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幸せマネージメント 太田空真(生活デザイン研究所)

多くの定年退職者を対象とした調査データが発表されている。しかし、定年退職後の夫のプランは、妻の協力が無ければ、達成できないという現実がそこにある。

豊かな定年後をすごすために、「夫婦」という単位で志向しながら、本ブログを進行していこうと思う。

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平等が尊重される”良い時代” [2006年06月10日(土)]
CANAPANブログ祭りで、お会いした峰松大介さん からコメントを頂いた。

太田さま、先日はブログ祭りにて、お話し聞かせていただきありがとうございました!太田さまと直接お話しができて、本当に光栄でした!佐賀県の峰松大介でございます。現在30歳です。

僕は勉強不足であまり難しいことは分からないのですが、思うことを書かせていただきます。

「主人在宅ストレス症候群」・・。その名前を見たとき、驚きで言葉もありませんでした。

僕は、結婚を約束している人がいるのですが、本当に大切にしたいと思っています。でも、たとえばさち子さんのご主人も、もちろん最初そのように思われてたでしょうし、みんな、相手を大切に思って結婚するでしょうしね。

でも、久米信行さんのコメントを拝見させていただいて、僕もそうなのかなと思いました。久米さんの下記のコメントの部分です。

若ければ若いほど、女性にやさしいというか、女性が強いというか。男性も頑張って当たり前、女性を尊重して当たり前...という感覚を持っているのではないかと思うのです。 (久米信行さんのコメントより)

僕の同世代の友人もみんな、女性を尊重することが当たり前で、あえて議論することもないくらい、女性と平等というのが当たり前という感覚です。

それに、久米さんがおっしゃるように、「もはや威張れる余地もなさそう」ですね、確かに僕も・・、するどいです(笑)

ですので、『主人在宅ストレス症候群』という言葉を聞いたとき、すごい衝撃をうけました。何か、考えさせられるものがありました・・。

今度友人ともこの話題について、話し合ってみようと思います。ありがとうございました。
峰松大介



これを読んでさち子さんからコメントがきた。

感動しました!(峰松大介さんのコメント)読んでいて嬉しくなりました。

>「主人在宅ストレス症候群」・・。その名前を見たとき、驚きで言葉もありませんでした。
ご存知無くて幸い。若いお方はまっすぐ前を向いて進んで頂きたい。

>僕は、結婚を約束している人がいるのですが、本当に大切にしたいと思っています。
 素敵です!そういうお方は必ず「よい家庭」が築けます。

 確実に変化している、お互いが平等に尊重される”良い時代”がもう すぐそこまで来ている、そんなふうに感じられました


このブログでは、そろそろ「主人在宅ストレス症候群」から、次のテーマに移行しようと思う。
来週からは、「夫婦の自立」をテーマに考えてみたいと思っている。


モラル・ハラスメント [2006年06月08日(木)]

さち子さんから、連絡が来た。

全く予想できなかったことですが。

アドバイス、心のこもった励ましのコメントを拝見しているうちになぜか、”夫の弁解”をしたくなりました。夫は決して「大悪人」ではありません。

夫の年代の人たち(要するに男性)は、「その時代の意識の変化」を、読み取ることができないのです。(女性は敏感に感じ取りますが。)

夫の在宅→妻がうつ病という「構図」に、より非常に私が同情されやすい立場ですが、それでは「平等」の原則から離れるのではないでしょうか。

私は夫の退職後1年で、「摂食障害」から激ヤセして、「うつ病」と診断されました。

今年で9年目、まだ抗うつ剤服用で通院もしています。でも「夫が家にいる」という状態にもだいぶ慣れてきました。

私は夫より恵まれています。こうして「ブログ」などという世界も知ることができ、私の気持ちも真剣に受け止めていただけて、(夫はこういうことはまったくできません)あまり優越感におぼれてはよくありませんが。

今夜はとても気分が良いので、ご機嫌よくオリコウサン気分です。

明日はまた「夫婦の修羅」かもわかりませんが、おかげさまで「夫の状態」をあるがままで 私自身も苦しくなく、受け入れていくことができたら・・そう 思えるようになりました。


