2008年12月1日から、『「多文化な職場」づくりのための基礎講座』が始まりました。
大阪市内3か所ということもあり、受講者の多い会場、少ない会場ができてしまいましたが、どの会場においても、熱心に耳を傾けてくださる参加者に向けて、精一杯の講座を組ませていただきました。
このブログでは、各回の講座の概要をレポートしていきます。
第1回に参加された方の復習や周囲への報告に、第1回を欠席された方やこれから参加を予定されている方の情報源としてご活用いただければと思います。
(途中からの参加も歓迎しております。)
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第1回「外国人を取り巻く状況について」(総論)
特定非営利活動法人 多文化共生センター大阪 代表理事 田村太郎
外国人登録の数値にみられる3つの変化
毎年6月になると、前年末の外国人登録者数の統計を法務省が発表します。昨年末の外国人登録者数の統計には、3つの大きな変化が見られました。
●国籍別データ
戦後、これまでは韓国・朝鮮籍が第1位でした。ところが、昨年末のデータで初めて中国籍が1位、韓国・朝鮮籍は2位になりました。
●都道府県別データ
過去、大阪府はずっと2位でしたが、昨年初めて第3位(21万人)になり、愛知県が第2位(22万人)になりました。関西は、滋賀県を除いて、すべての都道府県で外国人登録者数が減っています。
●在留資格別データ
これまでは、特別永住者(旧植民地出身者とその子孫)が第1位でしたが、一般永住者がトップになりました。歴史的背景があって日本に永住している人よりも、自分の意思で永住の資格を取得して暮らす人が多くなってきています。
いずれは、「中国籍が1位になるだろう」「大阪府より愛知県の方が外国人登録者数が多くなるだろう」「一般永住者が特別永住者の数を上回るだろう」と予測されていましたが、この3の変化が昨年末に一度に起きたのです。後年、外国人住民の姿が大きく変わった年として記憶されると思います。
人類が直面する2つの世界規模の課題
人類が直面している世界規模の課題は2つあります。1つ目は気候変動です。こちらはこの数年の間に、大勢の人々が認識するようになりました。もう一つは、人口変動です。日本では“少子高齢化”といわれることが多いですが、世界規模で考えれば“人口変動”と呼ぶのが適切でしょう。
私たちは、気候変動に対して“環境配慮型社会”を提唱し、実現しようとしています。一方で、人口変動に対しては、“多文化共生社会”が対になります。日本ではまだこの問題が人類共通の課題という認識をされるには至っていません。“環境配慮型社会”“多文化共生社会”この2つがそろって初めて、持続可能な社会、企業の形成ができると考えなければなりません。地球温暖化よりも少子高齢化の方が、急速に進むという現実を、もっと認識しなければ、日本の地域社会は持続可能性を失います。
人口変動とは何か
人口変動とは、(1)人が減る (2)人口構成が変わること の2つを指しています。世界の総人口予想を見てみますと、世界規模では人口は増え続けるように見えます。ところが、増えているのは乳幼児死亡率が改善されるアフリカとアジアの中でもインドとその周辺国に限られます。それ以外の地域は、人口が減るか、現状維持ということです。
アジアを見てみると、東アジアや東南アジアは人口が減っていきます。中国は人口が多いように感じますが、既に日本の総人口と同じ数だけの高齢者がいますし、2015年に生産年齢人口、2030年に総人口のピークを迎えた後は、減少に入ります。中国でも高齢者率が高くなり、介護労働力が不足します。このように少子高齢化や労働力人口の不足は、日本だけの課題ではなく、アジア全体の課題なのです。
人口変動への対応〜ヨーロッパの場合〜
既に、ヨーロッパは30年前に人口減少社会が始まっています。いくつかの国々では、人口減少社会の対応として移民受け入れを始めました。
1970年代、スウェーデンなどの北部ヨーロッパの国々は、“福祉を社会化する” 高負担、高福祉国家に舵を切りました。このとき、移民受け入れ施策が同時に取り入れられ、介護や子どもの世話を移民が担うという仕組みが作られました。家事労働を社会化した結果、女性の就業率が上がり、これらの国々の合計特殊出生率は下がることはありませんでした。
一方、ギリシア、イタリア、スペインなどの南部ヨーロッパの国々は、伝統的家族観に基づいた福祉を行っていますが、合計特殊出生率は下がってしまいました。ドイツも同様の傾向があり、移民を積極的に受け入れた国とそうしなかった国との間で、合計特殊出生率で約0.5人の開きが出てしまいました。人口変動への対応では、北欧など、福祉国家への転換と移民受け入れがセットで導入されて国で成果が出ているといえます。
