CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
プロフィール

田中尚輝さんの画像
<< 2019年10月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
Redwing
日本の貧困・格差を「なくす (02/16) 高橋潤
ホンダOBが行く (02/14) 江藤清巳
NPOを応援する人材 (02/06) 高橋潤
NPOリーダーの覚悟 (02/05) ふみみん
コミュニティカフェ2題 (02/02) 高橋潤
上野千鶴子の田中批判についての意見 その2 (01/08) 井上貴至
検察の弱さ その2 (01/04) 藤本泰宏
自己肯定 (12/16) さくら
「橋下」勝利をどう考えるか? (12/09) 高橋潤
人間関係学 (12/03)
リンク集
最新トラックバック
http://blog.canpan.info/tanaka-naoki/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/tanaka-naoki/index2_0.xml
上野千鶴子への反論 E最終回 [2013年02月11日(Mon)]
上野千鶴子への反論 そのE最終回


 私は、『ケアの社会学』(太田出版)を書き上げた上野千鶴子の理論的な構築に敬意を表します。なんといっても、本書は「ケア」を理論的に整理した日本最初の研究書です。ケアという上位概念の下に介護や保育などの下位概念をおき、その共通性を整理しています。

 ことに上野の本書でのテーマは、彼女の原点であり、社会的にも高く評価されている『家父長制と資本制』(上野千鶴子、岩波書店)の続編にあたる理論書であり、前著がマルクス主義フェニズムの原理の理論的整理とすれば、本書はケア、ことに介護の現場を足で歩いた調査に基づく理論構成になっています。こうした作業を成し遂げたのは、さすが上野千鶴子です。

 その上での私の反論の結論をいえば、私は上野見解に五分の四は賛成をしています。上野の論旨には賛成なのですが、本書の中では重要でない有償ボランティアの評価について意見が異なるのです。

 さて、私はいよいよ、ボランティアの「謝礼」と「賃労働」との相違は何か、また、形態が似ているだけに「有償ボランティア」がケア労働の賃金引下げに利用されないようにするにはどうするかを述べなければなりません。このことは変革主体をどのようにつくりあげるのか、ということと関連するのです。

 まずは謝礼と賃労働の相違点です。

賃労働というのは、労働者が企業(資本)に雇用され(雇用関係の契約をする)、労働に対する報酬として支払われるものです。これに対して謝礼とは個人と個人、あるいは個人と「共」との関係においてなんらかの価値を提供することに対して「お礼」の気持ちで金品をもって返礼することです。ですから、賃労働という雇用関係にもとづく義務としての労働ではないのです。他者にたいしての連帯感にもとづいて自発的に当事者に必要な価値の提供をするものであり、返礼の期待をするのではなく一方的おこなうものなのです。義務とはちがう価値の提供ですから、そこに提供者と受給者との間に「連帯感」が生じるわけです。サービスを提供する人、それを買うお客さんtおいうその場かぎりの関係性ではないのです。

 つぎには、有償ボランティアの謝礼金がケア労働の賃労働料金を下げることに利用されないためにはどうすればよいのか、ということです。この危険性は十分にあります。

 賃労働としてのケア労働と有償ボランティア、あるいは仕事とは決定的に違います。介護保険制度のもとにおいてはケア労働者は介護保険事業者に雇用されて、雇用主の指示にしたがい労働を提供し、その報酬を賃金としてうけとります。これに対して有償ボランティアは自主的・自発的なボランティア活動としてクライアントに何らかの価値・サービスを提供します。これに対してクライアント側が返礼をおこないます。この場合、その返礼の基準が面倒(香典の「半返し」などにあたる)なので「定額」をきめる場合があります。この「定額」をとらえて「自主的な返礼」に規定があるのはおかしいというのが現行の法律的規定です。

 同じことですが、寄付金額に一定の金額をきめると行政側は寄付とはみとめないのです。「寄付なら一円の場合も一万円の場合もあるではないか」というのです。これは行政側の屁理屈とでもいうべきものでしょう。寄付金額を一口三〇〇〇円ときめておき一〇〇人全員が三〇〇〇円を寄付するということであってもよいのではないでしょうか。
 
 私たちの間で分類をしっかりとしておかなければならないのは有償ボランティアの謝礼金と仕事から得られる報酬との相違でしょう。仕事の場合にはコミュニティビジネスの範囲にはいるもので、現行の法体系では賃金に分類されるものです。ただし、実態論でいえば雇用関係と自主的なボランティア活動の中間に位置するものです。

