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まち、商店街

今高齢化・人口減少の時代を迎え全国のまちや商店街は、特に地方都市の中心市街地や大都市でも近隣型、地域型と呼ばれる商店街は疲弊が激しい。かって都市の顔と呼ばれていたが見るもない中心市街地や商店街が増えてきた。それは、地域や都市そのモノが疲弊しているからに他ならない。それに追い討ちをかけるように郊外に大型店が出店している。全国の商店街やまちづくり団体は懸命にこれらに対処しようとしています。これらの取り組みを紹介してゆきたいと思います。


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川越大正浪漫夢通り商店街 [2008年01月31日(Thu)]
大正浪漫夢通り商店街
川越駅北口からクレアモール商店街を北に20分ほど歩くと大正時代を感じさせる店が200bほど続く大正浪漫夢通り商店街がある。
アーケードのある商店街として親しまれてきた銀座通り商店街が古き良き大正時代を思わせる大正浪漫夢通りに生まれ変わったのが平成7年である。昭和30年頃にアーケードが取り付けられた。当商店街は、県内でも有数の歴史のある商店街である。中には、江戸時代より連綿と続く店舗や、3代を越える店舗が、数多く存在する。昭和30年頃、商店街が、歴史上もっとも賑やかかりし時代であった。当時は川越銀座通り商店街と呼ばれていた。当時、銀座通り商店街の名物はアーケードだった。平成7年、このアーケードが撤去されるとともに、商店街をあげての大正浪漫の街づくりが本格的にスタートした。新しい街づくりは今も着実に進められている。町屋造りや洋風看板建築が軒を連ねるレトロな町並み、御影石の石畳、電線を地中化し、通りからは広く青い空が望める。忘れかけていた不思議な感覚を思い出させる街路である。
 時代とともに商店街は変わる。繁栄から衰退、そして、古くなった商店街から新しいまちに、変わらないのは、そこで行なわれる商取引、生活者が必要品を手に入れる。キーワードは、まちづくり。しかし、日本の中でどの位の商業者がまちづくりに取り組んでいるだろうか。








4枚目はアーケード時代の商店街、上3枚は現在の大正浪漫夢通り
神田雪だるまフェア作品集 [2008年01月29日(Tue)]
神田雪だるまフェア作品集
 1月25日(金)から27日(日)まで神保町交差点と小川町交差点の靖国通り沿いで開催された第7回「神田雪だるまフェア」の作品集である。


昔、ウルトラマンに出ていた小さな怪獣?


布袋様のような子なき爺のような?


今年の干支のねずみ
下北沢食品市場 [2008年01月29日(Tue)]
下北沢食品市場
下北沢駅は小高い丘を挟んで位置し南口は低く、西口周辺は高い位置にあり、狭隘な街路が入り組むといった地域特性からかって周辺住民を対象とした雑貨屋・古着屋・生地屋等が古くから存在し、コットン・タウンと呼ばれ脚光を浴びた時期もあった。
現在の下北沢の街は、若者でにぎわい音楽と演劇、そしてファッション・雑貨・飲食などの店舗が軒を並べ、流行だけに左右されない下北沢ならではの魅力を放つパワーがある。若者の街・ファッションの街に加えて小劇場の求心的な地域として紹介されることが多い街である。新しい店舗の多くは最近のメディア等で集まる客を相手にし、昔ながらの店舗は比較的庶民的な構えのまま残り、新旧が混在している雑多な街である。あまりの混雑ぶりに、小田急線の高架化や都市計画の一環で駅周辺の道路拡張工事をという話が持ち上げる中、狭い路地にひしめき合って小さなお店が建ち並ぶ様は、戦前から変わらぬ下北沢の特徴と言われている。
北口の駅前には下北沢北口駅前食品市場という戦後の闇市の名残の場所がある。往年の市場の姿をそのままに残している北口駅前市場は、かつては乾物や生鮮食品店を中心に人の波ができ、また'80年代には若者の間で人気を博した衣料品の「アメリカ屋」がブームを起こし、さらに夕方になると、店の軒下に作られる屋台の明かりに吸い寄せられるように集る人々でにぎわっている。


