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まち、商店街

今高齢化・人口減少の時代を迎え全国のまちや商店街は、特に地方都市の中心市街地や大都市でも近隣型、地域型と呼ばれる商店街は疲弊が激しい。かって都市の顔と呼ばれていたが見るもない中心市街地や商店街が増えてきた。それは、地域や都市そのモノが疲弊しているからに他ならない。それに追い討ちをかけるように郊外に大型店が出店している。全国の商店街やまちづくり団体は懸命にこれらに対処しようとしています。これらの取り組みを紹介してゆきたいと思います。


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第62回さっぽろ雪まつり [2011年01月31日(Mon)]
第62回さっぽろ雪まつり
○会期:平成23年2月7日(月)から2月13日(日)の7日間の開催
○会場および見学時間
1、大通会場:大通公園西1丁目から西12丁目まで 22:00に照明が消灯
2、つどーむ会場:札幌市スポーツ交流施設 「つどーむ」 9:00から17:00まで
3、すすきの会場:南4条通りから南7条通りまでの駅前通り
午前0:00に照明が消灯(最終日は22:00に照明が消灯)
○雪氷像の基数
248基 (【会場別内訳】大通:140基、つどーむ:28基、すすきの:80基) を予定

札幌雪まつりの歴史
雪まつりは、1950年に、地元の中・高校生が6つの雪像を大通公園に造ったことを きっかけに始まった。雪合戦、雪像展、カーニバル等を合わせて開催、5万人あまりの人出で予想以上の大人気であった。以後、札幌の冬の行事として市民に定着していくことになる。1953年には、高さ15メートルの大雪像「昇天」がはじめて作られた。1955年には、自衛隊が参加し、大規模な雪像づくりに挑戦した。第10回開催の1959年には雪像制作に2,500人を動員した。はじめてテレビ、新聞でも紹介され、翌年からは本州からの観光客も増えて大盛況となった。こうして、札幌の雪まつりから日本の雪まつりへと発展していった。


札幌中央通り


大通公園


狸小路商店街のアーチ


市電すすきの駅
永福町商店街(振)節分 [2011年01月28日(Fri)]
永福町商店街(振)節分
当商店街組合は昭和39年設立された。永福町駅舎の建て替えとともに「まちづくり」協議会「永福町夢プロジェクト」が新たにスタートした。これは商店会だけではなく町会等、地域の皆様と力を合わせて永福町の発展のための取り組みでもある。
 「永福町駅南口」は平成22年3月21日に完成し、多くの住民の方々に利用されている。昨年12月には「しあわせ通り」にパン屋がオープンした。商店会主導で署名運動をしたことが南口完成という社会環境を変えることができ、京王電鉄のご好意で「しあわせ通り」に立派な花壇が完成した。これは杉並区初の産官学連携の商店会活性化事業(アクティブ事業)に永福町商店街が積極的に取り組み成果を挙げた結果、京王電鉄の協力が得られたものである。
 永福町駅は、東京都杉並区永福二丁目にある京王電鉄井の頭線の駅である。2010年3月21日より橋上駅舎の供用を開始し、それにより従来の北側のほか南側に出入口が開設された。駅部分は完成したが、駅ビルと駅前にあった京王ストアは2011年度完成予定である。地上駅時代は駅舎とホームを連絡する通路が渋谷方に設置されていた。現行の橋上駅舎ではコンコースとホームを連絡するエスカレーターが吉祥寺方に、階段が渋谷方にそれぞれ設置されている。駅舎建て替え工事は引き続き2011年度の完工を目指している。最終的に3階建ての駅ビルが建設され、1階に駅ホームと京王ストアが、2階にコンコースと店舗、3階に店舗や保育所が入居する他、屋上広場や太陽光発電システム、ドライミスト防暑装置、雨水利用システムも導入し、環境に優しい駅となる。
2月3日(木)節分祭
4月9日(日)永福町駅完成記念イベント


