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『私とは何か 「個人」から「分人」へ』(平野啓一郎) [2013年09月20日(Fri)]
『私とは何か 「個人」から「文人」へ』(平野啓一郎、講談社現代新書、2012年)

 何といったらよいのか?これが本になるのか?

 著者は作家らしいが、個人は一つの人格を持つのではなく、いくつもの性格の違う個人=分人を持っているといだけの本である。それ以上でも、以下でもない。

 面白い指摘だと思ったのは、西洋は一神教であり、これに対応する「分離されない個人」という「自立した人間」がモデルになっているという点だ。

 日本は多神教だから、個人ではなく「分人」なのか?

あまり参考にならない本だ。
Posted by 田中尚輝 at 21:12
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