乗降客の年齢層が変化しました。若者と外国人が急増しています。
銀座・日比谷への最寄り駅は、有楽町ですが、足の便の良い(東海道線・横須賀線・上野東京ラインが停まる)新橋を使う人も多いのです。
かつて、私が働きだした70年代半ばは、確かに平均的な日本のサラリーマンが行き来する街でした。駅周辺は飲み屋・パチンコ屋が多く、周辺は雑居テナントビルが立ち並び、サラリーマン相手の間口の小さなお店が沢山は入っていました。

私の日本でのサラリーマン人生は、このまち新橋でスタートして、新橋で退職を迎えました。
20代半ばアルゼンチンから戻って、最初に降り立ったのが新橋でした。
専門学校夜間部再入学する為に、昼間の仕事と住まいとして選んだのが、築地市場でした。
築地は地下鉄日比谷線なのですが、専門学校に通う為にはJRなので、毎日築地からこの新橋駅に通っていました。
夜の食事は、毎日、新橋駅周辺の安い定食屋さんでした。
専門学校卒業して、入った会社での最初の仕事が、駅前「ニュー新橋ビルの設備更新の為の調査資料の作成」と、その後工事を担当したのが私の日本でのサラリーマン人生のスタートでした。

その後サラリーマンとしての仕事は、新宿周辺の超高層ビル建設が主となりしばらく新橋駅とは縁遠くなりましたが、退職前の7年間は、再び新橋に戻ってきました。
内幸町・霞が関・虎ノ門地域の大型ビルのリニューアルを担当して、毎日朝新橋駅を降り、現場に向かい、深夜、アルコールの匂う最終電車で帰宅する日々でした。
最後は、JRの横須賀線地下区間品川・錦糸町間の横須賀線地下駅とトンネル内の空調設備の中央監視システムリニューアルで、私のサラリーマン人生は終わりました。

これまで何度もSL広場での街頭インタビューを見かけましたが、一度もインタビューされたことは有りません。
ニュー新橋ビルは、耐震化を不安視されていますが、現在も会社名は変っても、後輩たちが地下深くで働いています。
NHKドキュメント72時間の舞台の「ジューススタンド」は知っていましたが、一度も利用したことはありませんでした。
鎌倉に住まいを映してからはなかなか、新橋に降りる機会はないものの、一度は懐かしいまちに降り立ってみようと思ってTV画面をみていました。
posted by 西沢 at 09:39| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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