永福町駅の踏切


永福町駅ホーム


駅前通りの節分の看板


京王駅ビル
砂町銀座商店街 節分まつり [2011年01月25日(Tue)]
砂町銀座商店街 節分まつり
砂町銀座商店街は江東区の砂町地区にあり、明治通りと丸八通りの間、街区約670メートルの通りに生鮮3品店や惣菜店など最寄品店を中心に約180の店舗が軒を並べている。たびたびテレビ番組や、日経新聞の商店街ランキングで3位に取り上げられるなどその知名度は高い。昨今は他の商店街と同様にサービス業店の進出が増えている。
同商店街のある江東区には、東西に走るJR総武線、都営地下鉄新宿線、東京メトロ東西線がある。南北を結び、平成12年には都営地下鉄大江戸線が、平成15年には半蔵門線が全面開通した。交通の便の良さから近年、高層マンションの建設ラッシュが続き江東区の人口は急激に増加している。この人口増加を背景に、平成12年にイオン(南砂)、イトー・ヨーカドー(木場)、平成15年にはイオン(東雲)を核とする商業施設が相次いでオープンした。そして、平成22年6月には小名木川貨物駅跡地に大型商業施設「アリオ北砂」がオープンした。
オープン当時は、商店街の人通りは、通常の半分以下に落ち込んだが、10月頃には、かなり回復してきた。しかし、アリオ北砂オープンだけの影響ではなく、不況の影響も大きく各店舗の売上の回復は、まだ春には遠い状況にある。そのような状況下で行われるのが、今年の節分祭である
日時:2月3日、午後5時から、 場所:持宝寺
東京マラソン 2月27日(日)


商店街事務所前の看板


東京マラソンの横断幕


商店街の街路の様子
第13回小樽雪あかりの路 [2011年01月23日(Sun)]
第13回小樽雪あかりの路
平成23年2月4日(金)〜2月13日(日) 午後5時〜午後9時
運河会場・手宮線会場ほか あかりの路会場
平成11年2月に市民有志により始まった「小樽雪あかりの路」は、キャンドルの灯火が古い街並みを優しく照らす幻想的なイベントです。運河会場、手宮線会場をメーン会場に開催され、前回は50万8千人の来場者があった。運河の水面で瞬く古い漁具をモチーフにした浮き玉キャンドル、手宮線会場の柔らかな光がともるスノーキャンドル、オブジェなど、全てがボランティアの手作業によるものです。近年は、メーン会場以外にも、天狗山会場、朝里川温泉会場など、あかりの路会場も大人気になっていて、ろうそくの温かなあかりが来場者をもてなしている。そのほかに、運河プラザ内での必見のイベントもある。また昨年に引き続き、各会場を回ってのスタンプラリーも行われる。
小樽雪あかりの路 ボランティア・スタッフを募集している。昨年の12月の情報のため確認が必要です。
下記は小樽雪あかりの路開催委員会の募集案内です
 毎年、小樽の一番寒い時期に行われている「小樽雪あかりの路」が、今年も近付いてまいりました。今回で第13回目。本番に向けて、昨年の早い時期から、私たちスタッフがあれこれ案を練り、今回も例年以上に盛り上がるイベントにしたいと考えています。
昨年は、開催期間の10日間で延べ50万人以上の方が「雪あかりの路」を楽しんでくれました。御存知のとおり、このイベントはほとんどがボランティア・スタッフによる手作り。皆さんの活躍をなくして「雪あかりの路」の成功はあり得ないと言っても過言ではありません。年を追うごとにボランティア・スタッフの作業量も増えていますので、多くの皆さんの御協力が必要です。
 凍てつく寒さの中、辛いと思うときはあるかも知れません。しかし、だからこそスタッフ同士のふれあい、来場者とのふれあい、充実感によって、一生の思い出になるものです。


