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 樋口圭之介の[社青同]史 [2012年07月18日(Wed)]
 元社青同東京地本委員長の樋口が『六〇年代社青同(解放派)私史』(樋口圭之介、社会評論社、290頁、2500円)を発行した。なかなかの力作であり、歴史的証言としての価値を持つ。

 社青同というのは正式名称は「日本社会主義青年同盟」といい、社会党系の青年組織として1960年の安保闘争の高揚の中で設立された。私は62年に中央大学に入学し、その年に社青同に入り、学生運動に参加した。

 もともと日本社会党は協同戦線党であり、各種イデオロギーと党派が含まれていたのだが、この青年組織である社青同は当時の新左翼までを包含する「左翼」へのウィングが広がっていた。

 私は社会党の中では、この当時には左派であったが、樋口の社青同解放派からすれば右翼に位置した。私たちは社会党の中では右派と戦い、社青同の中では新左翼と戦うという奇妙な位置にいた。

 こうして、樋口は年齢で言えば私より5歳程度上なのだが、私が社青同中央大学班で暴れていることに社青同東京地本の委員長に就任している(63年より)という関係である。つまり、幹部とペーペーの関係だ。樋口の著書に私が2回ほど登場してくるが、どうも当時の私は私たちのグループの行動隊長的な位置にいたらしい。しっかりした記憶がないところがあるのだが、この本でいくらか思い出してきた。

 本書は60年代の社青同を中心にして、正確に書いているので、当時の左翼のことに関心のあるかた、また、その後の全共闘にはしり、長いサラリーマンを終えつつある団塊の世代には自己の反省とともに読んでほしい本である。


 私は現在は市民活動家であり、すっかり左翼ではなくなっている。また、60年代においても樋口とは派閥が違い公式の会議で喧嘩をした覚えしかない仲なのであるが、どうも樋口の人間性にはひかれるところがある。

 本書を読んでそれがわかったのだが、それは樋口のもつ「労働者性」にある


 当時の左翼(いまでもそうかもしれないが)は、観念のとりこになり、頭が左へ、そして、妄想に引っ張られる。ところが革命の主体は「労働者」であり、その生活と労働の中でしか労働者の意識は変わらない。インテリゲンチャによるイデオロギーの「外部注入」で変わるわけはないのだ。

 このことを樋口は佐々木慶明への批判として述べている。左翼の中での観念派の佐々木と労働者性の樋口の戦いが鮮烈に行われていたのだ(私は当時そのようなことはまったく知らなかった)。

 樋口はそのことを次のように言っている。「マルクス主義は労働者に指令を出すための理論ではない。それは労働者自身が闘いの勝利に向けた戦略と手段、方法である。労働者より先にその文字ヅラを覚えたインテリが、運動を支配せんとしたのが六六年社青同等境地本での暴力行使であり・・・」(287頁)

 この66年の社青同地本大会で私は暴行を受け、1ヶ月入院と言うはめになってしまうのだが、この時に樋口は暴力を抑えるのに必死だったと言うのは、本書を書いている数年前に樋口に教えられるまで私は知らなかった。

 本書は、私たちが66年年に社青同東京地本大会の壇上占拠という「行き過ぎ」を行い、それに解放派が暴力をもって対応すると言う「行き過ぎ」があった。このことが原因になって、私が所属していた社会主義協会というグループが大田派と向坂派に分裂する。そして、私の属していた大田派が向坂派の「学習主義」を批判したことによって向坂派は「実践への傾斜」を深め社会党を一時的に支配するのだが、結果として「自己解体」をしなければならない「行き過ぎ」をし、いまやあるのかないのかさえわからない。

 つまり、運動や組織というのは「行き過ぎ」と、その力学関係における対抗勢力の「行き過ぎ」との連鎖で歴史が進んでいる面がある。これを止揚できるのは「すぐれた哲学」である。さて、これをどうするか。 
Posted by 田中尚輝 at 09:51
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