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2018年10月街人の会活動報告 [2018年10月31日(Wed)]
10月3日(水):高槻市などから10名
コースは叡福寺から用明天皇陵、観光交流センター(昼食)、竹内街道、竹内街道歴史資料館、竹内街道、六枚橋へ。
高槻市の老人クラブの方々で、ゆっくり散策したいとのことで、叡福寺、竹内街道を中心にガイドをしました。

10月7日(日):京都市から1名
コースは叡福寺から西方院、用明天皇陵、竹内街道観光交流館(昼食)、孝徳天皇陵、科長神社、小野妹子墓、二子塚古墳、推古天皇陵、葉室古墳群、敏達天皇陵、仏眼寺橋バス停へ。
台風の影響で1日延期となりましたが、叡福寺前でお会いしてガイドを始めました。連休の中日で他の観光客グループも叡福寺に参詣していました。
西方院では本堂で法要があり、境内の案内だけになりました。三尼公の墓、馬子塚、用明天皇陵を案内し、次に角屋の道標石から竹内街道を辿って観光交流館で昼食にしました。
昼食後、館内の展示物の説明を行い孝徳天皇陵に向かいました。次に科長神社、妹子塚、二子塚古墳、推古天皇陵、葉室古墳群、敏達天皇陵と一気にガイドを行いました。
敏達天皇陵参道では台風の影響で折れた杉の巨木の撤去整備が行われていました。

10月13日(土):広島県などから25名
コースは御陵前バス停から推古天皇陵、二子塚古墳、科長神社、小野妹子墓、竹内街道歴史資料館、旧山本家住宅(昼食)、孝徳天皇陵、竹内街道、叡福寺、西方院、太子前バス停へ。
広島県出身の方々の同窓会のメンバーで、広島県から来られた方もいました。
資料館友の会の方が幹事をされており、ガイドも時間通り進み当初の予定通り事故もなく終了しました。

10月14日(日):泉佐野市などから4名
コースは叡福寺から西方院、用明天皇陵、竹内街道、道の駅(昼食)、竹内街道、叡福寺へ。
泉佐野市観光ボランティアガイドの有志4人の方々でした。
テレビで「ten」の若一さんのコーナーで太子町が紹介され、興味を持たれて、来訪されました。

10月15日(月):泉南郡などから9名
コースは上ノ太子駅から飛鳥ワイン、叡福寺、西方院へ。
熊野街道を歩く方々を上ノ太子駅でお迎えし、ご希望により飛鳥ワインの工房に行きました。ご好意で工場内部の説明をして頂いた後、バスで叡福寺に向かいました。
予定より遅れ、なごみの広場で昼食を取り、叡福寺からガイドを始めました。質問が多く予定時間を越えた為、叡福寺と西方院だけのガイドに変更し、一時間半を掛けて叡福寺の中を隈なくガイドをしました。西方院では本堂に入る許可を頂き、三尼公と蓮誉寿正尼の説明をしました。三尼公の石塔と蘇我の馬子墓の説明を終え、予定された時間になり、太子前バス停に移動し、そこでお見送りしました。

10月28日(日):奈良県斑鳩町などから21名
コースは叡福寺から西方院、食事、用明天皇陵、推古天皇陵、二子塚古墳、旧山本家住宅、竹内街道歴史資料館、道の駅へ。
法隆寺を外国語でガイドされる方々を案内しました。
叡福寺からガイドを始めましたが、聖徳太子所縁の地でガイドをされている方を案内するのは特に緊張しました。
質問も多く、ガイド長くなってしまい昼食も遅れてしまいました。予定時間がオーバーする為、一部旧跡のガイドは了承を得て省く事になってしまいました。
法隆寺のガイドで聖徳太子について説明をする時に叡福寺、用明天皇、推古天皇の話が出るそうです。
ガイドをする時に想像するより実物を見て感じている方が話に深みが出る為、聖徳太子所縁の地に出向き研修をするそうです。

10月30日(火):奈良県王寺町などから32名
コースは和みの広場から叡福寺、西方院、推古天皇陵、二子塚古墳、敏達天皇陵、和みの広場へ。
王寺町の観光ボランティアガイドの方々をご案内しました。
バスで和みの広場に来られ、和みの広場からガイドを始め、聖徳太子墓の模型の前ではどれが誰の棺ですか?などの質問がありました。叡福寺では見真堂の扉を開けていただき、天井の絵や内部を見ることができました。また、金堂では堂内で本尊を間近に住職の説明を聞かれていました。西方院では本堂に上がり、聖徳太子が彫られたと伝わる阿弥陀如来像を間近に見た後、三尼公のお墓に案内しました。次にバスで移動し、推古天皇陵、二子塚古墳、敏達天皇陵を案内しました。和みの広場に戻り、ここでお別れしました。秋の一日、聖徳太子を身近に感じ、太子町の歴史を楽しんでいただけたと思います。
Posted by 太子街人の会 at 14:49 | 活動報告 | この記事のURL
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