小樽駅


小樽駅前から見た中央通り、この先が運河になる


雪の小樽運河


雪の小樽運河
上2枚、浅草橋から


夜の小樽運河(撮影は12月のため雪はほとんどない)
中央橋から
宇都宮屋台横丁のチャリティ鍋 [2011年01月17日(Mon)]
宇都宮屋台横丁のチャリティ鍋
宇都宮屋台横丁では、1月28日(金)に毎年大好評の恒例企画「第4回 チャリティ鍋企画」を開催する。各屋台の店主が心を込めて6種類の温かくておいしい鍋をご用意する。
 今年も売上金は宇都宮市民活動助成基金へ寄付しますので、皆さまのご来店をぜひお待ちしている。
■第4回 チャリティ鍋企画
■開催日 2011年1月28日(金)   ■時 間 19:00〜22:00
■内 容 下記時間ごとに各店でおいしい鍋が味わえます
19:00 ・トック(お餅スープ鍋)…友・明美・大ちゃん
19:30 ・もつ煮鍋…じゅん・鉄板ちゃん・下地島・笑箱
20:00 ・餃子鍋…てっぱん屋・ふ〜ちゃん・ふたあら
20:30 ・ニラ玉ぎょうざスープ鍋…セレベス・福・あじさい
21:00 ・トマト鍋つくね入り…いっぴん・芳春庵・Booth
21:30 ・豚バラ白菜にんにく味噌鍋…もくもく屋・七輪・蒸気源・あき

屋台村の歴史と現在の役割
昭和20年(1945)、第二次世界大戦後の闇市などで、戦争引揚者・戦争未亡人、また戦災で店や家を失った人たちが生活のために屋台を始めた。しかし食品衛生法(昭和23年1月施行)・消防法(昭和23年8月施行)・道路法(昭和27年12月施行)・道路交通法(昭和35年12月施行)などの法律によって次々と規制され、昭和39年(1964)に開催された戦後初の国際行事である東京オリンピックを契機に、戦後色を残したものや非衛生的なものを一掃しようとして全国一斉に排除された。
 高度成長・バブル経済に終焉とともに中心市街地における商店街の空洞化が各地方都市の最大の問題として表面化している。その決定的打開策がない現状において、2001年7月、北海道帯広市にて、産声をあげた屋台村、北の屋台が今、地域づくり、まちづくりの最大の有効的手段として、全国に注目されている。
 この後、八戸、小樽などが続いてオープンした。その多くが1坪ほどの店舗で、開業が容易であり、飲食での起業を目指す若い方々に支持されている。また、ここで半永久的に営業が続けられるのではなく、3年程を目安に他の場所での営業が課せられている。つまり、ここでの起業は、インキュベーター的施設となっている。


日野町通り側


屋台村の路地


案内板


マスコットのがま


パルコ側のアーチ
浅草すしや通り商店街 [2011年01月16日(Sun)]
浅草すしや通り商店街
雷門通りから浅草公園六区興行街に通ずる道幅8メートル、延長100メートルの商店街で、浅草1丁目に位置しており、伝法院通り、たぬき横丁、ひさご通りとともに公園六区興行街にはいる道筋として古くから人通りで賑わった。
 この通りの特徴は飲食店が多く、なかでも「寿司屋」が多く、明治の終り頃には通りに18軒が軒を並べた。そこでだれいうともなく“すしや横町”といわれるようになった。
 浅草最盛期の昭和7、8年、当会通りには終日人の波がつづいて切れなかったが、戦後の興行街の不振が、飲食街としての当会に大きな打撃を与えた。
 寿司屋通り一寿会(振興組合の前身)の発足は昭和23年で、33年5月浅草寺本堂の再建と時を同じくしてアーケードを完成している。東京都正式許可第1号であることと、その豪華さに注目が集まった。また昭和42年5月にワンスイッチの共同電飾看板を取付けて話題となった。
 なお当会は昭和61年4月、法人化をして、浅草すしや通り商店街振興組合と改称を行った。
初年度事業として同年9月に全覆式アーケードの大改修、カラー舗装の完成を行った。
 平成22年2月、「地域商店街活性化法」に基づき申請された事業計画が認定され、現在アーケードの改修が行われている。
商店街活性化事業とは、商店街への来街者を増加させ中小商業・サービス業者の顧客増加や事業拡大を図るために、商店街振興組合等が地域住民のために行う事業である。この商店街活性化事業に関する計画を各経済産業局に申請、都道府県及び市町村から意見聴取の後、認定される。認定を受けた場合、地域商店街活性化法に基づき、商店街に対して様々な支援措置が講じられる。




