CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
プロフィール

田中尚輝さんの画像
<< 2019年10月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
Redwing
日本の貧困・格差を「なくす (02/16) 高橋潤
ホンダOBが行く (02/14) 江藤清巳
NPOを応援する人材 (02/06) 高橋潤
NPOリーダーの覚悟 (02/05) ふみみん
コミュニティカフェ2題 (02/02) 高橋潤
上野千鶴子の田中批判についての意見 その2 (01/08) 井上貴至
検察の弱さ その2 (01/04) 藤本泰宏
自己肯定 (12/16) さくら
「橋下」勝利をどう考えるか? (12/09) 高橋潤
人間関係学 (12/03)
リンク集
最新トラックバック
http://blog.canpan.info/tanaka-naoki/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/tanaka-naoki/index2_0.xml
ウェーバーの政治・国家論 [2012年03月06日(Tue)]
『公共善の政治学 ウェーバー政治学の原理論的再構成』(雀部幸隆、未来社、334頁、4500円、2007年)を読んだ。

 社会学者として有名なマックス・ウェーバーは断片的にしか政治について語っていないが、彼に政治学があったのかどうか、あったとすればどのように思考したのかについて真正面から取り組み、その再構成をした本であり、創造的なウェーバー論だ。

 ウェーバーは社会学者だが、ところどころで政治に触れている。だが、体系的な論文はない。あるとすれば『職業としての政治』という講演録程度であり、これも文庫版にすれば薄い物であって、本格的な政治論ではない。

 ことにウェーバーの国家観は、民主主義・議会主義を第一義的とせず、二の次にし、次のように述べている。これが政治学の2つの源流である「功利主義」と「社会契約論」のどちらにも属さないのだ。

 「わたしはいつも政治と言うものをもっぱら国民的観点から考えてきた。それは対外政策に関していえるだけではなく、政治全般についてもいえる」(「ヨーロッパ列強のあいだのドイツ」1916年10月)。「民主制や議会制にもまして重要なものはなんといっても国民の生活利害である」(「新秩序ドイツの議会と政府」1918年5月)。「国民の利益と課題とは、われわれのあらゆる感情にいっさい優先する。同様にまたそれはおよそ政治形態に関するあらゆる問題にいっさい優先する」(「ドイツ将来の国家形態」1918年末〜1919年初め)。

 ウェーバーは1920年に死んでいるので、第一次大戦の時代を生きており、ワイマール体制成立に影響力を発揮した。そして、じつは彼の国家観はヒットラーの独裁の論理として活用されたのではないか、という評価がある。

 事実、モムゼンという学者は次のようにウェーバーを批判している。
1.権力主義者であり、
2.外政優位の帝国主義者であり、
3.「カエサル的人民投票的民主主義思想とライヒ大統領のカリスマ指導者としての地位の確立  をめざす憲法思想」によって、ヒトラーの権力掌握に意図せずして道をひらいた。

 ウェーバーは議会を最上位の政治的なツールと考えず、危うい傾向を持つ機関だとみていた。これを補正するのはできれば安定した王家や大統領制がある方がよいと考えていた。この考え方は古いように思えるが、日本の現実の動かない国会を見ていると同意したくなる。また、タイやブータン国の王政と議会をみているとうなづける。

 つまり、ウェーバーは政治哲学の主流である社会契約説の立場に立っていなかったのだ。そして、政治学の原理論から発送するのではなく現実のドイツから出発するリアリストであった。

 だから、現実の社民党や共産党や中央党やナチスをみて、どこが多数派になっても安心できる議会が構成されないと見通していたのだ。

 また、ドイツの置かれた「地政論」からすれば周辺から攻め込まれる、あるいは周辺に攻め入るような立地なので、イギリスのような島国の統治のためのゆるやかな王権的権力ではなく、もう少し強い王権的権力が求まられると考えた。つまり、王権的権力と議会とをけん制させることを想定したのだ。

 この目論見はシステムとしてはワイマール憲法に反映されたが、大統領が結局はヒトラーを首相に指名することになり、ウェーバーの作戦は失敗した。

 今からウェーバーを評価できるのは、政治は現実的なものであり、哲学通りには動かないリアリズムが必要であること、そして、国民は将来をみていいるのではなく、当面の自分の生活を見て、様々な出来事を判断するということだろう。

 小沢民主党は「国民生活第一」を掲げ、自民党を破った。だが、その後の民主党はいただけない。「生活」がよくなると信じた国民からは見放されるだろう。ウェーバーの論は現実政治の在り方を考えるときに参考になる。
Posted by 田中尚輝 at 13:00
この記事のURL
http://blog.canpan.info/tanaka-naoki/archive/769
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました
 
コメントする
コメント