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まち、商店街

今高齢化・人口減少の時代を迎え全国のまちや商店街は、特に地方都市の中心市街地や大都市でも近隣型、地域型と呼ばれる商店街は疲弊が激しい。かって都市の顔と呼ばれていたが見るもない中心市街地や商店街が増えてきた。それは、地域や都市そのモノが疲弊しているからに他ならない。それに追い討ちをかけるように郊外に大型店が出店している。全国の商店街やまちづくり団体は懸命にこれらに対処しようとしています。これらの取り組みを紹介してゆきたいと思います。


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CBDサウスイースト線の整備計画 [2018年04月01日(Sun)]
CBDサウスイースト線の整備計画  
2014年3月に最初のLRT路線であるインナーウエ スト線が全通した。NSW州運輸省は、国際競争力のある都市・シドニーに再興させる都市づくりの方向性から、CBDでの交通混雑を解消するため、長期的な交通基本計画、それに基づくシドニーLRT計画に従って、 シドニー都心部でのLRT整備を進めている。
現在事業が進められているのが、シドニー都心部で2つ目のLRT路線となるCBD サウスイースト線である。2012年12月にNSW州政府は、シドニー LRT計画をとりまとめ、サーキュラーキーから、ジ ョージ通り、セントラル駅を経て、シドニー近郊南東部のランドウィック、途中で分岐しキングスフォ ードまでのLRT路線整備計画を公表した。
CBDサウスイースト線の総事業費は約16億豪ドル(約1,280億円)と見込まれ、州政府の交通関係予算から拠出される。また、この事業は整備工事から維持管理・事業運営まで民間事業者が一括して引き受けるPFI方式の手法が取られる。CBDサウスイー スト線は2015年4月にも本格的に着工し、2020年には開業する見通しである。
シドニー都心部でのLRT整備は、州政府がシドニーを競争力のある魅力的 な国際都市に再生させるという大きな政策目標の下で、ニーズに合致した統合交通サービスなどの提供なしにはシドニーの再生なしという非常に明確な方向性を打ち出したものである。
参考:運輸と経済第75巻参照

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シドニー都心部におけるライトレールの整備 [2018年04月01日(Sun)]
シドニー都心部におけるライトレールの整備
シドニーの都心部では,ニューサウスウェールズ (NSW)州政府が主導して,ライトレール(LRT)の整 備が進められている。この整備は,NSW州政府が シドニー都心部の交通を再生させることで、シドニーを競争力のある国際都市に再生させるという交通基本計画に基づくものである。
シドニー大都市圏の人口は、2011年度には約454万人となった。2011年度 の平日平均トリップ総量は1,738万5,000人で、1999 年度比10.1%増加した。また、シドニー大都市圏では自動車のトリップ分担率が68.1%(2011年度)と高く、自動車交通に依存 した都市圏を形成していることがうかがえる。一方、鉄道のトリップ分担率は5.5%(同)と低いが、鉄道の平日平均トリップ量自体はこの13カ年度で23.5%増加した。
シドニー 中心業務地域(CBD)の交通混雑に対処し、信頼性の高い都市通勤者向けの交通サービスを展開するという目的の下、公共交通機関のネットワーク拡大を図 ろうというものである。さらに、NSW州運輸省は2012年12月に具体的なLRT計画である「Sydney’s Light Rail Future」(以下「シドニーLRT計画」)をとりまとめ公表した。この計画は、長期交通基本計画で12ある方策 の一つに列挙されたLRTシステムの最新化について、より具体的な計画を示したものである。この計画では、CBDでは旅客流動集中が2031年 には18%増加し,バス網だけではこの増加に対応するのには限界があるという問題点を挙げている。そこで、シドニーが国際競争で優位に立つ都市にするために、LRTによって都市再生を図っていく方向性 が示されている。具体的な計画として、インナーウ エスト線の延伸とCBDサウスイースト線の整備、CBDのバス網再編などを進めている。
*トリップ:日帰り旅行客、中心部への通勤客などを意味する。
参考:運輸と経済第75巻参照