下北駅前食品市場


市場の通り


高架化が進む小田急線の工事現場
神田雪だるまフェア始まる  [2008年01月25日(Fri)]
神田雪だるまフェア始まる             
 1月25日(金)から27日(日)まで神保町交差点と小川町交差点の靖国通り沿いで第7回「神田雪だるまフェア」が開催されている。主催は地元5商店会で作られた「神田雪だるまフェア実行委員会」、後援は千代田区、嬬恋村、千代田区商店街連合会、靖国通り商店街連合会など。1月25日に群馬県嬬恋村から会場となる靖国通り沿いと小川広場に約70トンの雪が運びこまれた。神田・お茶の水周辺の大学や町内会などが参加し、30体の雪ダルマを制作する。雪だるまコンテストの会場となる小川広場にはちびっこ雪広場が開設されカマクラや雪ソリ台が造られ、子供達は、雪遊びを体験できる。26日はすいとんやちらし寿司が無料で振まわれる。最終日の27日の正午から表彰式が行われ優勝チームが表彰される。最終日は、一昨年は大雪、昨年は雪は降りませんでしたが今年はどうなりますか。


雪ダルマフェアのポスター




上2枚、運ばれてきたばかりの電話ボックス状の雪の塊


角を取り雪ダルマを作成
六角橋商店街連合会 [2008年01月24日(Thu)]
六角橋商店街連合会
 東急東横線白楽駅の西側の旧綱島街道沿いに伸びる、長さ約500mの六角橋商店街は、戦前から続く市内有数の商店街である。正確には四つの商店街からなる連合会である。戦後、闇市として発展、現在の商店街の形となり、現在では約170の店が軒を連ねている。旧綱島街道と並行するようにアーケードに覆われた「仲見世通り」がある。すれ違うのがやっとの通路の両側に、雑貨屋、総菜屋、肉屋、魚屋、八百屋などから、今ではあまり見かけられなくなった、乾物屋、金物屋、呉服屋、下駄屋、草履屋などが並んでいる。最近は、洒落たコーヒー店や趣味的なお店も増えてきた。昭和30年代の建物が多く残っており、しばしばテレビドラマの撮影などに使用される。 かつては横浜市電六角橋線の終点が六角橋交差点付近にあり、多くの買い物客で賑っていた。
 六角橋商店街は、イベントの多い商店街としても有名である。春から秋の毎月第3土曜日の夜には「ドッキリヤミ市場」が開催される。地元の神奈川大学の学生と協力して開催しているものである。閉店後の商店街を有効活用し、フリーマーケットやライブ、大日本プロレスによる商店街デスマッチプロレスが行われている。他にも、毎月6日に「六の市」、春には「春のドッキリ市」、夏には「サマーセール」「大道芸まつり」、秋には「秋のドッキリ市」「ハロウィン」、冬には「クリスマスセール」と、年がら年中催し物を開いている。
毎月開催されているのがうまいもの市場、年に1回の大きいイベントと毎月行う身近なイベントを上手く組み合わせている。2月のうまいもの市場は、3日の日曜日、12時から