上2枚、改修前のアーケード






上3枚、改修中のアーケード
下町のランドマーク 『凌雲閣と東京スカイツリー』展 [2011年01月15日(Sat)]
浅草テプコ館 1階下町ギャラリー 催し物のお知らせ
下町のランドマーク 『凌雲閣と東京スカイツリー』展
2012年の完成を目指して、日々成長していく「東京スカイツリー」は世界一の高さを誇る自立式電波塔として、人々の注目を集めています。
 今から120年前の浅草でも、同じようなことがありました。1890年に建設された「凌雲閣」通称十二階のことです。当時浅草のランドマークとして、人々の注目を大いに集めました。
下町のランドマークとして、隅田川の両岸に120年の時を隔てて現れた「凌雲閣」と「東京スカイツリー」、当時も今も人々の心を奪っているその姿をご紹介しています。
2010年12月14日(火)〜2011年〜2月6日(日)   ※休館日を除く
開館時間:AM10:00〜PM6:00   休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌日)・年末年始
入館料:無料    住所:東京都台東区西浅草2-27-7    電話:03-5827-3800



浅草テプコ館入口


展示、スカイツリーの1/500の模型


展示、凌雲閣の1/40の模型


入り口の案内ポスター


ポスター
深川資料館通り商店街  [2011年01月14日(Fri)]
深川資料館通り商店街 
深川資料館通り商店街は、深川江戸資料館が面した、江東区三好・白河一丁目の清澄通りから現代美術館のある四丁目までの約900メートルの間に約100店舗の商店が軒を並べている。この商店街組織である「深川資料館通り商店街協同組合」は、昭和23年に任意団体「区役所通り商栄会」として発足し、昭和36年に商店街組織をより強固にするため「江東区役所通り商店街協同組合」に法人化しました。その後、昭和49年に江東区役所の東陽町への移転に伴い名称を「元区役所通り商店街協同組合」に変更し、さらに、江東区役所の跡地に深川江戸資料館が完成した昭和62年に現在の名称に変更した。
商店街の街路の入口は、数々の歴史ある寺社仏閣、史跡に囲まれた、深川の人情あふれる商店街で清澄白河駅より徒歩1分、清澄通りと三ッ目通りを結ぶ所にある。呉服屋、豆腐屋、石屋、深川めしなど昔ながらの店が立ち並び、今なお下町情緒を残した縁台の似合う街である。入口の江戸資料館付近は夏も涼しいケヤキ並木、現代美術館側は春には白とピンクの花が楽しめる。
2006年10月より空き店舗対策事業によるコミュニティスペース「深川いっぷく」をオープンさせ、第3回「東京商店街グランプリ」活性化部門 グランプリを受賞した。
 平成23年1月、この街路には今開催中の深川七福神の幟と各お店の粋な旗が目に写る。


