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まち、商店街

今高齢化・人口減少の時代を迎え全国のまちや商店街は、特に地方都市の中心市街地や大都市でも近隣型、地域型と呼ばれる商店街は疲弊が激しい。かって都市の顔と呼ばれていたが見るもない中心市街地や商店街が増えてきた。それは、地域や都市そのモノが疲弊しているからに他ならない。それに追い討ちをかけるように郊外に大型店が出店している。全国の商店街やまちづくり団体は懸命にこれらに対処しようとしています。これらの取り組みを紹介してゆきたいと思います。


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宇都宮屋台横丁 [2009年12月22日(Tue)]
宇都宮屋台横丁
宇都宮屋台横丁がある日の町は、1568年に宇都宮城主となった蒲生氏は、郷里が江州日野町(現・滋賀県)だったことから、ゆかりの商人を、東勝寺跡(下の宮)へ住まわせたことが「日野町」名前の由来で、当時は「日野の人の町」と言われていました。日野町は、宇都宮大明神の参道近く、また釜川にも面しているので、昔から神参りの宿場となり道者宿を営む家が数軒在りました。
第二次世界大戦の戦災では宇都宮市は大きな被害を受けました。日野町も全焼、しかし、日野町の人々は焼け跡にもどり、バラックを建て始めた。ネオン看板を作り、新たに商売を始め、組合をつくり、復興に活躍しました。
 昭和三十年代、闇市の中心地、日野町通りと交差するバンバ通りは、近郊の人たちにとってあこがれの場所でした。二荒山神社の参道には、花やしきがあって、仲見世が並んでいました。「バンバよいとこ 泣く子も笑う 私しゃバンブラ夜が好き」、これはバンバの賑やかな仲見世をぶらぶらとあるく楽しさを唄った歌です。立ち並ぶ店は「カラクリ覗きめがねや、吹矢の店、占い師、植木屋、かき氷や、牛肉一膳飯(牛丼屋)、煮込みおでん、カルメ焼き、ポテトやコロッケを目の前の大鍋の油で揚げて、揚げた後ソースをジュウっと浸して食べる串揚げ、文福屋の大福モチ、チンチンヤ屋のクジ付きお菓子、ビスケットなど、まさに泣く子も笑う天国」だったそうです。
宇都宮屋台横丁はパルコの裏手、地産地消のもと、地元や生産者の顔が見える心のこもった食べ物を出すことやお酒もここでしか飲めないものを提供しています。







鏡山酒造跡地 [2009年12月14日(Mon)]
鏡山酒造跡地
鏡山酒造は、平成12年に廃業するまで、川越に「鏡山」「小江戸」などの銘柄で知られた造り酒屋です。品質本位の経営方針で一時は大吟醸が日本航空のファーストクラスで振舞われていました。また約3,000uの敷地には保存価値のある白壁塗りの蔵や市の指定保存樹木に指定されているクスノキのなどが残されています。現在、川越市が所得しており、市民共有の財産として保存・活用が望まれています。
 クレアモール商店街に北にある跡地を鏡山酒造 明治蔵 新富チャレンジショップとして再生し出店者を募集しています。