ふれあい通りのアーチ


ふれあい通り・・対面交通の場合肩が触れ合う


手書きの「うまいもん市場」のチラシ


うまいもん市場が開かれる「ふれあい広場」
2、関内馬車道 [2008年01月23日(Wed)]
2、関内馬車道
 現在の馬車道は商店やオフィス街であるが、煉瓦で舗装された道やガス灯風の街路灯など、当時の面影を感じさせる物が設置されており、観光客も訪れる。また、関内には近代洋風建築(大半が昭和時代建築)が残っており、この馬車道に何棟か残っている。
馬車道沿いには「馬車道商店街」が軒を連ねている。みなとみらい線の開業によって「馬車道駅」が設置され、これに合わせて商店街を駅近くまで延長、整備された。また、馬車道商店街(周辺)では平成17年に「馬車道協定書」を結び、景観を守り、地域をより良くするため、まちづくり協定が結ばれている。
○馬車道商店街協同組合イベント
1、アイスクリーム発祥記念行事:5月9日「アイスクリーム」発祥を記念し、当商店街にぎわい振興事業の一環として、来街者に対し「馬車道あいす」 の街頭無料配布。
2、アイスクリーム発祥記念「馬車道マルシェ」:5月9日の前後3〜4日間に、アイスクリーム発祥記念に併せ、当商店街全店参加、馬車道通りにて「馬車道マルシェ」を実施。
3、馬車道を描く日曜画家展
12月中旬7日間、当商店街の文化性を生かした賑わい振興事業の一環として、馬車道をテーマにした15才以上のアマチュア画家による「日曜画家展」をアートギャラリ−にて開催。
4、「馬車道まつり」:10月31日(ガスの日)〜11月3日の4日間、当商店街賑わい振興事業の一環と街の活性化を図る目的から、馬車道の歴史と文化を生かした多彩な催事を、街全体を 舞台として実施。
5、馬車道写真コンクール&街頭撮影会:11月の馬車道まつり開催に併せ、当商店街賑わい振興事業の一環として 当商店街通りにて、アマチュアカメラマン参加による街頭撮影会を実施、この作品及び馬車道をテーマにした作品の馬車道写真展を日曜画家展と同時に開催。
6、馬車運行事業:動くモニュメント「馬車」を、イベント開催に併せ運行活用することにより、馬車道の歴史性を広くアピールするとともに街の魅力向上、集客力の強化を図る。
運行日 5月初旬のアイスクリーム発祥記念行事 、11月初旬の「馬車道まつり」のイベント期間の各一日に行う。




上の2枚は通り


ガス灯発祥の地の記念碑
1、関内馬車道 [2008年01月22日(Tue)]
1、関内馬車道
 横浜市中区の関内の桜木町寄りに位置するこの道路は、幕末に開港したことから始まる。
アメリカが江戸幕府に開国を要求し、日米通商修好条約が結ばれた。これにより貿易のため横浜港が開かれ、関内に外国人居留地が置かれた。その関内地域と横浜港を結ぶ道路のうちの1つとしてこの道は開通した。外国人はこの道を馬車で往来していたが、当時の人々にその姿は非常に珍しく、「異人馬車」などと呼んでいたことから、この道は「馬車道」と呼ばれるようになった。
幕府は神奈川(横浜)を開港させ、「吉田橋」に関所を設けた。横浜の開港当時、幕府は開港場の取り締まりのために開港場一帯を川と掘り割りで周囲と隔て、出入りする橋には関所を設けていた。この関所の内側を「関内」と呼び、外側を「関外」と呼んだのだが関内の地名の始まりである。これが現在のJR根岸線「関内」駅の名称の由来でもある。
1866年(慶応2年)に関内地区が大火に見舞われ、街の大部分が消失した。この火災からの復興の計画を幕府と開港場を利用していた諸外国との間で協議されたが、この時に三ヶ所に設置が決定された幅60フィートの道路のひとつが、この馬車道だった。その名の通り、「馬車の通れる道を」との外国人たちからの要望であったという。その初めにできた関門に開港場側から至る道が現在の馬車道である。1867年(慶応3年)に開通した馬車道は、関内と関外とを繋ぐ吉田橋から海岸へと至る道路として大いに賑わい発展した。国道133号を過ぎると万国橋通り、首都高を越えると伊勢佐木町通り。また、馬車道の周辺地域も馬車道と呼ばれる。現在の吉田橋は、JR根岸線関内駅の反対側になっていて、埋め立てられ通りとなっている。吉田橋商店街の入り口となっている。


