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「ささえあい」そのA [2013年12月24日(Tue)]
「ささえる」人の共感的姿勢

この本(『「ささえあい」の人間学』は、生命学、医学、法学、仏教、倫理学の若き研究者が討論をしながら、まとめたものだ。

そして、人間学のキーワードに「共感」と「ささえあい」が来るという構造だ。

 ベースになっている「共感」だが、つぎのように進んでいくとしている。

共感のプロセス (290頁)
 共感プロセスがはじまる条件
 共感的共鳴
 表現された共鳴
 受け取られた共鳴
 フィールドバック

まず、共感の土俵がなければならない。共感は一方的にはおこらない。少なくとも二人の共鳴によって成立する。共感してほしい、あるいは共感したい、どちらかが信号を発信する。

その2人、あるいはそれ以上の人に「情報」の共有がなければならない。また、相互を理解さえるという「情感」の共有がなければならない。

その後にキャッチボールが始まる。

この共感の土台の上に
「ささえあい」がはじまる。

ささえる
@ささえてほしい
Aささえるのは、あくまで「自己コントロール能力の回復」まで。

自分の事は自分で処理しなければならない。

つまり、共感ある社会が必要。そして、ささえる気持ちと実行力を持っている人の登場が必要ということだ。
Posted by 田中尚輝 at 20:36
この記事のURL
http://blog.canpan.info/tanaka-naoki/archive/1439
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