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2018年03月30日

49日・納骨を終え、兄からの思わぬ遺産相続プレゼント

49day.jpg一月に亡くなった兄の49日の法要と納骨を、春のお彼岸が過ぎ、市民霊園までの山道の雪が無くなり車が通れるのを待って、北信濃の実家で行われました。
昨年の5月に中学校の同級会が開かれるのを機会に帰省した時、長兄の入院手術と云うので前日に見舞いに行き直腸がんを初めてしらされました。
その後、ステージ4の末期が判明し、余命半年が宣言され、8ケ月でキリスト教系ホスピスで心温かいスタッフに囲まれて逝きました。

生涯独身の上、職を転々として40代に東京首都圏から生まれ育った信州に戻った長兄は、両親の亡くなった後の兄弟の間では少ない親族ではあるものの、一人暮らし、経済力のない「困った寅さん的」存在でした。
もし、病気になって、寝たきりや、認知症などなった時、共に高齢化し、年金生活の兄姉でどうやって介護、経済的に支えていくか不安でした。

生活保護を受けるには中途半端の貯蓄があったようと聞いていました。
今回5月にステージ4宣告後、市民病院で三か月の入院と、ホスピスのお試し入院、最後の二週間の入院の費用は、長兄の老後の貯金で十分賄い出来、彼自身のお葬式も賄いきれました。
そして、差し引き、72才の生涯独身、未婚、一人暮らしアパート暮らしの年金ライフの男性としては少ないものの、幾らか銀行口座に残りました。

今回の49日を機会に、姉・兄・私でこの兄の遺産について話し合いました。
基本的に、私は受け取りを遠慮すると申し出ました。
信州に暮らす、姉と兄が半月以上づっと訪問看護やヘルパーさんが来てくれるにしても、毎日何らかの形でアパートを訪れ、世話を続けてきました。
私とは云えば遠く離れた場所で暮らし、必要最小限の時に日帰りで来る程度でしたから、兄の残した例え少額であっても、遠慮すると申し出ていましたが、湘南と信州の間の交通費とプラス程度は渡したいと、云う申し出てがあり、いただきました。

結局数百万程度の長兄預金が残りました。
私はこれから亡き父・母そして、今回の長兄の慰霊やお寺さんのお付き合いがあるし、次兄の代だけではなく、二人の子供の代まで、家を継ぐものの責務として残るので、割合は次兄5、長く長兄の介護をしきた姉3にし、私は2と云う申し出を依然にして、この案でまとまりました。

金額的に、夫婦二人でちょっと豪華な海外旅行をすれば終わってしまう程度の金額です。
でも、全く予期も予定もしていなかった金額ですので、どうしようかとカミサンと二人で話し合いました。
案1,老後資金として組み入れ当座使わない。
案2,旅行予算に組み込み、二人でちょっと贅沢な国内旅行数回分とする。
案3,二人で均等に山分け、お互いに干渉しない小遣いとする。


長兄のちょつとしたプレゼントはの結末は・・・案3でした。
posted by 西沢 at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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