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まち、商店街

今高齢化・人口減少の時代を迎え全国のまちや商店街は、特に地方都市の中心市街地や大都市でも近隣型、地域型と呼ばれる商店街は疲弊が激しい。かって都市の顔と呼ばれていたが見るもない中心市街地や商店街が増えてきた。それは、地域や都市そのモノが疲弊しているからに他ならない。それに追い討ちをかけるように郊外に大型店が出店している。全国の商店街やまちづくり団体は懸命にこれらに対処しようとしています。これらの取り組みを紹介してゆきたいと思います。


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巣鴨駅前商店街振興組合 [2018年07月21日(Sat)]
巣鴨駅前商店街振興組合
巣鴨駅前商店街ソーラーアーケード等整備事業 人にやさしい、地球にやさしいまちづくり! きれいな地球のおてつだい!
巣鴨駅前商店街はJR巣鴨駅から南北に国道17号線(中山道)を挟んで国道沿いにある商店街です。国道17号線は道路拡幅事業によりユニバーサルデザインを取り入れた歩道整備されるなど人にやさしい商店街を実践してきています。商店街には、平成3年に設置した全長270mの勾配屋根型アーケードがありますが、国道と交差する道路部分にはアーケードが設置されてなく、アーケードが断続的に設置されていました。その中、規制緩和の一つとして道路法施行令(第10条)の改正により道路交差部分のアーケード設置が認められたことにより、かねてから商店街として環境にお手伝いできることを模索して検討を進めていたアーケードソーラー化と連続化事業を実施しました。
 アーケードへ貼付したソーラーパネルは、縦80cm横160cmの大きさで、全部で188枚を設置しました。ソーラー化による節電効果しては、当初アーケードで使用する電力の10%程度を見込んでいましたが、4月から7月の4ヶ月間の実績を見ると約54%強の節電効果と4ヶ月間で2198.8kg‐co2/kwhの二酸化炭素が削減効果がありました。今では、「巣鴨駅前商店街太陽電池発電所」と地元では呼んでいます。

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巣鴨駅前商店街振興組合 [2018年07月21日(Sat)]
巣鴨駅前商店街振興組合
巣鴨駅前商店街ソーラーアーケード等整備事業 人にやさしい、地球にやさしいまちづくり! きれいな地球のおてつだい!
巣鴨駅前商店街はJR巣鴨駅から南北に国道17号線(中山道)を挟んで国道沿いにある商店街です。国道17号線は道路拡幅事業によりユニバーサルデザインを取り入れた歩道整備されるなど人にやさしい商店街を実践してきています。商店街には、平成3年に設置した全長270mの勾配屋根型アーケードがありますが、国道と交差する道路部分にはアーケードが設置されてなく、アーケードが断続的に設置されていました。その中、規制緩和の一つとして道路法施行令(第10条)の改正により道路交差部分のアーケード設置が認められたことにより、かねてから商店街として環境にお手伝いできることを模索して検討を進めていたアーケードソーラー化と連続化事業を実施しました。
 アーケードへ貼付したソーラーパネルは、縦80cm横160cmの大きさで、全部で188枚を設置しました。ソーラー化による節電効果しては、当初アーケードで使用する電力の10%程度を見込んでいましたが、4月から7月の4ヶ月間の実績を見ると約54%強の節電効果と4ヶ月間で2198.8kg‐co2/kwhの二酸化炭素が削減効果がありました。今では、「巣鴨駅前商店街太陽電池発電所」と地元では呼んでいます。

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佐伯祐三と同記念館 2 [2018年07月13日(Fri)]
佐伯祐三と同記念館 2
この落合の地で佐伯が生活し、創作活動をしたのは、米子夫人と長女彌智子と共に、フランスに向かう大 正12年までと、大正15年に帰国し、再びフランスに渡る昭和2年までの合わせて4年余りにすぎません 。
佐伯はその後満30歳で死去するまでの6年足らずの画家生活の間、2回パリに滞在し[2]、代表作の多くはパリで描かれている。第1回のパリ渡航は1924年(大正13年)1月から1926年1月までで、約2年の滞在であった。
2度目の滞仏はそれから間もない1927年(昭和2年)8月からであり、佐伯はその後ふたたび日本の土を踏むことはありませんでした。佐伯は旺盛に制作を続けていたが、1928年3月頃より持病の結核が悪化したほか、精神面でも不安定となった。同年8月16日、妻が娘の看病をしていたので妻に看取られることなく衰弱死しました。
この地は、佐伯がアトリエを構え、創作活動拠点とした日本で唯一の場所であり、現在も 、当時のままの敷地に、大正期のアトリエ建築を今に伝える建物が残されている貴重な場所です。このアトリエを、新宿に残る大切な「土地の記憶」、「まちの記憶」として保存・継承し 、広く発信していくために、新宿区立佐伯祐三アトリエ記念館として整備・公開しています。