 有償ボランティアにせよ、仕事の報酬にせよ一般的な賃労働によるサービスよりも低価格です。したがって介護の場合でいえば、介護保険制度の報酬は身体介護の場合には四千数百円、生活支援の場合には二千数百円で、本人負担は一割です。営利企業が介護労働を介護制度外で提供する場合には法定の金額が市場価格になります。これに対して有償ボランティアは時間当たり五〇〇円程度から一〇〇〇円程度まで、コミュニティビジネスの仕事では時間あたり千数百円程度から二〇〇〇円になっています。
 では、この有償ボランティアや仕事価格によって、介護報酬を下げさせないためにはどうするのか、ということです。

 これには制度サービスとインフォーマルサービスを区分けすることです。つまり、制度サービスについては限界があることを行政側が認めることから始めなくてはなりません。
そもそも月額三六万円の介護給付で一人暮らしの人が自宅で生活できるということはありえないのです。

 だとするならば、サービス総量が足りないわけですから、フォーマルサービス以外に民間企業や市民のボランティア活動などの創意工夫により多くのインフォーマル・サービスを提供しなければならないわけです。この価格はそもそも支えあいの哲学によるものですから労働基準法を遵守しなければならないようなものではなく「謝礼」や「仕事」へのお礼というレベルでよいのです。

 このようなことですから、最近政府(厚生労働省)によって議論されている「中間就労」はこれにあたります。身体的・精神的な状況、あるいは社会的な状況(不登校やホームレス、出所者など)で正規労働にすぐにつけない人たちを一旦就労を受け入れるが労働時間はフレキシブルにし報酬は「最低賃金」以下の場合もあるというものです。私の事務所にも厚生労働省筋からこのようなことができないか?という打診がありました。

 こうした「支えあい」「仕事」「中間就労」というような動きが大きなものになっているのですから、法的な整備が必要になってきているのかもしれません。ただし、法律にしてしまうとさまざまな「しばり」がされるので、現状のような「無法」のもとで実力で認めさせていく方がいいのかもしれません。
 労働概念は賃労働が中心にあるにせよ、人間として親が子どもに対する労働、一般の人々が高齢者や障がい者に対する内発的行為=ボランティアというのもあるのではないでしょうか。また、生協の組合員が交代でメンバーのために商品を配達する組織内部の支えあい、自治会での世話役活動など「共」の世界における賃労働ではない「仕事」や「支えあい」があります。

 上野が親しくつきあっている生協やワーカーズコレックティブは経営と労働を一致させた事業体であり、ボランティアではなく「共益」の世界を立脚点としています。ことに女性が主体であり、女性の自立には家事労働がシャドーワークになっていることの顕在化をおこなわなければならない、という強い使命感があります。つまり、家事労働が価値あるものであり、これに労働の対価として評価しなければならない、という強固な立場にたっていました。ですからワーカーが労働としてケアワークに臨んでいくということは理解できます。

 ところが、私はボランティア活動=「公益」論からスタートして、ケアの世界に入っています。つまり、私は公益の側からケアの世界にアプローチしました。

 こうしたこともあって、上野に欠けているのは女性の社会的地位の低さを指摘し、その基準を現代社会の基本関係である労使関係を重視するために「賃労働」と「支えあい」の差を区分けられなくなったのではないかと私は思っています。つまり、同じケアということであっても親が子どもにたいするケア、家族の高齢者に対するケア(社会的な応援がないと虐待にいたるが)、困っている人を見かねて何とか支援したいという内発的動機にもとづく援助からでてくるケアも存在するのです。

 以上で長くなった上野への反批判を終わります。なかなか手ごわい相手なので頭の中がまとまるのに時間がかかりました。ただ、友人から請求書のように「上野への反批判」はどうしたという激励?を受けていたことが「借金」のような気分で頭から消えませんでした。
 この反批判は、私の新著の1つの柱になります。怠け者の私にとって、新しい時代の思索を深められる課題を提起してくれた上野千鶴子に感謝します。
Posted by 田中尚輝 at 08:42
この記事のURL
http://blog.canpan.info/tanaka-naoki/archive/1117
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました
 
コメントする
コメント