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まち、商店街

今高齢化・人口減少の時代を迎え全国のまちや商店街は、特に地方都市の中心市街地や大都市でも近隣型、地域型と呼ばれる商店街は疲弊が激しい。かって都市の顔と呼ばれていたが見るもない中心市街地や商店街が増えてきた。それは、地域や都市そのモノが疲弊しているからに他ならない。それに追い討ちをかけるように郊外に大型店が出店している。全国の商店街やまちづくり団体は懸命にこれらに対処しようとしています。これらの取り組みを紹介してゆきたいと思います。


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高円寺純情商店街 [2016年11月29日(Tue)]
高円寺純情商店街
当組合は昭和20年代中頃に発足した「高円寺銀座商店会」を母体に、昭和33年協同組合として法人化されました。“純情商店街”は、当商店街出身である作家のねじめ正一さんが、平成元年に第101回直木賞を受賞した作品「高円寺純情商店街」の本のタイトルを高円寺銀座商店会の愛称として使い、今ではすっかり定着しました。
高円寺名物「東京阿波踊り」は昭和32年より60回を数え、踊り手約1万人、観客100万人を超えるにぎわいとなっています。
3年前から空き店舗を利用し山形県飯豊町(いいでまち)のアンテナショップを開き、飯豊町の物産品(米、野菜他)や提携して作った「高円寺純情ブランド品(米、日本酒)を販売しています。11月26日には飯豊の方と飯豊に農業体験に行った高円寺の子供たちが一緒になって、即売会と獅子舞を実施し、全員げんきで明るく活動されて街おこしの一環となっています。
商店街ブランドでの活性化で、お米と日本酒を作りました。お米はJA置賜の青年部を通じ、山形の「はえぬき」銘柄を商店街ブランドにし、風袋のデザインは女子美術大学にコンペで作成いただいています。お酒も毎年カップ酒のデザイン変え、これを女子美大学に依頼して制作しています。
インバウンド対策
@ wifi導入
wifiを商店街店舗で設置し様々な情報を発信中です。外国人向けの情報提供や個店ごとの情報提供も進めていく所存です。また、外国人の声をアンケート等にて把握し、きめ細かいサービスに生かしています。例えば、「お蕎麦屋さんの価格表がわからない」の声に価格の件字表記を改めたりしています。
A 民泊
飯豊町のアンテナショップの階上のコミュニティスペースを活用し、商店街運営の簡易宿泊所として営業予定です。現在最終の改装中で29年3月には開業予定で、完全予約制で商店街のクーポン等とセットにした販売を行う予定です。
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アルカキッド錦糸町前の江戸切子のクリスマスツリー [2016年11月23日(Wed)]
アルカキッド錦糸町前の江戸切子のクリスマスツリー
 錦糸町駅北に江戸切子のクリスマスツリーが飾られている。たぶん今年初めてである。
江戸切子(えどきりこ)とは江戸末期に江戸(現在の東京)で始まったカットグラス工法のガラス工芸・ガラス細工である。伝統工芸に認定されているガラス工芸品・地域ブランドの一つで認定を受けている。墨東地区に多くの製造業者が存在している。
 江戸末期に生産された江戸切子は透明な鉛ガラス(透きガラス)に鑢や金棒と金剛砂によって切子細工をし、木の棒等を用いて磨き行った手作業による手摺り工程による細工によって制作されたものである。
江戸切子の文様としては、矢来・菊・麻の葉模様など着物にも見られる身近な和の文様を繊細に切子にしているのも特徴である。現在は、当初からの素材であるクリスタルガラス等の透きガラスよりも色被せガラスを素材に用いたものが切子らしいイメージとして捉えられており、多く生産されている

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町銀座商店街クリスマス飾り [2016年11月23日(Wed)]
町銀座商店街クリスマス飾り
砂町銀座のアーチに可愛らしい風船のスノーマンが飾られました。
平成28年度 歳末福引大売り出し 
歳末福引大売出し
福引券配布期間:11月18日(金)から12月11日(日)
年の納めの運試し、砂町銀座でガラポン抽選!
●期間中福引取扱店では、1000円お買い上げ毎に1回抽選券を差し上げております。
●抽選日は、期間中の金曜、土曜、日曜日の3日間、正午から午後6時まで。
●抽選会場:砂町銀座商店街事務所1階 