人口変動への対応〜韓国の場合〜
韓国でも労働力確保のための研修生制度をはじめとする施策が取られていましたが、現在は研修生制度を廃止し、2004年に雇用許可制度がスタートしています。介護や家事労働のビザも認められています。2007年に「在韓外国人処遇基本法」を制定し、自治体でも条例を作りました。全国18か所に外国人相談センターが設けられています。韓国は人口変動への対処として、大勢の外国人にやってきて働いてもらい、暮らしやすくするために、外国人へのサポートを国を挙げて進めているのです。
韓国には、おおよそ7万人のベトナム人がいます。そのうち約2万人はベトナムからの農村花嫁(移民花嫁)です。日本のNHKにあたる韓国の放送公社KBSでは、ベトナム語の放送をこの夏からスタートしました。「暮らしやすさ」を実現するための外国人に向けた公的サービスを充実させています。
日本で働く外国人と制度 そして課題
日本政府は現在も、「いわゆる単純労働」の外国人労働者は受け入れていません。しかし、日系人には就労の制限がなく、また研修・技能実習生・留学生のアルバイトなど、実際には「いわゆる単純労働」に従事している外国人は大勢います。
90年の入管法改正で、人手不足が深刻だった製造業に多くの日系人が就労するようになりました。しかし、職業選択の自由があり、条件が良い職場があればすぐに移動することのできる日系人よりも、3年間は確実に従事してもらえる研修生・技能実習生制度が歓迎されている傾向があって、ここ数年は日系人から研修生へシフトする事業所も見られます。
農業でも研修生が多く従事しており、日本の経済社会はもはや、外国人なしでは立ち行かないほど、その力に支えられています。
外国人が日本で生活する上での大きな課題として、来日後の生活面での施策が不十分であることがあげられます。例えば、日本語習得、医療通訳、教育、社会保障などです。ところが、“いわゆる単純労働”は認めないという前提があるために、これらの外国人受け入れ後の対策を検討しないまま、現在まで来てしまいました。
地域との接点がないこと、
日本人が外国人の存在を認識していないことが問題
北部ヨーロッパのように、福祉を社会化した国々の外国人労働者は、介護や子育てなどを担うため、市民や地域との接点があります。アメリカでは、まず移民はサービス業から従事することが多く、地域との接点が生まれています。
ところが日本の場合、外国人は工場の中や農業などの限られた空間で働くことが多いために、市民との接点が少なくなりがちです。そのため、日本人は「外国人が増えてきた」という事実を生活レベルで感じることが少なく、イメージがわきにくいのです。このままでは、外国人との共生に不慣れな国になってしまいます。「外国人が増えると治安が悪化する」といった偏った外国人像も見られ、外国人の日本での生活を、いっそう大変なものにしてしまっています。
アジア全体に目を向け考える〜例えば、介護労働市場のアジア情勢は?
今後50年のアジアを考えてみると、高齢化社会に入らないのは、フィリピンだけです。どの国も少子高齢化が進み、介護労働力が不足してきます。
このほど、EPA協定に基づくインドネシアからの看護師が日本にやってきました。当初、第1陣の看護師受け入れは500人の予定でしたが、実際には200人にとどまっています。
この事実をどう考えるのか。
「どの国に介護労働力を送り出すのか」というイニシアチブを握っているのは、フィリピン、ベトナム、インドネシアといった介護労働力の送り出し国であるということが言えるのです。つまり、日本の方が「働きやすく、暮らしやすい」環境を整えなければ、送り出し国側の人材が、より「働きやすく、暮らしやすい」他の国を選ぶことができるのです。
こうした現実を多くの日本人は知らないで、国境を開けさえすれば日本に外国人がやってくると思い込んでいます。職場で外国人の受け入れが進まない理由も、このあたりの根拠のない優越感といいますか、他国の人材とともに仕事していくことを前提としなければ、地域も職場も持続できないという現実を受け入れられないことにあるのではないでしょうか。
持続可能な社会を形成するために
アジア全体の少子高齢化によって、日本も介護労働市場に限らず、雇用やマーケットにおいて大転換を迫られることになるでしょう。人口が増えるという前提、消費が増えるという前提で商売をしていたのに、その手法では通らなくなります。
国や都道府県の行政サービスも、人口が増えるという前提で作られた制度は、継続することができなくなります。
日本では、20代、30代の人口が、50年先には現在の3分の1になります。海外から見た日本の市場の立ち位置が、10年前、20年前とは違ってきているという認識を持ち、人口変動に対応する多文化共生社会を形成しなければなりません。
(終わり)