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2018年04月03日

終の棲家探しの初めは、都内北区と十条銀座廻りを歩く

二月に古稀を迎えて、以前よりの計画・思惑どおり終の棲家について、真剣に考え始めました。
今の鎌倉の住まいが気に入らない訳ではありません。
むしろ大変気に入っているのですが・・・・
終の棲家について、考え始めた理由が多々あります。

azuka01.jpg大きな理由の一つは
私たちには子供がいないので、私が逝き、カミサンが逝くと、この現在の家は空き家となり、法定相続人のお互いの兄弟やその子供たちが相続するのですが、確実に数千万
を残すことになり、正直勿体ないと、考えてしまいます。
理想の逝き方は、葬式と後片付けをしたら、二人の共有財産が限りなくゼロに近くなっていることなのです。
しかし、齢、70才を過ぎた夫婦がこの先不透明な賃貸に住まうのは不安・抵抗感があります。
そこで、現在の80平米超、立地の良いマンションを売って、65平米程度の老夫婦にちょうど良い広さの中古マンションを購入しよう、さすれば、引っ越し、リフォームした後に、少なくとも1,000万以上は残り私が逝った後も現在よりもかなり余裕ある生活が出来、カミサンはそこに住み続け、最後はその中古マンションと幾ばくかの現金が残れば良い・・・と云う考えです。

理由の二つ目は、介護の問題です。
今回の信州の長兄の介護と死でいろいろ学びました。
子供のいない田舎から出て来て都会に暮らす夫婦の場合、頼るのは伴侶だけです。
99%私の方が先に逝くので、頼れる相手はカミサンですが、後に残されたカミサンにとって頼れるのは、三姉妹の埼玉に住む長女とその息子二人、末妹は北関東ですから、そう簡単に頼ることは出来ません。
今回の長兄の場合、当然行政のお世話になったり、訪問看護のお世話にもなりましたが、やはり、メインは地元に住む次兄と姉でした。近くに住んでいたから出来たこと、病が末期がん、ステージ4と先がみえていたから出来たこと
なのでしょうが・・・、これが脳梗塞とか心臓系の病、そして認知症系でしたら、先が見えない長期介護となり次兄・姉だけで済んだかどうか、解りません。
カミサン一人になったら、出来るだけ長女の家の近くが良いのではと考えてきました。

azuka02.jpg4月、桜が満開になり散り始めた日、都内の桜の名所見物がてら、終の住まいの候補地の一つ、埼玉の実家から近い、電車で2〜3駅程度の都内、桜の名所の「飛鳥山」王子駅からスタートしました。飛鳥山公園の桜はチラホラ散り始めていましたが、このシーズンの最終日曜日とあってとても賑やかでした。
公園の桜を見物中、大手デペロッパーのブースで新築マンションの紹介をしていたので、覗いて話を聞くと、そのマンションは、バスで15分程度の墨田川沿いの元工場跡地に計画中だそうです。
価格帯は70平米で5〜6000マンが中心とのことで、私たちの条件をはるかに超えていました。
大病院、庶民的な商店街も、大型ショッピングモールもない場所、若い世代向けの地域です。

次の目的地は、この日の本命の十条です。
azuka03.jpg長女の住む駅から3駅、ターミナル駅から一駅のこじんまりとした駅前で少し安心しました。
この町には都内の下町商店街としてマスコミに取り上げられる、「砂町銀座商店街」・「戸越銀座商店街」と並ぶ「十条銀座商店街」があり、先月もNHKのドキュメント番組「72時間」で取り上げられていた、格安下着ショップがあるところです。

長い商店街を歩いて見て、TVで取り上げるほどの物価の安さとか、庶民性はそれほど感じられませんでした。私たちが毎日買い物をしている「大船仲通り商店街」のほうがもしかすると安いかもしれません。
それと、この商店街の近くには、大船のような大型スーパーはないのです。
主婦としては、庶民的な商店街と一度に買い物が出来、豊富な商品、品揃えの大型スーパーは同時存在なのです。

裏通りを歩いても、全く緑の風景がありません。
子供たちの遊ぶ姿もありません。
中程度のマンションが隙間なく並ぶ灰色の風景。
この街に住むイメージが全く湧いてきませんでした。

私たちの終の棲家探しの第一回目は、ほぼこうして終えました。
70才を超えてから住まいの買い替え・転居は、重労働、負担なのは重々承知しています。
不動産関係者の話では、東京オリンピックが終わるまで、様子見状態とのこと。
2012年、私は72才、カミサンは69才。私が生きているかどうか、確率70%と自己分析しています。
posted by 西沢 at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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