夫婦の幸せ
[2006年06月01日(木)]
「夫婦で語る定年後」ブログは、僕とさち子さんという60代の女性との対話であるともいる。
先日さち子さんのリクエストに応えて「夫婦の平等」について書いたが、さち子さんからまたコメントが届いた。
多分”病気”のせいかとも思いますが、私はもうオリコウサンにはなれません。夫は365日家にいます。必ず行き先と帰宅時間を聞きます。担当の先生(医師)からは「ご主人を見捨ててどんどん出かけなさい」と言われます。今までに山ほど「努力」もした(つもり?)夫と息子たちが優先で自分の趣味も捨てた、夫の親兄弟にも振り回された、など、被害者意識が強いかも。私は”間違っている”かもしれない。
でもこのごろは夫も歩み寄ってくれて、今まででは一番いい日々を過ごせています。でも「平等」についてこんなに真剣に考えたのは、はじめてです。ありがとうございました。
僕は今までさち子さんに遠慮がちに、文章を書いてきた。でも、今日ははっきりと僕の意見を書こうと思う。
だから、このブログを読んでいる人は、もし僕が間違っていると思ったら、匿名でよいのでコメントを頂きたい。
今回は、今書いている「夫婦で語る定年後」の原稿から抜粋する。
祖母を介護した母の死
長命時代は、年老いた子供が老母の介護をする社会ともいえる。松田洋子の母の頼子は、洋子が45歳のとき亡くなった。享年70歳だった。洋子の祖母は、2年前に96歳で亡くなった。祖母の介護をしていたのは、松田家に嫁にきた母の頼子であった。
そんな母の姿を見て、祖母を大事にする母への尊敬はあったが、高齢になっても自分の時間を持てない母の人生とは何だろうと、洋子は考えていた。年をとり体力がなくなった母を思い、洋子も祖母の介護を手伝うように心がけた。
祖母は、老衰で眠るように逝ったが、それから1カ月後に母は倒れた。脳溢血だった。母はそれから1年後に世を去った。母の介護をしていた洋子は、祖母の介護が母の死を早めてしまったと思った。
母の葬儀を済ませた後、洋子は夫に相談した。母の生き方を見て、これからの人生を考えてみたいといった。夫は、妻の申し出を快く了承した。
洋子は、自分の人生を悔いがない有意義なものにするためのアイデアを友人と出しあった。それまで平凡な生活をすごしていた洋子は、華やかな世界に一時でもよいから立ってみたいと思うようになった。
洋子はそれからダンス教室に通うことになる。基礎体力をつけ、かっこよく踊る自分を夢見たからだ。
教室に通うことで、仲間ができた。そこで、素人なりのダンスグループを組むことにした。グループでの練習が始まった。彼女たちは、素人なりの自分たちのダンスを人に見て欲しいと思うようになった。
グループのひとりが、老人ホームにグループを紹介する手紙を出した。すると、ぜひいらしてくださいと返事が来た。
洋子たちのダンスグループは、週1回のレッスンと、月に2回の老人ホームの訪問を目指して今日もレッスンに励んでいる。
僕のいいたい夫婦の平等は、自分を大切できない人生は意味がないということだ。そして、友人のいない人生も寂しいと思う。
だから、ドクターがいうように、「ご主人を見捨ててどんどん出かけ、友人を増やしながら、おしゃべりを楽しんで欲しい」。
僕は男だから分かるが、夫は妻が離婚をしないという前提で、普段の生活をしている。
引きこもり夫は、「みのむし化(引きこもり)であるのに、自立をしているつもり」だからたちが悪い。そんな夫は、自分が妻に頼り切った生活をしていることにさえ気がついていない。
だから、妻がみのむし化した夫に離婚を宣言したとき、夫は狼狽する。(これを実行しなさいという意味ではない)
夫婦が平等なら、夫と妻のふたりの人生が有意義でなければならない。
だから、さち子さんには、もう一歩前に進んで、新しい勇気を持ち、おしゃべりを楽しむ人生を楽しんで欲しい。