昨日、「ジェンダー」に変わる言葉として、「モラル・ハラスメント」について考えると書いたが、さち子さんの言葉が、この「モラル・ハラスメント」を解説している。

「性的な嫌がらせ」を受けることを、「セクシュアル・ハラスメント」と呼ぶが、「モラル・ハラスメント」は「精神的な嫌がらせ」と考えられている。

『モラル・ハラスメント――人を傷つけずにはいられない』は、「モラル・ハラスメント」を日本に紹介した本である。

この見えにくい暴力は、被害者を精神的に殺していきます。ひどいときには、被害者を自殺に追いやることさえあるのです。

この「モラル・ハラスメント」は、最近急に出てきたものではなく、以前からいたるところで行われていたはずです。今まで、家庭や職場という閉じられた空間の中で行われるため外部には見えにくく、たとえ外部に漏れたとしても、もともと被害者の側に問題があるとされ、教育や指導という名の下に行われることの多いこれらの暴力が、人権侵害であり、虐待であると認識されてこなかったのです。それはまさに、ドメスティック・バイオレンスと同じ構図の中で行われる暴力なのです。
(『モラル・ハラスメント――人を傷つけずにはいられない』/マリー=フランス・イルゴイエンヌ著 高野優 訳/紀伊國屋書店)より抜粋。

それぞれの夫婦の歴史には、多くの物語がある。その物語には、日々の生活の喜怒哀楽が染みこんでいる。その時間が夫婦の歴史でもある。

その中に、無期懲役の犯罪者に対するような心で、夫(妻)に接している妻(夫)を見ることもある。その夫婦は、他人から見ても醜い。これも、「モラル・ハラスメント」のひとつである。

憎しみの心は、人生を明るくしない。それならば、きっぱりと今までの人生に別れを告げ、リセットした生き方をする方が、人生は楽しいに決まっている。

パートナーとして人生を歩む夫(妻)を、無期懲役の犯罪者のように扱う妻(夫)は意外と多い。そこに、これからの人生を明るく生きる余白ある心はない。

こんな「モラル・ハラスメント」の原稿を用意していたのだが、さち子さんの言葉にはかなわない。

男と女の生産性 [2006年06月08日(木)]
日経新聞で、「男と女の生産性」という記事を見つけた。

総合研究大学院大学で生命共生体進化学を教える長谷川真理子教授の文章である。

人の生産性を計るには、「仕事」や「生産性」ではなかなか決められないものだが、狩猟と採集が生業である、サバンナや森林での生活者の男と女の個人生産量(食料の量)を、学者が調べたところ、おもしろいことが分かったという。その地では誰でもが、自分の食料を見つけてこなければならず、並々ならぬ知性と努力と学習が必要になる。

日経にはこう書かれている。

その地では、狩猟は男の仕事であるが、ひとりの男性がどれだけの獲物を捕ってくるかを測定したところ、それは10代から20代前半にかけて急激に増加し、30代でピークを迎え、45歳をすぎると急激に落ちることが分かった。

一方、植物性食物の採集は女性の仕事である。女性では思春期にそれほど急激に生産性が高まるわけではないが、以後もずっと伸び続ける。そしてピークはなんと45歳から65歳なのである。

以前から、学生を見ていて、男子学生は20代前半で何か見るところが見えていないとその先も伸びないが、女子学生は、もっとずっと長く見ないとわからない、という気がしていた。この直感には、本当に根拠があるかもしれない。

と長谷川教授は結んでいる。

この「男と女の生産性」は、定年後の夫婦にも当てはまるのではないかと、僕には思える。

高齢者の女性がなぜ男性よりも元気がよいのか、それが不思議でならなかったが、この論文が正しければ、元気のよい理由が納得できる。

こんなことをいうと女性に嫌われるかもしれないが、僕は、女性の権利を主張するジェンダー論者が大嫌いだ。その理由は、女性の視点だけで社会を見ることでは、「夫婦で語る定年後」が実現しないと思うからだ。

だからといって、女性の意見を認めないわけではない。

ジェンダーが生まれたのは、社会の中で女性が卑下されたり、粗末に扱われた歴史的・文化的・社会的背景があるからだが、僕は、男も女も共通認識を持てる言葉を皆で使える時代がきたらよいと思う。

僕の考えているそれに変わる言葉は、「モラル・ハラスメント」だが、それについては明日までよく考えてみたいと思う。
主人在宅ストレス症候群 [2006年06月06日(火)]
主人在宅ストレス症候群について、
専門家である埼玉メンタル・カウンセリング協会の大田健次郎さんからコメントが入りました。

