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2018年02月19日

老害は他人事ではない、団塊世代は世代交代の時期を再認識しなくては。

一昨日も会議でした。
退職後に移り住んで最初にボランティとして、市民活動サポートする鎌倉のNPOに参加した時は、私は55才でした。
それまで、地域コミュニティの市民活動を支えていたのは主に女性でした。
やがて、団塊世代の退職と共に地元コミュニティを支えるのは、生き甲斐を求める退職男性が急激に増えていくのですが、私が加入した当時はまだ少なく、55才、コンピュータープログラム知識やグラフィクデザインの経験者、そして経済的には働かずに
済む私の存在は、地域のNPOには絶好の人材として大歓迎で受け入れられました。

あれから15年、私も今年で「古来稀なり」と云われる齢になります。
一昨日のボランティア会員の会議には31名の出席がありました。
全会員90名の中の1/3です。
各セクションの正副リーダー、理事会・事務局のメンバーが参加しました。
着席して見回してみると、15年前は出席者の半数が女性だったのに比べ、8割がた男性です。
その男性の年齢は、私たち団塊世代が過半数を占め、その他の男性は新規会員の三名を除き、全て私よりも上の70代前半から後半、なかには80代の方もいらっしいます。

理事会・各部門のリーダー、副リーダーは全員が古稀を超えています。
私はこの会議で、今年、古稀を迎えるので、世代交代の必要性を発言し、今年いっぱいで現場から退く旨をお伝えしたのですが、大反発がありました。
曰く、昔と違って70代は若く、現役であり続けられる。
曰く、70代には、これまでボランティアを積み重ねて来た、経験・知識・人脈がある。
曰く、この年で現場を退くと呆けてしまう。
曰く、自分たちに代わる人材はいるのか?
曰く、鎌倉は他の都市とは異なる、日本の市民活動をリードしてきたのは、私たち鎌倉市民だ


私が云いたいのは、確かに皆さんの経験・知識はまだ必要ですが、リーダーである必要はないのです。トップ・リーダーから一歩身を退いて、次世代のサポートに廻れば良いのです。
皆さん、自分は若い、まだまだ出来ると思っていても、外部から見れば70才は確実に”お爺さん”なんです。社会・世間を見る目、判断の基準、センス、全てを自分の世代を通してからしか見れないことを認識しなくてはならないのです。

kurosawa.jpg広報の立場から云うと、フェイスブックもツィターもインスタも解らない世代の方がリーダーであってはならないのです。
このままでは「老害」と云われてしまいます。
日本の一部上場企業のトップの平均年齢を知ってますか?
安倍政権の閣僚の平均年齢を知ってますか?
どんなに社会ニーズを汲んで成長してきた企業でも20〜25年経過すると、その事業のニーズを見直ししなくてはいけないとと云うことを知っていますか?
あの名監督「黒澤明」(1910年〜1998年)の晩年の評価を知っていますか?
どですかでん(1970年60才)、デルス・ウザーラ(1975年65才)あたりで才能を過信して別分野の映画つまづき、影武者(1980年70才)・乱(1985年75才)で周囲の仲間の助言で元に戻し、少し反省したのに晩年の作品、夢(1990年80才)・八月の狂詩曲(1991年81才)・まあだだよ(1993年82才)では憐れみ持って見られたのを本人は知っていたのでしょうか?

猛反発の攻撃を受けました。
老人・高齢者を厄介者扱いする日本社会はおかしい。
この組織は俺たちが苦労してここまで造ってきたのだ、若造に何が解るか。
高齢者のいきがい、仕事を奪うな。
あっそう、では勝手にして下さい。私は別の方向に行きます。

私は70才でこのボランティア組織を退き、以前から親しかった介護・福祉系の団体のサポートに廻る計画、予定でした。この団体のホームページ支援が切っ掛けです。代表者は当初、私のような人が来てくれれば大助かり、会も活性化すると、当時の事務局長も喜んでいたのですが、最近会って聞くと、82才のなる代表者は全く退く意思は見せず、生涯現役でありたいと公言して
おり、新規会員も少なく、どんどん高齢化が進んでおり、消滅は時間の問題と話てします。

定年後の高齢者シニアの世界では、老害が進み、大きな問題となっているのです。
posted by 西沢 at 08:35| Comment(0) | TrackBack(0) | シニアライフ
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