CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
プロフィール

田中尚輝さんの画像
<< 2019年10月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
Redwing
日本の貧困・格差を「なくす (02/16) 高橋潤
ホンダOBが行く (02/14) 江藤清巳
NPOを応援する人材 (02/06) 高橋潤
NPOリーダーの覚悟 (02/05) ふみみん
コミュニティカフェ2題 (02/02) 高橋潤
上野千鶴子の田中批判についての意見 その2 (01/08) 井上貴至
検察の弱さ その2 (01/04) 藤本泰宏
自己肯定 (12/16) さくら
「橋下」勝利をどう考えるか? (12/09) 高橋潤
人間関係学 (12/03)
リンク集
最新トラックバック
http://blog.canpan.info/tanaka-naoki/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/tanaka-naoki/index2_0.xml
日本人はどこから来たか? [2016年05月23日(Mon)]

日本人はどこから来たのか?』(海部陽介、文藝春秋、2016


これまで断片的な研究のつなぎ合わせだったが、ようやく体系的な仮説が登場した。


遺跡、人骨、DNAを総合化したものだ。


本書のポイントは脱アフリカをしたホモ・サピエンスがヒマラヤ山脈の南側だけではなく北側からのアプローチがあること。それが、1万年間の時間をへて、東アジアで合流。


日本へは、沖縄ルートで南移動したホモ・サピエンス、主に南と北の合流後のホモ・サピエンスが沖ノ島ルートで、そして、北海道だが、南から日本列島を北へ向かい定着という理解が主流だったが、北ルートから入ってきたホモ・サピエンスがDNA調査の結果わかってきた。


35千年前から38千年も昔のことである。こういう人たちが豊かな縄文式時代を1〜2万年もの時代をつくり、30002000年前の弥生式時代に入る。日本人お疲れさま原点は縄文式に求められそうだ。

Posted by 田中尚輝 at 11:18
この記事のURL
http://blog.canpan.info/tanaka-naoki/archive/2287
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました
 
コメントする
コメント