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大網白里市(おおあみしらさとし) [2016年11月15日(Tue)]
大網白里市(おおあみしらさとし)
同市は千葉県の県央にあり、九十九里平野の南西部に位置する。千葉県の県庁所在地である千葉市の東隣にあり、東京都心から50から60km圏域に位置し、房総半島の太平洋岸(九十九里浜)に面している。東西に細長い市域は、西部の「大網地区」である丘陵部、中央部の「増穂地区」である広大な田園部、東部の「白里地区」である海岸部を有している。
 JRの駅は大網駅のみで、銚子方面に向かう東金線と房総に向かう外房線の分岐駅となっていて、駅前広場から駅ホームを見ると2つのホームがあるように見えるが、東端で接続している。
平成22年(2010年)の国勢調査における人口も50,122人となったことから人口に関しては市制施行の条件を満たし、町長はこれに向けた取り組みを行うことを表明した[3]。
2012年(平成24年)11月15日の総務省告示第三百九十六号により、平成25年(2013年)1月1日に市制を施行した。

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さいたま市浦和区 [2016年11月11日(Fri)]
さいたま市浦和区
浦和市(うらわし)は、関東地方の南部、埼玉県南部に存在した市である。県内最大の人口を有し、県庁所在地として県行政の中枢を担っていた。東京都区部への通勤率は35.9%(平成12年国勢調査)になる。
平成13年に大宮市、与野市と合併してさいたま市となり廃止された。平成15年には、さいたま市の政令指定都市移行・区制施行に伴い、おおむね旧市域にあたる部分が浦和区、南区、桜区、緑区の4区に分けられ、さいたま新都心にあたる部分は中央区となった。現在でも旧浦和市域を総称して浦和地区という。
浦和レッズダイヤモンズ(HPより)
創立:1950年、ホームタウン:埼玉県さいたま市
所在地:〒336-8505 埼玉県さいたま市緑区中野田500
法人名:浦和レッドダイヤモンズ株式会社
設立年月日:1992年3月10日
ホームスタジアム:埼玉スタジアム2002(63,700人収容)浦和駒場スタジアム(21,500人収容)
クラブ名の由来
「浦和」は、クラブが発足した当時のホームタウンの市の名前です。
「レッドダイヤモンズ」
ダイヤモンドの最上の輝き、何物にも傷つけられない強さ、固い結束力が、この愛称にこめられています。ダイヤモンドは、光の当たり方によって様々に輝きます。イレブンにスタンドからサポーターの光が当たってこそ、「レッドダイヤモンズ」が真っ赤な炎のように光り輝くものと確信しています。「レッド=赤」は、クラブカラーです。浦和を舞台とした漫画「赤き血のイレブン」もカラーは赤。前身の三菱サッカー部のユニホームも赤でした。クラブ名は、創立の1992年4月から1996年1月までは「三菱浦和フットボールクラブ」。愛称「レッドダイヤモンズ」でした。1996年2月にクラブ名を「浦和レッドダイヤモンズ」に変更しました。ただし、創立時より、ほとんどの方から「浦和レッズ」の呼称で呼ばれています。
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浅草で行われた弘前ねぷたまつり(ひろさきねぷたまつり) [2016年11月10日(Thu)]
浅草で行われた弘前ねぷたまつり(ひろさきねぷたまつり)
弘前ねぷたまつりは、青森県弘前市で開催される弘前四大まつりのひとつである夏祭りで、大勢の市民が「ヤーヤドー」の掛け声とともに、武者絵が描かれた山車を引いて市内を練り歩く。弘前ねぷたには扇ねぷた(扇型)と組ねぷた(人形型)がある。青森市はねぶたと呼び、弘前はねぷたと呼ぶ
ねぷたまつりの由来はさまざまあるが、定説としては江戸時代の元禄期後半からの「七夕祭りの松明流し・精霊流し・眠り流し」や「盆灯籠」などが融合変化し、現在の華麗なねぷたに発展してきたと言われている。表面の鏡絵や人形の部分では、中国物として三国志、水滸伝、漢楚軍談、呉越軍談等、また和物としては源平盛衰記、津軽為信などがある。

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砂町銀座のゆるキャラ「すなっち」 [2016年11月10日(Thu)]
砂町銀座のゆるキャラ「すなっち」
すなっち"の正体は? 江戸東京野菜"砂村一本ねぎ"の妖精です。
現在では、田畑も無い北砂地区ですが妖精として砂町銀座商店街に舞い降りました。
 毎月10日 ばか値市、「すなっち」が午後1時から現れます。夢のない写真ですが
砂村一本ねぎは天正年間(1573〜1592)に摂津(大阪)から砂村(江東区北砂・南砂)や品川などに持ち込まれました。当時の砂村は摂津より寒いためか、定植しても葉が枯れてしまいました。摂津ではネギの葉を食べる習慣がありましたが、葉は枯れてしまっているため、もったいないと土の中にある軸の白い部分を食べたら非常においしかった。以後、三寸ほどのネギの白い部分を食べる様になったと言われています。

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