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国家と権力 [2012年11月29日(Thu)]
 
 石巻から再度福島へ。福島は雪だった。移動時間に国家についての本を読む。

国家とは何だろう。人類は家族をつくり、グループと部族を形成し、社会を創っていく。この単純な延長線に「国家」が形成されるのではない。

総選挙がはじまるので、こんなことを考えているのだろう。総選挙は政府権力を争う場だ。ここは法制度的には大きな権力があるのだが、実際には官僚支配であり、たいしたことはない。このことは2009年の総選挙でしっかり経験できた。

 なんともえたいの知れない国家を作った。国家とは暴力装置であり、徴税権を一方的に行使する。国家が権力行使をする最高のレベルは「殺人」をすることだ。死刑という殺人だ。その中に冤罪あっても死刑を行使することができる。

 国家がもつ権力を国民に見せつけるために公開の場においてギロチンで首を切ること(フランス革命)、鞭をうったり、拷問することをみせつけた。また、中国では最近まで公開で処刑をしていた。

 国家は社会のなかの有力者・支配階層が、社会システムにプラスして権力を付与したものだ。権力は人格化され、国家権力として登場する。中世においては「王権神授説」のように権力の人格化を「神」や宗教の力を借りることがあった。
 
 このことは日本における天皇制には神格化された権力を保持していた時代があった。これは第二世界大戦以前の一九〇〇年代前半にも存在した。また、織田信長、豊臣秀吉にもその影をみることができる。
 社会+権力=国家という存在は強大な力をもっている。単に組織の巨大化によってうまれるのではなく、特殊な権力とイデオロギーを持つのだ。

 この国家権力とどのようにつきあうのか?
 参考になる本が出た。

 『国家とはなにか』(萱野稔人、依文社、283頁、2600円、2005年)

 次の点が、ポイントだ。

「国家の成立基盤は、共同体や住民全体の意志といったもののなかにはない。国家が成立するのは、あくまでも、より強い暴力を組織化したエージェントが他の住民を支配しながら富を徴収することによってだ。そこには、共同体や住民全体の意志といったものはなんの関与もしていない。」
Posted by 田中尚輝 at 09:07
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