それを、そのままこのブログに転載します。大田さんありがとうございました。

大田健次郎さんのコメントです。

ブログ祭りでおあいしました埼玉メンタル・カウンセリング協会の大田(まぎらわしいですが、私は点のない、「大田」です)です。お約束しましたので、コメントいたします。
 さち子さんの場合、「主人在宅ストレス症候群」による「うつ病」だそうで、こういう「うつ病」は、心理療法、つまり、カウンセリングで治ることが多いと思います。薬だけでは、ストレスが持続しているので、治るのはむつかしいですね。どちらか、または、両方とも、生活、行動、相手への扱い方を変えないといけない。そこが、カウンセリングになります。
 太田さんのアドバイスによって、さち子さんは、ずいぶん、楽になられたようでよかったです。
 うつ病は、不満、不快な状況が打開不能と感じられて持続することによって起こります。「担当の先生(医師)からは「ご主人を見捨ててどんどん出かけなさい」と言われます。」ということは、私たちの場合も「うつ病」の方には、似た、助言をしています。うつ病が重い間は、出かける意欲がなかなかわかない(それが、症状の一つですから)のですが、そのままにしていると、不快、不満、自己嫌悪が持続して、回復しにくいので、小さなことでもいいから、行動していけば(変化の一つ)、だんだん、回復するようです。行動することが、うつを改善するのですね。もちろん、考え方を変えることもある。
 もう、太田さんのアドバイスで、改善に向かっているようですが、他の方では、簡単にはいかない場合もあるでしょう。熟年離婚ということだってあるし、夫婦間での殺傷事件もありますし。


埼玉メンタル・カウンセリング協会の大田です。

 一般的な場合についても、コメントしておくことにします。なかなか、うつ病(主人在宅ストレスによる「うつ」も含む)が改善しないような場合、カップルセラピーがありますね。医者の場合と違って、カウンセラーが多くの時間をかけて、相談にのってくれます。「カップル・セラピー」で検索すると、たくさんでてきますので、近くのカウンセラーに相談してみるとよいでしょう。
 夫婦の不和、主人在宅ストレスについては、私どももカウンセリングします。お互いに、何がストレスになるのかを知り、相手の正当性を理解し、相手のストレスに共感できるようになり、お互いに相手の希望(わがままな行動ではなくて正当な)を受け入れ(「受容」)、お互いの価値(この場合には、互いの尊重、夫婦円満)を重視することを実行することの大切さを繰り返し思い起こし、実践し、感情を観察していただくわけです。2時間くらいのカウンセリングを数回、行いますので、メールや掲示板などでは、解決しない場合にも、効果がみられます。太田さんが言われるように「夫婦が平等なら、夫と妻のふたりの人生が有意義でなければならない。」ですね。



僕は、さち子さんを治療しているつもりはない(ブログの同士と思っている)が、外出がやっぱりいいみたいですよ。
もう少し、このブログで「夫婦の平等」を考えてみたいと思っています。

大田健次郎さんのブログ
埼玉メンタル・カウンセリング協会のHP 
埼玉メンタル・ヘルス・センターHP
 
夫婦の幸せ 2 [2006年06月06日(火)]
主人在宅ストレス症候群になり、「うつ病」になったさち子さんのことを、先日このブログに書いた。タイトルは、「夫婦の幸せ」である。

それを読んださち子さんから返事が来た。

拝見するとき少し不安でした。「餌はいらない・・」とか「オリコウサンではない」などと反発していましたので。

でも又あたたかく受けとめていただきました。

>僕のいいたい夫婦の平等は、自分を大切できない人生は意味がないということだ。そして、友人のいない人生も寂しいと思う。

本当にそう思います。

>夫婦が平等なら、夫と妻のふたりの人生が有意義でなければならない。

これなら充分納得できます。

夫の人生も(今の状態が良くはなくとも)有意義であるべき。

不思議なことにそう思うことで、今までの夫に対する恨み、憎しみが”減る”ような気がする。

もちろんまだヤマほど残ってはいますが。

「平等」とは、もしかしたらそういうことかも。



さち子さんとは会ったことはないが、ホッとする文章で、僕も明るい気持ちになれる。

今日は、CANPANブログをオペレーションしている日本財団で「ブログ祭り」があり参加してきた。

その会で出席者の皆さんに、「夫婦で語る定年後」にコメントを書いてください、とお願いをした。

それは、多くの人とこのブログを進行したい、そして、多くの方々のコメントをいま書いている本に掲載したいと思ったからだ。

その後、多くの方々から「コメントを書きますよ」というお言葉をいただいた。

さち子さんと僕は面識もないし、これから出会うこともないかもしれないけど、「夫婦で語る定年後」ブログには、多くのサポーターや協力者がいることを、忘れないで欲しい。

僕は今日、コメントは書かない。きっと誰かが、コメントをくれるはずだから、それを待つことにしようと思う。
家事の分担 [2006年06月03日(土)]
CANPANで明治大学商学部「ブログ起業論」公開ブログを展開している久米信行さんから、「夫婦の平等」についてコメントをいただいた。