鏡山酒造  明治蔵 新富チャレンジショップ 出店要項
<目的>
鏡山酒造跡地の正式事業開始までの期間(平成21年5月2日〜平成22年3月末)、明治蔵に出店することにより、「来街者へのサービス向上」と「出店者の新たなチャレンジ」及び「地域の活性化」に資すること。
<出店資格>
チャレンジショップの目的と出店要項を了承し、当組合で承認された個人及び法人。
<出店場所>
鏡山酒造跡地 明治蔵「新富チャレンジショップ」内
1ブース:間口約2.5mx奥行2〜3m
各店の配置は当組合が行います。
<出店期間等>
営業時間 10:00〜17:00(搬入搬出時間 9:00〜17:30)
出店期間 月曜から日曜までの一週間(水曜定休)。月契約も可能です。
延長は可能ですが、出店希望が多い場合、延長できないこともあります。
<販売商品>
要免許品を販売する場合、免許証・許可証等をご提示いただくことがあります。
当商店街が不適切と判断した場合、販売をお断りする場合があります。
販売商品に関する全ての責任は出店者様にお願いします。
<禁止行為>
火気使用、迷惑行為(音・臭い・はみ出等)、又貸、動物等の持込、虚偽の申込書、要項違反等は禁止させていただきます。
禁止行為があった場合、当商店街の判断で退店していただくことがあります。
<その他>
ゴミはお持ち帰りください。
専用駐車場はありません。
<事務管理手数料>
組合員 1区画・週\5,000(税込)/月契約は4週分
PRコーナーはパンフレットスタンド1台(巾130cmまで)。月\5,000。
出店の2週間前迄に現金でお支払い下さい。2回目以降は、お振込も可能です。
出店前に当組合が出店をお断りした場合を除き、事務管理手数料は返還いたしません。
<申込・問合>
川越新富町商店街事務所  川越市新富町2丁目2−8  市梅ビル3階
TEL 049-225-5846(平日10:00-16:00)/FAX 049-225-8105/mail info@creamall.net








仙台商人の心意気が残る一番町四丁目商店街 4 [2009年12月11日(Fri)]
仙台商人の心意気が残る一番町四丁目商店街 4
○商店街活動とリーダーシップ
57年の買い物公園化当時のリーダーは千葉哲男理事長、同理事長は「この通りは我々の通りではなく市民の通り、支持される通りにする」と話していた、という。また、この計画が頓挫した場合、自費で公園事業を行うため自らの土地・建物を担保に資金を借りる覚悟をしたという。当時、行動を共にした入所間のない太長根事務長は、「自分の生れた町と思え、誰のために何のためにするのか」そして、却下照顧と言われた、という。千葉理事長は信念を持ち10年20年先を見て商店街活動を行っていた。しかし、最近は枝葉にこだわる理事が多くなってきたという。イベントも客に感謝して行う。いろいろな意見の相違から喧嘩になることもあるが、その様な過程を経ることで組合員の結束の強化になり、組合活動の源泉に、自店の経営にも役に立つという。今では、事業は各担当任せになっているが、昔はみな口を出し自分の商店街は自分で守れ、金・汗・知恵をだせ、ということである。





仙台商人の心意気が残る一番町四丁目商店街 3 [2009年12月10日(Thu)]
仙台商人の心意気が残る一番町四丁目商店街 3
○一番町四丁目商店街の概要
同商店街は広瀬通の交差点から定禅寺通りまでの街路377bに買回り品店46店舗、最寄品店22店舗、飲食・サービス業店41店舗、その他店舗等135店舗が軒を並べる商店街で、創業100年を超える店舗が7店舗ある。賦課金収入は年間6千万円、駐車場手数料、その他等を合わせて年間一億円ほどの事業規模である。賦課金は基本賦課金(一律と間口割)基本的な組合運営に使用、販促費(基本賦課金の15%)イベント等、維持管理費(間口割と一律)の構成になっている。同商店街の太長根事務長は、使途目的を明確にして集め、余ったら返し不足した場合には再徴収する、という。このことにより使途が明確になり、中身が精査されことが大事である、という。

○一番町四丁目商店街のイベント                                                                         
最大のイベントは8月6日から開かれる七夕祭りで、今では仙台の七夕祭りとなっている。七夕終了後の行われるのが、婦人部発案の竹灯りである。竹を切りロウソクを灯して通りに飾るイベントで今年第6回目を迎えた。
 平成22年1月には39回目を迎える「節分祭」がある。元々は大崎神社で行われたいたものを街なかで行うようになったものである。
商店街街路に櫓を組み、その上で歳男・歳女が豆を播くというものである。子供の日に行われる「なんじゃもんじゃ広場」では、8年ほど途絶えていた鯉のぼりが復活、青年部が昔を思い出し街路に、一般市民から提供を受けた250本のこいのぼりの吹き流しを飾った。


