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【寄稿】劇評・ふじのくに演劇祭2019「マイレフト ライトフット」 本田栄子さん [2019年09月15日(Sun)]
5月に紹介しましたスコットランド発の演劇公演について、
http://blog.canpan.info/ta-net/archive/578
劇評をお寄せいただきましたので、ご紹介します!
このように、観劇後に感想を語り合うのも観劇の大きな楽しみの一つです。
ありがとうございました!

ーーーーーーーーーーーーーー

ふじのくに演劇祭2019 劇評                                 
手話通訳士      本田栄子

マイ・レフトライトフットの劇評の前に関連イベントシンポジウムの感想を少し述べさせていただく。

パネリストは演出家のロバートゲイル氏と浜松の障害者施設クリエイティブサポートゲッツの代表理事久保田翠氏。ロバートはCP(脳性まひ)だが自身を表現し、周りを巻き込んで自ら社会提言する力を持っている。
一方久保田氏は「私の息子は最重度の知的障害者,劇場に足を運ぶのは難しい、演劇を静かに鑑賞するのは至難の業、障害者と言ってもロバートとは違いすぎて何を話せばいいのか」と腕を組んでいた。

それでも話を聞いていると二人の共通点が見えてきた。
「障害を発信すること、ベクトルを外へ向けて活動していること」だ。
シンポジウムのテーマは「クリエイティブアクセシビリティについて考える。」
アクセシビリティは一方通行では成り立たない。
社会も、障害当事者も、その関係者も多方面から中心へ、中心から多方面にお互いが手を伸ばす時が来た。障害者は福祉の中だけで生きているわけではないということがやっと日本社会でも叫ばれ始めたのだと思った。
この企画を持ってきたふじのくに世界演劇祭に拍手を送りたい。

私は3人の聴覚障害者と一緒に参加した。
UDトークの情報保障があり音声は同時翻訳されて各自のスマホで見ることができた。画期的だった。

さて本論の劇評である。

日本でもTV番組の障害者の扱いには数年前から「感動ポルノだ」と反発の声もある。
劇の序盤に「人の内面は同じ」というセリフがあり、
私は「さっきのシンポジウムで久保田さんは排泄物を口にしてしまうような重度障害者は普通の人とは違う、私たちにわからない心を持っている、内面はわからない」と言ってたぞ…と少しモヤモヤしながら観ていたのだが、
だんだん劇に惹きこまれてこの「ミュージカルコメディ」をめいっぱい楽しむことができた。

日本語字幕を読むと一歩間違えば放送禁止が心配されそうな性的表現も含め
この潔い障害者描写のセリフの数々は当時者発信ならではのもの。
CP本人のロバートの力、イギリスの障害者アーティストが日本の30年先の自由があることが想像できる。
そしてさらに手話通訳者のすばらしさを特筆したい。
この舞台にはイギリス手話ディレクターとしてナタリー・マクドナルド氏が演者の中に一体化して手話通訳をしていた。
通常手話通訳者舞台袖、講演会など動きの無いものは演者の隣に立つ。
ナタリーはさりげなく、けれど客席から全体の様子が見やすいように右に左に動きながら時には一緒に踊って手話通訳をした。
それは美しく強く逞しく魅力的な手話だった。

日本では手話通訳のニーズは病院、学校、行政など、聴覚障害者が困った場合に依頼されるのがほとんどで、今回の様にクリエイティブな現場、エンターテイメントの現場、聴覚障害者が人生を充実させ楽しみ考える時間のための通訳は殆ど無い。
しかし「殆ど」と述べたのは『0ではない』こともうれしい事実だ。
このふじのくに世界演劇祭の様にクリエイティブな場面にも障害者の小さな一歩は確かに踏み出している。

昨年大ヒットした映画「ボヘミアンラプソディ」にも主人公の彼女の親が聴覚障害者で手話で会話しているシーンがあったのに気づいた方も多いだろう。
日本でも障害者は20人に一人。特別な存在ではないのである。
障害者やLGBTについての議論は会議室や福祉センターの中だけか?
いや、劇場で、カフェで、ステーキハウスで、どこでもいつでも季節の話題の様に誰もがもっと語り合ってゆけるものだとこの舞台が思わせてくれた。
障害者の役は障害当事者のみがキャスティングされるべきか,否か…。
投げかけられたテーマをもっと深く語り合うためには、もっとたくさん劇場に足を運ばなくてはと思いながら帰路についた。

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