これが、今まで多くの定年退職者を取材してきた、僕の思いだ。
先日さち子さんのリクエストに応えて「夫婦の平等」について書いたが、さち子さんからまたコメントが届いた。
多分”病気”のせいかとも思いますが、私はもうオリコウサンにはなれません。夫は365日家にいます。必ず行き先と帰宅時間を聞きます。担当の先生(医師)からは「ご主人を見捨ててどんどん出かけなさい」と言われます。今までに山ほど「努力」もした(つもり?)夫と息子たちが優先で自分の趣味も捨てた、夫の親兄弟にも振り回された、など、被害者意識が強いかも。私は”間違っている”かもしれない。
でもこのごろは夫も歩み寄ってくれて、今まででは一番いい日々を過ごせています。でも「平等」についてこんなに真剣に考えたのは、はじめてです。ありがとうございました。
僕は今までさち子さんに遠慮がちに、文章を書いてきた。でも、今日ははっきりと僕の意見を書こうと思う。
だから、このブログを読んでいる人は、もし僕が間違っていると思ったら、匿名でよいのでコメントを頂きたい。
今回は、今書いている「夫婦で語る定年後」の原稿から抜粋する。
祖母を介護した母の死
長命時代は、年老いた子供が老母の介護をする社会ともいえる。松田洋子の母の頼子は、洋子が45歳のとき亡くなった。享年70歳だった。洋子の祖母は、2年前に96歳で亡くなった。祖母の介護をしていたのは、松田家に嫁にきた母の頼子であった。
そんな母の姿を見て、祖母を大事にする母への尊敬はあったが、高齢になっても自分の時間を持てない母の人生とは何だろうと、洋子は考えていた。年をとり体力がなくなった母を思い、洋子も祖母の介護を手伝うように心がけた。
祖母は、老衰で眠るように逝ったが、それから1カ月後に母は倒れた。脳溢血だった。母はそれから1年後に世を去った。母の介護をしていた洋子は、祖母の介護が母の死を早めてしまったと思った。
母の葬儀を済ませた後、洋子は夫に相談した。母の生き方を見て、これからの人生を考えてみたいといった。夫は、妻の申し出を快く了承した。
洋子は、自分の人生を悔いがない有意義なものにするためのアイデアを友人と出しあった。それまで平凡な生活をすごしていた洋子は、華やかな世界に一時でもよいから立ってみたいと思うようになった。
洋子はそれからダンス教室に通うことになる。基礎体力をつけ、かっこよく踊る自分を夢見たからだ。
教室に通うことで、仲間ができた。そこで、素人なりのダンスグループを組むことにした。グループでの練習が始まった。彼女たちは、素人なりの自分たちのダンスを人に見て欲しいと思うようになった。
グループのひとりが、老人ホームにグループを紹介する手紙を出した。すると、ぜひいらしてくださいと返事が来た。
洋子たちのダンスグループは、週1回のレッスンと、月に2回の老人ホームの訪問を目指して今日もレッスンに励んでいる。
僕のいいたい夫婦の平等は、自分を大切できない人生は意味がないということだ。そして、友人のいない人生も寂しいと思う。
だから、ドクターがいうように、「ご主人を見捨ててどんどん出かけ、友人を増やしながら、おしゃべりを楽しんで欲しい」。
僕は男だから分かるが、夫は妻が離婚をしないという前提で、普段の生活をしている。
引きこもり夫は、「みのむし化(引きこもり)であるのに、自立をしているつもり」だからたちが悪い。そんな夫は、自分が妻に頼り切った生活をしていることにさえ気がついていない。
だから、妻がみのむし化した夫に離婚を宣言したとき、夫は狼狽する。(これを実行しなさいという意味ではない)
夫婦が平等なら、夫と妻のふたりの人生が有意義でなければならない。
だから、さち子さんには、もう一歩前に進んで、新しい勇気を持ち、おしゃべりを楽しむ人生を楽しんで欲しい。
これが、今まで多くの定年退職者を取材してきた、僕の思いだ。