同じ通りの一番南側の商店街(いろは横丁がある)


4丁目商店街の吹流しのこいのぼり
仙台商人の心意気が残る一番町四丁目商店街 2 [2009年12月09日(Wed)]
仙台商人の心意気が残る一番町四丁目商店街 2
○商店街・東一番丁の誕生と歴史
 東一番丁は、藩政時代には侍屋敷が並ぶ通りであった。明治維新で侍が録を失い街は荒廃したが、その後商人町として蘇り、現在の商店街形成の始まりと言われている。明治初期〜中期はまだ新興の商店街だが、明治の終わりには劇場・活動写真館・西洋料理店等が集まり東北一の商店街としての繁栄を見せようになった。昭和3年には、商店街の振興策として始まったのが「七夕祭り」である。戦中には中断したが、昭和21年8月仙台の復興は東一番丁からと通りに七夕飾りが飾られた。翌年、昭和天皇巡幸を機に、七夕祭りは本格的に復活し、現在にいたっている。
○商店街から買い物公園に
 東一番丁は、昭和29年に東北初のアーケード街になった。昭和50年代には、仙台駅周辺に大型店が出店、中央通りが賑わうようになったため、1番街商店街・サンモールとともに東一番丁の活性化を図る。57年に1番町四丁目買い物公園事業を推進、既存アーケードを撤去、新たに片側アーケードを設け、市道部分を歩行者専用道路とし、中央に幅員5,5bの緊急車両ゾーンを設置、植栽12種類、落葉樹40本・常緑樹26本を植える。総工費は7億2千万(高度化資金5億5千2百万、自己資金1億6千8百万)を掛け、商店街の近代化を図った。街路に落葉樹を植栽したことで視察者に笑われたという。しかし、四季を感じさせることが大切と街路に対するこだわりを見せている。一番町四丁目商店街は、1970年代には買物公園として、ぶらんどーむ一番町商店街とともに、全国の商店街にさきがけて車両乗り入れの終日規制を行った。


定禅通り


サンモール1番街商店街
仙台商人の心意気が残る一番町四丁目商店街 1 [2009年12月07日(Mon)]
仙台商人の心意気が残る一番町四丁目商店街 1
仙台市は、慶長6年(1601年)伊達政宗が開府して以来の長い歴史を持つ都市である。
市街地は、昭和20年7月の空襲で焼失、戦後の土地区画整理事業で青葉通り・広瀬通り・東二番町通り等の拡幅、幹線道路の無電柱化、公園整備等が行われ現在の仙台市の基礎が築かれた。平成元年には、政令指定都市に、平成11年5月には人口が100万人を超え、東北地方の中核都市として発展している。
○商店街の形成と商業環境
 代々の藩主は、殖産興業に力をいれ62万石の城下町仙台は商工業を中心に栄え、国分町・大町が商業の中心として賑わった。今も盛んにおこなわれる仙台の初売りは、藩政時代から行われ明治・大正期には全国に知られていた。どんな少額な商品にも、相当な景品が付くのが他では真似ができない仙台の初売りの特徴である。特別な娯楽が少ない当時、新年の喜びにあふれる街に出て買い物をすることは数少ない楽しみであった。大判振る舞いをする商人の心意気が歓迎され、仙台独特の商習慣を培った。
 平成19年5月、仙台市内の大型店(店舗面積1,000u超)の数は179店舗、総面積905,363u、平均は5,058uである。小売業の平成11年と19年の推移をみると事業所数
9,290から8,012(−13,8%)、従業者数71,436から71,362(−0,1%)、年間販売額(百万円)1,429,581から1,268,154(−1,2%)で事業所の規模が大きくなっていることがわかり、小規模事業者が苦戦していることがわかる。