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相模原市(さがみはらし) [2018年01月25日(Thu)]
相模原市(さがみはらし)
同市は神奈川県北部にある政令指定都市で、緑区、中央区、南区の3区で構成されています。同市は、県内では横浜市、川崎市についで第3位の人口規模を擁しており、平成19年(2007年)3月11日の2町の編入合併により人口は70万人を超え、全国の市で第18位の人口規模です。同市が市制施行されたのは昭和29年(1954年)で、戦後に純粋に市制施行された都市の中では最も人口が多い。さいたま市、北九州市が誕生したのも戦後ですが、この2市は複数の自治体の新設合併により誕生した都市であり、合併時には戦前に市制施行された都市が含まれています。平成22年(2010年)3月末までの政令指定都市移行と、首都圏サミットへの参加を目指し、平成22年4月1日に政令指定都市に昇格しました。

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さいたま市浦和区 [2016年11月11日(Fri)]
さいたま市浦和区
浦和市(うらわし)は、関東地方の南部、埼玉県南部に存在した市である。県内最大の人口を有し、県庁所在地として県行政の中枢を担っていた。東京都区部への通勤率は35.9%(平成12年国勢調査)になる。
平成13年に大宮市、与野市と合併してさいたま市となり廃止された。平成15年には、さいたま市の政令指定都市移行・区制施行に伴い、おおむね旧市域にあたる部分が浦和区、南区、桜区、緑区の4区に分けられ、さいたま新都心にあたる部分は中央区となった。現在でも旧浦和市域を総称して浦和地区という。
浦和レッズダイヤモンズ(HPより)
創立:1950年、ホームタウン:埼玉県さいたま市
所在地:〒336-8505 埼玉県さいたま市緑区中野田500
法人名:浦和レッドダイヤモンズ株式会社
設立年月日:1992年3月10日
ホームスタジアム:埼玉スタジアム2002(63,700人収容)浦和駒場スタジアム(21,500人収容)
クラブ名の由来
「浦和」は、クラブが発足した当時のホームタウンの市の名前です。
「レッドダイヤモンズ」
ダイヤモンドの最上の輝き、何物にも傷つけられない強さ、固い結束力が、この愛称にこめられています。ダイヤモンドは、光の当たり方によって様々に輝きます。イレブンにスタンドからサポーターの光が当たってこそ、「レッドダイヤモンズ」が真っ赤な炎のように光り輝くものと確信しています。「レッド=赤」は、クラブカラーです。浦和を舞台とした漫画「赤き血のイレブン」もカラーは赤。前身の三菱サッカー部のユニホームも赤でした。クラブ名は、創立の1992年4月から1996年1月までは「三菱浦和フットボールクラブ」。愛称「レッドダイヤモンズ」でした。1996年2月にクラブ名を「浦和レッドダイヤモンズ」に変更しました。ただし、創立時より、ほとんどの方から「浦和レッズ」の呼称で呼ばれています。
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飯能市 [2016年10月18日(Tue)]
飯能市
 同市は都心から約50km圏内に位置し、池袋まで急行で50分程と交通アクセスも良好な環境にある。緑と清流という自然に恵まれ、古くから豊かな森林と人との共生によって、人々の暮らしや文化・歴史、産業が育まれてきた。昭和29年に埼玉県下9番目の市制を施行、古くは林業と織物のまちとして栄えた。昭和40年代からは宅地化が進展し、高校や大学、工場などの立地も進み、首都圏の近郊住宅都市と変化し、平成17年には旧名栗村と合併、県内3番目という広大な面積を持つ市となった。平成17年4月1日には「森林文化都市」を宣言し、自然と都市機能が調和した、暮らしやすい都市を目指したまちづくりに取り組んでいる。人口8万人、世帯数3万3千世帯で人口は年々減少傾向にある。
同市は埼玉県の南西部に位置し、東は狭山市と入間市、南は東京都青梅市と奥多摩町、西は秩父市と横瀬町、北はときがわ町、越生町、毛呂山町、日高市に接している。
地形は山地、丘陵地、台地に分けられ、北西部は山地で、市域の約76パーセントを森林が占めている。南東部は丘陵地および台地で、北の高麗丘陵と南の加治丘陵の間の台地部分に市街地が発達している。入間川、高麗川の一級河川が、西部の山地から東部の台地へと流れている。 気候は、内陸型気候であるが、山間部は季節による気温の変化が激しく、降水量は埼玉県内でも多い地域となっている。