馬車道通り


馬車路のアーチ


牛馬飲水・・昔の名残
神田雪だるまフェアを開催  [2008年01月21日(Mon)]
神田雪だるまフェアを開催             
 1月25日(金)から27日(日)まで神保町交差点と小川町交差点の靖国通り沿いで第7回「神田雪だるまフェア」が開催される。主催は地元5商店会で作られた「神田雪だるまフェア実行委員会」、後援は千代田区、嬬恋村、千代田区商店街連合会、靖国通り商店街連合会など。1月25日に群馬県嬬恋村から会場となる靖国通り沿いと小川広場に約70トンの雪が運びこまれる。神田・お茶の水周辺の大学や町内会などが参加し、30体の雪ダルマを制作する。雪だるまコンテストの会場となる小川広場にはちびっこ雪広場が開設されカマクラや雪ソリ台が造られ、子供達は、雪遊びを体験できる。最終日の27日の正午から表彰式が行われ優勝チームが表彰される。昨年は小川町三丁目西町会が初参加で初優勝という快挙を達成した。一昨年は大雪、昨年は雪は降りませんでしたが今年はどうなりますか。




上の2枚は一昨年の様子
下の2枚は昨年の様子


浅草六区通りを飾る33名+1名の芸能人 [2008年01月18日(Fri)]
浅草六区通りを飾る33名+1名の芸能人
映画館や寄席がある浅草六区ブロードウェイ通りから伝法院にむけて浅草六区通りがある。この通りを飾るのは33名+1名の芸能人看板である。 「浅草六区通り」完成は、平成17年3月31日. 浅草六区通りが開通した。お店は殆どが飲食店、わずかではあるが古くからのお店もある。
六区は、江戸時代中期、浅草寺境内の奥山と呼ばれる場所で、浅草寺の繁栄と共に江戸の娯楽の場として大道芸人たちが芸を披露する場所として栄えた。明治に入ると、浅草寺境内の奥山周辺は、東京五公園の一つとして指定され、明治十六年には、浅草寺境内の田を掘って「ひょうたん池」をつくり公園五区の隣に公園六区が作られ、奥山から見世物小屋や芸人が移動してきた。のちに新しい興行(映画や演劇)も始まり、日本一の繁華街となり六区興行街は全国にその名が知られるようになった。日本最初の地下鉄は上野と浅草の間である。時は変わり平成十七年には、新線「つくばエクスプレス」が開通、当通りの近くに新駅の出入り口が出来ることで浅草周遊の通りとして、新しくお化粧直しをしたのだ。浅草の芸人を食で支えてきた通である。


渥美清


エノケン、本物を見た人は少なくなっている


牧 伸二、アーアーやになっちやった。


六区通り
横浜市港北区 綱島商店街連合会 [2008年01月17日(Thu)]
横浜市港北区 綱島商店街連合会
同商店街連合会は、横浜市港北区の東横線綱島駅を中心に構成されている連合会である。
綱島商店街連合会に加盟している商店街は9つで、「綱島西口商栄会」「綱島桃栄会」「綱島駅ビル商店会」「綱島モール商店会」「綱島さわやか通り商店会」「綱島ニコニコ会」「綱島東商竜会」「綱島東口商店会」である。
その中心が「綱島西口商店会」である。綱島駅西口に広がる明るい石畳通り一帯は「ウェストアベニュー通り」として、綱島の商店街を代表する通りの一つとなっている。美しい花と彫刻文化は、商店街主催のイベントが行われることの多い広場「パデュ通り」へと続いている。東急東横線「綱島駅」前すぐという至便な所であり、電柱の地中埋設、バリアフリー化、美しい景観の街並みをもち、下町の雰囲気を残す商店街である。
綱島商店街連合会では、各商店街の枠を越え、綱島のイベント開催やタウン誌発行等の活動を企画運営する若手経営者達の実行部隊が、昭和47年発足以来、一貫して地元綱島の活性化の為に活躍している。そのモットーは三愛主義で、仕事を愛し、家庭を愛し、そして地域を愛するである。その活動は、街の美化の一環として毎月一回商店街の清掃を行う「ガイアディ活動」、毎年夏にはチャリティーバザー、オークション、夜店を催す「サマーフェスティバル」などがある。
また、港北区には七福神にちなんだそれぞれのお寺があり、港北「七福神」散策としてしられている。


綱島西口商店街


綱島モール街


モール街の防犯カメラ


横浜七福神のバナー
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