ブランド牛ってなに
私たちは、岐阜県の食肉卸販売業「丸明」が、等級の低い飛騨産の牛肉を偽装したことに怒っている。しかし、はたして本物の飛騨牛を見抜く力を持っているといえるのだろうか。
あなたが牛肉を買うとき、どのような判断をして購入をするかを、ここで質問したい。
下記から、あなたが牛肉を買うときの優先順位をあげて欲しい。
A ブランド・・・ 佐賀牛 松阪牛などのブランド
B 価格・・・ 肉の適正価格
C 見た目・・・ 肉の良し悪しを目で確認する
D 部位・・・ ロース、サーロイン、肩などの牛の部位
日本人の答えは、1位がブランド、2位が価格、3位が見た目である。4位の部位という答えはあまりない。
私たち日本人は、まずブランドを確認し、値段を見てから、最後に、肉質を見て買い物をしている。これが今日の日本の消費者の購買行動である。つまり、肉質を見る前に、ブランドを確認しているのである。
日本の牛は、霜降り肉で確かにうまいが、それは高級な肉であって、普段の家庭で料理に使うことはあまりない。しかし、消費者は、肉質とは関係ないブランドを見つめているのである。
肉食文化の海外では、1位は見た目で、ここで肉質を判断する。2位が価格で、それが適正か判断する。3位は部位で、その肉の特徴を吟味する。
海外では、日本で1位のブランドの回答がないのは、海外にはブランド牛はあまり存在しないのだから、当たり前である。
海外の消費者は、肉の部位をよく見るが、それは、部位の肉質により料理に使う肉が変わるからである。ここに農耕民族の我々との違いがある。
さて、今回の「飛騨牛」の偽装だが、その肉は確かに「飛騨産の肉」であった。しかし、それは偽装された牛肉であった。この表現の違いが、JAS法に触れるのである。
日本でこれほどブランド牛が騒がれたのは、アメリカのBSE問題と関連している。アメリカ牛との差別化を図るために、各地の生産者がブランド牛を立ち上げたからだ。
日本にはブランド牛が約300種いるが、各地のブランド牛の基準は国が定めたものではない。その土地独自の基準があり、それに合格すれば、地元のブランド牛として出荷することができる。
ブランド牛は、牛肉の格付けによって決まる。格付けは、「おいしさの目安」だが、それは日本食肉格付協会によって行われる。格付けの等級が高ければ値段も高く、おいしい牛肉といえる。
牛肉の格付けには2つの等級がある。1つは歩留まり等級、もう1つは肉質等級だ。歩留まり等級は、A、B、Cの3段階で、Aが最もよい肉となる。肉質等級は5、4、3、2、1の5段階に分かれているが、5が最もよい等級である。
実際の表示では、2つの等級を組み合わせてA−5、B−3などと表示をする。 最高ランクのA−5の牛肉は、ほぼ和牛だ。しかしそれは、総生産数の約15%しかなく、選び抜かれた牛だけが最高のランクとなる。
一般的に和牛はAクラスになることが多く、他の牛はBクラスに評価されることが多い。それは、和牛1頭から多くの肉を得ることができるからで、肉用牛として最適な牛であるといわれている。
しかし、先に書いたが、どの格付け以上の牛肉をブランド牛として認めるかは、地元の判断に任されているのが現状である。
ある地方では、等級の他に、牛を育てる地域を定めているため、道の手前の牛はブランド牛になるが、道の向こうで飼われている牛は、例えA−5の格付けをとっても、ブランド牛と認定されない。
今回の飛騨牛偽装事件では、等級の低い肉は「飛騨牛」として認められていなかった。だから、「飛騨産の牛」と表記されるべきであった。これが、等級偽装である。その肉は「飛騨牛」として認定されていないのだから、明らかにJAS法違反である。
北海道のミートホープ社の社長は、いまは刑務所に収監されているが、当初社長は「消費者が求めているものを生産してなにが悪い」と発言した。
その言葉は、消費者を馬鹿にした言葉であったが、ある意味で真実を語っているものでもあった。消費者は、その価格を支持し、偽のミンチ肉を見抜く力を持っていなかったからである。
日本の消費者は、ブランド牛肉を求めているが、その肉を前にすることで、味覚が惑わされ、おいしく感じる人種になった。その一例として、日本人はうまい牛肉を「この肉は軟らかくておいしい」と話すのである。
私たちは、肉の見た目を判断する力、「目利き」力を持つべきである。それを持つことで、安くてうまい肉を誰でもが手に入れることができるようになる。
食品偽装のニュースが多い時代は、その企業を非難する前に、自分たちの食の姿勢をあらためるよい機会である。
300種のブランド牛がある社会は、別の意味で、一部を除き「ブランド牛の価値がない」社会といえる。だから、消費者が牛肉を見る目がより大切になる。
いっそ、ブランド表示よりも、生産地と肉の等級を表示する方が、消費者には理解しやすいと思うのだが、それが実現すれば、安価でおいしい牛肉を食べる消費者の知恵を育てることになるのではと思う。
真の牛肉の味覚を、子どもたちに伝えていくことも、また大切な「食育」なのである。