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千葉三越、パルコ、千葉銀座商店街 [2016年10月14日(Fri)]
三越千葉店が閉店へ 
昭和59年10月の開店から32年、三越千葉店(千葉市中央区)が平成29年3月に閉店することが決まった。JR千葉駅ビルの再開発などが進む中、長年親しまれてきた大手百貨店の三越千葉店が撤退する。バブル崩壊後に売り上げが低下し、近隣のJR千葉駅ビルの再開発などが進む中、今後の大幅な収益改善が見込めなかったことが、決定打となった。閉店後は、現店舗周辺に得意先向けの小型店を新たに開設し、外商やギフトの注文に応じるとしている
千葉パルコ、11月閉鎖 
 千葉パルコ(千葉市)が平成28年11月末に閉鎖される。昭和51年に開業した千葉パルコは市内中心部の千葉銀座通りに立地。売り場面積は約4万平方メートルで、若者向けファッションを中心に約110店舗が入る。ピークだった平成2年2月期の売上高は約230億円に上ったが、平成27年2月期は約57億円と4分の1に減少した。
千葉銀座商店街(振)
千葉駅から徒歩10分のところ、千葉駅と千葉県庁の間に位置している。商店街の組合員は100店舗を数え、飲食店が中心の商店街である。平日は多くのビジネスマンで賑わい、休日は年代を問わず多くの買い物客で賑っている。月に一度のペースで商店街の通りを歩行者天国にし、フリーマーケットや大道芸などのイベントも開催されている。
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千葉市 [2016年10月14日(Fri)]
千葉市
同市は千葉県のほぼ中央部にあたり、首都東京まで約40kmの地点にあり、県内幹線道路及びJR・私鉄などの鉄道の起点、情報通信網の起終点として、県都にふさわしい要衝の地にある。千葉市は中央区・花見川区・稲毛区・若葉区・緑区・美浜区の6区からなり、面積は271.77平方キロメートルで、気候は温暖で、平成21年の年間平均気温は16.3度、年間降水量は1637mmとなっている。
千葉市の地形は、緑豊かな下総台地の平坦地におおわれ、その一部は、東京湾に接しており、温暖な気候と肥沃な土地、豊かな緑と水辺など自然環境に大変恵まれている。
平成28年10月1日現在の人口は974,306人、世帯数は422,699世帯である。
※人口及び世帯数は平成27年国勢調査の結果速報
JR千葉支社は、建て替えを進めている千葉駅(千葉市中央区)駅舎の開業が当初予定の平成28年夏から同年秋に遅れる見通しとなった。地中の障害物が想定より多く、基礎となる杭を打ち込む作業に遅れが生じているのが原因で、駅ビルの全面開業も当初の平成20年春から同年夏以降になる予定である。
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柏市 [2016年10月07日(Fri)]
柏市
 千葉県北西部の東葛地域に位置する市で中核市、業務核都市に指定されている。人口約41万人(2015年5月時点)で、千葉県内では市川市に次いで第5位である。東京都特別区部への通勤率は29.8%(平成22年国勢調査)。
 利根川を挟んで、北は茨城県との境に位置し、東は我孫子市との境に手賀沼が広がる。市域の大半は下総台地と谷津田から構成され、北端の利根川沿いの地域や、東端の手賀沼に近い地域は低地となっている。海抜が最も低い地点は手賀沼周辺低地で約5 m、最も高い地点は市南端(台地部)で約32 mである。
市中央部は東武アーバンパークライン(東武野田線)・JR常磐線、国道6号・国道16号が交差する交通の要衝となっており、市北部は首つくばエクスプレスが通り、大学、研究所、産学連携施設などが置かれ、文教地区としての顔を持つ柏の葉地域が中心となっている。2005年(平成17年)にはつくばエクスプレスの開通を契機として市北部の柏の葉地域で東京大学、千葉大学、産学連携施設を中心とした文教地域が形成され、郊外型ショッピングモールやマンション開発も活発化した。
1960年代より東京のベッドタウンとして人口が急増し、1970年代以降はそごう(2016年9月30日閉店)、高島屋、丸井などの百貨店をはじめ多くの商業施設が進出し、東京の衛星都市的な商業地として栄え、1980年代の前後には柏駅周辺に若者向けの商業施設が次々と開店した。