今回は少し長文になるが、このコメントについて僕の考えを書いてみたい。

久米さんのコメント

最近、はからずも二つの飲み会で、夫婦の平等に関する議論で盛り上がりました。
一つ目の会は、広告代理店で活躍する、40代の男性中心の会でした。仕事柄、アクティブシニアの動向についてグループインタビューなどをすると、女性たちが圧倒的に元気で意見も面白く、男性たちは総じて陰気でつまらないというのです。

その一方で、男性たちは、女性と一緒に活動したいと言い、女性たちは女性だけでも十分に楽しいと話すそうです。それを目の当たりにしたこの話の主=40代後半の男性は、今から定年後の心の準備と、仕事や居場所の準備をしなくてはと痛感したとのことでした。もう一つの飲み会では、30代中心の共稼ぎ男女が、夫婦の仕事分担について話をしていました。

いわく、ダンナさまが、朝のゴミ出し、お風呂やトイレの掃除、食器洗いをするのは、もはや当たり前、時には食事も作らないとポイントが低いのだそうです。

私も朝のゴミだしや風呂掃除ぐらいは協力しますが、幸か不幸か家内が専業主婦でがんばってくれているので、とてもポイントが低いダンナになっているようです。言い換えれば家事の自活能力が低いわけで、定年後の自立力や家庭内貢献度が低くては、先が思いやられると感じてしまったのです。

また、共稼ぎだと夫婦で過ごす時間が少ない上、お互いに自分自身の時間も必要なことも了解しており、適度な距離感を保っている夫婦が多いような気もしました。

つまり私が申し上げたいのは、今の60代の男性と10年〜20年後に定年を迎える男性とは、夫婦の平等に関する意識が違うのではないかということです。

若ければ若いほど、女性にやさしいというか女性が強いというか、男性も頑張って当たり前、女性を尊重して当たり前...という感覚を持っているのではないかと思うのです。

もちろんお財布も細君に丸ごと握られていたり、割り勘で負担していたりで、もはや男性が昔のように威張れる、余地は無さそうな気もしますし、威張りたいと思っている友人もいないような気がします。もちろん私も。

最近の若いものは、だらしないと思うか、最近の若いものは、素晴らしいと思うか、きっと意見が分かれるとは思いますが、このブログで書かれているような問題は少なくなるのではないでしょうか?

実は僕も、年齢により「夫婦の平等」意識が異なっていると思っていた。しかし、それは勘違いであることに気がついた。

2000年3月に国立社会保障・人口問題研究所が発表した、全国家庭動向調査を見ると、「夫も家事や育児を平等に分担すべきである」と考える妻は、20歳代では約80%、30歳代では約78%、40代では約74%、50歳代では約73%と、年齢が上がるにつれ徐々に数値が低くなっているが、ほぼ数字は変わらない。しかし、60歳代の妻の、家事の負担を夫に求める数値は約76%と急に上がり、30歳代の妻の意識に近くなる。

ここで、「夫も育児や家事を負担すべき」に反対する数字を見ると、20歳代の妻で19.5%、30歳代の妻は22.1%、40歳代の妻は22.3%と、5人に1人の妻が、夫には家事に参加して欲しくないと答えていることに気がつく。

50歳代の妻を見ると26.6%、60歳代の妻では24.4%であるから、50歳以上の妻4人に1人が、「夫は家事を負担しないでいい」と答えていることに気がつく。

「夫は家事に参加して欲しくない」という意見には、ふたつの意識があると想像できる。

ひとつは、夫は家事に参加して欲しいが、夫が家事をしても、例えば皿を洗っても、きれいに洗ってくれないので、もう一度洗わなければならない。二度手間が面倒という意見。これは、妻の家事のリズムやパターンが確立しているので、手伝ってもらうことでじゃまになる、ことでもある。

