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「未完のレーニン」を現代的に読む [2014年06月16日(Mon)]
昨日のこのブログでの『未完のレーニン』(白井聡、講談社、2007年)の解説は理解できなかった人が多かったのではないか。

わたしのような若い時代にマルクスボーイだった人にはわかるのだが、普通の人には理解しがたいだろう。そこで、現実の問題と重ねて解説する。

『何を成すべきか』の外部注入論というのは自然発生的な意識の発展には限界があって、「外部注入」していかないかぎり革命意識や革命党はできないということだ。

これは現状で言えば、たとえば労働組合がいかに頑張ろうとその自然発生的な延長線上には「社会変革意識」はでてこない。自分の労働条件を向上させるだけであってパ―ト労働者の賃金までは考えないのだ。NPOも同じだ。介護系NPOは目の前の高齢者のお世話はするが、日本の社会福祉全体を考えない。

だから、「外部注入」が必要だ。だが、レーニンのように革命意識を植え付けるのではない。自分で考え、発想しなければならない。このことを、私は「超・利己主義」に求めた。このことは9月に出る新著にまとめ階級対立の非和解性の産物」と考えるのではなく、『国家と革命』については、国家は「公共善」を基盤にして発生していることを考慮したうえで対処しないければならない、資本家階級の方ばかりを見てはおれないのだ。こうした観点からの国家論が必要ということだ。

読みづらい本を紹介して申し訳ない。
Posted by 田中尚輝 at 08:46
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