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柏二番街商店街 [2016年09月07日(Wed)]
柏二番街商店街   常に挑戦し続ける二番街
昭和48年、商店街に千葉県初の全蓋式アーケードを設置する際、商店街の新しい呼び名を考えたところ、当時の商店会会長の 「一番になったら次に目指すものがない。“二番”として、いつも一番になるように挑戦し続ける街でいよう」 というアイデアから「二番街」という名前が生まれた。その後、アーケードは平成7年に改築され、それに合わせて各店舗もリニューアルして 若者が多く訪れる商店街になった。
柏市や駅周辺の商業関係者と共に地域のイメージアップを図り、十数年の間に 「ファッションショー」「ストリートライブ」「アートラインプロジェクト」など様々なイベントを企画・開催して大きな反響を呼んだ。二番街ではイベントに参加する他、駅前のエキサイトビジョンに二番街商店会の紹介VTRを流たり、 二番街ガイドブック『パサージュ』を発行するなど、商店街から積極的に情報発信を行っている。 現在、二番街は1日あたり約4万人が行き交う千葉県随一の商店街となったが、それは“二番街”の名前の由来が示すとおり 「常に挑戦し続ける」という商店街の姿勢が受け継がれているからである。
平成18年3月、柏二番街商店会では、風俗店の出店禁止・建物の外観や屋外広告物の規制などを盛り込んだ「街づくり協定」を 制定する方針を決めた。地権者などを一軒ずつ回り協定への同意を得たものの、現在は自主規制に頼っているので、いずれは都市計画法に基づく地区計画に組み込む法的根拠を加え、より確固たるルールにする予定である。 時代の流れとともに街は目まぐるしく変化していくが、商店街が廃れて空き店舗に風俗店が進出すると風紀が乱れて治安が悪化し、 ますます人々の足が街から遠のくという悪循環に陥ることにもなりかねない。安心して買い物を楽しむことができる商店街を維持するためにも、こうしたルールを設定することは大切である。

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柏市 [2016年09月07日(Wed)]
柏市
千葉県の北西部に位置し、東西の距離は約18KM、南北の距離は約15KM、面積は114.74平方KM。隣接する市は、東に我孫子市・印西市、利根川を挟んで茨城県取手市・守谷市、南に鎌ヶ谷市・白井市、西に松戸市・流山市、北に野田市となっている。
鉄道は都心から放射状に常磐線及びつくばエクスプレスが、南北には東武アーバンパークライン が通っている。道路は東京・茨城方面への国道6号線や常磐自動車道、埼玉・千葉方面への国道16号線が通っており、首都圏の放射・環状両方向の交通幹線の交差部に位置する交通の要衝となっている。
同市の中心は、柏駅周辺でいくつかの商店街やそごうデパート、高島屋、ビックカメラなどが駅前に集積しているが、昭和48年10月にオープンしたそごう柏店は、駅を挟んだ向かい側に同時期に開業した柏高島屋、同じ東口で昭和39年から営業を始めていた丸井柏店と競い合う形で、成長を遂げてきた。売上高は平成3年2月期に590億円とピークを迎えた。平成12年代に入ると、半径5キロ圏内に次々と大型のショッピングセンター(SC)が進出。イオンモール柏をはじめ、流山おおたかの森S・C、ららぽーと柏の葉が相次いで開業した。大型SCがファミリー層をターゲットに位置づけるのに対し、そごう柏店はシニア層にターゲットを絞った品ぞろえやサービスに力を注ぎ、平成12年には百貨店内にカルチャーセンターを誘致し、俳句や短歌、音楽やダンスの講座を開くなど、シニア客の流入を図った。柏そごうは平成28年9月末をもってビックカメラ柏店などの専門店は残して閉店となる。

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