もうひとつは、夫は家長(稼ぎ手)の役割をしてくれればよいという意見ではないかと思う。

しかし、現代では、定年後夫婦は家事を協力しあうことが、常識になりつつある。

このレポートの中に、注目すべきデータがあった。夫の帰宅時間が8時前の場合、8時以降に帰宅する夫の家庭より、妻の家事時間は平均30分ほど短い、というレポートである。夫の帰宅時間により、妻の家事負担が増減されるのである。

これは、夫が早く家に戻ることで、夜の食事の準備や後片付けが早く終わることを示しているのではないかと思われる。

このデータを定年後の置きかえてみると、夜の家事時間は、定年前よりも少ない時間になると思われる。この時間増により、夫婦のコミュニケーションが活発化できるようになる。

しかし、20〜30歳代の妻は、夫婦一緒の時間を多く持ちたいと考えているのに対し、40歳代以上の妻は、夫婦一緒の時間よりも、それぞれの時間を大切にしていきたいと考えている。

つまり、夫婦の平等を考えるならば、夫の家事の協力も大事だが、夫婦のあり方生き方を優先するべきであると、定年後の妻たちは考えていると、この調査は物語っているように、僕には見える。

この答えが、久米さんのコメントに書かれている。

男性たちは、女性と一緒に活動したいと言い、女性たちは女性だけでも十分に楽しいと話すそうです。それを目の当たりにしたこの話の主=40代後半の男性は、今から定年後の心の準備と、仕事や居場所の準備をしなくてはと痛感したとのことでした。

つまり、妻は自分の居場所(生き方)を確保しているのに、旦那はその大切さに気がついていない、と僕は思うのです。

夫婦の平等は、家事の手伝いも大切だが、夫婦の生き方を考え実践する妻と夫のコラボレーションではないかと、僕は思う。

ただし、ここでいう夫婦の生き方には、「夫婦がいつも一緒に活動することではない」という意味があることをつけ加えておきたい。


夫婦の平等 2 [2006年05月31日(水)]
夫婦の平等 2

突然ですが、
「妻(夫)に、『ありがとう』をいっていますか」

夫婦の平等とは、
夫も妻も、互いに感謝の心を持つことであると
僕は思っている。

感謝の心といっても、特別なことをするのではない。

妻(夫)に何かをしてもらったとき、「ありがとう」の言葉をいうことである。

夫婦を長い間続けていると、この言葉を聞くことが少なくなるが

しかし、結婚当初に普通に話していたものである。

多くの夫婦を取材すると、夫は妻に感謝の気持ちを持っているのに、その言葉をなかなかいわない。

そんなとき、「妻(夫)に感謝しているのですね」と質問すると、堰を切ったように感謝の言葉を語る夫が多い。

「夫婦の平等」とは、「ありがとう」の生活があることではないかと、僕は思う。


夫婦の平等 [2006年05月28日(日)]
突然ですが、
「夫婦の平等って何ですか」

さち子さんという、60歳代の女性がいる。
会ったことはない。

彼女は、夫が定年後「引きこもり」になり、
主人在宅ストレス症候群になった。

この病気を簡単にいえば、
定年後の夫に疲れて「うつ病」になった妻をいう。

彼女から、たびたびブログにコメントを頂いているのだが、

その中で、「夫婦の平等について考える」ことがあったので
今回は、それをテーマにしようと思う。

僕は、男女の平等について、詳しく書く資格はないが、

あえて書けば、

夫婦平等の第一は、美しい言葉で会話することだと思っている。

美しい言葉とは、一般的にいわれる丁寧な言葉とは違う。

僕のいう美しい言葉とは、感謝の気持ちを持った会話である。

家庭内でよくある会話に、こんなものがある。

「もっとトイレをきれいに使ってちょうだい」。

これは、何かを頼むときの会話である。

それを、美しい会話で話すとこうなる。

「ごめんね、もっとトイレをきれいに使って欲しいんだけど、」

会話の頭に「ごめんね」という言葉をつけることは、
定年夫婦の中で、忘れ始めている言葉でもあるが、
そんな言葉をいわれると、人は素直に聞ける。

「ごめんね」の言葉には、お願いが押し売りでない優しさがある。
そこに、常日頃の感謝の気持ちが表れている。

だから、その気持ちをより深く表す美しい会話はこうなる。

「ごめんね、掃除が大変だから、トイレをきれいに使ってくれると
助かるんだけど」

美しい言葉は、何気ない会話にあるからこそ価値がある。

僕は、そんなところから夫婦の平等が始まると思っている。