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三池労組の闘いの本 [2015年06月04日(Thu)]
『三池争議―戦後労働運動の分水嶺』(平井陽一、ミネルヴァ書房、2000年)
今の若い人には単語としても頭にないだろうが、1960年を頂点とした「三池闘争」があった。これと並行して60年安保が進んでいく。

三池闘争は三池炭鉱を土俵としての争議であり、直接的な課題は指名解雇(労働組合の活動家を狙い撃ちにした)を労働組合がうけいれるかどうか、であった。これは日本のエネルギー産業の石炭から石油の転換を背景にしており、資本側(三井鉱山)としては後に引くに引けぬ戦いであった。

これに対して三池労組は、炭鉱という肉体労働者が軸で、同じ地下にもぐり生きるも死ぬも同じという環境のところへ、当時九州大学教授であった向坂逸郎が弟子を引き連れて入り込んだのである。三池労組の労働者のテキストは『空想から科学へ』(エンゲルス)『共産党宣言』(マルクス、エンゲルス)『資本論』(マルクス)などであった。

こうして戦闘的な労働組合と引くに引けない三井鉱山とがぶつかり合ったのである。労働組合側の理論は「労働組合論」ではなく、「社会主義の学校」という向坂的要素があった。

本書によると、三池労組1957年度活動方針には次のように書いてある。「労働条件に関する要求が資本の許容する経済闘争のみに終わる間はむしろ資本家は組合の組織を温存する場合もあるが、闘争の性格が職制支配を排除し搾取機構の本質にふれる場合は明確にこれを弾圧し、抹殺する政策をとるものである。」

つまり「搾取機構の本質」にふれる「職制支配の排除」「到達闘争」への取り組みが本質にふれたのである。

もう少しおおきな観点からいえば搾取機構と対決するのは「国家権力」と闘うことを意味し、三池労組だけで完結できるものではない。この理論化ができていなかった。

当時のナショナルセンターである総評も力のある限り支援したが、搾取機構=国家権力と闘う気はなかった。

三池闘争を広めるということで、当時学生だった私もお手伝いしていた。ただ、多くの活動家は「三池は凄いな」と思うだけで、自分の職場で展開する気持ちはなかった。これは三池闘争が労働組合論と革命論の区別がついていなかっただからではないのか。

最終局面は「ホッパー決戦」ということになり、貯炭場から石炭をだす、出させない、といったことになってしまった。これが総評と三池労組の限界だったのだろう。

その後、産業政策としての方向性を出さなければダメだという議論も起こってきたが、当時の構造改革論と絡み、理論・政策論として深められることはなかった。

本書はいろんなことを考えさせる著作だ。
Posted by 田中尚輝 at 14:30
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