仙台駅前


1番町四丁目商店街
浅草伝法院通りご縁日まつり [2009年12月06日(Sun)]
浅草伝法院通りご縁日まつり             (東京都台東区)
 浅草・伝法院通りは浅草寺南側、仲見世商店街から公園六区興行街に東西約200mの道が続いている。平成17年8月に秋葉原と筑波(茨城県)を結ぶ「つくばエクスプレス」が開業。これを機に、雷門・仲見世からの人の流れと、つくばエクスプレス浅草駅からの人の流れを伝法院通りでつなぎ来街者の回遊性を浅草全体へ広げることを目的に、江戸町風のファサードで知られる浅草伝法院通り商店街振興組合と伝法院通り商店会等が「伝法院通り江戸まちづくり協議会」を組織し、さまざまな事業を実施している。12月14日から行なわれるご縁日まつりの最終日・18日には、第4回伝法院検定、伝法院通り小町と一緒に人力車撮影会、東京ガールズ&プッチャリンショー、甘酒の無料配布などがあり、夜8時まで、江戸町風の商店街がライトアップされる。
 第4回伝法院検定では全問正解者は、くじを引き最高5,000円の商品券が当たり、伝法院通りの商店で使用できる。当日は私もスタッフとして参加しています。

http://www.denbouin-dori.com/  











イベントは昨年の様子
宝仙寺前通商店会イベント [2009年12月05日(Sat)]
宝仙寺前通商店会イベント
中野区では昨年から茨城県常陸太田市、千葉県館山市、山梨県甲州市、福島県喜多方市など6市と提携をして中野区の公共施設や区内の商店街イベントで6市の地方物産を販売している。その商店街の一つに中野坂上の宝仙寺前通商店会がある。
今年は、12月23日(祭・水)に里まち連携、クリスマスイベントを中野坂上 なかのの森広場で開催する。参加自治体は、茨城県常陸太田市、千葉県館山市、山梨県甲州市の三市である。当日は、もちつき大会、丸太切り大会、じゃんけん大会(賞品:ぶどうジュース、白菜、お米1キロなど)、お花の無料配布など、パフォーマンスとして、オープニンに「忍」の和太鼓演奏、浅草芸人プッチャリン、浅草かっぽれなどがおこなわれる。
日時:12月23日(祭・水)
時間:11:00から16:00まで
場所:なかのの森広場    
交通機関:メトロ丸の内線、大江戸線 中野坂上駅すぐ

http://www.heart-beat-nakano.com/info-renew/09/73-091201.html


なかのの森広場


プッチャリン
まち工房たなぐら [2009年12月03日(Thu)]
まち工房たなぐら
2003年6月、民間主体でまちづくりを担う組織「株式会社まち工房たなぐら」を棚倉町の商工業者を株主の主体として設立した。
 この会社の業務は、商業などの都市機能の強化に加え、まちづくりの観点から「地域産業の健全な発展と城下町らしさに応える事業」を基本にし、町民が誇りを持って暮らせる棚倉町をつくるために行政との役割分担の下に、町民の方々と共に行うことを目指している。
 TMO事業の具体的な一例として「集いの小径形成事業」のひとつ、リノベーション事業「Uプロジェクト」をさまざまな困難と犠牲を払いながら成し遂げた。このまち工房たなぐらの「集いの小径」は、城下町の町家の風情を残す「旧上田邸」の特徴を活かし、来街者・住民の交流のため、まちづくり相談や情報交換の場の整備、店舗施設の開設を目的とし、歴史的アメニティ拠点である「城跡、オオケヤキ」周辺と連携しながら、商店街軸の拠点としての機能を目指している。
 「集いの小径」はこの地方に、かつて無かったまちづくりに必要な、さまざまなものを生み出していく可能性を秘めた場所です。









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