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男女格差の克服D『女ぎらい ニッポンのミソジニー』(上野千鶴子) [2010年11月30日(Tue)]
 男女の格差はどうしておこり、 男のミソジニー(女性蔑視)の発生はどこからきているのか。昨日はミソジニーを歴史から見たので、今日は≪文化的・社会的≫観点から考えて見よう。

 男女の自然的性分業が定着すると男女の格差が大きくなる。採集と狩猟では筋肉の発達や走力には違いが出てくる。また、原始時代には、女性は子ども7〜8人生んでおり10代後半から、約10年間は子どもをつくることに集中せざるを得なかったと思われる。これは、三内丸山古墳で聞いた話だが、当時の女性はたくさん産むが大人にまで育つのは2人程度で人口数は増えていない。バースコントロールもできる時代ではなかったから当然のことであった。このことによって女性は身体的な負担は大きかったはずで、男女格差を助長したはずである。

 近代になって、ハンターである男性は理念や制度としての民主主義を導入しても、女性に対しては子どもを生み育てるだけの性にしておきたかった。だから、普通選挙権は当初は男性だけの選挙権であったし、企業においても男性の地位が高く、女性は補助労働しか与えられない、という状態が続いた。

 現代社会の文化的・社会的な成り立ちは、具体例を持ち出すまでもなく、男女格差は満ち溢れており、それが男のミソジニー(女性蔑視)を再生産し続けているのだ。

 では、どうしてこの状況を克服するのか。個人的には上野が言う『男性がミソジニーを超える方法はたったひとつしかない。それは身体の他者化を止めることだ。言いかえれば、身体および身体性の支配者として精神=主体であることを、止めることだ。そして、身体性につながる性、妊娠、出産、子育てを「女の領域」と見なすのを、止めることだ。』

 このためには、男女が真正面から向かい合う必要がある。それは恋人同士でも、夫婦でも、友人同士でも。そして、女性の側は男性のミソジニーについて率直に指摘することだ。男性は「このようになるのは男女の特性だ。あるいは女性の欠陥があるからだ」と片付けないで、その根源から考え直してみることだろう。すくなくとも私の人生には、このように女性と真剣に向き合ったことはなかった。多くの男性たちも同じではなかったか。

 <大>次に、ミソジニーは広い概念であるので、どこから取り組むべきか。その環は、男女同一労働同一賃金である。ここに挑戦して克服しない限り男性のミソジニーはなくならない。
だが、指摘はできるが、この課題を克服するには、余程のエネルギーを相当の時間をかけて行わなければならないだろう。この問題解決が難しいのは自分個人の内と外、組織の中においては男性との戦いを避けられないからだ。


 上野の『女きらい』はとんでもない課題を男性に押し付けている。上野は「この本は男性が最後まで読むのは大変。最初のところで投げ出すわね」といっていたが、最後まで読んだ私は重い宿題をいただいた気分だ。

 以上で「感想文」は終わる。今後の課題をもう少し書きたかったが、それは折を見てボツボツ書いていくことにする。
Posted by 田中尚輝 at 10:28
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