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<自発性の源>を見つめる [2010年04月08日(Thu)]
 <自発性の源>を見つめる、は、『細胞の意思』(団まりな、NHK BOOKS、2008)の副題である。

 本書は生物が発生する過程を詳しく描写していく。細胞分裂によって自己の身体を創っていく、ヒトデの肛門が2つから1つになる過程などである。
 著者は、こういう描写を通じて、細胞に意思があると結論づける。われわれは、自分の意思を脳の働きによって決めていっていると通常は考えている。しかし、考えてみれば、もともと脳があったのではない。精子と卵子が結合して、小さな魚のような状態から人間の形に仕上がっていく。

 こうした母親の胎内で成長する初期の段階においても脳の指令だけではなく、細胞が独自に動くことによって身体の部分を構成し、全体像を作りだすのである。つまり、こうした過程をみると1つ1つの細胞に意思がある、と判断せざるを得ない。

 つまり、意思は脳だけによって形成されるのではなく、個々の細胞にまでさかのぼらなければならない。

 では、考えをもう1歩進めてみよう。<自発性>という意思の根源は個々の細胞にあるはずである。これはDNAを含む細胞がもつ能力の内に自発性が含まれているわけである。

 私はオルガナイザーだから、他者が持つ意思に絶えず働きかける役割をしている。これまでは相手の目をみて、何が彼にとって良いことであり、世の中にとって良いことかということを考えていた。これでは不十分であって相手の個々の細胞に働きかければならないことになってしまったわけである。

 さて、どうするか?これから掘り下げて考えてみたい。
 



                 
Posted by 田中尚輝 at 13:25
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