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再会(その2) [2016年06月03日(Fri)]
事務局長の大野浩です。

緑がまぶしい季節となりました。自宅近くに里山があり、ウグイス、フクロウ、ホトトギス…1年を通して野鳥のさえずりが聞こえてきます。

昨日は早朝に犬の散歩をしておりますと、カッコウが鳴いているではありませんか。バブル期に関東の不動産業者に潰されかけた里山。手付かずで残ってくれた幸運に感謝しています。

平成20年秋、垂水区保護課のカウンターを二人の女性が訪れる。マタニティー服を着た若い方の女性…彫りが深く「父ちゃん」そっくりで私はあっと声を上げそうになりました。なんとケースワーカー時代に担当していた4人世帯の妻と長女(当時は小学生)でした。

 世帯の概況を紹介します。世帯主(夫)がアルコール依存症、妻は長男を保育所に預けパート就労。夫は真面目に働くが酒も大量に飲み仕事が長続きしない。根本的な解決を図るため、夫には仕事を辞めて大阪府下の専門(精神)病院に入院するよう指導。閉鎖病棟で酒を抜き、内科治療と並行してアルコール依存症を学習。退院後は夫婦で地元の断酒会に加入し「1日断酒・例会出席」を合言葉に毎日の体験発表(自己洞察)によって断酒を目指しました。例会は毎晩19時から2時間、市内各地で行われます。足が遠のかないよう私も通院や例会に度々同行し、この夫婦や他の家族の体験発表を聴きました。

断酒は1年が区切り。そこまで治療に専念し、1年断酒できたら徐々に仕事を考えるべきところ、夫は自分の酒害と向き合う生活に耐えられず、半年たつと働き始め仕事を理由に例会を欠席する。やがて再飲酒、振り出しに戻るということが続きました。昭和61年春。またもスリップ(再飲酒)した夫は自暴自棄となり、妻は子どもを連れて実家に逃げる。福祉事務所にやって来た彼は『同じことの繰り返しで担当に合わす顔がない』と言い、生活保護も辞退してしまう。何とも後味が悪く、とても悔いの残るケースでした。

 妻が話し始めます。夫は保護を切ってから曲りなりに働き続け、私のパート収入と合わせて生活しました。今年、長女の妊娠が分かると同時期に肝臓がん末期と判明。病名を告げないまま先月亡くなりました。楽しみにしていた初孫には間に合いませんでした。

夫は生前、
『我が家が一番苦しい時に大野さんには世話になったなあ』
『ケースワーカーが“仕事を辞めろ”だなんて。変わった人やで』
と話していました。断酒はできなかったけれど、誰よりも親身になってもらえたのが嬉しかったのでしょう。それで葬儀がひと段落したら報告しようと思ったのです。お蔭さまで長女は看護師となり結婚。長男も独立し会社員として働いています。ここに来れば、ひょっとして…と思ったのですが、お会いできて本当によかったです。

福祉の仕事は努力しても短期間では実を結ばず、成果が目に見えないことが多い。この世帯は私にとって初めてケースワークらしい動きができたと思えた事案。それだけに関係を絶たれた挫折感は大きく、手をかけ過ぎたことが裏目に出たのだと自分を責めました。

けれども相手方、故人となった世帯主(夫)は、援助する側の姿勢をちゃんと見ていた。アルコール依存症の克服という共通の目標に向かって家族と歩んだ事実が、その後のささやかな励みとなった。対人援助に「失敗」はなく、ただ「結果」が残されただけなのだ。
私は万感胸に迫り、お二人に黙って頭を下げました。

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Posted by 垂水区 at 09:15 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)