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2018年05月27日

日大の危機、アメフト問題の処理、出でよ平成の秋田明大

TVニュースで毎日報道されている「日大アメフト」問題を見ていると、対応する日大のアメフト監督も、広報担当者も日大学長もそして日大理事長も全て、シニア層、私たち団塊世代の少し後の六十代半ばと見受けられます。彼らに共通してみられるのが、メディアの持つ力、特にネットメディア・フェスブツク・ツイターユーチューブなどの情報発信力、拡散力を甘くみていた、或いはこの方たちはこれらのメディアをこの問題が起きる前に見たことがなかったのでしょう。

肉体コンタクトスポーツ競技では普通にある、重要ポジションの相手選手をマークし、潰すは正当な戦術でありこれを批判されるとは思ってもみなかったことでしょうし、これまでにも何度もこれに近いことは多々あったのに、何を今更・・・という気持ちを捨てきれないと想像します。

しかし、今はそのラフプレーを誰でもか、何度も再現動画として見れることをこのシニア方々は知らなかったのです。問題は、この件をただのコンタクトスポーツ上の一連の対応を選手のせいにして、大学全体が自分たちの保身に走ったせいです。大学組織のトップの理事長は俺は相撲部で、アメフトのやった事は知らない、と云い切り、アメフト監督はコーチ・選手のせいにし、日大の顔の広報担当者も誠実に向き合おうとしなかったのが原因です。
ネット上の日大タタキは時が過ぎれば沈静化するだろうと、甘く見ていたのでしょう。

これらの日大の対応を見ていて、団塊世代の私たちは学生時代の起きた「日大江古田の200mデモ」の秋田明大の名を思いだしました。
世の中早稲田・東大などの大学で学生運動が盛んにおこなわれていた頃、ボ大と揶揄されていた
日大では、構内でビラ配りも許されていなかった時代に、大学の不正経理究明を求めて、日大の学生が江古田校舎のデモしたのです。たった一日も200mのデモでしたが、大学側はこれに反発し、体育会の学生や外部警察官の介入させて今までノンポリだった日大生は急速に意識を改めだし、日本全体の大学学生運動と広がり、東大安田講堂へと繋がって行きました。

この時のリーダーが秋田明大です。
彼はその後、機動隊との衝突で死亡した警察官事件の首謀者として収監され、故郷にもどり学生運動・政治活動からは離れて世間と距離を置いた生活をしています。1947年生まれの団塊世代ですから今年71才のはずです。
今でも当時の世相を表している、ユーミン作詞の歌を思い出している団塊世代は多いです。

当時流行ったばんばひろふみの「イチゴ白書をもう一度」の歌詞
就職が決まって髪を切った時
もう若くはないさと、君に言い訳したね。
君もみるだろうか「イチゴ白書」を
二人だけのメモリィ どこかでもう一度



日大アメフト問題はもう、大学側だけで解決する問題ではなくなっています。
先ずは、日大の学生が声を上げなくてはいけません。
あの時の地方から出て来た、無名だった秋田明大のように。
団塊世代のオジサンは見守ってみています。



posted by 西沢 at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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