深川いっぷく


深川いっぷくの粋な旗


深川七福神の幟


深川寺町名店街のポスター


深川めしの名店「日吉や」
営業日は気が向いたとき
さっぽろラーメン横丁 [2011年01月12日(Wed)]
さっぽろラーメン横丁
札幌市中央区南5条西3丁目6  第4グリーンビル1階
「さっぽろラーメン横丁」は味噌ラーメン発祥の地として、全国に日本3大ラーメンの一つとして「札幌ラーメン」の不滅の伝説を作り上げた名横丁です。
南北に約42メートルの通路に17軒のラーメン店が軒を並べている。運営は元祖さっぽろラーメン横丁会が行っている。多くの地元客と観光客で賑わっているが、ただたんに継続してきただけではなく、この横丁で商いをする誇りを持ち続け「時代の変化とニーズの多様化」に取り組んできた。「元祖さっぽろラーメン横丁」は、新しい時代の流れに対応する新たな意気込みを感じさせる名店が揃っている。しかし、最近では、有名になったことで味が落ちたとの声も聞こえるようになった。
「さっぽろラーメン横丁」の歴史は、戦後、間もないころ南3条から5条西2丁目の札幌劇場付近に大陸からの引き揚げ者による屋台のラーメン店が軒を並べたのが始まりである。
昭和26年(1951年)、札幌市中央区南5条西3丁目の東宝公楽横に7軒のラーメン店からなる「公楽ラーメン名店街」が発足した。これが札幌市での初代「ラーメン横丁」である。
 昭和44年(1969年) 札幌冬季オリンピック開催による道路拡張のため「公楽ラーメン名店街」が取り壊されるが、昭和46年(1971年)「元祖ラーメン横丁」として復活する。
当時、札幌オリンピックで沸く北海道で、大会を盛り上げた歌が、大会のテーマソングであるトワ・エ・モワの「虹と雪のバラード」である。

元祖さっぽろラーメン横丁「イルミメーション」
「元祖さっぽろラーメン横丁」南北に約42メートルの通路全体の通路にイルミネーションが、灯る。この、「イルミネーション装飾事業」は、「札幌市芸術・文化・食を活用した街の魅力創造支援事業」で、札幌市観光プロモーション実行委員会の審査により助成金の交付が決定され、実行することになった。イルミネーションは、1月末日頃までには設置の予定で、2月には、「雪祭り・氷の祭典」と、「ラーメン横丁のイルミネーション」を、同時に楽しんで頂ける。


ラーメン横丁南側入り口


ラーメン横丁の通路(南側)


ラーメン横丁の通路(中ほど)


ラーメン横丁北側入り口

おたる屋台村レンガ横丁 [2011年01月10日(Mon)]
おたる屋台村レンガ横丁
所在地:北海道小樽市稲穂1-4-15
屋台村「レンガ横丁」は、2004(平成16)年7月に、日銀通りからサンモール一番街に入った左側を入口にし、レンガ倉庫横の空き地約400平米に、「小樽の中心部にかつての賑わいを取り戻したい」という思いと小樽の食文化の発信地を目指し誕生した。1年目には火災が発生し、7軒を全焼、2軒を半焼させる被害にあった。
 2005年6月末の火災で休業していた「おたる屋台村レンガ横丁」は7月27日、1カ月ぶりに営業を再開した。並びにある丸井今井小樽店の撤退という逆光を受けながらも地道に営業を続けている。現在は、14軒の屋台が営業中である。  
小樽の中心部にかつての賑わいを取り戻したいという思いと小樽の食文化を発信を目指すべく、地元7人の経営者が、帯広や八戸の屋台をモデルにオープンした14の店が並ぶ屋台村である。寿司をはじめとした小樽の味を手軽な料金で味わえ、市民が気軽に足を運べて、地元の人間にとって憩いの場となることを目指した。ここでしか味わえない料理を目当てに、札幌など近郊の市町村から訪れる人も多いという。
地産地消はもちろん、アットホームな雰囲気でオリジナルメニューを揃えた14店が集まっている。また屋台村の奥、レンガ広場にある稲成神社は、2005年のレンガ横丁の火災で一時休業をし、再スタートを切る際に建てられたもので「屋台村をにぎわせて、地元を元気にしたい」という店主たちの思いが込められている。
おたる屋台村「レンガ横丁」は、平成19年には3周年記念として、12月13日(木)・14日(金)・15日(土)の3日間に、店主会が、「地域の商店街をますます盛り上げるため、また、歳末たすけあい運動への参加をするため」と「レンガ横丁 チャリティ 湯気まつり」を開催した。


サンモールから見たレンガ横丁の入口


入口のアーチ


レンガ横丁の路地


レンガ広場と稲成神社


夜のサンモールから見たレンガ横丁の入口

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