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佐伯祐三と同記念館 2 [2018年07月13日(Fri)]
佐伯祐三と同記念館 2
この落合の地で佐伯が生活し、創作活動をしたのは、米子夫人と長女彌智子と共に、フランスに向かう大 正12年までと、大正15年に帰国し、再びフランスに渡る昭和2年までの合わせて4年余りにすぎません 。
佐伯はその後満30歳で死去するまでの6年足らずの画家生活の間、2回パリに滞在し[2]、代表作の多くはパリで描かれている。第1回のパリ渡航は1924年(大正13年)1月から1926年1月までで、約2年の滞在であった。
2度目の滞仏はそれから間もない1927年(昭和2年)8月からであり、佐伯はその後ふたたび日本の土を踏むことはありませんでした。佐伯は旺盛に制作を続けていたが、1928年3月頃より持病の結核が悪化したほか、精神面でも不安定となった。同年8月16日、妻が娘の看病をしていたので妻に看取られることなく衰弱死しました。
この地は、佐伯がアトリエを構え、創作活動拠点とした日本で唯一の場所であり、現在も 、当時のままの敷地に、大正期のアトリエ建築を今に伝える建物が残されている貴重な場所です。このアトリエを、新宿に残る大切な「土地の記憶」、「まちの記憶」として保存・継承し 、広く発信していくために、新宿区立佐伯祐三アトリエ記念館として整備・公開しています。

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佐伯祐三と同記念館 [2018年07月13日(Fri)]
佐伯祐三と同記念館
 新宿区中落合2−4−21
 目白通りから聖母坂通りを下落合駅の方面に向かい、路地に入りしばらく歩き幅1メートル半ほどの小道の先に新宿区立佐伯祐三アトリエ記念館があります。
 明治31年、大阪市北区中津二丁目にある光徳寺の男4人女3人の兄弟の次男として生まれた。大正6年、東京の小石川(現・文京区)にあった川端画学校に入り、藤島武二に師事しました。旧制北野中学(現・大阪府立北野高等学校)を卒業した後、大正7年には、東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科に入学し、引き続き藤島武二に師事、1923年(大正12年)に同校を卒業しました
佐伯祐三は、東京美術学校在学中の大正9年に、銀座の象牙美術商の娘、池田米子と結婚すると、翌大正10年には、同時代の洋画家中村彝のアトリエにも程近い豊多摩郡落合村下落合661番地(現・中落合2丁目4 番)にアトリエ付き住宅を新築しました。
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佐伯祐三と同記念館 [2018年07月13日(Fri)]
佐伯祐三と同記念館
 新宿区中落合2−4−21
 目白通りから聖母坂通りを下落合駅の方面に向かい、路地に入りしばらく歩き幅1メートル半ほどの小道の先に新宿区立佐伯祐三アトリエ記念館があります。
 明治31年、大阪市北区中津二丁目にある光徳寺の男4人女3人の兄弟の次男として生まれた。大正6年、東京の小石川(現・文京区)にあった川端画学校に入り、藤島武二に師事しました。旧制北野中学(現・大阪府立北野高等学校)を卒業した後、大正7年には、東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科に入学し、引き続き藤島武二に師事、1923年(大正12年)に同校を卒業しました
佐伯祐三は、東京美術学校在学中の大正9年に、銀座の象牙美術商の娘、池田米子と結婚すると、翌大正10年には、同時代の洋画家中村彝のアトリエにも程近い豊多摩郡落合村下落合661番地(現・中落合2丁目4 番)にアトリエ付き住宅を新築しました。
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第31回 下町七夕まつり [2018年07月02日(Mon)]
第31回 下町七夕まつり
日時:平成30年7月5日(木)〜9日(月)
場所:かっぱ橋本通り商店街
主催:下町七夕まつり実行委員会
約1.2キロメートルかっぱ橋本通りには、彩り鮮やかな笹飾りやくす玉が飾られます。
期間中にはパレードが行われ、観客が短冊に願い事を書いて笹竹に吊るす参加コーナーなど、楽しいイベントが行われます。
中心の土日は、7日[土曜日]午前10時〜午後8時、8日[日曜日]午前10時〜午後7時の間、かっぱ橋本通りは歩行者天国となり、模擬店の出店、イベントなどが実施されます。

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第31回 下町七夕まつり [2018年07月02日(Mon)]
第31回 下町七夕まつり
日時:平成30年7月5日(木)〜9日(月)
場所:かっぱ橋本通り商店街
主催:下町七夕まつり実行委員会
約1.2キロメートルかっぱ橋本通りには、彩り鮮やかな笹飾りやくす玉が飾られます。
期間中にはパレードが行われ、観客が短冊に願い事を書いて笹竹に吊るす参加コーナーなど、楽しいイベントが行われます。
中心の土日は、7日[土曜日]午前10時〜午後8時、8日[日曜日]午前10時〜午後7時の間、かっぱ橋本通りは歩行者天国となり、模擬店の出店、イベントなどが実施されます。

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